君の隣の理由

名瀬 千華

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動き続ける別々の時間

【 高校1年 夏II 】

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【 敬side 】



最悪だ、本当に今日は最悪な日だ。
あんな勢いで何言ったって
絶対に紘樹に伝わらなかったろうに...。
挙句の果てにでかい声出して力加減もなく腕掴んで...。

荒々しく家の玄関を開けて
妹が何か言っていたが無視して
自分の部屋に入った。
鞄を放り投げそのままベッドにダイブする。

紘樹に秘密なんてないし隠し事も
してないつもりだった。
でも、そうだよな...紘樹を好きなことは言えていない。
いやまぁ言ってないわけじゃないんだが...
伝わらなくてもこのままでいいと思っていたし、
紘樹もきっと俺は恋愛に興味ないやつってぐらいに
思ってくれてたからうまくいってたんだ。
なのに...崩れはじめた。
幼馴染で同性で、問題なければこのまま
ずっと友達としてそばに居られる、それでよかった。
女子にはない大きな特権だと思ってた。
でも...欲が出てきた。
紘樹が言う何気ない言葉一つ一つが態度が
俺に期待させる、気持ちに矛盾を生ませる。
紘樹ももしかしたら俺を恋愛対象に見てくれてるのかも、
もしかしたら俺を受け入れてくれるのかも。
もしかしたら...同じ気持ちなのかもしれない...なんて。

「あぁー... しんどいな」

小さくつぶやいて枕に顔を埋めた。
あとでLINEでもいいから謝っとこ...
明日は土曜日...
少しは頭冷やせるだろうか...

コンコン...
静かな部屋にドアをノックする音が響いた。
向こう側から聞こえる妹の声。

「お兄ちゃーん?どうしたのー?」

俺はゆっくり起き上がりドアを開けた。

「大丈夫、どうかしたか?」
「大丈夫ならいいけどぉ、
今日達兄(たつにい)くるらしいよ!パパが言ってた!」
「まじで?
こっち帰ってきてんの?」
「そうみたい!久しぶりだよね~
夜はこっちでご飯食べるらしいから家にいてねって!」
「わかった、楽しみにしてる。
俺ちょっと寝るわ」
「本当大丈夫?何かあったの?」
「大丈夫だって(笑)眠いだけ」
「う、うん...」

ドアを閉めてしばらくして
妹が階段を降りて行く音がした。
ドアを背もたれにそのまま座り込んで
スマホの画面に目を向けた。

達兄か...
安東達貴(あんどうたつき)
父さんのずっと昔からの友人で
俺が小さい頃は紘樹も含めてよく遊んでくれてた。
今は県外に住んでてたまに帰ってきた時には
うちでご飯食べたり、父さんと遊びに行ったり。

〈 今日はごめん 〉

それ以上なんて言ったらいいかわからず
トーク画面のまま送信できずに手が止まる。
なんて返事が来るだろう...
紘樹は今...何を思ってるだろう...
それでも自分がやらかしたことは
謝らないとな...
俺はメッセージを送信した。

「っ!?」

すぐについた既読の文字。
紘樹もなんか送ろうとしてたのか!?
急に心臓の鼓動が速くなる。
トーク画面そのままに俺は固まった。
何か追加で送るべきだろうか...
いや、でも今紘樹が何か打ってるかも...
ぐるぐると考えているうちに返信が来た。

〈 俺こそごめん、また月曜な! 〉

あっさりだった。
...そうだよな...そんなもんだよな...
紘樹にとって俺はめちゃくちゃ仲良い幼馴染。
それは変わってないし、変わらない。
変わっていくのは俺だけで
現実は何一つ...今までと変わっていない。
なんだか一気に現実に引き戻されたような気分で
自分が虚しく寂しく思えてくる。

