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第一章 虎殺しの少女
第一章 虎殺しの少女 十五
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さっさと嫁いでおかねば、父ですら断れぬ縁談を強引に持ち込まれる可能性だってある。
伽羅はふいにそう悟った。
そうなっては伽羅の望む結婚生活――――夫の浮気は決して許さず、好きな書は読みまくる生活は難しくなるだろう。
それは絶対に嫌である。
伽羅はしばし考え込んだ。そして決断した。
どうせいつかは嫁に行かねばならぬのなら、この男に賭けてみよう。
幼いころに憧れた『虎殺しの楊忠』の義娘になるというのも面白いかもしれない。
「わたくしも、あなた様のことが気に入りました。
ですが、嫁ぐには一つだけ条件がございます」
そう言うと、楊堅の顔がこわばるのがわかった。
『虎と格闘して勝って見せよ』
そう言われるとでも思ったのか……と、伽羅は可笑しくなった。
だが楊堅に突き付けた条件は、もしかしたらそれ以上の難題であったやもしれない。
「わたくしを大切にするとおっしゃいましたね。
では、生涯、わたくし以外に妻を持ち、愛することはまかりなりませぬ。
もちろん、妾なども、もってのほか。
それが結婚に臨んでの、わたくしからの、ただ一つの条件にございまする」
こう言い放ったのだ。
思った通り、相手の男―――楊堅は目を丸くした。
この時代においては裕福な商人でさえ、第二夫人、第三夫人・妾を持つことが多かった。
まして、楊堅は貴族の家柄。それは驚愕すべき願いであったのだ。
しかし一昔前の一妻制を良しと考える伽羅にとっては、そんなことはない。
儒教は儒教で良きところが多々あり『五徳』などにも感心するが、女の地位が極端に低く思われているのはどうにもよろしくない。
いや、初期の儒教書の教えはそこまで極端ではない。
精々『子曰く、唯女子と小人とは養い難しと為す』という箇所が問題とされる程度だが、これには続きがあることも伽羅は知っている。
続きはこうだ。
『これを近づくれば則ち不孫なり。これを遠ざくれば則ち怨む』
つまり、丁重に接すれば調子に乗って大変になり、雑に扱えば恨まれる。まあこの程度の、おそらくは孔子の『私生活』から発した愚痴とも取れるようなことが稀に書いてあるのみだ。
時代が下るにつれ、男の都合の良いように拡大解釈され、現在はとんでもないことになっているが。
ちなみに遊牧民は定住民族より生育環境が過酷であるため、男もそうだが、女の成人率は更に低い。
常に女不足なので『一夫一妻制』でないと男は独身だらけになり、一族の勢力を維持できぬ。
だからこそ、数の少ない女の地位は、漢民族とは比べ物にならぬほど高かった。
一昔前までは、まさにそうだったのだから一夫多妻を丸呑み出来ようわけもない。
もちろん今の時代は複数の妻を持つ者が多い。
地位が高ければなおさらだ。
だが、母の苦しみを見てきた伽羅にとって『一夫一妻』は譲れぬ望みであった。
更にもう一つ、伽羅には思うところがあった。
なればこそ初対面の席で、夫となるやもしれぬ男にそう言い放ったのだ。
「驚かれましたか?
