君の隣の理由

名瀬 千華

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真っ白な想いに散らばる憂慮

【 高校2年 秋II 】

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【 敬side 】



イラつく...
いや、腹立つというより不安の方が合っているだろうか...

「どうしたー?城田ーっ?」
「...なんでもないです、うるさいっす」
「悩みなら聞くぞーっ?」
「うっさいですって」

真横からでかい声で話してくる京極先輩に
さらにイラつきながらスマホに目を向ける。
文化祭でフルでは歌わないから
目黒先輩が本番用に編集した曲を覚える。

先週に引き続き1時間の練習をしているわけだが...
紘樹が何してるかわからないこの1時間が
俺をかなり狂わしている...
別に全部知りたいとかそういう
束縛みたいな監視みたいな意味ではないけど。
でも...なんだよ、赤羽さんといたのなんなんだよ...
つか呼び捨てしてんのなんなんだよ...
いやだからって1人でじっと待ってろとか言わねーけど
何でよりによって赤羽さんなんだよっ
あんなめんどくさがってたくせに
1時間もよく話できたなっ。
あーくそ...モヤモヤがでかくなりすぎて吐きそう

「...くっそ」
「おいおいー、城田ーっ」
「うっさい...なッ!?」

あまりにも頭に来て真横からの声を掻き消すように
手を上げてしまったが
パシッと京極先輩にその手を握られ時が止まる。
なっ...力...つっよ...
振り払おうとしてもびくともしない。
俺の手を握ったまま京極先輩は
心配そうに少しだけ眉毛を傾けている。

「...大丈夫か?」
「大丈夫っす、離してください」
「城田...」
「なんすか」
「怒ってる顔も結構いいな!!」
「...きっも」

渾身の力で腕に力を入れて無理矢理手を払う。
驚きながらも笑っている京極先輩に
少し気が抜ける。
まぁ...優しい人なんだとは思うけど
人が違うだけで言われた言葉にここまで
印象が変わってくるとは...
紘樹に怒った顔も悪くないと言われたら
そりゃ...あーまぁ...うん...

「お?何、機嫌直ったのか?ニヤついてんぞ?」
「っ...もう話しかけないでください」
「ええーっ!?」

はぁーっとでかいため息をついて辺りを見渡す。
谷井といった先輩とは特に絡むことはなく
今は雛くんと音を合わせている。
目黒先輩も一回集中し始めると
黙々と1人でやってしまうから話しかけずらい。
で、集中力の切れやすいこの人だけ
俺に絡んできてるわけだが...

「てか、城田って超歌上手いよな!
あれはファンできっぞ!まじで!」
「はいはい...じゃ、俺もう今日は」
「はっ!?もう1時間経ったのかよ!?」

時計を見てウゲーーっとうなだれる京極先輩を置いて
目黒先輩の方へ向かう。

「目黒先輩、俺もう上がりますね」
「ん?あぁ、いいよ。
どうだ?編集したやついい感じ?」
「問題ないと思います、また覚えて
合わせてみてって感じっすね」
「そうだな、次集まる時までに頼むわ」
「わかりました、じゃ、お疲れさまです」
「おう、おつかれ」

ぺこっと目黒先輩に頭を下げて
扉を開ける前に雛くんの方を見ると
お疲れさまでーすと手を振っていた。
軽く手を上げてそのまま音楽室を後にした。


...今日も赤羽さんといるだろうか
いやいや、いるからってなんなんだよ
紘樹が今更赤羽さんに靡くとでも?
ビビってんのか、俺。くそだせぇ...

重い足を必死に前に出して
紘樹がいる教室に向かう。
中央廊下に入れば教室が少し見える。
...どうだ、紘樹はっ
窓越しに見えるその笑顔に足が止まった。

「...羽界さんか」

...羽界さんは敵じゃない
もうほとんど存在は愛美みたいなものだ。
だから...
だから...全然今日は...いいはずなのに...
止まった足が動かない。
今すぐ走ってでも紘樹と合流したいのに。
きっといつもの顔で帰ろうと言ってくれる、
絶対そうなのに。
なんでこんなに...イラつくんだ...

「しーろたー」
「っ!?」

さっきまで真横で聞いていた声が
後ろで俺を呼んだ。
びっくりして振り向くと
穏やかな表情でニコッと笑う京極先輩がいた。

「...なんすか、練習どうしたんすか」
「俺も今日はもう上がろうと思って!」
「なんか用事ですか」
「んー、そうだな。
城田が心配って用事かな!」
「はぁ?」
「で、何でこんなところで突っ立ってんだよ?」
「いや別に教室に戻るところっすよ」

足が動いた。
こんなところでこの人と話してる方が
時間の無駄に感じる。
落ち着け、俺。

「紘樹、お待たせ」
「おかえり~、ってあれ、京極先輩もいたんすね?」
「おう!俺も今日は早く帰る!」
「そっすか」

いちごオレあざーすと先輩に笑う紘樹。
ほら...いつも通りだ。

「城田くん、お疲れ様」
「おう、ありがとう紘樹の相手してくれて」
「全然!私こそごめんね、長いこと。
じゃあ、私少し碧くんと話があるからお先に!」
「え、あ、そうなの?
また明日~」
「また明日!」

ニコニコっと手を振って
羽界さんは中央廊下へ歩いて行った。
紘樹も荷物を持って立ち上がり
空になったいちごオレをゴミ箱に捨てた。

「七瀬、あれ彼女?」
「ちげーっすよ(笑)」
「なんか七瀬の周りって女溢れてんな、羨ましい~」
「溢れてない溢れてない(笑)
たまたまっす」

...機嫌いいな
京極先輩に絡まれながらも教室を出て行く紘樹に続く。



「京極先輩って何で毎回
いちごオレくれるんすか?」
「んー?好きだろ?」
「まぁ好きですけど」
「じゃあいいじゃん」
「あぁいやそうじゃなくて!
別に気ぃつかってくれなくていいっすよ?」
「気なんかつかってねぇよ(笑)」
「じゃあ、なんで...」

