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第二章 動乱の世と新妻
第二章 動乱の世と新妻 八
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さて、宇文護であるが、独孤信は、
『早々に密談を報告しなかったことを恥じて』
『無害であること』
を示すために早まって自害した……そういう形を直ちに整えた。
通常であれば、自害は『罪を認めたからこそ』と認識されることが多い。
もしくは皇帝が、自分に逆らう者に対し『これで自害せよ』と自害の道具を送りつけることもある。
しかし宇文護は皇帝ではない。
皇帝とその太保が『臣下である宇文護』に『反旗』をひるがえした――――とは言えぬのだ。
巧妙に工作しなければ、諸侯からの反感が燃え上がる。
この世から消してしまえばこちらのものとはいえ、独孤信の人気は著しく高かった。ここは一芝居打って独孤信に同情心を示し、遺族にも温情をかけて諸侯の反感を弱めるほうが得策なのだ。
早速宇文護は、文武官九品以上の位を持つ者はすべて独孤家に対し『弔問』及び『哭礼』を行わせるよう、皆の前で皇帝に奏上した。
傀儡皇帝である覚はそれを受けて弱々しく勅命を発し、その後は一層厳しい、幽閉同然の日々を送ることとなる。
さて後日、宇文護は抜け抜けと独孤家の葬儀に現れた。
弔問の使者を送って哭させるのではなく、自ら喪服をまとって乗り込んできたのだ。
ざわりと場が揺れた。
しかし宇文護は堂々としたものだ。
そして、
「独孤将軍こそは真に立派な忠臣であられた。
国の平穏のために、毅然と陛下をお諫めした勇士である。
密談をあらわにしなかったのは確かに大罪ではあるが、独孤将軍にはこれまでに多大なる功がある。
ゆえに一時的に長安より追放することが内定していたが、こんなにも素晴らしき方を野に置いたままにするはずもない。
機を見て宮中に呼び戻すつもりであった。
功に見合った位を用意する心積もりもあった。
なのに早まって自害されてしまうとは……なんたる悲劇か。
いや……自害してまでして後悔に決着をつけるとは、武将の鑑。真にあっぱれであると褒め称えるのが、せめてものはなむけになるであろうかのう……。
後のことは私に任せて、どうぞ安らかに眠られよ」
と、泣いて見せた。
宇文護の演技は迫真であった。
その眼からは大粒の涙がとめどなく流れ、哭する声は悲痛を極めた。
ついにはくずおれて床を叩き、独孤信の死を悼んでみせた。
自身の叔父でさえ騙し抜いたその技は伊達ではない。
騙されてもらい泣きする者も多々現れた。
だが伽羅にも揚堅にも、それが空々しい嘘泣きであることはわかっていた。
楊堅の父である楊忠は、現在戦地にて緊迫状態にある。葬儀への出席はかなわなかったが、楊堅は揚家嫡男として伽羅を伴い、舅殿の葬儀に参加していた。
伽羅は嫁いでいるので娘と言うよりは『楊堅の正妻』という立場である。
その伽羅を楊堅は、長身である自分の後ろに隠すように参列していた。そうして折を見ては小さく振り向き、ただ、頷く。
その瞳が、
『今は耐えるときである』
『父君の気持ちを無駄にしてはいけない』
と、語っている。
伽羅も同様に、頷き返す。
確かに、強大な権力を握る宇文護と戦う機は今ではない。
また、自分自身にはその力も無い。
嘘を見破られている、敵意を持っている、と知れては自分の身どころか婚家もいずれ危うくなる。
優しくいたわってくれた夫や、婚家の者に災いが飛び火しては申し訳が立たない。
その上、今後どうやっても宇文護に一矢報いることは出来なくなってしまう。
あの広々とした額に、今すぐ矢を打ち込んでやりたいと願いつつも、ぎりりと唇をかみしめ、己の無力さを呪うのみだった。
楊堅は、後ろ盾たる独孤信が失脚・自害しても伽羅を切り捨てることはなかった。
それどころか益々大切にいたわった。
その点でも、伽羅の父・独孤信の見る目は確かだったと言えよう。
後ろ盾を失った妻などさっさと離縁して、安泰を図る男も多いのだ。
義父・楊忠も揚堅と同じであった。
彼は戦地にて緊迫状態であったため、葬儀への出席はかなわなかったが、
『義娘に対しては変わりなく接するように』
との文を家人に向けて急ぎ綴り、届けさせた。
一方、宇文護も、敵国と戦うための要地に駐屯している猛将・楊忠とその嫡男を『独孤家の娘を家に入れている』という理由だけで難癖をつけるわけにはいかなかった。
宮中で人気絶大だった独孤信を自害させた上に、名声轟く楊家にも手を出すのは流石にまずいと考えたのだ。
いや、そもそも独孤家の七女――小娘である伽羅などは、眼中にさえなかったのかもしれない。
伽羅は幸いにして、落ちぶれることも、放り出されることもなく楊家の庇護のもとに過ごせたのである。
さて、権力闘争に敗れた若き皇帝はどうなっただろうか?
