君の隣の理由

名瀬 千華

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動き続ける別々の時間

【 高校1年 夏III 】

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【 紘樹side 】


あっついなー...
まだ朝だってのに太陽はだいぶ上っていて
すでに夏は来ていると知らせている。
半袖の制服がださいと何人かの生徒が言ってたけど
暑いの我慢するよりはマシだと思って
俺は早々に半袖登校だ。
その後ほとんどの生徒が半袖に変えていたけど。

この土日、悶々と1人で考えてた。
俺はあまりにも幼稚過ぎる、そう確信した。
まぁ長い間一緒にいて空気みたいな存在で
何があろうと当たり前に横にいて
それがこれからもずっと続くと何の根拠もないのに思ってたところはある。
でも最近なんとなくそれは当たり前ではなくて
ただ単に俺が居心地がいいからそうなってただけで...
敬が他に行こうと思えば
きっと蝶々結びの糸みたいにスルッと
解けてしまうものなんじゃないかと...
それにふと気づいた、そして怖くなった。

敬の家の前でぼーっと空を見上げる。
珍しく俺が先に待ってるなんて
きっとあいつ驚くだろうなぁ...
いつもは逆だ。
いつも待っててくれる、玄関を開けたらそこにいる。
それだって...当たり前じゃないんだよなぁ...

上に向けていた視線を家の玄関に向けた
ちょうどその時。
ガチャっと音がして少しだけ扉が開いた。

「じゃあ、行ってくるー」

家の中に向かって敬が言葉をかける。
いってらっしゃいと微かに聞こえる声。
母親かな。

「紘樹ッ!?」
「おはよ」

予想通り目を丸くして驚く敬に
ちょっと笑ってしまう。
でもよかった...いつもの敬だ。

「言ってくれれば早く出たのに!
暑かったろ?」
「全然大丈夫!たまには待ってようと思ってなー」
「もー!今度から言えよ!」
「はいはい(笑)」

駆け寄ってきた敬とそのまま並んで
学校に向かった。

「なぁ、敬」
「何ー?」
「俺さ、ちょっと色々考えてさこの土日」
「え、何考えたの?」
「んー...俺はさ...思ってるより幼稚だなぁと思って」
「...幼稚?」
「あぁ。まぁ長いこと一緒にいるから
なんか全部が当たり前だと思ってたけど
そうじゃないよなーって思って。
だから...怖くなってさ、こないだみたいにお前に当たってしまって...ガキみたいだろ」
「いや、あれは俺が...」
「いやっ、今回は全面的に俺が悪い!
だからっ、そのさ...」

俺は足を止めた。
2、3歩前に進み過ぎた敬が驚いて振り返る。

「敬が話したくなるまで待ってるから!
それに、俺も自分から好きな人見つけようと思う!
恋バナしようぜ!!」
「えッ!?」
「な!!これで今回の件は終わり!」
「いやちょっ、待てよ紘樹!」
「なんだよー」
「す、すっ好きな人見つけるって何!?」

再び歩き始めた俺を
小走りに追いかける敬。
めちゃくちゃ焦った顔してる。

「今まではさ、告白してきてくれる子と
付き合ってたけど
自分からいってみるのも悪くないだろー?」
「まっ、え、いやまぁそうだけどっ」
「なんだよー、お前だって好きなやついるくせに
俺はダメなのかよ(笑)」
「ダメってか...その...」
「大丈夫だって、そんなすぐ見つかんないし
見つかったとしても敬とも今まで通りだし!」
「...」

俯いて黙ってしまった敬。
普通に歩く俺の後ろをトボトボついてくる。

「なぁ紘樹」
「んー?」

振り返ると真剣な顔で俺を見ている。
俺も立ち止まって敬を見た。

「俺がいるから。
いい女見つからなくてもさ、紘樹には俺がいるから」

なんだ...それ。
俺は笑ってしまった。
でも心が気持ちいい。
当たり前じゃないと思うのは結構難しいけど
それでもやっぱりいつもの景色に
いつも隣に、俺はこいつがいて欲しい。

