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第一章 虎殺しの少女
第一章 虎殺しの少女 五
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「お前も知っていよう。宮廷には今、『宇文護』という悪臣がいる」
父が言い出せば心得たように娘が続ける。
「晋公(宇文護)は、新帝様の、年の離れた『従兄』にあたる方だとか。
そして、お父様を見出し、引き立ててくださった『あのお方』の『甥』でもありましたわね」
伽羅の言葉を受けて、父がうなずく。
ちなみに『あのお方』とは、『宇文護』の叔父――――かつて大冢宰(宰相)として宮廷で絶大な権力を誇っていた『宇文泰』のことである。
「そうとも。宇文護は、自らの叔父である『あのお方』より絶大な権力を引き継いだを良いことに、前王朝『西魏』の皇帝陛下に禅譲を迫った。
そうして帝位は異姓……陛下とは姓の違う宇文家の有力者に譲られ『西魏』から『北周』へと国号を変えたのだ」
「ほんに狡猾でありますこと。自分が皇帝になるのではなく、まず、自分と同じ『宇文』姓の有力者を担いで新帝に据えるなど。
あれではいかにお父様といえど、口をつぐむしか出来ますまい。
新帝様は『あのお方』の嫡男でございますもの」
新帝に担ぐのが『恩人の嫡男』となれば、先帝の禅譲には口を挟みにくい。
独孤信もその一人であった。
宇文護には恩義を感じていなくとも、その叔父・宇文泰には散々世話になってきていたのだ。
「現陛下は、正直に申せば『西魏』最後の皇帝陛下よりは気概も教養もある。
しかし十五歳の若さであるからな。後見人である宇文護の傀儡も同然だ。
今後、つつがなくご成長あそばされたなら宇文護の良いようには出来ぬだろうが、まだ今は宇文護を倒すほどの力は持っておられない」
新皇帝が傀儡としての運命を辿るであろうことは、独孤信も当初から危惧していた。
だが、彼には皇帝に忠義を尽くし抜いて家族を失った経験がある。
そこまでして尽くした皇帝も、あっという間に殺害されて、何もかもを失った。
その経験から、現在は慎重に振る舞うようになっていた。
宇文護とむやみに敵対しては、家族の身が危ないと踏んでいたのだ。
そんなときの憂さ晴らしの一つとして、道士の占いなどに興味を持ったのかもしれない。
だが、史書好きな伽羅は知っていた。
仙人や道士を名乗る者の不思議な術が、弱った人間の心を惑わし――それゆえの悲劇が何度も何度も起きていることを。
有名なのは『黄巾の乱』だろうか。
現王朝『北周』の頃より約四百年前に起こった『三国志』にも登場する新興宗教の乱である。
彼らは初期こそ大衆の味方であったが、勢力を増すにつれ、従わぬ村々を焼き、財や女を略奪し、寺でさえも破壊した。
教祖・張角は怪しの術を使って人心を集めたとされている。
「その道士様は、古来よりある複数の占いを組み合わせて予見されるのだが、特に占星術に秀でていらっしゃる。道士様がおっしゃるには、なんと、お前には『女帝』の運命があるとの事だ」
父は真剣なまなざしで娘を見たが、伽羅はその言葉に一層の不信を募らせた。
とんだエセ道士ではないか。
さて――――伽羅の返答はいかに。
父が言い出せば心得たように娘が続ける。
「晋公(宇文護)は、新帝様の、年の離れた『従兄』にあたる方だとか。
そして、お父様を見出し、引き立ててくださった『あのお方』の『甥』でもありましたわね」
伽羅の言葉を受けて、父がうなずく。
ちなみに『あのお方』とは、『宇文護』の叔父――――かつて大冢宰(宰相)として宮廷で絶大な権力を誇っていた『宇文泰』のことである。
「そうとも。宇文護は、自らの叔父である『あのお方』より絶大な権力を引き継いだを良いことに、前王朝『西魏』の皇帝陛下に禅譲を迫った。
そうして帝位は異姓……陛下とは姓の違う宇文家の有力者に譲られ『西魏』から『北周』へと国号を変えたのだ」
「ほんに狡猾でありますこと。自分が皇帝になるのではなく、まず、自分と同じ『宇文』姓の有力者を担いで新帝に据えるなど。
あれではいかにお父様といえど、口をつぐむしか出来ますまい。
新帝様は『あのお方』の嫡男でございますもの」
新帝に担ぐのが『恩人の嫡男』となれば、先帝の禅譲には口を挟みにくい。
独孤信もその一人であった。
宇文護には恩義を感じていなくとも、その叔父・宇文泰には散々世話になってきていたのだ。
「現陛下は、正直に申せば『西魏』最後の皇帝陛下よりは気概も教養もある。
しかし十五歳の若さであるからな。後見人である宇文護の傀儡も同然だ。
今後、つつがなくご成長あそばされたなら宇文護の良いようには出来ぬだろうが、まだ今は宇文護を倒すほどの力は持っておられない」
新皇帝が傀儡としての運命を辿るであろうことは、独孤信も当初から危惧していた。
だが、彼には皇帝に忠義を尽くし抜いて家族を失った経験がある。
そこまでして尽くした皇帝も、あっという間に殺害されて、何もかもを失った。
その経験から、現在は慎重に振る舞うようになっていた。
宇文護とむやみに敵対しては、家族の身が危ないと踏んでいたのだ。
そんなときの憂さ晴らしの一つとして、道士の占いなどに興味を持ったのかもしれない。
だが、史書好きな伽羅は知っていた。
仙人や道士を名乗る者の不思議な術が、弱った人間の心を惑わし――それゆえの悲劇が何度も何度も起きていることを。
有名なのは『黄巾の乱』だろうか。
現王朝『北周』の頃より約四百年前に起こった『三国志』にも登場する新興宗教の乱である。
彼らは初期こそ大衆の味方であったが、勢力を増すにつれ、従わぬ村々を焼き、財や女を略奪し、寺でさえも破壊した。
教祖・張角は怪しの術を使って人心を集めたとされている。
「その道士様は、古来よりある複数の占いを組み合わせて予見されるのだが、特に占星術に秀でていらっしゃる。道士様がおっしゃるには、なんと、お前には『女帝』の運命があるとの事だ」
父は真剣なまなざしで娘を見たが、伽羅はその言葉に一層の不信を募らせた。
とんだエセ道士ではないか。
さて――――伽羅の返答はいかに。
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