〈 おう! 〉

たった一言返事をして
またすぐについた既読の文字を見て画面を伏せた。
大きく一つため息をついて
またベッドにダイブした。


「...ッお兄ちゃん!!ご飯!!」

妹のでかい声が耳元で響いた。
びっくりして飛び起きる。
...寝てた、今何時だ...
スマホを見ると19時半。
2時間ほどは寝てしまっていただろうか...
心配そうに俺を覗き見る妹にニコッと笑って見せる。
少し安心したのか、行こ!と言って先に部屋を出る妹の後ろを追って俺も一階に降りた。

「達兄!久しぶり!」
「おお!敬!!でかくなったな!!」

テーブルにはプレートが置かれ
もう既に肉が焼かれていた。
父さんも達兄もお酒が入っている。
ビールの空き缶がもう2、3本カウンターに並んでいた。
俺は達兄の横に座った。
昔から本当かっこよくて変わらないサバサバ感。
誰にでも気さくでよく遊んでくれるから
俺も妹もよく懐いている。
紘樹は...覚えているだろうか。

「敬も呑むか?」
「アホ!まだ高校生よ!だーめ!」
「あっはは!!そっかぁ高校生か!!」

酒を勧める達兄に母さんがキッチンから叫ぶ。
そんなやりとりをみて向かいに座る父さんが笑っていた。
俺も笑いながら焼けた肉を自分の皿に取った。

「どうだー?高校は!青春してんのかー?」
「まぁまぁ楽しいよ!」
「敬のルックスなら彼女の1人や2人いんだろー?」
「いないよ、彼女つくる気もない!」
「なぁーに言ってんだ!高校生活なんて彼女つくることぐらいだろ!」
「そんなことない(笑)」
「んなー、つまんねぇ息子だなぁ、梓ぁ」
「俺に振るなよ(笑)
仕方ないだろ、本人がそう言ってんだから(笑)」

梓(あずさ)は俺の父さんだ。
ちなみに母さんは静那(しずな)。
2人からはしずって呼ばれてる。

「達兄は?彼女そろそろできた?」
「いいんだよ、俺は!(笑)
1人を謳歌してるんだから!」
「なんだよー、人には彼女作れって言うくせに!」
「年齢が違うだろ!若いうちは恋愛してろ!(笑)」
「えー!でもお兄ちゃん、この前心に決めた人がいるって言ってたじゃーん!」
「おい!こら!言うな!!」
「なんだよ、いるんじゃねーか!付き合ってんのか?」
「つ、付き合ってねぇよ!てかバラすな!
お前だって彼氏できたくせに!」
「あッ!!言わないでよ!!!」
「「「彼氏できたの!?」」」

母さん、父さん、達兄が口をそろえて驚いていた。
真っ赤になる香奈。
後に信じられないほど睨まれたが
なんだかんだ夕食は盛り上がり、あっという間に時間は過ぎていった。



「父さん風呂ー」
「おーう、じゃあまた明日な」
「おう!」

タオルで髪を拭きながら
俺はリビングに顔を出した。
窓全開で2人並んで話しているところだったらしい。
父さんは軽く手をあげてそのまま脱衣場へ向かった。
達兄もぐーっと大きく伸びをして
立ち上がり窓を閉めた。

「なぁ達兄、父さんといつから仲良いんだっけ?」
「んー?中学からかな、しずは高校からだなぁ」
「母さんとも付き合い長いんだ」
「そうだよ、俺ら3人は高校ではずっと一緒にいた!」
「へぇ、それが今でもってすごいな~」
「そうだな~、色々あったけどいい思い出だ」
「聞きたいなぁ、父さんたちとの青春(笑)」
「梓の許可が降りるなら話してやってもいいぞ!」
「なんで父さんの許可がいるんだよ(笑)」
「そりゃあ、大人の話だからなぁ!」
「なんだよそれ、気になる!」

食い気味にいく俺に達兄は笑った。
財布とスマホをポケットに突っ込んで
達兄は玄関に向かった。
明日は父さんと2人で出かけるらしい。
いつもそうだ、何日かまとめて帰ってくるけど
丸一日父さんと遊んで次の日帰る。

