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第一章 虎殺しの少女

第一章 虎殺しの少女 六

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「わたくしが……女帝に、でございますか?
 おかしなことを申されますのね、お父様。
 帝位は古来より男性のみに許されておりまする。たとえ御代みよが変わろうと、女のわたくしに帝位が望めるものではございません。
 また、そのようなおっしゃりようは陛下に対して不敬にあたりましょう」

 独孤信は、はは、と笑った。

「何、ここには私とお前しかおらぬ。また、『女帝』とは、言葉通りを指すものではない。
 古くは王朝、いん王朝の末にも『女帝の星』が出たのだとか。
 つまり、女が強く、皇帝さえしのぐ時代にはそのような星が現れるのだ。
 今はまだ、小さな光しか発しておらぬらしいがな」

 伽羅はその言葉を聞いて、ますます柳眉りゅうびをひそめた。

「お父様。酷うございますわ。夏王朝、殷王朝末期の強い女性と言えば、悪女ばかりではございませぬか。
 夏王朝最後に権勢を誇った『末喜ばっき』は皇帝をたぶらかして贅沢三昧。巨大な新王宮をねだったばかりか、その庭に酒の池を造り、木々に肉を吊るして楽しんだとか。
 殷王朝の『妲己だっき』もそうですわ。贅沢なばかりではなく、残虐な刑を楽しむ非道な女であったとか。私は両名とも大嫌いですわ」

 そう言い終えると、ぷいと横を向いた。

「はは、まあ両名とも、お前とは真逆の女であるからなぁ。
 しかし皇帝をそこまでたぶらかせるというのは、ある意味天晴れではある。美しければ、ただそれだけで皇帝を操れるというものでもないからな」

「それは……確かに……そうでございますけれど……」

 美しいだけなら、美女は薄命に終わることも多い。
 女たちに妬まれて地獄に落とされることも、男共に利用され、こっ酷く捨てられることも。

「国一番の貴人を飽きさせず、骨抜きにした上で君臨することが出来た彼女たちは、それぞれ傑出した人物ではあるのだよ。
 それは認めねばならぬぞ、伽羅」

 そうは言っても潔癖で贅沢を好まぬ伽羅である。不服そうに父から目をそらした。

「なあ伽羅よ。私は時々思うのだよ。
 皇帝をたぶらかし、その微笑一つで言いなりにさせた彼女たちがもし『』であったなら、どうであったのかと」

「賢女……で、ございますか?」

「そう、賢女。お前のように、質素や書を好み、身分低い者にも分け隔てなく優しい女が皇帝をたぶらかすことが出来たなら、どれほどの民が救われることだろう」

「つまり――――お父様は、わたくしに皇帝をたぶらかし、言いなりにさせて政権を握れ。良き政治を成さしめよとおっしゃっておいでなのでしょうか?」

 独孤信は肯定も否定もせずに、ただ笑った。


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☆おまけ

 中国の占星術は、紀元前2000年頃にはすでに存在していました。
 三国志演義の中でも諸葛孔明が占星術によって人間の運命や寿命を読み当てている描写があったりします。星座やそれにまつわる神話も多く存在していました。
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