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第三章 新帝と一人目の独孤皇后

第三章 新帝と一人目の独孤皇后 四

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 敬愛する父と姉を次々失った伽羅を支えたのは、夫の楊堅であった。
 愛妻の傷心は、彼にとっても手痛かったのだろう。皇后の国葬が済んだ後にはすぐさま戻り、常に伽羅の身に気を配り、夜は必ず寝所に通ったのである。

 そうして、やっと伽羅にも明るい兆しが見え始めた。

「今日は、良いお話がありまする」

 宮中から帰った楊堅を伽羅は微笑んで出迎えた。
 久しぶりに見た妻の晴れやかな笑顔である。

「あなたさまのお子を身ごもりました」

 その言葉に楊堅は一瞬、吃驚したような表情を浮かべたが、すぐに破顔して妻を抱きしめた。
 命が失われるばかりの日々はやっと終わったのだ。

 新しい命には活力がある。生まれた赤子は女児で、嫡男とはならなかったがたいそう美しかった。

「なんとはなしにお姉様の面影が濃いように思われますわ。
 またお姉様にお会いできた心地です」

 伽羅はほろりと涙をこぼした。

「そうだな。私は皇后様に直接お会いしたことはないが、伽羅にもよく似ている。
 これは美しく育つぞ」

 伽羅と楊堅は生まれた娘に『麗華』と名づけ、亡き姉の生まれ変わりと思って愛し育てた。
 そのころの楊堅は『右小宮伯』という地位にいた。
 皇帝の警護役、つまり名門の者にのみに許される衛士である。
 仕事から疲れて帰ってくると、子を抱いて微笑む妻の顔はいつも晴れやかであった。
 憂い顔も麗しいが、やはりこういう顔こそが伽羅には良く似合う。
 官舎からでなく、館から朝政に出るのは少しばかり骨が折れるが、それでも楊堅は妻のために文句一つ言わずに早朝に出仕した。

「また懐妊いたしましたわ。
 麗華を身ごもったときと同じですから、医師に聞くまでも無いでしょう」

 その言葉に、楊堅はまた喜んだ。

「しかし体は大事にせねばな。次は男だろうか、女だろうか。
 いや、どちらでも良い。健康で生まれさえすれば、それ以上を望むのは贅沢と言うものだ」

「……そうですわね。
 わたくしたちは命の儚さを嫌と言うほど見てまいりました。
 生まれ来る子供たちの健康と幸せを願うのみですわ」

 長女に続き、また懐妊した伽羅は、それなりの幸せを取り戻していたように見えた。
 もちろん夫は愛妾などは作らず、夫婦の仲は新婚の頃そのままに睦まじい。
 楊堅があまりにも妻を大切にするので『妻の尻に敷かれている』といったような目で見る者もいたが、この夫婦は全く気にも留めなかった。

 不幸続きの中、お互いが心を寄せ合ってやっと掴んだ幸せなのである。





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