「あ、そういえば紘樹は元気か?」

靴を履いて玄関を出ようとした時
達兄が不意に聞いてきた。

「あぁ、元気だよ。高校も一緒なんだ」
「そっか!またよろしく伝えといて!」
「うん...」

じゃあなーと手を軽く上げ
外に出ていく達兄。

「なぁ!達兄!」
「んー?」
「こっちにいつまでいるの?飯行きたい!」
「んー、明後日には帰るかなー
日曜の昼にでもどっか食べにいくか?」
「いいのっ!?」
「いいよ、後で梓にでも連絡先聞いといて」
「わかった!ありがとう!!
気をつけて帰って!」
「おーう!」

そのまま玄関の扉は閉まった。
俺はリビングに戻ってソファーに腰掛けた。
そういえば父さんと母さんって
いつから付き合ったんだろ。
3人で一緒にいたって言ってたけど
2人が付き合ったら達兄、気まずくなかったのかな。
あ、その時は達兄も彼女いたとか?
それでも仲良いって本当すごいな。
でも...やっぱり仲良くできてれば大人になっても
ずっと繋がっていられるんだな...

それから暫くして同じようにタオルで頭を拭きながら風呂から出てきた父さん。
真っ先に冷蔵庫に向かって中身を漁っている。

「敬~アイス食う?」
「食う~」

父さんは冷凍庫からアイスを二本取り出し
俺の横に座って一本差し出した。

「日曜さ、達兄と昼飯行くことにしたんだ」
「おぉそうか」
「父さんたちとの青春話聞きに行く(笑)」
「え」

アイスを口に咥えたまま目を丸くして
俺を見る父さん。
少し驚いただけなのか、すぐに表情を戻して話を続けた。

「そっか、達貴が話すって言ったのか?」
「いや、俺が聞きたいって言ったら
父さんの許可でたらいいよって」
「んな、俺に丸投げか」
「な!いいだろ?青春話聞いても!」
「まぁ... いいけど、そんな楽しい話ではないぞ?」
「え、そうなの?」
「色々あったからなぁ」
「そう言われると余計気になるじゃん(笑)」
「ま、敬ももう大人だしな。
話をどうとるかはお前次第だな!」
「なんだよー、それー」
「聞いてくるといいよ、青春話(笑)
それとアイス溶けてんぞ」
「あ〝ッ」

父さんは笑っていた。
いつもと変わらないフワッとした笑顔。

「達貴のLINEいる?」
「あ、教えて!」

父さんから送られてきた達兄のLINEを追加して
一言だけメッセージを送った。
ふと達兄のアイコンが目に入る。

「達兄ってアイコン、バラの花束なんだな」
「うん」
「一言コメント、999本だって!なんかチャラいな」
「ははっ(笑)まぁそう言ってやるな(笑)」
「まぁいいや!じゃ、俺そろそろ寝るわ」
「おう、おやすみ」
「おやすみー!」

残りのアイスを口に頬張って棒をゴミ箱に捨てる。
落ち込んでいた気持ちは少し軽くなっていて、俺は自分の部屋に入った。
一階ではリビングに残る父さんと
最後の風呂から出てきた母さんが話していた。

「あら、まだ起きてたの?」
「あぁ。...なぁしず、達貴が敬に俺らの話するんだってさ」
「え?」
「なんか敬が聞きたがったみたいでさ」
「そっかぁ... まぁたっくんなら上手く話してくれるよ」
「そうだよな... 俺、敬に嫌われなきゃいいな(笑)」
「大丈夫よ(笑)息子なんだから」
「...そうだな」
「それにあの子しっかりしてるし、割り切ると思うよ」
「あぁ...」
「さ、私らも寝ましょ。あっくんも朝早いんでしょ」
「そうだな」


………………………………………………………………



「ステーキにしようかな」
「遠慮しろよ、唐揚げ定食にしろ」
「ケチだなー」
「うそうそ(笑)好きなの食え(笑)」

注文を聞きにきたスタッフに
遠慮なくステーキセットとドリンクバーを頼んだが、達兄も同じものを注文していた。
各々好きなジュースをテーブルに運び
料理が運ばれてくるのを待った。