正門に着いたところで
京極先輩は不意に足を止めた。
紘樹と俺は並んでそんな京極先輩を見る。

「俺、城田好きだもん。
好きなやつが大事にしてるもんは
自分も大事にするだろ、普通!」
「え...」
「何言ってんすか、まじで」

あまりにどストレートに言われた言葉に
紘樹は返す言葉もなく固まっている。
しれっと余計なことを言うんじゃない...
俺の眉間に皺が寄って無意識に京極先輩を睨む。

「まぁまぁ!そう怒るなよッ(笑)
お前らの関係はなんとなくわかったし
どーすっかは考えるから!」
「はぁ?」
「先輩、いらんことしたらまじで怒りますよ」
「おおーこわ!!退散退散ッ(笑)
じゃ!また明日な~!」

でかい声で1人笑いながら
俺らに背を向けて歩き出す京極先輩を
いつまでも見ていた。
...渡す気もないし身を引く気もない。
俺が変わることもない。それは絶対だ。
けど...なんでだ、動揺してんのは...

「なにあれ、どういう意味?」
「...気にすんな、帰ろーぜ」
「おーう...」

不思議そうな顔をして先に歩き出した俺に
ついてくる紘樹。
文化祭が終わるまで、こんな日がたまにあるのは
たったその日が終わるまでなんだ。
こんなことで不安になっててどーすんだよ...
紘樹が俺の知らないところで誰とどんな話してようが
そこまで知っておかなくていいだろ...

「なぁ敬」
「っん?」
「羽界さんが言ってたんだけど
明日頭髪検査あるらしいよ(笑)」
「まじ?え、朝集会あんの?」
「らしい(笑)」
「まじか、だっりーな」
「まぁ俺らは引っかからないとは思うけどな」
「まぁな~、でも文化祭までには
切りたいかも」
「あぁ、じゃあまた樹にLINEしとくわ」
「あざ~、いつでもいいや日にちは」
「おっけ」

いつも通り。
そうだ、俺らは誰がどんなことしてきたって
変わらない毎日を送るんだ。
紘樹と2人でいる時間が
少しずつ俺の心をほぐしていく。
ただ柔らかく、ただ優しく...




次の日、紘樹が言っていた通り
朝から全校集会があり
先生たちの話が終わってから
全学年の頭髪検査と服装検査が始まった。

クラスの男女ごとに一列ずつ並んで
前から順番に担任の先生と生徒指導が
チェックしていく。
先生から合格をもらった人から体育館を出て行っていた。

「はい、城田くんも問題ないね」
「はーい」

先生が次の人へ移り
長い集会の疲れをグーっと背伸びして癒す。

「けいくんって髪染めたりしないのー?」
「んー?あぁ、染めないかなー」
「どうしてー?似合いそうなのに!」
「それはぁ~...」
「こら!!待ちなさい!赤羽!!!」
「やーーんっ!!七瀬せんぱーーい!助けてーっ!!」
「何やってんだあの女」
「瑠美ちゃん(笑)」

1年の列から走って逃げていく赤羽さん。
服装も頭髪もどちらも引っかかってんだろうな...
担任が急いで追いかけている。
ケラケラ笑いながら真っ直ぐに
紘樹の方に走って行っている。
俺も愛美も呆れながら紘樹の方に向かう。

「七瀬せんぱーいっ!っぐはッ!!」
「何してんだよ」
「いっ痛いっでずぅ...」

勢いよく紘樹に走って行ったのはいいが
紘樹が腕を伸ばしたところに
思いっきり入って行って
体がくの字に曲がり止まった。
めり込んだ腹が痛むのか両腕で抑えながら
前のめりにうなだれる赤羽さん。

「ありがとう、七瀬ー!
コラ赤羽!スカート折るんじゃない!
ちゃんと着なさい」
「いてて...嫌ですぅ!
スカートは短い方が可愛いんです!」
「はぁ...校則なんだから可愛いもなにもないの!」
「スカートぐらい普通に履けよ」
「あぁ!!七瀬先輩まで!!
わかってないです!もうっ!!」
「はぁ?」
「スカートの丈長いのダサくないですか?
絶対短い方が可愛いじゃないですか!?
少なくとも膝上は譲れないですッ!」

先生と紘樹にダブルで責められながらも
必死に抵抗を続ける赤羽さん。
いつの間にか俺の横に来ていた水谷さんと
3人でそんな紘樹たちを見ていた。
すげぇ真顔で赤羽さんを見ている紘樹は
本当に彼女に興味ないんだろうなとは思う。

「顔整ってんだから何でも似合うだろ」
「へ...」

...あれが本当に紘樹の悪いところなんだよな。
興味がないから相手の期待も気持ちも
何にも考えずにただ思ったままをぶっ放す。
愛美が横で吹き出して
俺もため息をつきながら頭を抱える。
みるみる顔が赤くなっていく赤羽さん。
その会話を聞いていた周りも
一瞬時が止まってザワザワと喋り始める。
言った当の本人は何一つ変わらない真顔。
素直にストレートに発するその言葉の
影響力は本人は全くわかっていない。

「と...、整ってますかッ!?私!?
七瀬先輩そう思ってくれてたんですか!?」
「性格は散らかってるけどな」
「え゛っ!?」
「それと赤羽、頭も黒染めして来なさいよー。
その色はアウトよ」
「えええ゛!?
あっ!!七瀬先輩!!七瀬先輩は
髪の色明るい方が好きですかッ!?」
「断然黒髪派」
「えええーーーっ...染めてきまぁす...」
「よろしい」

ガクッと肩を落としてやっと大人しくなった
赤羽さんから先生も離れていく。

「あぁ~、なるほど(笑)」
「ん?」
「けいくんが髪染めない理由がわかった(笑)」
「はっは(笑)そういうこと」
「え?なになに、何の話?」
「あのねー!」

愛美が水谷さんと話し始めたから
俺も紘樹の横に行く。

「おお、敬。
なぁ敬って茶髪派?黒髪派?」
「んー、俺も黒かなー。
紘樹が染めるならその色が好き」
「なんだよそれ(笑)教室戻ろうぜー」
「おう」

じゃなーと赤羽さんに手を振りながら
紘樹と体育館を後にする。
そういえば...さっきの赤羽さんとの
衝突事故は言っとかないとな...
別に紘樹のぽろっと発言は
もう言ったところで直らないだろうから
せめて接触は減らしてもらいたい、ムカつくから。

