67 / 116
第八章 女帝
第八章 女帝 五
しおりを挟む
さて、父帝が崩御したので、唯一の男児『闡』は正陽宮から、父帝の居であった『天台』に移り住んだ。
闡は父帝存命中にすでに譲位され、皇帝となっていたので、東宮には住まず、正陽宮に住んでいたのだ。
現在の揚堅は『左大丞相』である。
丞相府を幼帝が住まう天台近くの正陽宮移し、引き続き幼帝の補佐として政務全般を執り行うことになった。
崩じた悪皇帝は日々酒色、遊興にふけって政治を省みなかった。
その息子も『幼帝』であったため、長らく実務を担っていたのは皇太后麗華の父として外戚関係を結んでいた楊堅である。
今後も、しばらくはそのままであろう。
しかし問題もある。
現皇帝闡は、皇太后たる娘・麗華の腹から生まれた子供ではなかったのだ。
これでは今後、外戚関係を維持していくのは難しくなる。
もしこの幼帝に『甘きことのみ』をささやく『悪臣』が取り付いたなら、皇帝の実母ではない麗華は排除されるであろう。
それはすなわち『揚堅の排除』にも繋がる。
諫言する者、民を愛することを説く者をしりぞけ、甘きことを囁く者のみをはべらせるとどうなるか。
歴史を鑑みても、まず、驕慢怠惰な暴虐者に育つだろう。
せめて実母に気概があれば良いが、それも難しい。
唯一の男児、現在の皇帝闡を生んだのは朱満月という妃である。
出身は宮婢で、父母兄弟は罪人としてすでに処刑されている。
性格はおとなしく、夫たる皇帝より十二歳も上だったため、その後の寵愛も薄いというよりは無きに等しい。
むしろ家族に罪人がいること、奴隷階級であったことで悪帝に苛め抜かれ、心はとうに壊れ果てている。
彼女も悪皇帝の気まぐれによって、罪無く『天杖』で打たれることが多かったのだ。
朱満月は麗華ほどには激しく打たれたわけではない。
それでも若い盛りの皇帝から見下ろされ、殴打されるのは、大の男であっても恐ろしい。
頼りになる実家も無く、大人しい性格の朱満月にはことさらにこたえたことだろう。
麗華たちがよく慰めに通っていたが、病んだ彼女はほとんど声を発しない。
序列は太子を生んだ功をもって、楊麗華に次いではいたが、全く存在感の無い女性となり果てていた。
それは息子が即位しても、変わることはなかった。
そんな母の影響、いや、恐ろしかった父の影響なのか、幼帝もおとなしい性格である。
いや、おとなしいというよりはむしろ、自分の世界にだけこもり――――無気力で目の輝きも無く、天の子としての器を持っていなかった。
そのようであったから大志もなく、皇帝としての教養を身につけるよりは怠惰を好む。
教育係から、ほんの少しでも厳しく言われると、優しい宮女の裳(腰から下にまとうスカート状の衣服)にたちまち逃げ込むのが常であった。
一方、楊堅は、その名の通り堅実な男で、宮中でも誰もが彼をそう見ている。
悪帝が酷すぎたので、謙虚で優秀な彼の元には心ある者が集まり、名声は益々高まっていた。
しかし、幼帝の後見人となった楊堅は、その頃から童の頃に一度だけ見た『夢』を繰り返し見るようになっていた。
その夢とはこうである。
幼い楊堅は一人、二股の道の前で立ち止まっていた。
岐路の前で、どちらに進むべきか悩んでいたのだ。
そこに白髪の仙人が現れた。
杖をふるうと、一方の道は赤く染まり、もう一方の道は雪を敷き詰めたかのような純白へと変わった。
仙人は言った。
「わらべよ。そなたが望むなら、長じては天下統一を成す皇帝となれるだろう」
皇帝――それは、すべての上に立つ国民の長である。
幼い楊堅は、無邪気に瞳を輝かせた。
「しかし、そのためには、多くの血を流さねばならぬ」