「達兄ってさ彼女いたことはあるの?」
「そりゃあるわ(笑)
まぁ長続きしたやつはいないけどな」
「じゃあ、父さんたちが付き合ってた頃は?
3人でよくいたなら気まずくなかったの?」
「あぁー... 気まずくはなかったかな。
その時は彼女いなかったけど(笑)」
「メンタル強いなー」
「そんなことねぇよ、
どっちかっていうとしんどかった」

寂しそうな、どこか懐かしむような表情で
達兄はジュースを口に運んだ。
それを見て俺もジュースを一口飲んだ。

「父さんって学生時代どんなやつだったの?」
「んー、今とあんまり変わらんよ。
中2の時に初めて同じクラスになって梓を知ったんだ」
「そうだったんだ」
「まぁ...早い話さ、一目惚れしたんだよ」
「え?」
「俺が、梓に(笑)」

胸の奥の方から大きな波がうつ。
心臓の鼓動が早くなる。
まさか...達兄って...

「それって...どういう...」
「そのまんまだよ、好きになった、男だけど(笑)」
「...まじか、れ、恋愛対象的な?」
「そう、まさにそう。
ごめんな、キモイよな」

頭をかきながら眉毛を垂らして
申し訳なさそうに笑う達兄。
謝られる意味はわからなかったが、
でも達兄は俺を一般的な人だと思ってるからきっとそれでだとは思う...
俺は思わず目を逸らしてなんて答えていいか必死に探した。
そんな俺を見かねたのか先に口を開いたのは達兄だった。

「同性愛ってやつ、苦手だったら
もうこの話やめるけど...」
「い、いや!大丈夫、ちょっと驚いただけだから...」
「そ?ならいいけど...」
「続けて!...めっちゃ興味ある」
「敬...変わってんな~(笑)
まぁその出会いから梓とは仲良くなって
高校も同じところに行って、しずと出会ったわけ」
「うん」

達兄の青春話が始まったところで
注文していた料理が運ばれてきた。
熱々のプレートに肉が音を立てて乗っている。
心の動揺とそれを必死に隠しているからか
少し重たそうに見えてしまう。
達兄の方を見ると手を合わせて
いただきまーすと言って早々に食べ始めていた。
とりあえず俺も食べ始めた。

「達兄...その...父さんには伝えてるの?
自分の気持ちってさ...」
「ん?あぁ、伝えたよ、梓もしずも知ってる」
「か、母さんも!?」
「うん(笑)
まぁいろいろ端折って話すけどさ、
初めはどこかのタイミングで梓に告白しようとは思ってたんだよ。
でもなかなか言えなかったし、昔は今よりももっと同性愛ってのは順応してなくてさ。
けどまぁ、梓と遊んだり学校で過ごしたり
それだけで良かったっちゃ良かったんだよ。
しずと出会うまではな」

俺は途中途中で飯を食べながら
ずっと達兄を見て話を聞いていた。
所々自分に当てはまる、そんな気がした。
紘樹の顔が浮かぶ。
それと同時に心がザワザワと騒ぎ始めていた。

「高校でしずと出会ってしばらくして
気づいちゃったんだよな」
「...何に?」
「...梓、しずが好きなんだって」
「...」
「直接言われたわけじゃないけど見てりゃわかる。
こちとら長年片想いしてんだから
恋してるやつの顔くらい嫌でも...な。」
「じゃあ、相談もなく付き合い始めたの?父さんたち...」
「いや、梓から相談は一度だけあった。
でもそれはしずに告白するたった1日前にな~。
明日、告白しようと思うって。
答えが良くても悪くても、3人で一緒にいたいって
強欲なことも言ってきてな(笑)
...応援するしかなかった。頑張れよって。
振られたって俺がいるよぐらい言えば良かったけど
そんなことも言えないまま見送ってしまった」

ははっと笑って食べかけの肉に視線を落とす達兄。
俺は心底同情してしまった。
辛かったろ、しんどかったろ、絶対そんなの悲しすぎる。
ずっと片想いして、でも同性だからと一線引いて
なのにポッと現れた女に取られてしまう...
そんな後ろ姿をどんな顔で見送ったんだろう...

