終末レンタル家族

井上シオ

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第3章:幸福プログラム

第23話「第三者査察官」

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第23話「第三者査察官」
 翌朝、青い家に黒い車が停まった。
 降りてきたのは、スーツを着た女性だった。肩までの黒髪に、無表情な瞳。
 彼女は名乗った。

 「第三者査察官・神崎ユリです。仮登録家族に関する実地調査のため、立ち入りを許可してください」

 その声は冷たく、しかしどこか機械的でもなく、柔らかさを意識しているように聞こえた。
 

 ヒカルは玄関に立ち、真正面から彼女を見た。

 「どうぞ。俺たちの家です」

 神崎は頷くと、無言で玄関の敷居を跨いだ。
 

 部屋に入ると、律子が湯を沸かしていた。

 「こんにちは。お茶、いれますか?」

 神崎は律子を見つめたまま、静かに座った。

 「……お心遣いは結構です。こちらの意図はご存じですね?」

 「制度にふさわしい“家族”か、どうかを判断するってことですよね」
 

 「その通りです」

 神崎は端末を起動し、淡々と質問を始めた。
 

 「質問1。あなたがたの関係性を、第三者に説明できる言葉で答えてください」

 「母と子です」とヒカル。

 「息子です」と律子。
 

 神崎の視線が少し揺れた。

 「ではその根拠を、制度上の記録以外で示せますか?」
 

 ヒカルは一瞬、言葉に詰まった。
 記録以外の証拠――それはつまり、「思い出」や「感情」という曖昧なものだ。

 「俺の記憶です。母さんの作る味噌汁、叱り方、眠れない夜に読んでくれた本。
 名前が消されたって、俺の中からは消えない」
 

 神崎は端末に入力する手を止めた。

 「個人の主観を制度が認定することは困難です」

 「でもそれしか残ってないんです。消したのはそっちでしょ?」
 

 空気が張り詰める。
 

 律子がふと口を開いた。

 「この子、昔からじゃがいもが好きだったんです。皮付きのまま煮たやつ。
 覚えてないと思ってたけど、昨日『それが食べたい』って言ってくれた」
 

 神崎は律子を見つめた。

 「……それは“思い出”ですか、それとも“証明”ですか?」
 

 「どっちでもいい。私はこの子と、今を一緒に生きてるだけです」
 

 神崎はしばらく沈黙した後、手帳を閉じた。

 「……調査は終了します」
 

 「え? それだけですか?」

 「制度は“記録された事実”しか認定できません。
 ですが、私は“人の営み”に立ち会った者として、この家のことを記録に残します」
 

 立ち上がろうとした彼女に、ヒカルが尋ねた。

 「……あなたにとって、“家族”って何ですか?」
 

 神崎は一瞬だけ目を伏せて、こう答えた。

 「“誰にも報告されないやさしさ”の積み重ねだと思っています」
 

 玄関のドアが開き、また閉まった。

 神崎ユリは、誰にも報告されない静かなやさしさを一つだけ置いていった。
 

 その日の夜、ヒカルは母と並んで味噌汁をすする。
 じゃがいもが、ほくりと崩れた。
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