「なぁ紘樹」
「んー?」
「さっき赤羽さんの腹に腕めり込ませたやつ」
「あぁ」
「やめろよ、あぁいうの」
「仕方ねーだろ、向こうが突っ込んできたんだから」
「避ければいいだろうが」
「いちいち気にすんなよなー、
てか俺は何もしてねぇし!
別に前みたいに抱きしめたりしてないんだからー」
「おい」
「なんだよ」

数人の生徒が歩いている中央廊下で立ち止まる。
紘樹も振り返って足を止めた。
俺は片腕を出して
赤羽さんみたいに突っ込んで来いと言うと
はぁ?と言いながら紘樹は俺の腕の前に入った。

「この近さなんだよ、...ムカつくからやめろまじで」
「あぁ...まぁ...近いな」

俺を見上げながら笑う紘樹に全く反省の色が見られず
そのまま紘樹を担ぎ上げる。

「なっ!?おいッ!!降ろせバカ!!」
「やーだ」
「おい!ごら!!敬ッ!!!」

ギャーギャー騒ぎながら
俺の肩と頭を叩きまくる紘樹をそのままに
教室に入る。

「何してんだよお前ら(笑)
どういう状況(笑)」
「何があったら紘樹担いで戻って来んの(笑)」
「まーた赤羽さんを射止めてたから罰」
「射止めてねーわッ!!降ろせ!!」
「城田の嫉妬表現が独特すぎる(笑)」
「てか紘樹そんな軽々運ばれてるけど
城田って結構力あるんだなぁ!」

ゲラゲラ笑う間宮と
すげぇ~と目を輝かせる若菜。
ゆっくり紘樹を降ろして席に着く。

「紘樹が軽いんだよ」
「紘樹も細いもんなぁ~」
「そうかー?普通だろ」

...嫉妬か
だせぇよな、本当情けねぇ...
ただ、赤羽さんと紘樹が絡み始めてから
他の女子からの紘樹への告白がグンと減っている。
呼び出しが本当に明らかに。
まぁ当の本人はそんなの気づきもしないだろうけど...
いらん虫が寄り付かないのはいいことだけど
それぐらい女子からでさえも一目置かれている
赤羽さんにあんだけモーションかけられてて
本当いつかちょっと...紘樹の心が
動いてしまうんじゃないかと...
いやいや...あー、んなことあり得ない
ないないない...

ブンブンと頭を振ってつまらない心配をかき消す。

「どした?」
「なんでもない」
「頭痒いんか?掻いてやろーか!」
「あぁじゃあ~、撫でて」
「はぁ!?ガキかよっ!」
「...」

掻くのはいいのに撫でるのはダメなの
なんなんだよ...
しかも何でちょっと怒るんだよ...
意味がわからなさすぎて笑いが込み上げる。

「何笑ってんだよっ?
っなんだよ!」

紘樹の頭をぐしゃぐしゃっと乱す。
不思議そうに少し照れくさそうに
俺を見ているその目が...
あぁ、やっぱ...

「好きー」
「なッ!?」

肩をどつかれながら1限開始のチャイムが鳴った。


………………………………………………………………



「もう完璧っすね」
「あぁ、まぁほとんど経験者だしな。
初心者と言えば雛ぐらいで。
でも絶対音感もってるし覚えが早いしよかったよ」
「へぇ、すげぇっすね」
「城田も練習時間少ねぇのに
クオリティ高くて助かるよ」
「俺は早く帰りたいだけなんで」
「七瀬のところにかー」
「そっす!」
「そっすじゃねーわ、バカップル」
「いてっ」

目黒先輩に軽く頭をどつかれる。
文化祭があと3日後に迫った今日、
最終的に全部を通して合わせてみたけど
もうみんな自分のパートは完璧だった。
結構練習したんだろうな...
ウザ絡みはしてくるけど
やる時はちゃんと真剣にやる京極先輩を
心底嫌いになることはできなかった。

時計を見ると約束の1時間から
10分もオーバーしていた。

「じゃあ、俺はこれで」
「あぁ、わりーな、ちょっと長引いて」
「全然大丈夫っす、お疲れ様です」
「おう」
「城田先輩!お疲れ様でした!」
「おーう、おつかれ雛くん」
「待って!!俺も行く!俺も帰る!」
「待てないっすよ、1人で帰ってください」
「ちょッ!?おい!!」

急いで荷物を持ってこちらに走ってくる
京極先輩を無視して音楽室を出る。
待たせている分無意識に早足になる。
中央廊下にでて教室に視線を向けると
いつも見えるはずの横顔が...ない。
急いで教室に入って見渡しても
やっぱり紘樹はいなかった。
...どこ行った

「あーっ速いな!!城田足速いっ!
って七瀬いねーじゃん。
帰ったのか?」
「いや、勝手に帰るやつじゃないんで」

スマホを取り出して通知を確認する。
よかった、LINEきてた。

〈 中庭にいるわー 〉

スマホをポケットに入れて
何かつべこべ言っている京極先輩を置いて
中庭に向かった。


「だから無視すんなよーっ!!
なに!中庭にいんの!?」
「...赤羽さんか」
「あ?あー!知ってっぞ!あの子!
1年のめっちゃ可愛い子だよな!!
可愛いっつか、美人ーっ!!」
「...」

思わず目を逸らしてため息が漏れる。
あぁ、やっぱりムカつく。
あの笑顔、惚れ込んでるあの顔が
本当に...胸くそ悪くて...そんな自分にもイラつく。
年下の女相手にここまでモヤモヤしてる
自分が本当に情けない...

