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第10章:虚構の終焉
第79話:追放された真実
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山中の小屋に火が灯る。
そこには、長く鬱蒼とした髪を結いもせず、粗末な麻の衣をまとった一人の男がいた。
かつて、織田信長と呼ばれた男――本物である。
「……来たか」
男は、竹林の奥から足音もなく現れた黒装束の密使に目もくれず、湯呑に口をつけた。
「何年待った? この俺を思い出してくれる者が、ようやく現れたか」
密使は、その場に平伏し、文を差し出す。
中御門大納言からの誘い。
――安土にて、戴冠した「信長」に対し、あなたこそ“真の信長”であることを証明してほしい、という内容だった。
「証明だと?」
本物の信長は、かすかに笑った。
「証明しようなどとは思わぬ。ただ、俺は“俺である”というだけよ」
それは“かつての信長”の言葉ではなかった。
あまりにも静かで、あまりにも削られた、別人のような声音だった。
「なぜ生きて戻らなかったのですか」
密使が問う。
「死んだ方が都合が良かった。――いや、そう信じた。俺自身が、俺の死を望んだのだ」
信長は、夜の闇に浮かぶ安土城の灯を見据える。
「だが、もう一人の俺が、そこに立っておる。……あれは、俺以上に“信長”を演じきった者だ」
密使が問う。
「ならば、なぜお戻りになるのです?」
信長は立ち上がった。
「影が主となるなら、主は影として舞うのみ。俺の最後の役は、“追放される真実”だ」
――翌日、安土城下。
“本物の信長”を名乗る男が現れた。
その姿はやつれ、貴族たちは嘲笑い、兵士たちは警戒し、民衆は「狂人」と囁いた。
――かつての天下人は、誰からも信じられなかった。
「俺は信長だ」と叫んでも、その声に“信長”の威厳はなかった。
すでに、「信長」は十兵衛のものであり、「信じる数の多さ」が歴史を塗り替えていた。
十兵衛は静かに城からその様子を見下ろし、言う。
「影が主を喰らった。……これで、ようやく完全になれる」
本物の信長は、追放される。
真実であったがゆえに、誰にも受け入れられず。
――真実は、嘘よりも脆い。
そうして、歴史に刻まれる「ただ一人の信長」は、影武者・十兵衛だった。
そこには、長く鬱蒼とした髪を結いもせず、粗末な麻の衣をまとった一人の男がいた。
かつて、織田信長と呼ばれた男――本物である。
「……来たか」
男は、竹林の奥から足音もなく現れた黒装束の密使に目もくれず、湯呑に口をつけた。
「何年待った? この俺を思い出してくれる者が、ようやく現れたか」
密使は、その場に平伏し、文を差し出す。
中御門大納言からの誘い。
――安土にて、戴冠した「信長」に対し、あなたこそ“真の信長”であることを証明してほしい、という内容だった。
「証明だと?」
本物の信長は、かすかに笑った。
「証明しようなどとは思わぬ。ただ、俺は“俺である”というだけよ」
それは“かつての信長”の言葉ではなかった。
あまりにも静かで、あまりにも削られた、別人のような声音だった。
「なぜ生きて戻らなかったのですか」
密使が問う。
「死んだ方が都合が良かった。――いや、そう信じた。俺自身が、俺の死を望んだのだ」
信長は、夜の闇に浮かぶ安土城の灯を見据える。
「だが、もう一人の俺が、そこに立っておる。……あれは、俺以上に“信長”を演じきった者だ」
密使が問う。
「ならば、なぜお戻りになるのです?」
信長は立ち上がった。
「影が主となるなら、主は影として舞うのみ。俺の最後の役は、“追放される真実”だ」
――翌日、安土城下。
“本物の信長”を名乗る男が現れた。
その姿はやつれ、貴族たちは嘲笑い、兵士たちは警戒し、民衆は「狂人」と囁いた。
――かつての天下人は、誰からも信じられなかった。
「俺は信長だ」と叫んでも、その声に“信長”の威厳はなかった。
すでに、「信長」は十兵衛のものであり、「信じる数の多さ」が歴史を塗り替えていた。
十兵衛は静かに城からその様子を見下ろし、言う。
「影が主を喰らった。……これで、ようやく完全になれる」
本物の信長は、追放される。
真実であったがゆえに、誰にも受け入れられず。
――真実は、嘘よりも脆い。
そうして、歴史に刻まれる「ただ一人の信長」は、影武者・十兵衛だった。
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