「そのまま返してやるよ、そのセリフ(笑)」

敬も笑った。
少し呆れたような、乾いたため息と一緒に。
俺らはまた同じ歩幅で並んで学校へ向かった。

少し早めについた教室はほんの数人の生徒が各々過ごしていた。
自分の机にカバンを置いて
すぐに敬の教室に向かった。

「なぁ、敬。
今更なんだけどさ、選択授業何にした?」
「あぁー、美術にしたよ。
紘樹そうするかなと思って...紘樹は!?」
「よかった~、美術とった!」
「お、まじで!良かった(笑)」

敬の教室にもちらほら生徒がいるだけだった。
自分の机に教材を詰める敬が
手を止めて満面の笑みで俺を見てくる。
あまりにも素直な反応にちょっと照れる。

「っご、ごめんなさい、あの...」
「んー?ん!?あっ、ごめん!」

敬の隣の席の机に寄りかかって
話していたから全く気づかなかったけど
その席の女子が後ろから声をかけてきた。
肩から斜めにかけた鞄の紐をぎゅっと握っている。
俺は急いでその子の机から離れた。

「ご、ごめんね、話してる時にっ...」
「いやいや!全然、こっちこそごめん」
「いやっいやいや!あ、ありがとうっ」

困った顔をしながらも彼女はニコッと笑って
自分の席についた。
綺麗な黒髪、少し長めの前髪で
横顔はほとんど隠れてしまった。

「沙織、1限で電子辞書使う?」

高身長のすらっとした男子が教室に入ってきて
その子に話しかけた。
...えらい美形な男子だな、何組のやつだろ...
さらさらの髪に切長の目。
ニコリともせず無表情で話しかけていて、
冷たい印象だ。

「使わないよ、珍しいね。忘れたの?」
「いや、優介が忘れたから俺の貸したんだけど
それを家に忘れてきたらしい」
「何それ(笑)はい、急いで返さなくていいよ」
「悪いな、ありがとう」
「うん」

短い会話だった、それを俺はぼーっと見ていた。
去り際にちらっとその男子と目があったが、
向こうは無表情のまま目を逸らして
教室を出て行った。

なんか...とっつきにくい空気感のやつだなぁ...

「さっきの男子、たまに目黒先輩といるよな」
「え?そうなの?」
「まぁ本当たまーに見るぐらいだけど」
「へぇ...目黒先輩って顔広いよな」
「なー」
「じゃあ、愛美に聞いたら知ってたりして(笑)」
「そうだなぁ、知ってるかもな!」

ふと教室を見渡すと生徒が増えていた。
時計を見ると朝のホームルームが
そろそろ始まる時間が迫る。
じゃあ戻るわと言って
軽く手を振りながら俺は自分の教室に戻った。

………………………………………………………………


「あぁ、間宮のこと?」
「間宮っていうんすか」
「間宮くんならうちのクラスだよ」
「あ、そうなの?」
「間宮...」

昼休み、弁当を持って屋上に行くと
いつも通り愛美と目黒先輩がご飯を食べていた。
そのまま一緒にご飯を食べることにして
俺は朝の男子生徒について聞いていた。
間宮という名前らしいが、
その名前に何か引っかかるのか敬は少し考え込んでいた。

「七瀬、一回見たことあるだろ」
「え?俺っすか?いや、ないっすよ」
「いやある、ほらー、あのー、
元カノに城田が呼び出されてそれ探してる時に
すれ違った場所教えてくれたヤツ」

もう忘れかけていた記憶を探る。
あの時必死だったからなぁ...
教えてくれたやつの顔なんかろくに見てないなぁ...
朝は目を逸らされたけど、向こうは覚えてるのかな。

「わっかんないっす、焦ってたしなぁ」
「そっ。あ、でも仲良くなれるんじゃないか?
話しかけてみれば?」
「いやぁ、なんかものすごクール男子って感じで...
なぁ、敬」
「間宮...んー、なんか聞いたことあるような」
「どこで?」

まだ悩んでたのか...
俺は自分の飯を口に運びながら敬を見る。
そんな敬に目黒先輩が口を開いた。

「あれだろ、中2の時の乱闘事件のやつだろ」
「あぁ!その間宮っすか!?」
「まぁそうだな、他校だから風の噂程度だろうけど」
「んなー!スッキリした!それだ」
「どれだ?」
「紘樹覚えてないか?中2の秋ぐらいかなぁ。
西中で3年の先輩を何人も病院送りにした2年がいるって話」
「あぁー、言われてみればそんなこともあったような...」

俺らは東中だったから
そういうことが西中であったってぐらいしか
噂が流れてこなくて
俺の記憶からはもうカケラも残ってない。
ただ、なんとなく一時期その話で学校中が騒いでたような気もする...