「行かねーの?」
「行きますよ」
「なぁ」
「...なんすか」
「待てよ」
「っな!?」

グイッと力強く腕を引かれ
壁に背中が当たる。
握られた腕はそのままに
めちゃくちゃ真剣な顔の京極先輩が目の前にいる。

「なんすかっ、まじでさっきから
うざいっすよッ」
「俺は城田が好きだから。
そんな顔見たくねーの」
「どんな顔だよっ」
「俺ならお前のことわかってやれる」
「はぁ?」
「女に戻るの怖いんだろ、七瀬が」
「ッ」
「言い聞かせるんだよ、まさかあいつがって。
でも俺らは大丈夫って。
そう言い聞かせるようになってる時点で
もう心は不安しかないんだよ」
「...」
「...俺はそこんところ理解してやれる」
「だからなんすか。
それを俺に言ってどうすんだよ」
「俺なら、俺がお前を幸せにしてやる」
「...」

俺の頭のどこかがプチっと切れる音がした。
思いっきり足を振り上げ
京極先輩の股間を蹴り上げる。
あまりにも痛すぎると人は声がほとんど出ないらしい。
膝をついて悶え苦しむ京極先輩を見下ろす。

「偉そうな口聞いてんじゃねぇよ、
何にもしらねぇくせに。
あんたが何を理解しようが俺は何も変わんねーよ」
「しっ、城田ッ」

想像以上の激痛だと思うが
それでもでかい声で俺の名前を叫ぶ。
この人が言った言葉は本当だ。
核心に触れるようなその発言は
俺に刺さったままだ。
それが本当に本当に本当にっ

「ムカつくッ」
「敬っ!?」
「紘樹...」
「お前...何してんの...」
「せんぱーい、どうしたんで...えっ!?
ケンカですかっ!?」

あぁ...しまった...
どうしようか、言い訳をするか白状するか...
はぁとため息しか出ない口。
静まる空気にみんなの顔を見渡している赤羽さん。
自分でもわかる、らしくないことをした、
だから余計紘樹に目が向けれなかった。
最悪だ、本当...余裕がなくなると
ここまで顕著に嫌なところばかり出てくる...

「わりぃっ、俺がちょいケンカ売ったんだ(笑)」
「え、何言ったんすか」
「彼女から城田奪いたいなーって!
そしたらキンタマ蹴られた!」
「はぁ?」
「あーーー、ゲロ吐くかと思ったーーー。
いてぇのな...いてぇってレベルじゃねぇわ...
腹痛くなってきた...」
「敬」
「...」
「わりぃ、赤羽、先帰るわ」
「えーー!私も一緒に帰りたいですっ!!
また正門まででいいので!!」
「ごめん」
「えっ」
「2人にして」
「は、はーい...また明日ですぅ...」
「京極先輩もお疲れさまです、
お大事に」
「お、おうっ!おつかれっ!!」
「行くぞ、敬」

颯爽と俺の腕を掴んで先を歩く紘樹。
へへっと笑って俺らを見送る京極先輩。
あの人がケンカを売ってきた、
それは間違ってはないけど
...嘘をついた、俺を庇ったのか。
俺と紘樹が付き合ってるの絶対もう知ってんだろ...
なのに彼女って何で言った...
赤羽さんがいたからか...?
あー...どっちにしろ俺の感情がもうぐちゃぐちゃだ。

「敬、腹立ったからって
急所蹴るのはやんなよ」
「紘樹だって俺の蹴ったことあんじゃん」
「それとこれとは別だろっ」

夕陽に照らされるいつもの道を
並んでダラダラと歩く。
だいぶ頭に登ってた血が引いてきた。
残ったのは漠然とした不安だけ。
...女に戻る、か
紘樹以外興味ない俺とは違う。
そんなの最初っからわかってる。
わかった上でのこの関係だろ...
紘樹が女に群がられるのは今に始まったことじゃない。
そんなことも今更なんで考えてんだ...

「なぁ紘樹」
「んー?」
「もし俺と付き合ってなかったら
紘樹は普通にまた女の子と付き合ってたんかな」
「はぁ?どした、急に(笑)」
「いや...なんか、ふと思った」
「んー、そうだなぁー」

ズボンのポケットに手を突っ込んで
ボーっと前を見ながら紘樹は黙った。
俺は、どうだろうか...
もし紘樹を諦めていたら...
水谷さんとでも付き合っていただろうか、
それとも真里ちゃんかな...
いや...どちらもきっとないな...

「わっかんねーなー。
でもまぁ普通に過ごしてたら
普通に女子と付き合うだろうなー。
んで別れて~、また付き合って~って感じかな」
「そう、だよなー」
「でも別に敬と付き合ってんのも
普通じゃないとも思わねーよ?
むしろ他のやつと付き合ってる時より
全然楽しいしめっちゃ心臓ドキドキするし!(笑)」

あははっと笑う夕陽に照らされる紘樹の顔が
あまりにも可愛くて綺麗で
心臓ドキドキしてんのは俺だっての...と
心の中で噛み締める。
普通じゃないと思わない、か。
ありがたいお言葉だ。
付き合ってようが付き合ってなかろうが
俺たちが一緒にいる、それは普通のことだ。
それでいいのに...

「俺さー」
「うん」
「紘樹のこと好きすぎて、ちょっとおかしくなってる」
「何言ってんだよ(笑)」
「誰にも取られたくないし
誰にも触れさせたくないし
ずっとさー、ずっと...
俺だけのものだったらいいなーって」
「バカだな...」

不思議そうな顔で俺を見ていた紘樹と
目が合うとサッと逸らして小さく呟かれた。
そんなのわかってる、バカだなって
自分でもわかるぐらい紘樹が好きで...
制御が効かない。

「そんなん言ったら俺もずっとおかしい」
「えー?(笑)」
「俺は、ずっと敬は俺のもんだと思ってる」
「...」

人の心ってのは簡単だ。
一つ不安が落ちてくればそれ一色に染まって
好きな人からの言葉で安心の一色に染まって。
それを何度も何度も繰り返して
どんどん想いは深まる...
ポケットにしまってある紘樹の手を
抜き取って強引に恋人繋ぎをする。

「おまっ!!やめろ!!」
「やーだ」
「はぁっ!?」

ブンブンと振って繋がれた手を
振り解こうとするが
全く動じず握り続ける。
あぁー...京極先輩に謝る気はないけど
怒りが引いた今、あの痛みには共感できるし
ちょっと同情するな...

