終末レンタル家族

井上シオ

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第3章:幸福プログラム

第21話「家族になる準備」

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 登録局の前に立つと、建物はどこか冷たく見えた。
 コンクリートの壁、無機質なガラス、曇天に溶け込む灰色。
 人のために作られたはずのその場所は、人の感情を遠ざけるようだった。
 

 ヒカルは深呼吸した。
 隣に立つ律子は、わずかに不安そうな目をしていたが、それでも前を向いている。

 「大丈夫。僕が言うから」
 「俺たちは、母と子ですって」
 

 自動ドアが開き、音声案内が流れる。

 《再家族申請・特例審査ですか?》

 「はい」

 係員はタブレットを持って現れた。
 制服のポケットには「人間関係調整官」の名札。
 無表情のその人に、ヒカルは一歩踏み出して言う。
 

 「この人は、俺の母です。
 名前は律子。俺を産んで、育ててくれた人です。
 でも、制度に消されて“いないこと”にされてしまった」
 

 「ですので、再登録を申請します。家族として」
 

 係員は一瞬だけ目を伏せた。

 「……申請理由を、記録のために口頭で述べてください」
 

 ヒカルは、おもちをそっと差し出した。
 中から再生される“律子の声”。

 《ヒカル、声は届いてる? あなたが笑って生きていけるなら、それでいい。……だけど、名前だけは、忘れないで》
 

 再生が終わると、室内に沈黙が訪れた。

 ヒカルは、静かに言葉を継ぐ。
 

 「“記録”は消されても、俺の中にはずっと残ってた。
 母さんの声も、味も、怒り方も、泣き方も。
 制度に“いない”と言われても、俺が“いる”って言います」
 

 係員は何も言わず、端末を操作した。
 審査用のバイオID登録、証言の提出、声紋照合。

 そして、問われる。
 

 「本間律子さん。あなたは、ヒカルさんの“母であること”を今も望みますか?」
 

 律子は微笑んだ。

 「ずっと、ただそれだけが、わたしの望みでした」
 

 「……ヒカルさん、あなたも同意しますか?」

 「はい。俺の母です」
 

 係員は最後にこう言った。

 「――これより仮家族登録を許可します。
 今後1ヶ月間の“再観察期間”を経て、本登録の判断が下されます」
 

 律子が、小さく息を吐いた。
 

 帰り道、ふたりは並んで歩いた。
 律子が、ぽつりとつぶやく。

 「仮、ってなんか変ね。私たち、本物の家族なのに」

 ヒカルは笑った。

 「だったら、見せてやろうよ。俺たちの“本物”を」
 

 小さな青い家に戻ると、おもちがぴょこんと跳ねた。

 ヒカルはそれを抱えながら、母の方を見た。
 

 「家族になる準備って、たぶん“選び続けること”だと思う。
 どんなに記録が消えても、誰かが“いる”って言い続けること」
 

 律子は、やさしく頷いた。
 

 「じゃあ……ごはんにしようか。今日は、ヒカルの好きなやつにするよ」

 「え、覚えてるの?」

 「当たり前でしょ。――味噌汁にさ、じゃがいも入れるの、好きだったよね」
 

 その言葉だけで、ヒカルの胸が熱くなった。

 仮でも、試験でも、制度の枠の中でもかまわない。

 今、自分たちは“家族”なのだ。
 

 それは、誰にも、もう消せない。
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