敬は残りの弁当を一気に食べた。
俺も残りを平らげて弁当箱を袋にしまう。

「間宮と一緒にちっこい男子いなかったか?」
「いやぁ、いなかったっすね。
俺の隣の女子と間宮が喋ってたの
たまたま見ただけなんで」
「そうか」
「その男子も乱闘事件と関係あるんすか?」
「まぁなー。詳しいことは言えんが、
仲良くなれると思うけどなー」
「機会があれば話しかけてみるか」
「そうだなぁ」

敬の提案に適当に返事をする。
そんなに相性良さげに見えるのかなぁ...
俺は上を向いて天を仰いだ。
ちょうど出入り口の近くで日陰のこの場所。
雲一つない青空。

「もー、外で食べるの無理かもー」

黙って俺らの話を聞いていた愛美が
突然うなだれた。
片手にミニ扇風機を持って顔を冷やしている。
たしかに...普通に結構暑いな...

「じゃあ、明日から他のとこで食べるかなー」
「さーんせーい、食堂いこーよー」
「おう」

愛美の提案に目黒先輩は笑った。
仲がいい、本当お似合いのカップルだ。

俺も敬もいつかこんな相手を見つけて
青春すんのかな...
いつか...
羨ましい気もするけど、今のままも悪くないとも思ってしまうなぁ...
恋愛に興味ないのって、もしかして俺の方なのかな...

「紘樹?」
「ん?」
「何ぼーっとしてんだ?教室戻ろうぜ」
「お、おう」

じゃーなーと軽く手を上げる目黒先輩と愛美に
軽く会釈して、俺たちは各教室に戻った。

その日の放課後、先にホームルームが終わった俺は愛美の教室に向かった。
愛美がちょうど水谷さんと話していたから
声をかけてついでに周りを見渡した。
教室の奥、窓側の1番後ろの席に
間宮らしき人を見つけた。
その前の席に座る男子と話している。

なんだ...朝の表情と全然違う。
楽しそうだ、穏やかな表情。
ちっこい男子ってもしかしてあの話してるやつか...
こっちからは後ろ姿だから顔までは見えんけど...

「けいくんとは仲直りできたんだね」
「え、あぁ。まぁ、とりあえずな」
「七瀬くんと城田くんも喧嘩するんだね!
仲良さそうなのに!」
「仲良いからするんだよねー!」
「そうだなぁ、そういうことだな(笑)」
「へぇー!いいなぁ、羨ましいー!
私も城田くんとそれぐらい仲良くなりたい!」
「そりゃー、無理かなぁー」
「んお、敬ッ」

振り向くと後ろに敬が立って笑っていた。
敬も教室の奥に目をやって
おそらく間宮をチラッと見た。

「無理って言わないでよー!(笑)」

敬がきて楽しそうな水谷さん。
好きな人いる学校って楽しんだろうなぁ...
叶わないって本人から言われてるのに
それでも想い続けるって本当すごい...

「帰るみたいだな」
「おん」

席を立って廊下に向かう間宮たちを
なんとなく目で追う。
教室の出入り口まで行くとちょうど下の階から上がってきた目黒先輩と出会していた。
3人で何か喋ったあと、目線が俺たちの方に向く。
2人とバチッと目が合う。

「まじで!あの七瀬紘樹!?
ぜっんぜん気づかなかった!!」

目をキラッキラさせて
一目散に俺の方に走ってくるちっさい男子。
大きな目、長いまつ毛、
背は俺より少し低いし顔も小さい。
まるで...女の子...

「お、俺のこと知ってるの?」
「知ってる!まさか碧の知り合いだったとは!
なーんだもっと早く知りたかった!」
「あ、碧?...目黒先輩のこと?」
「うん!俺、若菜優介!あっちのが間宮慎吾!
よろしくなー!」
「お、おう、よろしく...」
「ってことは、こっちが城田敬かぁ!よろしくー!」
「お、おう...」

若菜優介と名乗った男子の勢いに完全に負ける俺たち。
愛美も水谷さんも驚いた顔で俺たちを見ていた。
間宮と目黒先輩は動かずその場で何か話している。

「今日これから用事あるからさぁ!
また会った時はなそーなー!じゃあなー!」

スッと向きを変えて
間宮達の方に駆け寄り2人で教室を出て行った。
あ、嵐のような...
すごく一瞬の出来事だったのに
心なしか心臓の鼓動がまだ早い気がする...