離せっ!!といつまでも抵抗を続ける
紘樹に自然と顔が緩む。
結局繋いだ手は離せなかった。



………………………………………………………………



...こりゃ寝坊してんな
かれこれ10分ほど待っているが
一向に紘樹が出てくる様子がない。
紘樹の家に向かう階段の下でぼーっと天を仰ぐ。
まぁ文化祭1日目、通常授業もないし
多少遅れたって誰も何も言わないけど
クラスでやるカフェの準備もあるしなぁ...
スマホを取り出して紘樹に電話する。
しばらく続く呼び出し音。

「...っん」
「おい、起きろ」
「はっ!!あ!?えッ!!」

スマホから聞こえてくる
人がめっちゃくちゃ焦る声。
ドタドタと動き回る音。
その電話越しの生活音をずーっと聞く俺。

「玄関開けっから入ってッ」
「ほーい」

ブチっと切られ真っ黒になった画面を見ながら
紘樹の家の扉を開ける。
歯磨きしながらドタドタ階段を降りてくる紘樹の腕には制服がかかっていた。

「わひぃ!ちょひまひな!!」
「おーう」

歯磨きしながらしゃべるな...
リビングに行って適当にテレビをつけて
ソファーにどかっと座った。
休みの日はずっと寝てるけど
学校とか予定がある日に寝坊は結構珍しい。
...何してたんだろうか、ゲームかな。
しばらくぼーっとテレビを見ていると
カチャカチャとベルトをつけながら
身支度が整った紘樹が慌てて部屋に入ってきた。

「マジでごめん!!
行こうぜっ!!」
「おっけ」

急いで靴を履いている紘樹に色々違和感が湧く。

「紘樹」
「んっ!?なに!?」
「スマホ持った?」
「あっ、あぁぁぁっ」
「あと財布ーーっ、時計はーっ?」

履きかけていた靴を飛ばして急いで2階に走っていく。
俺も2階に向かって叫びながら
先に靴を履いて玄関を開ける。

全てを持って帰ってきた紘樹は
ヘラヘラ笑いながらありがとうと言って
ダッシュで家を後にした。




「あーー、やっと来た!遅いよ!
けいくん!ひろくん!」
「ごめん!!寝坊したッ!!」

教室に入るとぷりぷり怒っている愛美。
俺と紘樹のカフェ当番の時間は10時からで
もうあと15分に迫っていた。

「隣の教室で着替えてきて!早く!」
「わかったわかった!!」

急いでカーテンで締め切られている隣の教室に入ると
もうすでに制服から衣装に着替えている男子がいて
俺たちも自分の衣装を手渡される。
教室の半分から後ろ側も仕切られていて
おそらく女子が着替えている。

「サイズたぶん合うと思うんだけど」
「おう、ありがと」
「寝坊でもしたのか?」
「あぁ、紘樹がな」
「なんだ、夜通しヤりまくったのかよ」
「ヤりまくってたら遅刻しねーわ、
俺が隣で寝てんだから」
「あぁなるほど(笑)」

暇なのか椅子に座ってダル絡みしてくる
間宮の相手をしながら俺も衣装に腕を通す。
ぴったりだな、シンプルに白シャツに
黒のパンツと黒の腰回りのエプロンか。
ネクタイ無しはありがたいな。

「着こなすね~、さすが七瀬」
「お...おぅ...」

間宮の言葉にバッと視線をあげると
裾を肘ぐらいまで折りながら
紘樹がクラスメイトと話している。
...あぁやっべぇな...
可愛いと思うことの方が断然多いけど
普段見ることのない格好してたら
やっぱり普通に...かっこいいんだよな...
ボーっと紘樹を見ていると
話が終わったのかこちらに来る紘樹と目があった。

「どう?似合う?(笑)」
「似合いすぎてエっグい」
「なんそれ褒めてんの?(笑)」
「あぁめっちゃ褒めてる、外出て欲しくないぐらい」
「はぁ?(笑)
でも敬もよく似合ってる、かっこいいじゃん」
「...」

ニコッと笑う紘樹の腕を掴んで
今すぐお持ち帰りしたいところだが
これでもかと拳に力をいれて衝動に耐える。
ここまで完璧な男にかっこいいと言われて
悶絶しない人間がいるのだろうか...
紘樹はそんな俺を全く気にせず
サーっと出入り口の方に行って
ドアを開けた瞬間とんでもない歓声が
一瞬にして教室に響き渡った。
何事かと思って振り返ると紘樹が急いでドアを閉めた。

「ビビったーッ!めっちゃ人いるんだけど!
え!?もうオープンしたのっ?」
「してない、後5分。
出待ちだろ」
「誰のだよ、間宮明日当番だろ?」
「あぁ...うん...」

この教室にいる全員が思ったであろう
お前の出待ちだろという声無き声が
俺には痛いほど聞こえた。
はぁとため息をつきながら
間宮が再びドアを開けて
響き渡る黄色い声の中俺たちは教室を移動した。

「えーーーっ!
城田くんめっちゃカッコいいッ!」
「ありがと」
「ひろくんの人気やばいね(笑)
もう長蛇の列だよ、廊下(笑)」
「外に人がたくさんいるの見て
間宮は明日なのにって言ってたの本当笑う」
「何それやばすぎ(笑)
もうちょっと自分に興味持てばいいのにね、
あの人(笑)」
「いやまぁ本当そうだよな(笑)
でも紘樹はたぶんあれでいいんだわ...」
「それもそうだね(笑)」
「ねぇねぇ!城田くん!写真撮ろー!?」
「あぁいいよ」
「じゃあ、私撮ってあげる!」

まぁ文化祭だし、これぐらいいいだろ...
嬉しそうに俺の横にピタッとくっついて
愛美がスマホを向けた。

10時になって教室のドアを開けると
たくさんの人が入ってくる。
開始10秒ほどで満席、最後尾は30分待ちとなった。
9割紘樹目当ての女子が占領している。
賑わう教室、どこからともなく聞こえ続ける黄色い声。
座っている生徒がみんな紘樹を目で追っている。

あー...しんど!!
ここまでくるともう嫉妬とか独占欲とか超えて
もうなんだろう...しんどい
しかもまぁ自分のやることはちゃんとやるやつだから
接客は完璧だ、なんだあれ、何だあの笑顔
あーきっつ、見てらんねぇ...
光が見える、めっちゃキラキラ見える...