「まぁうまくいかなきゃいいなとも
思ったけど、別にしずのことも嫌いじゃなかったし
梓が選んだ女なら仕方ないって無理やり割り切ってさ。
次の日、付き合うことになったって
2人並んで報告されて(笑)
流石にその日1人で帰りながら泣いたわ(笑)」
「...しんど」
「しんどいだろ(笑)
でもな...気持ちを伝えなかった俺も悪いんだ。
ちゃんと伝えてれば未来は違ってたかもしれない」
「どういうこと?」
「それからとりあえず3人で今まで通り一緒にいて
高校の卒業式を迎えたんだ。
俺はもう大学には行かずに県外就職を選んで、
梓たちは2人で同じ大学が決まってた。
これで俺らは終わりだなって思った。
これから別々の道を歩んで、俺もいつか梓たちを忘れて
他に好きな人でも作って生きていく。
そう思ってな」
「...」
「だから、最後に梓のこと好きだったのは
伝えてもいいかなって思った。
結局もう会わなくなるなら、思い出として言えたらいいなと思って。
卒業式が終わったあと、梓を呼び出して言った。
ずっと好きだったって。しずと幸せになれよって。」
「...それで、父さんは何か言ったの?」
「それがさ(笑)それ聞いてから何故か
ボロッボロ泣き始めて(笑)」
「えっ」
「梓曰く、気づいてやれなくてごめんって。
たくさんたくさんしんどい思いさせたろって...
ごめんごめんって何度も謝りながらわんわん泣き始めてな、ありゃ困ったもんだった(笑)」
「まじか...」
「でも正直ちょっと嬉しかった。
引かれなくて良かった...ってな。
そう思ったと同時にやっぱりさ、
もし先に気持ち伝えてたら違う未来が
俺にあったのかなって悲しくもなったなぁ」
「...」

わかる... わかってしまう、その気持ち。
今本気で紘樹に告白したら
もしかしたら明るい未来があるのかもしれない、その逆も然り...
後悔先に立たずとは言うけど、
やっぱり告白はとんでもなくハードルが高い。
どんな風に受け取られるのか、
どんな顔して何を言われるか、
そして明日から今までの2人でいられるのか...
悩めば沼だ。怖くて仕方ない。

料理を食べ終えた達兄は
ちょっと失礼と言ってドリンクバーに
コーヒーをとりに行った。
その間に俺も残りを食べて水を飲み干した。
あまりにも突然の情報量に、脳みその整理が必要だった。
ずっと浮かぶ紘樹の顔。
達兄は割り切っていると言うが、
話している最中の表情はどこかずっと寂しそうで...

「敬、コーヒー飲めるよな?」
「あ、うん、ありがと」

コーヒーを2つ持ってきて
1つを俺の前に差し出した。
自分の席に座った達兄は一口コーヒーを飲んで
ふーっと息を吐いた。

「...父さんはさ、達兄のこと好きなのかな」
「さぁな」
「聞いてないの?」
「聞かないことにしてる、そう約束した」
「え、そんな... 気にならんの?」
「んー... なんていうかさ、俺のことどう思ってるかって聞いて、どんな答えが返ってきても
心折れそうな気がしてさ(笑)」
「でも...気になるだろ...」
「もし、俺のこと好きって言われたら
俺はもっと苦しくなるよ。
しずがいてお前らがいて、そんな幸せな家庭に
両想いなやつ取られて(笑)
でももし、嫌いだけど同情でって言われても
そんな優しさしんどいだけだし
誰も幸せにはならんから離れるしかないだろ。
梓が正直どう思ってるのかは
知らない方が幸せだと思ったんだ。
こっちに帰ってきて顔出せって言われるのも、
忙しいはずの休日をわざわざ有給使って俺といてくれるのも、梓の人生に俺を巻き込んでくれるのも
全部どうしてなのかわからん方が俺はいいんだ」
「...そんなの...絶対好きじゃん」
「ははっ(笑)そうだといいな(笑)」
「...」

笑えん...笑えんよ、達兄...
そんな割り切り方も約束も
絶対きっと悲しいと思ってるだろ...
どうして笑って話せるんだ...
どうしてそれでも父さんと連んでいられるんだ...