「あいつ、目黒先輩のこと名前で呼んでたな...」
「だな...、恐ろしくてそんなことできねぇわ俺」
「俺も...」

苦笑いする敬をみて俺も釣られて笑った。

「な、悪い奴じゃなさそうだろ?」

目黒先輩がニヤニヤしながら俺たちの方に来た。

「なんすか、あの勢い。
めっちゃ元気な奴っすね」
「あんな若菜初めて見たけどな」
「え?」

言っている意味がよくわからず
俺は首を傾げた。

「若菜くんってあんまり人と喋らないよね。
同じクラスだけどいつもあの2人でいてさ、
特に若菜くんは他の人と喋ってるとこ見たことないかも」

両肘をついて両手で頬を支えながら
愛美がつぶやく。
もう入学して3ヶ月ほど経つけど
そんなことあるのか...?
あんなにガツガツ話してきたくせに...

「まぁ色々あったからな、
七瀬と城田は何か違ったんだろ」
「そ...っすか...」

まぁ人には隠したいことの一つや二つって
ことだよな...
なんでかはよくわかんないけど
気に入ってくれることは悪いことじゃないし!

「なー、愛美!
帰り、スタバの新作買いに行こうぜ!
水谷さんもどう?」
「え!私も良いんですか!?」
「いいじゃーん!3人でいこー!」
「俺らも誘ってくれてもいいじゃないっすか!」
「やだー、お騒がせバカップルは2人で帰れ」
「何すかそれーっ!」

さっさと教室から出て行こうとする目黒先輩は
笑っていた。
つられて俺も笑ってしまい、
それを見た敬も笑っていた。
結局校門までみんなでゾロゾロと向かい、
スタバ組とご帰宅組で別れた。


………………………………………………………………


窓の外は雲ひとつない空。
うっるさい蝉の声と、珍しく真剣に担任の話を聞いているクラスの生徒。
俺も配られたプリントに目を向ける。

「えー、もう1週間もすれば夏休みですが
問題を起こさないように。
怪我も病気もするなよー。
配ったプリントに過ごし方、注意事項なんか
いろいろ書いてあるから各自目を通しておくようにー。」

暑さのせいかものすごくやる気のない
うちの担任が帰りのホームルームを進める。
夏休みかー
今年も海だな、久しぶりにバーベキューもいいなぁ
花火大会に夏祭り、あとー...

「遊ぶばっかりしないで
ちゃんと課題に取り組むようにー。
七瀬ー、提出期限ちゃんと守れよー」

不意に呼ばれみんなの視線が俺に集まる。

「うっす...」

静かだった教室が少しだけ笑いに包まれる。
気恥ずかしくて横を見ると藤井も笑っている。
お前だって遊ぶことしか考えてなかっただろぉぉ...
俺が小声でおいっと言うと
藤井も小さくわりぃわりぃと言ってまた笑った。

ホームルームが終わるとさっさと担任は
教室を出て行き、教室が一気に賑わい始める。
他のクラスも終わったのか廊下も賑やかになる。

「じゃ、また明日な!七瀬!」
「おう、部活がんばー」

大荷物を抱えて藤井は教室を出て行き、
俺も鞄にさっきのプリントを詰める。

「七瀬くん!」
「んー?」

クラスの女子が3人近づいてきた。
ほっとんど名前は覚えてないけど、
顔は見たことある。

「七瀬くんって、夏休み何か予定あるの?」
「あー、うん。いっぱいある」
「ええー、そうなんだぁ... 
夏祭りとか、花火大会とか行くの!?」
「うん、行くよ」
「だ、誰と行くとか決めてるっ!?」
「俺と、だよな」
「ぅおっ、びっくりさせんなよー、敬ー」

毎度毎度後ろから急に現れるの好きだなこいつ...
驚く俺を見て笑っている敬。
小さくため息をつきながら女子たちに視線を戻した。

「でもまぁ、こいつと行くから」
「そっかぁ... 仕方ないねー...」

女子たちは顔を見合わせながら
俺たちから離れていった。
敬は藤井の席に座った。

「助かった、ありがと」
「嘘じゃないよなー?」
「何が?」
「俺と夏祭りも花火大会も行くの!」
「何言ってんだよ、他に誰と行くんだよ」

満足げに笑う敬を見て俺は鼻で笑った。
つーか...敬こそ俺と行くのでいいのか...
まぁ毎年のことだし、それが当たり前になってんのかな...
敬がそれでいいなら別にいいんだけど...