教室内だけではあまりにも周りが遅いから
途中からテイクアウトも始めて
どんどん廊下に人が溢れ始める。

「お兄さん!」
「あ、久しぶり、真里ちゃん」
「お久しぶりです。
めちゃくちゃ似合ってて惚れ直しちゃいますね」
「そう?ありがとう(笑)
めっちゃ待ったでしょ?ここどうぞ」
「ありがとうございます!
早めに来てたんで10分ぐらいです!」
「十分待ってるよ(笑)」

友達と4人で来た真里ちゃんは
特に変わった感じがしない。
体育祭で振ってからあまり絡んでくることが
なくなってたけど、
本人なりに気持ちに整理がついてくれてたら嬉しいな...
それぞれ注文を受け出来上がった飲み物を運ぶ。

「真里が好きな先輩ってこの人?」
「あっう、うん(笑)
振られたけどね」
「えっ!?振ったんですか!?
どうしてですか!?」

目を丸くして俺を見る3人、
そんなみんなを慌てて落ち着かせる真里ちゃん。
俺は特に口を開くことなく
それぞれの席に飲み物を置いていく。

「か、彼女さんがいるんだって!
だからだよ(笑)」
「えー、そうなんですかぁ...
でも先輩かっこいいですもんね、仕方ないね」
「そう、仕方ないの!
もうこの話終わり!」
「てゆーか、七瀬先輩ヤバくない?
目の保養目の保養ッ」
「あんなイケメンと付き合えたら
毎日心臓保たないよね~」
「あっ、先輩先輩!
七瀬先輩に彼女いるって本当なんですか!?」

名前も知らない女子3人が盛り上がり
飲み物を並べ終わった俺に
1人の女子が聞いてきた。
俺はニコッと笑ってみせる。

「本当だよ」

うなだれる女子たちから目を背けて
紘樹を見るとバチッと目があった。
え...ん?...あ、あっ!?
俺のこと見ることあるんだと
めっちゃときめいたのに秒で逸らされた...
え、えぇー...

他のクラスも色々出し物してるはずなのに
うちのクラスだけ断トツで大混雑。
接客に追われて全く紘樹と絡むことなく
時間だけが過ぎていく。

「城田くん、城田くん」
「っん?どした?」
「午前中の分、もうなくなりそうで...
申し訳ないんだけど、あと5組ぐらいで
販売終了してもらえないかな?」
「え、まじで?
まだ始まって1時間も経ってないけど...」

裏方のクラスの女子が小声で話しかけてきて、
時計を見て驚く。
まじか...紘樹だな、こりゃ
間宮が予定の倍の発注かけてたのに
それをたった1時間で売り尽くすあいつまじで...

困った顔で肩を窄める女子。
えーと、...確か調理場の花田さんだったかな。
背中をポンっと軽く叩いて笑うと
驚きながらも顔を上げる花田さん。

「わかった、大丈夫。
外の人らに言ってくるわ」
「あ、ありがとうっ」

そのまま外に出て並んでいる生徒たちに
話をつけていく。
前から5組だけ残してあとは売り切れ終了。
次は午後1時から2時間開くと伝えると、
だいぶブーイングもくらったが
なんとか諦めて他の場所へと移っていく生徒たち。

少しずつ教室から生徒が減っていき、
最後のグループを見送って
俺たちの出番は終わった。

「城田くんありがとう、
ごめんね、私が行けば良かったんだけど
調理場がすごい忙しくて...」
「あぁ、全然いいよ。
みんな割とすんなり引いてくれたし」
「本当ありがとう」

何度もありがとうと繰り返す花田さんに
もういいからと笑って
着替えるために隣の教室に移動した。

ドアを開けると先にもう着替えを済ませた紘樹が
クラスの奴らと話をしていた。
それを横目に俺も制服に着替える。

「おつー、思ったより早かったな終わるの」
「あー間宮か。
まぁ紘樹がいたからな、
去年もすげぇ早く終わってたし」
「さすがだな~、テイクアウトの案
通して良かったろ」
「あぁ、大成功。
余計忙しくしてくれてありがとう」
「嫌味を言うな」

いちご飴をボリボリ食いながら
いつの間にか間宮が教室に戻ってきていた。
話しているうちに若菜も
紘樹の腕を引いてこちらに連れてきている。

「お疲れ、紘樹」
「敬もな」
「...お?お、おう」

ん?...何で怒ってんだよ
そんなこと気づきもしない若菜に
引っ張られるまま教室を出ていく。
急いで着替えて荷物を持って
俺も間宮もその後ろをついてく。

動きまくった体は水分をめちゃくちゃ欲していた。
前売り券を見ながら飲み物の店を探す。
あー...目黒先輩のところソフトドリンクじゃん
確かこれ京極先輩が押し付けてきたやつだよな...
無理矢理だからタダにしたくれたし
ちょうどいいや...