「敬」
「な、何?」
「俺、割ともう自分の中で納得してるんだ」

達兄は真剣な顔で俺を見て言った。

「もし、俺と梓が上手くいってたら
お前らには会えなかったし
しずも他の男と家庭作って疎遠になったかもしれん。
それを想像するとな、すごくすごく嫌なんだ。
俺は敬や香奈と会えて本当に良かったし、
気持ちを伝えたことで梓が今も離れず
俺と関わってくれる、それをしずが許してくれてる。
それってすごいことだと思わないか?
なんだかんだ結果オーライよ、
思ってた結末とは違うけど、全然言えて良かったし
よく言った!自分!って何度も褒めてやりたくなる(笑)」
「達兄...」

ニカっと笑う達兄。
いつもの笑顔、いつもの優しい表情。
きっとたくさん悩んでたくさん苦しんで
今でも何かシコリがある、それでも現実を見て
ちゃんと受け入れて過ごしてる。
普通にめっちゃすげぇ人だった...

「お前も心に決めたやつがいるなら
急かすわけじゃないけど、
ちゃんと伝えるべきことは言葉にしておけよ。
どんな結果になろうと、相手に自分の気持ちを話すって
本当に大切なことだと思う。
何もしなかった後悔はずっと残るからな」

俺はただ頷き、黙って話を聞いていた。
胸の奥の方がドキドキしている。
急かすわけじゃない、でも時は待ってはくれない。
いつ伝えるのがベストなのか、
そう考えているうちにきっとあっという間に
後悔に変わってしまうんだろう...

「...色々考えてしまってさ、
俺は進めてないんだ。
失いたくないし、壊したくないし、そばにいてほしいと
思えば思うほど伝えることが怖くて...難しい」
「そうだな... まぁでも
現状を変えるのは結局自分次第なんだわ。
相手がどう思ってるかなんて、
1人で考えたって何もわからん。
どんなに長く一緒にいるやつでも、仲良くても
自分とは違う人間。全部はわからんよ」
「うん...」
「まぁ、敬の意中の相手が誰かは知らんが
応援しとくよ。
いい報告聞きたいしな(笑)」
「俺もっ、...いい報告したい」

少しだけ笑って見せた。
それを見てホッとしたような達兄。
目を逸らしていた現実を
ちょっとだけ見る勇気が湧いてきた。
でも俺は達兄のようにはきっと割り切れない。
紘樹が誰かのものになるのはやっぱり嫌だ。
幸せそうにしてたって、それは俺の横であってほしい。
他の誰かじゃダメなんだ... 俺が紘樹を幸せにしたい。

残りのコーヒーを一気に飲んで
達兄の奢りで店を出た。
達兄はそのまま駅に向かった。
ギリギリまでその背中を見ていたが、
俺は思わず声をかけた。

「なぁ!達兄っ!」
「んー?」

人はそんなにいない。
俺の声に振り向いたのは達兄だけ。

「達兄は、今っ、幸せ?」

驚いた顔を見せた達兄だったがニカっと笑った。
片手を軽く上げて真っ直ぐ俺を見た。

「ちょー幸せ!」

そう言ってまた背を向けて歩き出した。
見えなくなるまで見送った達兄の背中。
いつか...俺のこともあんな風に笑って
話せたらいいな...
陽が傾き始めてオレンジ色に染まる道を
家に向かって歩き始めた。