「あっ!七瀬!城田!」
「おー、若菜」
「ねぇねぇ!七瀬たちって花火大会行くのー?」
「おう行くぞー!」
「東?」
「そう、東大会。え、若菜たちもそこじゃねーの?」
「俺たち毎年西大会行くんだー、
そっちの方が近くてさ!」
「あ、そうなの?」

ニコニコと話している若菜の後ろで
ぼーっと廊下を眺める間宮。
若菜と話している時以外の間宮は
基本真顔でつまらなさそうにしている。

「中学、西中だもんな」
「そうそう、よく知ってるね!」
「目黒先輩から聞いたよ」
「あぁ、なるほど(笑)
そっかぁー、城田たち東に行くのかぁ」
「確か同じ日に開催だったよな、毎年」

敬との会話で明らかに残念がる若菜。
一緒に行きたいのかな、花火大会。
まぁ西の花火大会は行ったことないからなぁ...
俺はスッと敬に近づいて耳打ちをした。

「今年、西行く?来年また東行けばいいし」

小さな声で敬に聞くと
コクコクと何度か頷いてきた。
よし、そうしようとパッと敬から離れた。

「じゃあ、今年西の花火大会いくよ!
会おうぜ!」
「え!いいの!?うっわ!やった!!」

満面の笑みで喜ぶ若菜。
そんな若菜を見て間宮がニコッと笑った。
そんだけ喜んでくれたらなんだかこっちも嬉しくなる。
敬の方を見ると耳を真っ赤にして目を逸らしていた。

「敬?どうした?」
「いっあっいや、良かったなっ、喜んでもらえて!」

めちゃくちゃ焦って返事をする敬に
違和感を持ちつつも、そうだなと返事をする。

「沙織」

不意に声を出した間宮の方を振り向くと
帰ろうとしていた女子生徒を呼び止めていた。
あ...あの子、こないだの...
長い髪が暑いのか一つに束ねてポニーテールにしていた。

「あれ、帰ったんだと思ってた」
「もう帰る、沙織は今年花火大会行くの?」
「どうしようかな、誘われてはないんだけど...」
「じゃあ、俺らと行かないか?
そこの2人も西に来てくれるらしくてさ」
「えっ、あ」

こっちを見た沙織と呼ばれる子は
俺たちを見るなり、思い出したのかニコッと笑った。
すごく小顔で身長は若菜と同じくらいだ。

「でも迷惑じゃないかな... そんな急に...」
「いいよ!沙織も行こうよ!
人が多い方が楽しいよ!な!七瀬たちもいいだろ!?」
「俺らは構わんけど...なぁ、敬」
「おう」
「じゃ、じゃあ、行っちゃおうかな(笑)」

その言葉に若菜はまた喜んだ。
そのまま間宮たちは3人で帰っていった。
いつの間にか教室には俺と敬だけで
静かになってしまっていた。

「夏祭りは駅前の行くだろー?」
「そうだな、あとはー、海と、あ!
久しぶりにバーベキューしたくね!?」
「おお、いいね!
人集めようか、愛美たちにも声かける?」
「おっけ!あー、なんだかんだ毎年夏休みって
ほとんど毎日敬といるよなー」
「俺は嬉しいよー、毎日紘樹」
「ははっ、そりゃどうもー
まぁでもそれがもはや夏休みって感じ(笑)」
「そうだな(笑)」

夕方に向かっているはずなのに
全然暑いし外もまだ明るい。
そんな中なかなか帰る気にもなれず
イスの背にもたれかかって天井を見上げた。

「...あの沙織って子、間宮と仲良いよな」
「あぁ」
「彼女...とかかな」
「さぁどうだろうな」
「...」
「...え、気になるの?え?紘樹?」
「いや!いやいやっ、そんなんじゃねーけど!」
「えっ!?」
「いやだから!違うって(笑)
なんとなく!どんな関係なのかなって!」
「そ...そっか...」

