終末レンタル家族

井上シオ

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第2章:ほころびの家

第11話「制度の外にいる人たち」

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 旧庁舎の地下を出たころには、空が赤く染まり始めていた。
 ヒカルは、おもちを抱きかかえながら坂を下る。
 肌に触れる風が強く、冷たい。

 ――もう戻れない。

 そう思いながらも、足取りは迷っていなかった。
 

 その夜、ヒカルは街のはずれにある廃商業地区へ向かった。
 昔は大きなショッピングモールだった建物。
 今はシャッターが降り、屋上の看板も消えかけている。

 けれど、おもちが迷いなくその建物へ向かって歩き出した。
 

 裏手の非常口に近づくと、ドアが静かに開いた。
 人影が一つ、無言でヒカルを見つめていた。

「……君がヒカルか?」

 暗がりの中、現れたのは20代後半くらいの青年だった。
 長髪を後ろで束ね、服は所々破れている。
 でも、その目は鋭く、何かを“見抜くような”光を帯びていた。

「おもちが、君をここへ連れてきたんだな。……よく来たよ」
 

 案内されたのは、かつてフードコートだった広場。
 そこには十数人の人々が集まり、テントを張り、鍋を囲んでいた。

 大人も、子どももいた。
 男女の区別も、年齢の境も曖昧で、
 みな名前で呼び合い、自然に笑い合っていた。
 

「ここは……なに?」

「“脱レンタル派”の避難場所さ」

 青年は答えた。名をナオトというらしい。

「制度が始まってすぐ、俺たちは気づいた。
 完璧な家族なんて、どこにもいないって。
 なのに国は、完璧だけを配ろうとした。
 不完全で、時に傷つけ合って、それでも寄り添おうとする“本物”を、どんどん排除していった」

 ヒカルは、耳を傾けた。

 火に照らされた顔たちは、どれも穏やかで、温かかった。
 だが、それぞれが制度によって“居場所を失った”者たちだった。

 ある女性は、母親として子を奪われ――
 ある老人は、子供が全員“レンタル化”されたときに家を出た。

 それでも、ここで一緒に食事をし、名前を呼び合いながら暮らしていた。
 

「レンタルじゃない家族って、あるんだな……」

 ヒカルが呟くと、ナオトが頷いた。

「あるさ。血じゃなくていい。
 契約でも、正しさでもない。
 “選び続けること”が、家族を作るんだ」
 

 そのとき、小さな女の子がヒカルの前にやってきた。

「ねぇ、おもちって名前? かわいいね」
「うん、俺の……家族、みたいなもんだ」

 女の子はにこっと笑って、何も言わずおもちの頭を撫でた。

 その瞬間――おもちがふるふると震え、小さな音声ファイルを再生した。
 

《……ヒカル……信じてる……
 あなたなら、ほんものを見つけられる……》

 それは、母の声だった。
 

 ナオトが静かに言う。

「君の母親は、まだ生きてるかもしれない。
 ただ、“制度の外”に押し出されたまま、戻れずにいるんだ」

「……どうすれば会える?」

「その答えは、制度の中枢にある。
 本当に“家族を作る権利”が誰にあるかを決めている場所だ」
 

 ヒカルは静かに立ち上がった。

 火に照らされる人々の輪を見ながら、拳を握る。

「行くよ、俺。母さんを見つけて、選ぶ」

「――自分の手で、ほんものの家族を」
 

 夜の空に風が吹き抜けた。
 その風が、どこか遠くで名前を呼んでいた。
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