………………………………………………………………


「もしもし、梓ー?仕事終わったん?」
『今終わった!電話できるか?』
「できるよ、もう家についた」
『そうか!お疲れさん』
「梓もなー」
『...敬とはどうだった?』
「んー、割と真剣に聞いてくれてたよ。
まるで自分に被せてるみたいにな」
『そっか...』
「敬がさ、最後に俺に幸せか?って聞いてきたんだ」
『なんて...答えた?』
「めちゃくちゃ笑顔でちょー幸せって言ってやった(笑)嘘じゃねーからな、今は本当に」
『達貴...』
「ま、なんか聞かれたら上手く答えといてくれや」
『...ありがとな、しんどい思いさせたな...悪かった』
「してねーよ、久しぶりになんか色々
思い出せて良かった。
...でも何年経っても、やっぱり俺...梓が好きだわ」
『達貴...お前』
「んー?」
『泣いてんのか?』
「...気のせいだ」
『10月3日空けとけ、そっち行く』
「あぁ?まだまだ先じゃねーか」
『いいな?忘れるなよ』
「へいへい...待ってる」
『おう。また連絡する、元気でな』
「梓もな、またな」

幸せの形はきっとそれぞれだ。
気持ちを伝えようと伝えまいと
知ってようと知らなかろうと
どんな現状でも受け入れ方は自分次第だ。

俺はリビングで父さんの帰りを待っていた。
たった一つ聞きたいことがあった。

ガチャっと音がしたと同時に
ただいまーと聞こえる声。
玄関に急いで向かった。

「おかえり!」
「ただいま、まだ起きてたのか?
もう0時過ぎてるぞ?」
「聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」

父さんは靴を脱いでリビングに向かう。
部屋に入って水を飲む父さんに
俺は口を開いた。

「父さんのスマホのホーム画面
達兄のアイコンだよな、見えちゃったこの前」
「あぁ...」
「父さんも...達兄が好きなんだろ?
なんで言ってやらないんだよ」
「...言わない約束だと今日聞かなかったのか?」
「そう聞いたけど...可哀想じゃん」
「まぁ、俺もそう思うけど、本人が言うなって
言うんだから仕方ないだろ」
「...好き...なんだな」
「好き...ねぇ...。敬、薔薇の花言葉知ってるか?」
「花言葉...?いや...」
「俺さー、ロマンチストだから
あいつが県外に引っ越す前に薔薇の花束あげたんだ。
8本だけどな」
「何か意味あんの?それは」
「まぁ、少なくとも達貴には伝わったみたいで。
それからLINEが主流になってから
達貴のアイコンとコメントは今の状態になったなぁ」
「それも何か意味が...」
「あるんだと俺は思ってるよ。
興味あったら調べてみな。
それより明日学校だろ?早く寝ろよ」
「お、おう...じゃあ寝るわ、
おやすみ」
「おやすみー」

リビングを出て急いで自分の部屋に入った。
電気もつけずベッドにダイブして
スマホで検索を始める。

薔薇の花束 8本 

思いやり、励ましに感謝...
達兄に父さんが送った花言葉...か。
母さんとのこと受け入れてくれて感謝ってか?

薔薇の花束 999本

「何度生まれ変わってもあなたを愛す...」

俺はスマホを充電器に挿して検索をやめた。
真っ暗な部屋、静かな夜中だ。
窓全開で少し風があるからか
今日はエアコンなしで眠れそうだった。

達兄はずっとずっと父さんが好きだった。
これからも変わらずきっと。
でも、これが人のものになるということだ。
もう2度と手の届かないところに
いってしまうということだ。
生まれ変わっても好きな人、それぐらい好きで
諦め切れるわけないんだ。
達兄の後悔は計り知れない、そんな気がする。

...紘樹

俺は...それでもまだ迷ってしまう

笑わせてやる、幸せにする、ずっとそばにいる

できる自信はある。俺ならできる。

でも...それが本当に紘樹にとって幸せなのかなって...

俺は枕に顔を埋めて
ゆっくりと眠りに落ちた。
答えは何も出なかったけど、
紘樹を想っていたからか懐かしい夢を見た。
小さい頃からよく遊んでいた公園。
俺が自分の気持ちに気づいたあの日のこと。
走馬灯なんじゃないかと思うぐらい
鮮明に再生されていた。
紘樹はこんな毎日があったこと
覚えてくれているだろうか...
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