「なぁ紘樹」
「ん?」
「目黒先輩のとこの前売り券買った?」
「あー、いや買ってない」
「まじか。んー...ちょい喉乾いたから買ってくるわ」
「え」
「すぐ合流する、若菜たちとちょっと回ってて」
「おう...」

煮え切らない返事の紘樹を置いて
間宮に頼むわと一言伝えて
一階の校舎の入り口近くに早足で向かう。

3年の先輩たちが盛り上がっている
玄関先で目黒先輩がいるはずの模擬店を探す。

「京極先輩」
「おっ!?城田ぁ!!来たかぁ!!
ちょい待ってろよー!」
「はい」

俺に気づいた瞬間ニコーッと
満面の笑みになる京極先輩に軽く引く。
俺の分のドリンクを作って
クラスの人に軽く何か伝えた京極先輩は
模擬店を抜けて俺の方にきた。

「ほい!」
「あざっす、じゃ、俺もう行くんで」
「いやいやいやいやっ!!
ちょい付き合えやッ!!」
「うっさいな、
目黒先輩いないんすか?」
「いるよ、あっちに」

京極先輩が指を指す方を見ると
模擬店を越えた辺りで
他の3年と屯っている目黒先輩。
あぁー...あれは話しかけれないな、
てかガラ悪っ
俺はそれを見ながらとりあえずジュースを
体内に流し込んでいく。

「七瀬は?珍しいな、一緒じゃないの」
「喉乾いたんでとりあえずただのジュース
取りに来ただけっすよ」
「言い方(笑)
良かった、タダで売りつけといて!
でも何で今来たんだ?当番なんだろ?」
「うちのクラスもう完売したんで
午前は販売終了したんすよ」
「はぁ!?いやいや、まだ1時間ちょいだろ!?」
「うちには規格外のスタッフがいたんでね」
「あぁ、...七瀬か(笑)」
「そっす(笑)」

一瞬で飲み終わった容器を京極先輩に突き返す。
お前なぁーと笑いながらそれを受け取る先輩。
目黒先輩も捕まらなさそうだし
喉も潤ったし腹も減ったし
そろそろ紘樹んとこ戻んねーと...

「じゃ、俺まじでもう」
「あぁ...おう、そうだな!」
「おいッ!!敬!!」
「っ!?びっくりしたっ、紘樹!?」
「お前目黒先輩んとこ行くんじゃなかったのかよッ!」

でかい声で呼ばれて振り返ると
かなりご立腹の紘樹が腕組んで仁王立ちしていた。
さっきから何イラついてんのかわかんないけど
とりあえずここには思ったより
長いこといただろうか...
急いで京極先輩から離れて紘樹の目の前に立つ。

「わりぃ!捕まってた」
「捕まるのわかってただろーが」
「はぁ?何怒ってんだよ、さっきから」
「怒ってねーよ」
「怒ってんじゃんか」
「怒ってねぇつってんだろっ!
ムカつくッ!!」
「はぁ!?ちょっ、おい待てよ!!」

ムカつくって言ってんじゃねーか...
怒ったまま紘樹は体育館がある方へ向かって
ズカズカ歩き始める。
急いで追いかけて腕を掴むと
離せと怒りながら腕を大きく振る。
でも絶対掴んだ腕は離さない。

「めっちゃ喉乾いてたんだって!
勝手に1人で買いに行ったのは謝るっ、
けど何でそんなイラついてんのか話せ」
「別にイラついてねぇしッ!
腕っ、離せッ!」
「話すまで離さんっ」
「っ!!あーっムカつく!!
あの1年振ったんじゃねーのかよ!!
ニコニコ愛想振り撒きやがってッ!
赤羽ときめかせるのやめろとか言いながら
クラスの女子の株自分も上げてんじゃねーかッ!
おまけに京極先輩んとこ行って
楽しそうに話してッ!!
なんなんだよまじで!!腹たってしかたねぇわ!!」
「...はぁ?」

まじで何言ってんだとは思うが
カフェの時のことを言ってんのか...?
あの1年って...真里ちゃんか?
女子の株いつ俺が上げたんだよ...
は、もうどういうこと...?
そんでどこが楽しそうに話してたんだよ、
あの京極先輩と俺が...
ぐるぐるとさっきまでの俺自身を思い出しながら
ふと気づく。
これは...もしかして、ヤキモチか?

「わかった、紘樹。
ちょっと落ち着いて話そう」
「いい」
「ダメ、こっち来い」
「...」

半ば強制連行で腕を引っ張りながら
人気の無いグランドが見える校舎裏へ移動した。
とりあえずベンチに座って
真っ直ぐ前を見る紘樹の方を向いて俺も座る。
文化祭で盛り上がる生徒の声が
すごく遠くに聞こえる。

「あの1年って真里ちゃんのこと?」
「...うん」
「振った、体育祭でな。
せっかく長いこと並んでまでうちのクラスに
来てくれたんだから愛想良く振る舞うのは
当たり前だろ。
紘樹だってめちゃくちゃいい接客してたじゃん」
「仕事だから」
「俺もそうだって」
「でもめっちゃ楽しそうにしてたじゃねーか。
真里ちゃんの友達にも」
「七瀬先輩に彼女いるって本当ですかって聞かれて
本当だよって言ったぐらいだ」
「...まじ」
「まじ」
「...」
「てかクラスの女子の株上げたって何だよ」
「...誰だっけ、あの調理場の」
「花田さん?」
「あ、そう、花田さんとなんか...
してたろ...」
「何もしてねぇよ...なんだよ、その言い方。
午前中の在庫もうないから
外で待ってる人に売り切れ言いに行ってくれって
言われたから行ったぐらいで」
「嘘つけ!背中叩いてたじゃねぇか!!
あの後ずっと嬉しそうだったぞ、花田さん...
クラスの人にもすげぇ機嫌よく
その話してたしっ」
「あぁ...まじで、それは...すまん、無意識だ」

そうか...まぁ話してる内容がわからないから
勘違いも仕方ないか...
紘樹がモテるのは、人気が桁違いなのは、
今に始まった事ではないから
俺には多少免疫がある。
けど...紘樹にとってはそうではないのかな。
ていうか、意外とめちゃくちゃ俺のこと
見てんだな。そう考えるとめっちゃ嬉しい...
だけどもうちょっと可愛く嫉妬できんのか...
結構ガチギレの勢いだったぞこいつ...

