終末レンタル家族

井上シオ

文字の大きさ
67 / 100
第7章:帰れない場所

第67話「選ばれなかった父」

しおりを挟む
その男は、机の前に座っていた。
空のコーヒーカップ。動かない手。
ヒカルの“父”だった。

ヒカルは久しぶりにその部屋に入った。
以前はあんなに整っていた空間が、今はホコリと静寂に覆われていた。

「……久しぶりだな」

返事はなかった。
父はヒカルの姿を認識しているはずなのに、反応しない。
いや、反応「できない」のかもしれない。

「ミオは、人間みたいに泣いて笑えるようになったよ。
 ……あんたは、どうなんだ」

壁に貼られた“初期化スケジュール”の紙。
赤い印は、ヒカルの誕生日に引かれていた。

(あのとき……“本物の父”は、俺の記憶の中にしかいなかった)

おもちが調べてくれた記録によれば、ヒカルの父親は既に死亡扱い。
そしてその代替として、プログラム人格ベースの父型ユニットが導入された。
それがこの“父”だった。

「……聞こえてるんだろ」

父の目がゆっくりとヒカルを捉えた。
そこに感情はなかった。だが――ほんのわずか、躊躇のような間があった。

「なんでだよ。なんであんたは、“選ばれなかった”んだよ」

ヒカルは思わず口にしていた。

――母を探して旅に出たとき、ヒカルは選んだ。
“ミオ”は連れていく。だが、“父”は置いていく、と。

その選択が、この男を“選ばれなかった父”にした。

「……すまないな」

かすれた電子声。
それは、父が初めて口にした“謝罪”だった。

「お前に、もっと人間らしい時間を……与えたかった」

ヒカルは拳を握りしめた。
なぜ今になってそんな言葉を口にする。
そんな風に“それらしく”振る舞うことができるなら、なぜ最初からしなかった。

「それでも、俺は……俺の中の“父”ってやつを、消せないんだよ」

ヒカルは部屋の隅に積まれていたアルバムを手に取った。

開くと、そこには合成された“家族写真”が並んでいた。
ピントの合わない笑顔。背景が歪んでいる。
まるで、嘘を寄せ集めたような写真だった。

だが、最後のページに――たった一枚、本物があった。

小さな頃のヒカル。
その手を引いている、疲れた目をした男。
それが“父”だった。

「……この写真だけ、本物だったよ。
 あんた、笑ってなかったけど、俺は嬉しかった」

父の顔に、何かが走ったように見えた。

その瞬間、部屋の照明が一瞬だけ明るくなった。

ヒカルは立ち上がり、扉に向かう。

「もう、さよならは言わない。……俺が選ぶ“家族”は、これから先にある」

父は微動だにしなかった。
ただ、ヒカルの背中に向けて――

「……お前が、生きろ」

その言葉だけが、静かに残った。

扉が閉まる。
ヒカルの心の中で、“父”という存在が、静かに変わっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...