独孤皇后物語~隋の皇帝を操った美女(最終話まで毎日複数話更新)

結城 

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第六章 楊麗華と幼妻

第六章 楊麗華と幼妻 十

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 ところがである。
 この太子、悪運だけは強かったようで、生き延びて帰ってきてしまった。
 これには皇帝ようも仰天した。

「そんな馬鹿なことがあろうものか」

 早馬に乗った使者から報を受け、思わず叫んだが後の祭りである。
 暗殺の命を下した相手はただ一人。しかし、もちろんのことだが、その男には配下が居る。刺客は一人や二人ではない。
 皇帝の『密命』を負うことが出来る猛者をそれなりに用意したのである。

 しかし困ったことに、吐谷渾とよくこんの平定があっさりと終わった。
 相手軍は元々、勇猛なる皇帝ようを恐れていたのだ。今回は皇帝自らが乗り込んできたわけではないが、本来なら安全な場所にいるべき『太子』が率先して軍を率いてきたのに仰天した。
 これは、余程の準備が整った上での攻撃であると勘違いしたのも無理は無い。
 ことを重く見て、早々に降伏したのである。

 太子いんは上機嫌である。
 ろくに戦わずして『戦功』だけは手に入れたのだからさもありなん。
 早速国都に戻ろうとした。

 もちろん、皇帝が随行させた腹心将たちは事情を知っている。環境の劣るこの地に今しばらく留め、暗殺の機を待とうとした。

「おそれながら太子殿下。陛下は吐谷渾とよくこんを『平定せよ』とおっしゃいました。
 吐谷渾とよくこんは早々に降伏したため、まだ十分に余力を蓄えておりまする。
 我らが引き上げればたちまち造反し、朝貢ちょうこうの約束など反故にするやもしれませぬ。
 また、戦に巻き込まれた現地民たちの慰撫いぶも必要でございます。
 地の者を信服させてこそ『平定』と申せましょう。
 今しばらく留まって、我らの力を見せ付けつつ、この地の治安を回復させましょうぞ」

 と、太子に上言したのだが、ろくな館も宴も無く、野外の行軍にも飽き飽きしていた太子が言うことを聞くわけがない。

「このような辺境に、尊い身の我が留まっておれようものか。
 無理をすれば、父上のように体調を壊してしまうわい。
 太子の命令に従わぬのであれば覚えておれよ。病床の父帝が崩御されたならば、次は我が皇帝ぞ。
 そのあかつきには、そちらは死罪じゃ。家族に若妻や娘が居るのなら民妓(最下層の妓女)として売り払い、他は四属まで奴婢に落してくれようぞ」

 と、こうである。

 縁戚の幼妻まで躊躇なく奪略できる太子であることは、この頃には知れ渡っていた。
 皇帝ようがしばしば体調を崩していたのも周知の事実。
 そして、軍は堅固な縦社会である。
 せめて皇帝が頑健であれば『かたくなに』太子を留めたであろうが、そこまで『凄まれて』逆らえる者は居なかった。

 こうなっては刺客も手は出せぬ。
 乱戦でもないのに後ろから刺せぬし、戦による消耗もほとんどない。
 事情を知らぬ下級将兵らが厳重な警備で太子を守る中、食事に毒を入れるのも難しい。
 せっかく皇帝ようの病も癒えたところだったのに、これまた頭の痛いことであった。

 戻ってきた腹心らから事情を聴き、当然、ようは太子の勝手を叱責したが、吐谷渾での功もある。どこ吹く風で、こたえる様子はない。
 懲罰杖で打っても、返って反抗的な目で睨み返し、東宮に戻ってからはまた、憂さを晴らすために罪のない少女たちを並ばせて『天杖』で次々に打ち据える始末。

 しかも同年、突厥とっけつ帝国が北周の幽州ゆうしゅうへと攻撃を仕掛けて来た。
 突厥とっけつとは、伽羅の一族とは別系統の、いまだ北方で遊牧を行っているトルコ系騎馬民族である。
 可汗かがんという呼称で呼ばれている帝王ですら巨大な天幕『オルド』を宮殿とし、民を引き連れて遊牧を繰り返す。

 当然、娯楽や書に関する文化水準は『北周』より劣っているが、武においては全く違う。
 突厥とっけつは騎馬による機動力に秀で、すでに中央ユーラシアあたりの覇者であったのだ。
 また、この時代より約三百年前――三世紀にはすでに製鉄技術を獲得していた。 

 この突厥と北周は、かつて同盟を結んでいたこともある。
 皇帝邕の正妃は突厥帝国の木汗ぼくかん可汗かがんの娘であったのだ。
 つまり現皇后は、宇文護政権の頃に政略結婚により嫁いだ『突厥帝国の姫君』ということである。
 そのことにより絆を強くし、共に連合して北斉ほくせいに攻め入った仲ではあるが、皇帝邕が宇文護を討ち取った同年に姫の父君が亡くなり代替わりが行われた。

 当時のことである、情勢が変わればいとも容易たやすく敵となりうる。
 突厥とっけつ帝国の次の可汗かがんは、北周と結ぶ道を選ばず幽州を攻撃した。

 幽州は北周の州のひとつで、北方と北周を繋ぐ陸路交通の要衝である。
 突厥とっけつの兵が幽州に住む民たちを殺戮し、女をさらい、略奪の限りを尽くしたので、皇帝ようは愚息にかまかけている暇などはなくなったのである。
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