なっ...なんだよ、急に食いついてきて...
いや、焦ってる俺も変だけどもっ
なんとなく微妙な空気が流れる。

「...敬こそ、今年も俺と過ごすのでいいのかよ」
「何言ってんだよ、俺は毎年紘樹と過ごす気しかない」
「...そーかよ(笑)」
「なぁんだよ、なんかあんのかよー」
「いーや、別に!帰ろうか、そろそろ」
「おーう」

もう何年、いや10何年変わらないこと。
改めて考えたら何気にすごいよな...
他愛もない会話をしながら教室を出て家へと向かった。


………………………………………………………………


「まじで!?夏休みまでサッカーするとか
本当やばいな、ガチ勢じゃん」
「いや何言ってんだよ、部活だぞ(笑)
普通だろ(笑)」

終業式が終わって体育館から教室に戻り
担任がくるまでみんな雑談して過ごしていた。
ついに明日から夏休みというのに
藤井は部活三昧らしい。
中高と帰宅部の俺にとっては全く異世界の人種だ。

「てか、七瀬は部活やんねーの?」
「あぁ、特に何にも興味ないしなー」
「そっかぁ、サッカー部ならいつでも歓迎だぞ!」
「いらんいらん、そういうの(笑)
俺はダラダラして遊び呆けるよ」
「ま、それもありだよなー!
部活引退したら俺もその生活予定(笑)」
「なら、そん時は海行こうぜ!」
「お!いいね!!覚えとけよ!」
「おっけ!大丈夫!」

2人でケラケラ笑っていると
気だるそうに担任が教室に入ってきて、
夏休み前の最後のホームルームが始まった。

チャイムがなると同時に
一斉に生徒が廊下へと出ていく。
俺も荷物を肩から斜めにかけて
藤井と教室を出て別れた。
敬のクラス、終わってんのかなー...

「なっ、七瀬くんっ」
「んー?」

クラスの女子だ、たぶん。
顔は見たことある...
斜めにかけた鞄の紐を両手で握って
耳まで赤くして俺を呼び止めていた。
あー...これは...

「ちょっと...話があって!時間ある?」
「んー、ごめん。友達待ってんだ」
「そ...そっか...。ご、ごめんね」
「いや、こっちこそごめんな」

足早にさっていく女子をぼーっと見る。
誰だけっけな、クラスメイトの名前ぐらい
そろそろ覚えないとなぁ...
頭を軽く掻きながら小さなため息をついた。
たくさんの生徒が廊下に出ている。
もうどのクラスが出てきてるのかもよくわからん。

「あっちーんだよ!離れろっ!」

そんな中でも聞き慣れた声というのは
耳に入ってくるもので...
声のする方を向くとB組から
2人の生徒が出てきた。
ゲラゲラ笑っている男子に肩を組まれ
何とか振り解こうと怒っている敬だ。
...珍しいな、あんな絡まれ方してるの。
クラスメイトかな。
明らかにものすごく嫌がってんな...

「も~!そんなこと言って~!
明日から会えないんだよ~!」
「知るか!うっざ!絡まってくんな!」
「寂しいな~!ね!デートしよう!
お互い独り身だしさ!城田ぁ~!」
「きもいんだよ!さっさと帰れ!うぜえ!」
「ひぃ~!冷たい男!」

...なんだありゃ。タチの悪いチンピラだな...
だる絡みされている敬を見ながら、気の毒に思う。
その時不意に顔をコチラに向けた敬と
バチッと目があった。

「紘樹っ!」
「おーう」
「あー!もうまじうぜ!上村ッ!」
「わーっかったよ!そんなキレるなって(笑)」

じゃーな!と言いながら
スルッと敬から離れて渡り廊下へ消えていった。
乱されたシャツを整えながら敬は俺の元へ駆け寄る。

「なんか変なやつだな」
「あぁ、上村っつってな、一応仲良くしてんだけど
このクソ暑いのにベタベタくっついてきて
うざいったらありゃしねー」
「お前のこと好きなんだろ(笑)」
「ないわー、紘樹ならいいよ!全然!ベタベタ歓迎!」