しかし歴史を鑑みても、名家の母違いの子供は長じて争い、殺しあうことすら稀とは言えませぬ。
わたくしは、夫となる方の子供に殺しあって欲しくはありませぬ。
また、妾同士の争いも家を没落させると考えておりまする。
ですからどうか、わたくし以外に妻を持たないと誓ってくださいませ。
さすればわたくしは、あなた様の良き妻となり、たくさんの子を産んでみせましょう」
名家の子息である楊堅もまた書を好み、とりわけ史書を能く読んでいた。
なればこそ、古代から高貴な女が男に望むのは、贅沢な装身具や絹、珍しい鳥や楽器などが多いことも知っていた。
しかし、目の前の頭三つ程も低い少女はそうではない。書を好み、道理を能く知っている。それを自分の言葉で伝えることもできる。
楊堅はそのことにも深く感銘を受けた。
取り立てて贅沢に着飾っているわけでもないのに、目を見張らんばかりの美貌であるのもまた素晴らしい。
伽羅についての何もかもが尋常ではなく、煌いているように思えて楊堅は、一も二もなく条件にうなずいたのだった。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
おまけ話
第一章はこれで終わりとなります。
実は西暦五五四年に楊堅の父・楊忠が『普六茹(ふりくじょ)』という姓を賜(たまわ)っているのでこの頃の楊堅も漢姓の『楊(よう)』と同じ意味の鮮卑(せんぴ)語『普六茹(ふりくじょ)』という姓を名乗っていたと思われます。楊も普六茹も柳という意味です。
ですが、ややこしくなるので作中では『楊』で統一しています。(商業小説でもそのような手法を用いている作品があったのでギリセーフと思いたい)
この頃(北周時代)は、行き過ぎた漢化を正し、民族古来の風習を復活させようとしていました。姓を漢風のものから民族古来の言葉に置き換えたのもその一環です。
ですが、当時の日本に日本語はあっても固有の文字らしき物がほとんど存在しなかったように、伽羅の祖も、高度な記録ができるほどの民族固有の文字を持っていませんでした。
そのため口語での公用語は戻しても、記録は変わらず漢語のままであったようです。(日本でも漢字が持ち込まれてからは記録は漢語(漢字)。のちにかな文字が生まれます)
伽羅の一族は『鮮卑(せんぴ)系』(トルコ系、もしくはモンゴル系遊牧民)の皇帝に仕えていましたので、使っているのはもちろん鮮卑(せんぴ)語です。しかし見た目の文字があまり良い感じではないので遊牧民族の一派とだけ作中には記しています。
なにせ遊牧民族は、漢人から見れば皆、蛮族。蛮族固有の発音に対して、ろくでもない漢字を充ててくることが多かったのです(^_^;)
倭国の倭も従順という意味ですし。
ちなみに独孤氏は遊牧民族である匈奴屠各種の支族の一つ『独孤部』由来です。(*匈奴も悪字で『騒乱を起こす奴ら』という意味となります)
読みやすくするために省いてる部分も多々ありますが、もし、その辺がテストに出るのであれば何なりかの形で考慮したいと思いますのでお知らせ下さい。
独孤信の冠エピソードはほぼそのままで北史、周書に載っています。周書原文では『信在秦州,嘗因獵日暮,馳馬入城,其帽微側。詰旦,而吏民有戴帽者,咸慕信而側帽焉。其為鄰境及士庶所重如此』となります。
周書には独孤信の若い頃の描写もあり、原文は『信美容儀,善騎射 信旣少年,好自修飾,服章有殊於衆,軍中號為獨孤郎』となります。
美少年で、騎射が上手く、お洒落好き。そのため軍中では独孤郎とよばれていました。
伽羅はふいにそう悟った。
そうなっては伽羅の望む結婚生活――――夫の浮気は決して許さず、好きな書は読みまくる生活は難しくなるだろう。
それは絶対に嫌である。
伽羅はしばし考え込んだ。そして決断した。
どうせいつかは嫁に行かねばならぬのなら、この男に賭けてみよう。
幼いころに憧れた『虎殺しの楊忠』の義娘になるというのも面白いかもしれない。
「わたくしも、あなた様のことが気に入りました。
ですが、嫁ぐには一つだけ条件がございます」
そう言うと、楊堅の顔がこわばるのがわかった。
『虎と格闘して勝って見せよ』
そう言われるとでも思ったのか……と、伽羅は可笑しくなった。
だが楊堅に突き付けた条件は、もしかしたらそれ以上の難題であったやもしれない。
「わたくしを大切にするとおっしゃいましたね。
では、生涯、わたくし以外に妻を持ち、愛することはまかりなりませぬ。
もちろん、妾なども、もってのほか。
それが結婚に臨んでの、わたくしからの、ただ一つの条件にございまする」
こう言い放ったのだ。
思った通り、相手の男―――楊堅は目を丸くした。
この時代においては裕福な商人でさえ、第二夫人、第三夫人・妾を持つことが多かった。
まして、楊堅は貴族の家柄。それは驚愕すべき願いであったのだ。
しかし一昔前の一妻制を良しと考える伽羅にとっては、そんなことはない。
儒教は儒教で良きところが多々あり『五徳』などにも感心するが、女の地位が極端に低く思われているのはどうにもよろしくない。
いや、初期の儒教書の教えはそこまで極端ではない。
精々『子曰く、唯女子と小人とは養い難しと為す』という箇所が問題とされる程度だが、これには続きがあることも伽羅は知っている。
続きはこうだ。
『これを近づくれば則ち不孫なり。これを遠ざくれば則ち怨む』
つまり、丁重に接すれば調子に乗って大変になり、雑に扱えば恨まれる。まあこの程度の、おそらくは孔子の『私生活』から発した愚痴とも取れるようなことが稀に書いてあるのみだ。
時代が下るにつれ、男の都合の良いように拡大解釈され、現在はとんでもないことになっているが。
ちなみに遊牧民は定住民族より生育環境が過酷であるため、男もそうだが、女の成人率は更に低い。
常に女不足なので『一夫一妻制』でないと男は独身だらけになり、一族の勢力を維持できぬ。
だからこそ、数の少ない女の地位は、漢民族とは比べ物にならぬほど高かった。
一昔前までは、まさにそうだったのだから一夫多妻を丸呑み出来ようわけもない。
もちろん今の時代は複数の妻を持つ者が多い。
地位が高ければなおさらだ。
だが、母の苦しみを見てきた伽羅にとって『一夫一妻』は譲れぬ望みであった。
更にもう一つ、伽羅には思うところがあった。
なればこそ初対面の席で、夫となるやもしれぬ男にそう言い放ったのだ。
「驚かれましたか?
