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もういいかい?もう、いいよ。
古いサボサンダルの音が心地よかった
しおりを挟む「おおい! 焦げてきた! どうするんだ!」
「どうするんだって……ひっくり返して下さいー!」
提案された通り、七輪で秋刀魚を焼く。風情がある。なんて思ったのは最初だけだった。タイマーも火の加減を調整するセンサーも何も無い。火起こしから焼き加減まで全て自分達で行わなければならない。骨が折れる作業だった。
焼きなれない俺は、台所にいる唯子に助けをもとめる。
台所の方から大きな声で返事が帰ってきた。唯子に言われたとおりに、三匹の秋刀魚をひっくり返そうと俺は試みた。
「おおおお! 身が崩れそうだ!」
「待って! 今行きます!」
とたとたと、早い足音が聞こえた。そのリズムが少し崩れたと思ったら、かぽ、かぽと楽しそうな音が聞こえてきた。唯子の履く、古いサボサンダルの音だった。
「菜箸を1本横に入れ……よっ」
「おお、上手いもんだ」
「はい。またよろしくお願いします」
かぽん、かぽん、と弾むような音が響く。庭に置いてある飛び石を軽快にはねているようだ。かぽん、かぽん。
その音だけで唯子が浮かれていることが良く伝わってくる。
口元に浮かぶ笑みがこらえ切れない。それを誤魔化すように、秋刀魚の油が落ちるたびに上がる煙を払う。あまりあおぎすぎると、温度が上がってしまう。程よくと分かっていても中々難しい。
「どうですか? そろそろ頃あいですかね?」
かしょん、とガラスの重なる音が聞こえる。その音に俺は振り向いた。縁側に、お盆に乗った中ビール瓶とコップが三つ。それと、魚屋で買ってきたマグロの漬けと山芋を和えたものが小鉢に入っていた。
「そろそろか? 皿くれ。あ、あと洗い物は置いておけよ。後で俺がやる」
「はい。お皿は、大きいのでいいですか?」
「三匹纏めて置けるやつあるかー」
また、軽やかな足音が聞こえてくる。その足音に、俺はただ幸せを感じた。
「……ああ、いいなあ」
近頃すっかりと沈むのが早くなった夕日に照らされた空を見上げる。オレンジの雲と、薄いブルーの空が混ざりあっている。対象的な色が混ざりあっても美しく見えるから、不思議だ。
「これからの俺たちと、唯子の思い出と」
全く違うものが、混ざりあって隣合っても、この空のように美しくあればいい。柄にもなくそんなことを詩ってみる。その位、今の俺は浮かれていた。
「ゆうし、お皿取ってきました」
「おお。……悪い、自信ないんだ。乗せてくれるか?」
「はい。かしこまりました」
かぽん、かぽん。もう一度、サボサンダルの音が聞こえる。リズムよく近寄る音に反応して思わず手を伸ばした。秋刀魚に辿り着く前に、俺の所に。ぐい、と引き寄せる小さな悲鳴が聞こえた。
「わ、おさ、ら……んっ」
皿が落ちなかった事を横目で確認する。そして、すかさず唇を重ねた。どうしようもなく、欲しくなってしまった。外気に当たっていたせいか、冷たさを一番先に感じた。
薄く開かれた口内に舌をねじ込む。すると、外とは対照的に中は、うっとりするほど暖かかった。
「んっ……」
上口蓋を舌でなぞると、腕の中の唯子か小さく跳ねた。執拗に同じところをなぞると、口の中の熱さが増したように感じた。唯子の身体でまだまだ知らないところがある。その発見が嬉しかった。
ちゅく、ちゅくと唾液が交じる。重なる唇が離れれば、吐息が重なる。小さく名前を呼べば、同じように帰ってきた。重なるやり取りが楽しく、俺は吹き出してしまう。
「っふ」
「ふふ、ふ」
頬を染めて笑う唯子がとても可愛くて、愛おしく思える。赤く腫れた目尻をそっと撫でる。少し擽ったそうに肩を揺らす唯子に、もう一度口付けた。そして、もう一度キスを深くしようとした時だった。
「……こげくさい」
「っあ!」
ぷすぷすと乾いた音が俺の耳に入る。振り向くと、焦げ付く一歩寸前の秋刀魚が目に入った。
「秋刀魚!」
「秋刀魚!」
甘い雰囲気など何処へやら。俺達はまた七輪と秋刀魚と向かい合うことにした。
秋の風が舞い込む仏間に、おりんの音が響く。大皿に乗せた秋刀魚三匹とコップ一杯のビールを目の前に、俺達は手を合わせる。
「……」
「……」
おりんの余韻の音が消え去ったところで、俺の仏壇に向かって頭を下げる。
「……遅くなりました。小村さん。あの時の約束を守りたいと思います」
返事はもちろん無い。隣にいる唯子も、気配を殺していた。頭を上げ、正座のまま、唯子の方に向き合う。
「唯子」
「……はい」
「……見つけるのが遅くなった」
「……いい、え、いいえ、そんな」
ふるふると、唯子が遠慮がちに首を横に振る。そんな唯子に甘えて、俺は醜い言い訳を述べる。
「……俺は医者だ。はっきり言って、患者のことを覚えていないことも多い。小村さんもその一人だった」
「当たり前だと、思います」
「でも、唯子と出会って、思い出せた」
唯子の膝の上で握りしめられていた手の上に、自分のものを重ねる。赤くなるほど力強く握りしめりていた手を、俺はゆっくりと解いていく。
「唯子は俺の唯一の人だ」
「……ゆう、し」
唯子は、驚いたように目を見開いた。今にも涙がこぼれそうな大きな瞳をじっと見つめる。
「これからは、俺と思い出を作ろう」
七輪で焼いた秋刀魚も、唯子の好きな鮪も、チューリップの球根植え、植木の越冬準備、揃いの歯ブラシを買いに行くこと、同じパジャマで眠ること……思いつく限りを全部口にした。
「家族に、なろう。俺は、唯子と一緒になりたい。何かあった時に一番に連絡が来る人になりたい」
小村さんとの別れが近づいた時、唯子は家族として連絡が来なかった。今日のように、俺の知らないところで意に沿わない結婚をさせられようとしていた。そんなことはもうさせたくないし、したくない。責任を取れる関係、守れる関係になりたかった。
「小村さん、俺に言ったんだ。唯子を頼むって。忘れてたぶん、その約束は守らないと」
「……ゆう、し」
「何が言いたいのか纏まらないけどよ……とりあえず、」
俺は生きてるから。だから、今度からはなんでも言え。
そう口にすると同時に、胸に凄まじい衝撃が走った。一瞬息が止まったが、どうやら俺は受け止めることが出来たようだ。
胸に飛び込んできた唯子を。
「……なんか言いたいことあるか?」
「……ごめんなさい。先生におばあちゃんの事を話して、患者家族と先生に戻るのが怖かったんです」
「それはない。はい、解決。あとは?」
「私、浮かれすぎてませんか? ゆうしといられる事が嬉しすぎて、舞い上がってませんか?」
「唯子のたくさんのラブレター、最高だ。はい、解決。あとは?」
「……大好きです」
「俺もだ」
すっかりと沈んで、暗くなった仏間で、俺達は何度も唇を重ねた。
「寝室に移動するぞ」
「……え?」
「……限界」
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