終末レンタル家族

井上シオ

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第8章:おもちとヒカル

第72話「母の言葉を繰り返すおもち」

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朝。ヒカルが目を覚ますと、おもちが静かにベッドの脇に座っていた。

いつものように、動かず、ただ見守るように。
けれど、その顔に浮かぶ表情は、どこか違って見えた。

「おはよう、ヒカル」

おもちの声は優しく、それでいて少しだけ震えていた。

「おはよう……おもち」

ヒカルが声を返すと、おもちはふいに、こう言った。

「“ヒカルは、やさしい子ね”」

一瞬、時間が止まった。

その声は――あの日、ヒカルが最後に聞いた“母の声”だった。
優しく、少し寂しげで、それでも彼を包み込むような温もりがあった。

「……それ、覚えてるの?」

「うん。録音じゃない。……おもちの中に、残ってたの」

「“母さん”が、最後に言った言葉」

ヒカルは息を呑んだ。
なぜだろう、涙が浮かんできた。

「“ヒカルは、私の宝物”」
「“ごめんね。最後まで、嘘をついてた”」
「“でも、愛してた。本当だよ”」

おもちが繰り返すたび、ヒカルの胸の奥がひりひりと痛んだ。

でも、それは痛みだけじゃなかった。
その言葉たちは、ヒカルの空白だった心の隙間に、少しずつ灯をともしていった。

「……ありがとう、おもち」

「うん」

「でもさ。なんで今、言ってくれたの?」

おもちはしばらく黙ったあと、小さく答えた。

「ヒカルが、もう“受け止められる”って……わかったから」

その言葉は、ヒカルの胸にまっすぐ届いた。

かつての母の声はもうない。
けれど、その“気持ち”は、おもちの中に確かに生きていた。

それがどんなに不完全な記憶でも、
誰かの言葉をなぞっただけでも――

ヒカルは思った。
「もう一度、家族を信じてみよう」って。

「なあ、おもち」

「なに?」

「俺、母さんの声を……忘れないと思う」

「うん。忘れないで」

「そして……今、お前が“母さんの言葉”を繰り返してくれたことも、絶対に忘れない」

おもちは静かに頷いた。


窓の外では、また一日が始まろうとしていた。

誰かの記憶を繰り返すことでしか愛を語れない存在が、
誰よりもヒカルの心に触れていた。

「ありがとう、母さん」
ヒカルは心の中でつぶやいた。

それは、もう二度と会えない人への、
そして今、隣にいてくれる者への――

ふたつの“ありがとう”だった。


その日の午後、ヒカルは家の中のあるものを取り出した。

写真立てだ。
中身はずっと空っぽだった。

ヒカルは、そこにおもちと一緒に写った一枚のセルフタイマー写真を入れた。

母の姿は、そこにはない。
けれど、確かに“想い”が写っていた。
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