しかし歴史を鑑みても、名家の母違いの子供は長じて争い、殺しあうことすら稀とは言えませぬ。
わたくしは、夫となる方の子供に殺しあって欲しくはありませぬ。
また、妾同士の争いも家を没落させると考えておりまする。
ですからどうか、わたくし以外に妻を持たないと誓ってくださいませ。
さすればわたくしは、あなた様の良き妻となり、たくさんの子を産んでみせましょう」
名家の子息である楊堅もまた書を好み、とりわけ史書を能く読んでいた。
なればこそ、古代から高貴な女が男に望むのは、贅沢な装身具や絹、珍しい鳥や楽器などが多いことも知っていた。
しかし、目の前の頭三つ程も低い少女はそうではない。書を好み、道理を能く知っている。それを自分の言葉で伝えることもできる。
楊堅はそのことにも深く感銘を受けた。
取り立てて贅沢に着飾っているわけでもないのに、目を見張らんばかりの美貌であるのもまた素晴らしい。
伽羅についての何もかもが尋常ではなく、煌いているように思えて楊堅は、一も二もなく条件にうなずいたのだった。
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おまけ話
第一章はこれで終わりとなります。
実は西暦五五四年に楊堅の父・楊忠が『普六茹(ふりくじょ)』という姓を賜(たまわ)っているのでこの頃の楊堅も漢姓の『楊(よう)』と同じ意味の鮮卑(せんぴ)語『普六茹(ふりくじょ)』という姓を名乗っていたと思われます。楊も普六茹も柳という意味です。
ですが、ややこしくなるので作中では『楊』で統一しています。(商業小説でもそのような手法を用いている作品があったのでギリセーフと思いたい)
この頃(北周時代)は、行き過ぎた漢化を正し、民族古来の風習を復活させようとしていました。姓を漢風のものから民族古来の言葉に置き換えたのもその一環です。
ですが、当時の日本に日本語はあっても固有の文字らしき物がほとんど存在しなかったように、伽羅の祖も、高度な記録ができるほどの民族固有の文字を持っていませんでした。
そのため口語での公用語は戻しても、記録は変わらず漢語のままであったようです。(日本でも漢字が持ち込まれてからは記録は漢語(漢字)。のちにかな文字が生まれます)
伽羅の一族は『鮮卑(せんぴ)系』(トルコ系、もしくはモンゴル系遊牧民)の皇帝に仕えていましたので、使っているのはもちろん鮮卑(せんぴ)語です。しかし見た目の文字があまり良い感じではないので遊牧民族の一派とだけ作中には記しています。
なにせ遊牧民族は、漢人から見れば皆、蛮族。蛮族固有の発音に対して、ろくでもない漢字を充ててくることが多かったのです(^_^;)
倭国の倭も従順という意味ですし。
ちなみに独孤氏は遊牧民族である匈奴屠各種の支族の一つ『独孤部』由来です。(*匈奴も悪字で『騒乱を起こす奴ら』という意味となります)
読みやすくするために省いてる部分も多々ありますが、もし、その辺がテストに出るのであれば何なりかの形で考慮したいと思いますのでお知らせ下さい。
独孤信の冠エピソードはほぼそのままで北史、周書に載っています。周書原文では『信在秦州,嘗因獵日暮,馳馬入城,其帽微側。詰旦,而吏民有戴帽者,咸慕信而側帽焉。其為鄰境及士庶所重如此』となります。
周書には独孤信の若い頃の描写もあり、原文は『信美容儀,善騎射 信旣少年,好自修飾,服章有殊於衆,軍中號為獨孤郎』となります。
美少年で、騎射が上手く、お洒落好き。そのため軍中では独孤郎とよばれていました。
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