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第2章:ほころびの家
第13話「箱庭に潜る」
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自動ドアが開いた瞬間、
冷たい空気がヒカルの顔を撫でた。
そこはまるで、人工的な静寂そのものだった。
天井は高く、壁はすべて白。
音も光も、極限までコントロールされている。
無駄がひとつもない建築。
――まるで「感情を排除するため」に設計されたかのようだった。
ヒカルはゆっくりと中へ足を踏み入れる。
背中にはおもちがしがみついている。
そのぬくもりだけが、この無機質な世界で彼を人間として保っていた。
正面にある案内板が、来訪者に自動で問いかけてくる。
【本日のご用件を選択してください】
▶ 家族構成の更新
▶ 履歴情報の照会
▶ 記録削除申請状況の確認
▶ その他
ヒカルは迷わず、「その他」を選ぶ。
すると、即座に別フロアへの移動案内が表示された。
【階層B4:削除保留記録保管庫】
――登録者コードA-18-2734に対し、特例アクセス権限を一時付与します。
「……これ、母さんが残してくれた“扉”か」
昨日、地下施設で認証されたチップ情報。
制度の深部に、ヒカルを導くために母が託した“鍵”。
エレベーターに乗り込むと、無音のまま降下が始まった。
表示板に、階数がゆっくりと下がっていく。
B1…B2…B3…B4。
チーン、と微かな音が鳴って扉が開いた。
そこは、静かな回廊だった。
左右の壁には、無数のデータスロットが並び、
それぞれに、人の名前がコード化されて埋め込まれている。
“削除された名前たち”だ。
――制度に適合しなかった父母。
――適正年齢に達しなかった子ども。
――家庭内の“不一致”を記録された配偶者。
全てが、「名前ごと」切り離され、
社会から無かったことにされている。
「これが……“理想”の裏かよ」
ヒカルは震える指で端末を取り出し、母のフルネームを入力する。
本間 律子
検索結果が一瞬だけ表示され、すぐに赤いエラーマークが点滅した。
【データブロック:封鎖中】
開封には“第4階層・倫理判定者”の許可が必要です。
「……倫理判定者?」
そのとき、回廊の奥に気配を感じた。
足音――ではない。
床の振動のような、無機質な存在の接近。
やがて姿を現したのは、
漆黒のローブを纏った、“顔のない管理者”だった。
仮面をかぶり、声も発しない。
だが、その胸元には金属製のタグが光っていた。
【ETHICS-02】
――“倫理判定者”。
ヒカルは、その存在と真正面から向き合った。
「……母の記録を見せてほしい。あの人の声を、返してほしい」
沈黙。
仮面の奥の瞳は見えない。
返答もない。
けれど、その手が、静かに掲示板を指した。
そこには、制度の中核ルールがこう記されていた。
【倫理第23条】
家族関係における記録の削除・維持は、社会安定指数をもとに機械的に判断される。
個別の“情動”や“記憶の深度”は判断基準に含まれない。
「……つまり、“心”は判断されないってことか」
ヒカルは、言葉を詰まらせた。
でも、それでも。
彼は、はっきりと言った。
「俺が証明する。“記憶の深さ”は消えないって。
それが“家族”って呼べるものの、証拠なんだ」
沈黙の中で、仮面の管理者が動いた。
掲示板の端末に、指を滑らせる。
次の瞬間――
母の名前の記録ブロックが、ひとつだけ開いた。
ヒカルは、祈るように手を伸ばした。
そしてその扉を、開け放った――
冷たい空気がヒカルの顔を撫でた。
そこはまるで、人工的な静寂そのものだった。
天井は高く、壁はすべて白。
音も光も、極限までコントロールされている。
無駄がひとつもない建築。
――まるで「感情を排除するため」に設計されたかのようだった。
ヒカルはゆっくりと中へ足を踏み入れる。
背中にはおもちがしがみついている。
そのぬくもりだけが、この無機質な世界で彼を人間として保っていた。
正面にある案内板が、来訪者に自動で問いかけてくる。
【本日のご用件を選択してください】
▶ 家族構成の更新
▶ 履歴情報の照会
▶ 記録削除申請状況の確認
▶ その他
ヒカルは迷わず、「その他」を選ぶ。
すると、即座に別フロアへの移動案内が表示された。
【階層B4:削除保留記録保管庫】
――登録者コードA-18-2734に対し、特例アクセス権限を一時付与します。
「……これ、母さんが残してくれた“扉”か」
昨日、地下施設で認証されたチップ情報。
制度の深部に、ヒカルを導くために母が託した“鍵”。
エレベーターに乗り込むと、無音のまま降下が始まった。
表示板に、階数がゆっくりと下がっていく。
B1…B2…B3…B4。
チーン、と微かな音が鳴って扉が開いた。
そこは、静かな回廊だった。
左右の壁には、無数のデータスロットが並び、
それぞれに、人の名前がコード化されて埋め込まれている。
“削除された名前たち”だ。
――制度に適合しなかった父母。
――適正年齢に達しなかった子ども。
――家庭内の“不一致”を記録された配偶者。
全てが、「名前ごと」切り離され、
社会から無かったことにされている。
「これが……“理想”の裏かよ」
ヒカルは震える指で端末を取り出し、母のフルネームを入力する。
本間 律子
検索結果が一瞬だけ表示され、すぐに赤いエラーマークが点滅した。
【データブロック:封鎖中】
開封には“第4階層・倫理判定者”の許可が必要です。
「……倫理判定者?」
そのとき、回廊の奥に気配を感じた。
足音――ではない。
床の振動のような、無機質な存在の接近。
やがて姿を現したのは、
漆黒のローブを纏った、“顔のない管理者”だった。
仮面をかぶり、声も発しない。
だが、その胸元には金属製のタグが光っていた。
【ETHICS-02】
――“倫理判定者”。
ヒカルは、その存在と真正面から向き合った。
「……母の記録を見せてほしい。あの人の声を、返してほしい」
沈黙。
仮面の奥の瞳は見えない。
返答もない。
けれど、その手が、静かに掲示板を指した。
そこには、制度の中核ルールがこう記されていた。
【倫理第23条】
家族関係における記録の削除・維持は、社会安定指数をもとに機械的に判断される。
個別の“情動”や“記憶の深度”は判断基準に含まれない。
「……つまり、“心”は判断されないってことか」
ヒカルは、言葉を詰まらせた。
でも、それでも。
彼は、はっきりと言った。
「俺が証明する。“記憶の深さ”は消えないって。
それが“家族”って呼べるものの、証拠なんだ」
沈黙の中で、仮面の管理者が動いた。
掲示板の端末に、指を滑らせる。
次の瞬間――
母の名前の記録ブロックが、ひとつだけ開いた。
ヒカルは、祈るように手を伸ばした。
そしてその扉を、開け放った――
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