彼は忠臣たちを失い、幽閉期間を経て宇文護の手によって廃された。
皇帝に擁される前の地位である略陽公に落とされたのちに、これまでの歴史に多々見られるように、ほどなく始末されて内々に葬られた。
皇帝覚の享年は、わずか十六歳である。
帝位にあった者にふさわしい『おくり名(生前の行いを鑑みて死後に贈られる名・諡号)』はつけられなかった。
彼は廃帝であり、最後の位が略陽公であったせいだろう。
しかし、皇帝覚が没してから十五年もの後、覚の異母弟である三代目皇帝『邕』が『孝閔帝』という諡を彼に追贈している。
『孝』は美諡であり『秉徳不回曰孝(徳があり邪には従わないこと)』という意味も持つ。
敗れはしたものの、老獪な宰相に若くして挑んだ異母兄に対する並々ならぬ情と尊敬が感じられるではないか。
おくり名の追贈は、宇文護が卒した(死亡した)その年の四月であったと書に記されている。
*おくり名の意味については『逸周書・謚法解』を参考としています。
*四月に略陽公を孝閔皇帝と追贈(追尊)したことについては『通鑑記事本末』を参考としています。(その当時の暦なので現在とはズレがあります)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二章はこれで終わりです。
お気に入りの独孤信退場でちょっと寂しいですが、史実なので仕方が無いですね。
ではちょっとおまけ話を。
作中の揚堅は、強い嫁を望みましたが、強い嫁を娶りたい男性は、少なくはありますが、たまに見かけます。
日本の武将でもいたはずですし(うろ覚えすぎて詳細は不明)中国では四世紀に編まれた『捜神記』の中の『祭蛇記』にも見られます。
『祭蛇記』の内容ですが、昔、東越の山中に体長20m弱の大蛇が住んでいたそうです。大蛇がいけにえ(少女限定)を要求するので、毎年喰われてついに九人。十人目の贄にはとある少女が志願します。少女は実は秘した策を持っており、自らも剣をふるって見事大蛇を殺します。
その少女の大蛇退治を聞きつけた越の王は少女を望み、后に収まったたそうです。か弱い系美女より豪傑系が好みだったのでしょうね。
『早々に密談を報告しなかったことを恥じて』
『無害であること』
を示すために早まって自害した……そういう形を直ちに整えた。
通常であれば、自害は『罪を認めたからこそ』と認識されることが多い。
もしくは皇帝が、自分に逆らう者に対し『これで自害せよ』と自害の道具を送りつけることもある。
しかし宇文護は皇帝ではない。
皇帝とその太保が『臣下である宇文護』に『反旗』をひるがえした――――とは言えぬのだ。
巧妙に工作しなければ、諸侯からの反感が燃え上がる。
この世から消してしまえばこちらのものとはいえ、独孤信の人気は著しく高かった。ここは一芝居打って独孤信に同情心を示し、遺族にも温情をかけて諸侯の反感を弱めるほうが得策なのだ。
早速宇文護は、文武官九品以上の位を持つ者はすべて独孤家に対し『弔問』及び『哭礼』を行わせるよう、皆の前で皇帝に奏上した。
傀儡皇帝である覚はそれを受けて弱々しく勅命を発し、その後は一層厳しい、幽閉同然の日々を送ることとなる。
さて後日、宇文護は抜け抜けと独孤家の葬儀に現れた。
弔問の使者を送って哭させるのではなく、自ら喪服をまとって乗り込んできたのだ。
ざわりと場が揺れた。
しかし宇文護は堂々としたものだ。
そして、
「独孤将軍こそは真に立派な忠臣であられた。
国の平穏のために、毅然と陛下をお諫めした勇士である。
密談をあらわにしなかったのは確かに大罪ではあるが、独孤将軍にはこれまでに多大なる功がある。
ゆえに一時的に長安より追放することが内定していたが、こんなにも素晴らしき方を野に置いたままにするはずもない。
機を見て宮中に呼び戻すつもりであった。
功に見合った位を用意する心積もりもあった。
なのに早まって自害されてしまうとは……なんたる悲劇か。
いや……自害してまでして後悔に決着をつけるとは、武将の鑑。真にあっぱれであると褒め称えるのが、せめてものはなむけになるであろうかのう……。
後のことは私に任せて、どうぞ安らかに眠られよ」
と、泣いて見せた。
宇文護の演技は迫真であった。
その眼からは大粒の涙がとめどなく流れ、哭する声は悲痛を極めた。
ついにはくずおれて床を叩き、独孤信の死を悼んでみせた。
自身の叔父でさえ騙し抜いたその技は伊達ではない。
