独孤皇后物語~隋の皇帝を操った美女(最終話まで毎日複数話更新)

結城 

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第九章 隋王朝

第九章 隋王朝 三

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「ところで、寛大なる陛下にお願いがございますの」

 伽羅の『上奏』は、まだまだ続いていた。
 もう幾度目になるのか。
 そろそろ手を緩めても良いぐらいに治安も民の生活も向上したが、伽羅にとってはまだまだ足りぬものであるらしい。

 それでも男は愛する女の願いを叶えたいと思うものなのである。
 もちろん、それが民のためにも繋がるのだから一石二鳥。

 夏王朝のけつ王は妹喜ばっきを喜ばせるために高価な絹を集めては裂かせ、その特殊な趣味を堪能させた。
 いん王朝のちゅう王は妲己だっきの願いに応じて残虐な刑具を作らせた。
 周の幽王ゆうおう襃姒ほうじの微笑を見たいがために、偽りの『のろし』を上げて、駆けつけた諸将を度々笑いものにした。

 上の三例では美女の微笑みが国を滅ぼしたが、伽羅の微笑みはそうではない。

「はて『お願い』とは何であろう?」

 楊堅の目じりは、やはり下がったままである。
 数々の苦難を潜り抜け、国が安定したので気も楽になっている。

「民の暮らしをもっと楽にするために、税を薄くしたいのでございます」

 伽羅の言葉に、楊堅は下げた目じりを元に戻し、考え込んだ。
 たとえ愛妻の願いであっても、容易たやすくうなずけぬときもあるのである。
 賢君ならなおのこと。

 贅沢のために国財を費やす気はないにしても、税収が落ちると国家の事業にかかわってくる。
 農産改革なら収益の増加に従って税収の増加も見込めるが、単なる減税であれば、すぐにうなずくのは難しいのだ。
 軍費にも響く恐れもあり、そうなれば他国に侮られることも考えられよう。

 思案顔の夫を見て、伽羅は素早く話題を変えた。

「陛下。北周の時代より、治安は格段に良くなりました。
 これも陛下のおかげでございましょう。
 しかしながら国都から離れた辺境では、捕らえきれぬ盗賊がまだまだ跋扈ばっこしているとおっしゃっておられましたね。
 善良な民たちは、さぞ不安に思っていることでございましょう。
 陛下もお心を痛めておられるのではと、わたくしは常々心配し申し上げておりましたわ」

 楊堅はうなずいた。

「ふむ。確かに心を痛めておる。
 だが、税収が少なくなると、盗賊退治に裂くための官費も削らざるをえなくなってしまうのだ。
 それでは困ろう」

「ごもっともでございますわ。
 なれど、盗賊に身を落とした者たちも、元々は善良な民であったことがほとんどであると聞き及んでおりまする。
 税は国家の基盤ゆえ『』には『』が課せられておりますが、払えぬとなれば、逃亡するほかありますまい。
 逃亡者は戸籍を失って、行く末は野垂れ死にか、強盗団の仲間入りか。
 どちらにせよ悲劇と申せましょう。
 税を下げ、新しく盗賊に加わる者を出さぬようにすれば、自然と彼らの数は減りましょう。
 そうすれば、民の生活はいっそう安定致します。
 心配なさらずとも、税収は十年の間に現在を上まわりましょう」

 伽羅に美しく微笑まれた楊堅は、早速税も薄くした。
 一理あると考えたのだ。

 民たちの負担は確かに軽減された。
 だが、もちろん税収は減ることになる。
 官費の節約を図っても数年持たせるのが限界で、その後は再び増税せねば難しいかと思われた。

 しかし、隋の始まりには四百万戸に満たなかった人口が、翌年から増え始めた。
 無事に成人する者の数ももちろん増え、盗賊にはならずに農業に従事することとなった。
 最終的にはわずか二十数年で倍以上の約九百万戸にまで増えたが、これは生活が安定し、食料にも不足が無くなったからであろう。

 民の生活は益々豊かで活気のあるものとなり、王朝への尊敬は高まったが、それだけが利点ではない。
 人口が増えるということは、同じ国土内で徴収できる税も増えるということだ。
 事実、悪帝贇がほぼ空にした官庫は、楊堅が即位して十一年後には隙間なく満たされた。
 そればかりか、入りきらぬ穀物が多く、それは官庫のひさしの下に積んでしのいだ――という『上奏文』が記録として残っている。

 皇帝堅は、そのことに随分と驚いたようだ。
 税を薄くした上に、陳の平定に功のあった将兵に多くの恩賞を下賜かししていたからである。
 さて、楊堅はその有り余る財をどうしたか。

「過剰な穀物を官庫に積んでいても仕方あるまい。
 民たちの家に積んでこそ活きるのだ。
 今年度は河北、河東の田租は三分の一に減らすよう伝えよ。
 天候の不順があったとの報告が上がってきている。
 兵卒に与えた田畑の租税も半分とし、調(絹や布など特産品の物納)は全て廃止する」

 こう言ったのである。

 租庸調そようちょうのうちのよう(労役)や兵役の義務を軽くした分も、これまた人口増によって補った。
 地方に対しては郡を廃して州・県を置いたが、これは人口に対して官職のみが多く、税が無駄に垂れ流されていたからだ。

 また、賄賂の横行に対する策として、地方属史の任命権を地方官から取り上げた。
通鑑記事本末つがんきじほんまつ』によると、皇帝賢は上記の策に加え、おとりを使って令史たちに賄賂を贈らせ、受け取った者は即座に斬罪としたと記されている。
 中々の厳しさであるが、そこまでせねば撲滅出来ぬほど根づいていたのであろう。

「凶作対策も必要でございましょう。
 あなたさまの徳が素晴らしかったとしても、時に天は気まぐれなことをして為政者の心を試すものです。
 そのようなときも民を飢えさせてはなりません」

 伽羅の微笑むままに、楊堅は詔を発した。
 元々『義倉』の概念はあったが、更に増やし、各地方ごとに義倉を置いたのだ。
 義倉には穀物ばかりではなく、海岸沿いで作らせた塩なども置いた。
 民が飢饉で飢えたなら、ただちに義倉を開いて食物を分け与えるのだ。

 このような策が功を奏し、盗賊などは激減した。
 結果、治安を維持するための費用さえも大幅に抑えられるようになったのである。
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