ずーっと前を向いて話していた紘樹が
ゆっくり俺の方に体を向けて
片膝をベンチに立てた。
もうその表情から怒りは消えていた。
けど、まだ少し残る何かが
紘樹の視線を下げたままにしている。
立てた膝に乗っけている手を握って
だらっとベンチに落とす。

「あとは...京極先輩か?」
「何で1人で行くんだよバカが」
「ごめん、まじで喉が乾いてた。
目黒先輩も当番午前中って聞いてたから
いるかなって思って。
まぁいたんだけど、他の人と話してて
結局京極先輩からジュースもらって
そのまま捕まってたけど」
「...お前笑ってた、あんな嫌ってんのに」
「笑って...んー、あぁ、最後の方?
あれは笑ってたというのか...
カフェが1時間で終わっただろ?」
「うん」
「早すぎって先輩が言ってて
うちには規格外のスタッフがいるって言って。
すぐに七瀬だろって(笑)
そうですよってまぁ笑ったっちゃ笑ったな」
「何で俺なんだよ、俺関係ないじゃん」
「関係あるって(笑)
だって...こんなにかっこいいやつが
カフェの店員やってんだぜ、
人が集まるに決まってんだろ」

握ったままの手にぎゅーっと力を入れると
ビクッと反応する紘樹の手。
ありのままを伝えたつもりだが、
たぶん俺個人の意見としてぐらいしか
この男には理解できてないんだろうな...
その証拠に耳の先が赤くなって、目も逸らされた。
...はぁ、可愛い
でもまぁこれでとりあえずは
機嫌が治っただろうか...

「...悪かった」
「ん、少なくとも京極先輩といるのは
楽しくはない」
「...わかってる」
「ならいいよ、俺も悪かった」
「なぁ」
「ん?」

話が終わったのかまだ言いたいことがあるのか
わからないけど
立てた膝に顎を乗っけて
上目遣いでやっと目を合わせてきた紘樹。
ちょっとドキッとして生唾を飲む。

「...腹減った」
「え」
「俺朝から何も食ってないし」
「え、若菜たちとまわってたんじゃねぇの?」
「ちょっと回ったけど
すぐ敬のとこ行ったから何も買ってない」
「まじ?」

コクっと頷いて握っていた手を離す紘樹は
ベンチからぴょんっと立ち上がって
グーっと伸びをする。
...食い気よりも俺への怒りが勝ったか...
なんだよもう可愛いな...
俺も立ち上がり伸びる紘樹を
後ろからガシッと抱きしめる。

「っんだよ!!」
「意外と紘樹って俺のこと見てんだな」
「う、うっせぇな!!お前だって見てんだろ!!」
「見てるよ、好きだもん」
「なッ!?もっいいから離せっ!!」
「はいはい(笑)俺も腹減ったー」

紘樹から離れて先を歩く。
前売り券を見ながら紘樹も後をついてくる。

「あっ、そういえばさ」
「んー?」
「1時半から藤井のクラス、劇すんだよ。
それ見に行かなきゃ」
「まじ?あと30分か」
「とりあえず近場の買って食っていこうぜー」
「おけ」

束の間の静かな空間から
肩を並べて賑やかな校舎に戻った。





「あー、紘樹ー、どこ行ってんだよー」
「前売り券で食い漁ってた(笑)」

体育館に入るともうすでにたくさんの人が
席についていて、
前後の席に座って話していた間宮と若菜が
俺らを見つけて手を振ってくれていた。
急いで駆け寄って紘樹が若菜の隣に座り、
俺もその後ろに座った。
横に座る間宮はポケットに両手を突っ込んで
ダラーっと伸びている。

「瑠美が七瀬のことすごい探してたぞ(笑)」
「しらねーよ」
「で、七瀬の機嫌は直ったのか?」
「あぁ、まぁ全然可愛い嫉妬だった」
「はっは(笑)さっき女子が盛り上がってた、
城田くん立ち振る舞いが完璧って(笑)」
「まじかよ、またモテ期?(笑)」
「継続中だろ(笑)」

いらねぇモテ期だけど
ヘラヘラ笑う間宮がなんかおかしくて
つられて笑ってしまう。
しばらくすると体育館の照明が落とされて
ステージだけが照らされた。
一気に静かになる周囲。
希望したクラスの演劇が幕を開けた。



時間は16時を過ぎていた。
クラスのカフェも午後の部が終わって
明日の準備も済ませてから解散となった。

「そういや~、何で朝遅刻したんだよ?」
「んー?あぁ、俺の寝坊」

自販機の前でそれぞれ飲み物を買って
間宮と若菜とダラダラ話していた。
チラホラまだ生徒が残っていて
文化祭1日目の余韻に浸っているようだった。

「なんで?夜更かしー?」
「いや...まぁ、ちょっとなっ」
「え、何で焦ってんの?(笑)
怪しー!」

ニヤニヤしながら俺と紘樹を交互に見る若菜。
残念ながら想像していることは
全くなかったんだけどな...
正直紘樹が何してたかも全くわからんし...

「営んではないらしいぞ、優介」
「え?あ、そうなの?」
「お前らなぁ...っ」
「ふーん、じゃあ何?ゲームでもしてたの?」
「あ、あぁ!そう、ゲーム!」
「へぇ...」

嘘だなと俺も思うが
さすがに若菜たちもそう思ったのか
じーっと紘樹を見ていた。

「なんかもー疲れたし
帰ろうぜーっ」
「あぁーっ!逃げた!紘樹が逃げた!!」
「逃げてねぇよ!」

早足に下駄箱へ向かう紘樹を
追っていく若菜は本当に楽しそうだ。
俺も間宮もそれに続いて歩き、
正門のところで別れた。

「なぁ紘樹」
「んー?」
「寝坊したんゲームって嘘だろ」
「はっ!?いやっ、う、嘘じゃねーし!」
「そんな焦ってて嘘じゃねー方がおかしいって(笑)」
「あっ焦って...っ、ないっ」
「まぁ言いたくないなら別に
無理には聞かないけど
明日はちゃんと起きろよ?」
「わかってる...」

ダラダラ歩きながらぼーっと前を見る。
少しだけ陽が暮れるのが早くなっただろうか...
季節が進むのは早いなぁ~
まだまだ暑いけど。

「あのさ、敬」
「んー?」
「今日晩飯食ってかね?うちで!母さんいるけど」
「え?いいの?行く行く」

へへっと満足そうに笑う紘樹を見て
いつもその笑顔が俺に伝染する。

「ならコンビニ寄って帰ろー」
「行くー!」

怒ってる顔も好きだけど
やっぱり笑ってる顔が1番...
本当に好きすぎる。

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