ニコニコしながら両手を広げて
ウェルカムー!と言う敬を横目に流す。

「はいはい無理無理暑い暑い」
「おいーっ」
「あっ、おーい!若菜ー!」

ちょうど向いた先に間宮と若菜を見つけた。
大きく手を振りながら名前を呼ぶと
若菜も振り返ってニコニコしながらコチラにきた。

「なぁ若菜、連絡先教えてくれよ」
「え!何それめっちゃ嬉しい!!いいよー!」

ちょうどよかった、花火大会の時に
これで連絡が取れる。
LINEに友達が追加された。
ついでに間宮も敬と交換した。 

「また連絡するよ、当日にでも」
「うん!待ってる!
花火大会終わった後、慎吾んちで花火するー?」
「え!まじで!いいの!?」
「構わないよ」
「やろうぜ!敬!」
「おう!」
「じゃあ決まり!沙織にもあとで言っとくよ!」
「おう!その子1人で来るの?」
「俺らと行くよ!家近いからさ」
「あ、そうなんだ。了解!」
「じゃ!またな!」

家...近いんだ。
幼馴染みたいなものなのかな...
仲良く並んで帰っていく若菜たちを見ながらなんとなく考えてしまう。

「なぁ、敬」
「んー?」
「沙織って子、苗字なんていうの?」
「...羽界(うかい)さん」
「変わった苗字だなぁ」
「...紘樹」
「んー?」
「やっぱ...ちょっと気になってんの?」
「んー...わかんない、けどまぁ名前は覚えた」
「まじか...」

間宮が名前を呼ぶとそちらを向いてしまう。
綺麗な黒髪が揺れてフワッと笑う。
それが少しだけほんの少しだけ、ドキッとしてしまって
自分でもよくわからない感情がモワッと湧いてくる。
これが敬が言う気になる存在なのかは
よくわからないけど、もしかしたら始まりはみんな
こんな感じなんだろうか...

明らかにしょぼくれている敬に
帰ろうぜと一言かけて俺らも学校をあとにした。

いつもの景色、大きな川が流れる土手沿い。
何人かの同じ制服、母親と手を繋いでいる子供。
それぞれが行き交っている。
俺と敬も同じ歩幅でのんびり歩いていた。

「なぁー、敬はさ、
好きな人のこと好きだなって思ったの
どんな時だったー?」
「えっ...あぁ...そうだなぁ...
あんまり...よく覚えてない、結構前だし」
「なんだー、そんなもんかぁ。
てかそんな前から好きなのかよ」
「ま、まぁなぁ...」
「なぁ、もしかして、敬の好きな人ってさ...」
「っ!?」

俺は足を止めて真っ直ぐ敬を見た。
目を丸くして驚く敬。
前から少し浮かんでいたあいつ...

「愛美!?」
「...はぁ?」
「だって!前からとか俺も知ってて可愛くて面白いとか言ってたし!もしかしてと思って!」
「いやいやいや、違う。全然違う」
「あ、そうなの...」
「無理だよ、あんな怖い女」

敬はホッと小さくため息をついて
手をひらひらとさせてまた歩き出した。
なんとなく俺もホッとする。
違った、違ってよかった...ような気もする...
じゃあ、やっぱり誰なんだろうなぁ...
あぁー、いやいや、本人が話す気になるまで待つと決めたのは自分だ!
俺は少し小走りで先を進む敬に駆け寄る。

「やっぱり敬も怖い女だと思うよな(笑)」
「洞察力えぐいしな...」
「わかる(笑)悪いやつじゃないんだけどな」
「本当それなんだよ(笑)
そういやぁ、バーベキューいつするよ?
愛美たちも誘うんだろ?」
「あ、そうだったな!連絡してみよ」

俺はスマホを出して愛美にLINEした。

〈 夏休み、どっかでバーベキューしないか?
  目黒先輩も誘って! 〉

まぁそのうち返事が来るだろうと
スマホをポケットに戻した。
額に少し汗を滲ませながら
カッターシャツの首元をパタパタとしている敬。
昼前に学校が終わってそのまま下校だが
確かに暑すぎる...

「なぁ、マック行かね?」
「賛成~、まじ暑すぎて死にそう~」

昼飯はマックに限る。
俺たちはまた足並み揃えて歩き出した。


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