騙されてもらい泣きする者も多々現れた。
だが伽羅にも揚堅にも、それが空々しい嘘泣きであることはわかっていた。
楊堅の父である楊忠は、現在戦地にて緊迫状態にある。葬儀への出席はかなわなかったが、楊堅は揚家嫡男として伽羅を伴い、舅殿の葬儀に参加していた。
伽羅は嫁いでいるので娘と言うよりは『楊堅の正妻』という立場である。
その伽羅を楊堅は、長身である自分の後ろに隠すように参列していた。そうして折を見ては小さく振り向き、ただ、頷く。
その瞳が、
『今は耐えるときである』
『父君の気持ちを無駄にしてはいけない』
と、語っている。
伽羅も同様に、頷き返す。
確かに、強大な権力を握る宇文護と戦う機は今ではない。
また、自分自身にはその力も無い。
嘘を見破られている、敵意を持っている、と知れては自分の身どころか婚家もいずれ危うくなる。
優しくいたわってくれた夫や、婚家の者に災いが飛び火しては申し訳が立たない。
その上、今後どうやっても宇文護に一矢報いることは出来なくなってしまう。
あの広々とした額に、今すぐ矢を打ち込んでやりたいと願いつつも、ぎりりと唇をかみしめ、己の無力さを呪うのみだった。
楊堅は、後ろ盾たる独孤信が失脚・自害しても伽羅を切り捨てることはなかった。
それどころか益々大切にいたわった。
その点でも、伽羅の父・独孤信の見る目は確かだったと言えよう。
後ろ盾を失った妻などさっさと離縁して、安泰を図る男も多いのだ。
義父・楊忠も揚堅と同じであった。
彼は戦地にて緊迫状態であったため、葬儀への出席はかなわなかったが、
『義娘に対しては変わりなく接するように』
との文を家人に向けて急ぎ綴り、届けさせた。
一方、宇文護も、敵国と戦うための要地に駐屯している猛将・楊忠とその嫡男を『独孤家の娘を家に入れている』という理由だけで難癖をつけるわけにはいかなかった。
宮中で人気絶大だった独孤信を自害させた上に、名声轟く楊家にも手を出すのは流石にまずいと考えたのだ。
いや、そもそも独孤家の七女――小娘である伽羅などは、眼中にさえなかったのかもしれない。
伽羅は幸いにして、落ちぶれることも、放り出されることもなく楊家の庇護のもとに過ごせたのである。
さて、権力闘争に敗れた若き皇帝はどうなっただろうか?
彼は忠臣たちを失い、幽閉期間を経て宇文護の手によって廃された。
皇帝に擁される前の地位である略陽公に落とされたのちに、これまでの歴史に多々見られるように、ほどなく始末されて内々に葬られた。
皇帝覚の享年は、わずか十六歳である。
帝位にあった者にふさわしい『おくり名(生前の行いを鑑みて死後に贈られる名・諡号)』はつけられなかった。
彼は廃帝であり、最後の位が略陽公であったせいだろう。
しかし、皇帝覚が没してから十五年もの後、覚の異母弟である三代目皇帝『邕』が『孝閔帝』という諡を彼に追贈している。
『孝』は美諡であり『秉徳不回曰孝(徳があり邪には従わないこと)』という意味も持つ。
敗れはしたものの、老獪な宰相に若くして挑んだ異母兄に対する並々ならぬ情と尊敬が感じられるではないか。
おくり名の追贈は、宇文護が卒した(死亡した)その年の四月であったと書に記されている。
*おくり名の意味については『逸周書・謚法解』を参考としています。
*四月に略陽公を孝閔皇帝と追贈(追尊)したことについては『通鑑記事本末』を参考としています。(その当時の暦なので現在とはズレがあります)
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二章はこれで終わりです。
お気に入りの独孤信退場でちょっと寂しいですが、史実なので仕方が無いですね。
ではちょっとおまけ話を。
作中の揚堅は、強い嫁を望みましたが、強い嫁を娶りたい男性は、少なくはありますが、たまに見かけます。
日本の武将でもいたはずですし(うろ覚えすぎて詳細は不明)中国では四世紀に編まれた『捜神記』の中の『祭蛇記』にも見られます。
『祭蛇記』の内容ですが、昔、東越の山中に体長20m弱の大蛇が住んでいたそうです。大蛇がいけにえ(少女限定)を要求するので、毎年喰われてついに九人。十人目の贄にはとある少女が志願します。少女は実は秘した策を持っており、自らも剣をふるって見事大蛇を殺します。
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