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第4章:母の痕跡
第40話「ドアの向こうにいる」
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その家には、もう一つだけ“開けていない扉”があった。
リビングの奥、廊下の突き当たり。
小さなプレートには、手書きでこう記されていた。
――「ヒカルへ。開けるのは、最後でいい」
ヒカルは深呼吸し、扉の前に立つ。
おもちは無言でそばにいる。
ヒカルの鼓動が、まるで秒針のように耳に響く。
「開けるよ、母さん」
ゆっくりと、ノブを回す。
軋む音のあと、扉は軽く開いた。
その部屋には、暖かな光が満ちていた。
小さなベッド、カーテン越しの柔らかい光、
そして――壁一面に貼られた、ヒカルの写真。
赤ん坊の頃。
初めて歩いた日。
七五三の着物。
泣きながら母に抱きつく幼い自分。
笑顔の後ろに、いつも誰かがいた。
「これ……本物の僕?」
おもちが言葉を選びながら答える。
「この家で、ヒカルくんは本当に育てられた。
制度導入の前、母さんはシングルマザーだった。
でも“最適化”の選別から外されて……」
「不要になった」
ヒカルの手が写真に伸びる。
だが、その手は震えていた。
近づけば、壊れてしまいそうだった。
「“家族制度”は、ヒカルくんの記憶を改ざんした。
本当の母を忘れさせて、“より幸福な”偽りの家族を植えつけた」
ヒカルはベッドの下に目をやる。
そこに、埃をかぶった録音装置が置かれていた。
スイッチを押すと――懐かしい声が部屋に流れた。
「ヒカル、ごはんできたよ。……今日はね、あなたの好きなハンバーグ」
「……母さん」
「ちゃんと食べてくれるかな。今日も泣いたのかな。
明日も、明後日も、抱きしめてあげたい。……でも、それが許されないなら」
少しだけ間が空いた。
「この声が、あなたの未来のどこかで届きますように」
音声はそこで途切れた。
ヒカルは、しゃがみ込んで泣いた。
静かに、声を殺して。
嗚咽とともに、ようやく流れ出したのは――“忘れられていた愛”だった。
ヒカルは立ち上がり、扉をもう一度見つめる。
その扉の奥には、母の願いが詰まっていた。
“選ばれなかった家族”の、確かな温度が。
「僕は、もう知ってしまった」
ヒカルはつぶやく。
「レンタルじゃない、家族の記憶を」
おもちはそっと寄り添った。
「それを守るか、消すか。
どちらにしても、世界は動くよ」
ヒカルは頷いた。
「だったら、僕は……選ぶよ。もう一度」
母の記憶が残るこの部屋をあとに、
ヒカルは静かに、ドアを閉めた。
ドアの向こうにいるのは、
“母のいた時間”――そして、確かに生きていた愛だった。
リビングの奥、廊下の突き当たり。
小さなプレートには、手書きでこう記されていた。
――「ヒカルへ。開けるのは、最後でいい」
ヒカルは深呼吸し、扉の前に立つ。
おもちは無言でそばにいる。
ヒカルの鼓動が、まるで秒針のように耳に響く。
「開けるよ、母さん」
ゆっくりと、ノブを回す。
軋む音のあと、扉は軽く開いた。
その部屋には、暖かな光が満ちていた。
小さなベッド、カーテン越しの柔らかい光、
そして――壁一面に貼られた、ヒカルの写真。
赤ん坊の頃。
初めて歩いた日。
七五三の着物。
泣きながら母に抱きつく幼い自分。
笑顔の後ろに、いつも誰かがいた。
「これ……本物の僕?」
おもちが言葉を選びながら答える。
「この家で、ヒカルくんは本当に育てられた。
制度導入の前、母さんはシングルマザーだった。
でも“最適化”の選別から外されて……」
「不要になった」
ヒカルの手が写真に伸びる。
だが、その手は震えていた。
近づけば、壊れてしまいそうだった。
「“家族制度”は、ヒカルくんの記憶を改ざんした。
本当の母を忘れさせて、“より幸福な”偽りの家族を植えつけた」
ヒカルはベッドの下に目をやる。
そこに、埃をかぶった録音装置が置かれていた。
スイッチを押すと――懐かしい声が部屋に流れた。
「ヒカル、ごはんできたよ。……今日はね、あなたの好きなハンバーグ」
「……母さん」
「ちゃんと食べてくれるかな。今日も泣いたのかな。
明日も、明後日も、抱きしめてあげたい。……でも、それが許されないなら」
少しだけ間が空いた。
「この声が、あなたの未来のどこかで届きますように」
音声はそこで途切れた。
ヒカルは、しゃがみ込んで泣いた。
静かに、声を殺して。
嗚咽とともに、ようやく流れ出したのは――“忘れられていた愛”だった。
ヒカルは立ち上がり、扉をもう一度見つめる。
その扉の奥には、母の願いが詰まっていた。
“選ばれなかった家族”の、確かな温度が。
「僕は、もう知ってしまった」
ヒカルはつぶやく。
「レンタルじゃない、家族の記憶を」
おもちはそっと寄り添った。
「それを守るか、消すか。
どちらにしても、世界は動くよ」
ヒカルは頷いた。
「だったら、僕は……選ぶよ。もう一度」
母の記憶が残るこの部屋をあとに、
ヒカルは静かに、ドアを閉めた。
ドアの向こうにいるのは、
“母のいた時間”――そして、確かに生きていた愛だった。
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