老人の厳しい視線と言葉に、楊堅はひるんだ。
闡は父帝存命中にすでに譲位され、皇帝となっていたので、東宮には住まず、正陽宮に住んでいたのだ。
現在の揚堅は『左大丞相』である。
丞相府を幼帝が住まう天台近くの正陽宮移し、引き続き幼帝の補佐として政務全般を執り行うことになった。
崩じた悪皇帝は日々酒色、遊興にふけって政治を省みなかった。
その息子も『幼帝』であったため、長らく実務を担っていたのは皇太后麗華の父として外戚関係を結んでいた楊堅である。
今後も、しばらくはそのままであろう。
しかし問題もある。
現皇帝闡は、皇太后たる娘・麗華の腹から生まれた子供ではなかったのだ。
これでは今後、外戚関係を維持していくのは難しくなる。
もしこの幼帝に『甘きことのみ』をささやく『悪臣』が取り付いたなら、皇帝の実母ではない麗華は排除されるであろう。
それはすなわち『揚堅の排除』にも繋がる。
諫言する者、民を愛することを説く者をしりぞけ、甘きことを囁く者のみをはべらせるとどうなるか。
歴史を鑑みても、まず、驕慢怠惰な暴虐者に育つだろう。
せめて実母に気概があれば良いが、それも難しい。
唯一の男児、現在の皇帝闡を生んだのは朱満月という妃である。
出身は宮婢で、父母兄弟は罪人としてすでに処刑されている。
性格はおとなしく、夫たる皇帝より十二歳も上だったため、その後の寵愛も薄いというよりは無きに等しい。
むしろ家族に罪人がいること、奴隷階級であったことで悪帝に苛め抜かれ、心はとうに壊れ果てている。
彼女も悪皇帝の気まぐれによって、罪無く『天杖』で打たれることが多かったのだ。
朱満月は麗華ほどには激しく打たれたわけではない。
それでも若い盛りの皇帝から見下ろされ、殴打されるのは、大の男であっても恐ろしい。
頼りになる実家も無く、大人しい性格の朱満月にはことさらにこたえたことだろう。
麗華たちがよく慰めに通っていたが、病んだ彼女はほとんど声を発しない。
序列は太子を生んだ功をもって、楊麗華に次いではいたが、全く存在感の無い女性となり果てていた。
それは息子が即位しても、変わることはなかった。
そんな母の影響、いや、恐ろしかった父の影響なのか、幼帝もおとなしい性格である。
いや、おとなしいというよりはむしろ、自分の世界にだけこもり――――無気力で目の輝きも無く、天の子としての器を持っていなかった。
そのようであったから大志もなく、皇帝としての教養を身につけるよりは怠惰を好む。
教育係から、ほんの少しでも厳しく言われると、優しい宮女の裳(腰から下にまとうスカート状の衣服)にたちまち逃げ込むのが常であった。
一方、楊堅は、その名の通り堅実な男で、宮中でも誰もが彼をそう見ている。
悪帝が酷すぎたので、謙虚で優秀な彼の元には心ある者が集まり、名声は益々高まっていた。
しかし、幼帝の後見人となった楊堅は、その頃から童の頃に一度だけ見た『夢』を繰り返し見るようになっていた。
その夢とはこうである。
幼い楊堅は一人、二股の道の前で立ち止まっていた。
岐路の前で、どちらに進むべきか悩んでいたのだ。
そこに白髪の仙人が現れた。
杖をふるうと、一方の道は赤く染まり、もう一方の道は雪を敷き詰めたかのような純白へと変わった。
仙人は言った。
「わらべよ。そなたが望むなら、長じては天下統一を成す皇帝となれるだろう」
皇帝――それは、すべての上に立つ国民の長である。
幼い楊堅は、無邪気に瞳を輝かせた。
「しかし、そのためには、多くの血を流さねばならぬ」
老人の厳しい視線と言葉に、楊堅はひるんだ。
0
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる