私の手のひらに貴方のオイル

ぐるもり

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ちかく、とおく、ふたりで、いっしょに

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 かた、かた。そんな音が聞こえ、紗江は目覚める。薄暗い室内の中、煌々とした光が紗江の目を刺激した。どうやら、紗江を起こした音の原因は彰人が使用しているパソコンの中ようだ。身体を起こすと、掛かっていたブランケットが床に落ちた。

「起きた?」

 テーブルに向かっていた彰人が振り向く。寝てしまったんだと、紗江は自分の状況に気がついた。目をこすると少しずつ覚醒してきた。

「わたし、寝てた?」
「うん。あ、車からバッグ持ってきた。あと化粧品。一応見てきたけど確認して」

 彰人が指差した先には、紗江が車に置いてきたバッグが置かれていた。ばら撒いたポーチの中身も拾ってきてくれたようだ。中身を確認するべきなのだろうが、身体が重たく、動く気にならなかった。落ちたブランケットを拾い、身体に巻き付けた。自分の物ではない香りに包まれる。彰人に抱きしめてもらっているような気がした。


「何してるの?」

 邪魔をしてはいけないと思いつつも、彰人の背中に、紗江は声をかけた。

「ん、備品の発注」
「……備品?」
「そう。前まで麻子が請求してくれてたんだけど、悪阻が辛いらしくて。俺が代わりにやってる」
「……大変なんだ」

 独り言のように紗江が呟く。そのタイミングで彰人がパソコンを閉じるのがみえる。そのまま立ち上がり、紗江の隣に腰かけた。

「何か飲む?」
「ううん。大丈夫」
「そう」

 柔らかく笑う彰人の手が、紗江の髪を撫でた。その暖かさに、紗江がうっとりしていると頭上で「いて」と声が聞こえる。

「どうしたの!?」
「あ、大丈夫。指が少しひび割れたみたいだ」
「見せて!」

 慌てて身体を起こし、紗江は彰人の手を取った。かさついていて、爪先の汚れに加え、節々にあかぎれが見られた。所々出血した跡も見られる。

「痛くないの?」
「ん、まぁ。馴れたかな。それよりもごめん。髪に血がつかなかった?」
「大丈夫だけど…」

 彰人は手を振りながら、紗江の心配をする。その事が紗江は心苦しかった。言葉ではどうしても消すことのできない、彰人のコンプレックス。
 自分の無力さに紗江は小さくため息をつき、肩を落とした。

「紗江?」
「……あ」
 
 どうしたらいいだろうかと考えあぐねていたところ、バッグの中にある存在を思い出した。

「待ってて!」

 紗江はベッドの横に置かれていたバッグの中を漁る。奥底に、萎れた紙袋をを見つけ、取り出した。

「開けるね!」
「え、うん」

 乱暴だと思いつつも、手は止まらなかった。ラッピングされた紙袋を開け、中身を取り出す。取り出したのは大きめのアルミチューブだった。

「手、出して」

 紗江はチューブから適量のクリームを自分の手のひらに取り出す。次いで、ふわりとオレンジの香りが部屋に漂った。両手を重ね、クリームを温める。温めたクリームで包み込むように、彰人の手を取った。

「……紗江、これ」
「……ハンドクリーム。誕生日のプレゼントだったの」

 綺麗になあれ。傷も、乾燥もよくなあれ。そんな願いを込めて、紗江はクリームを塗りこむ。手のひら、甲、指、爪先……。乾燥して白くなっていた手に、色が戻ってくる。しばらく紗江は彰人のハンドケアに夢中になっていた。しかし、彰人の手の体温を感じていると、胸の奥からじわじわとな何か・・がこみ上げてきた。

「紗江?」
「……よ、かった」

 何が?と優しい声が聞こえる。

「ちゃんと、渡せて。無駄にならなくて。……一緒に、お祝いができた」

 潤いを取り戻した彰人の手に、涙が一粒落ちる。込み上げて来たものは、安堵だった。未練がましく持っていたプレゼント。捨てることも出来ずにずっと持っていた。紗江が彰人を諦められなかった証拠だった。

「よかった。奥さんも、子供もいなくて……」
「……紗江」
 
 色づいた柔らかな手が紗江の頬に触れる。少し違う感触に、紗江は身を震わせた。柔らかな手に残る黒が見える。感触は違えど、紗江の大好きな手だった。

「ごめんな」

 その言葉に反応するように、紗江は首を横に振る。彰人の手に自分の手を重ねて、紗江は大きく息を吐いた。そして、震える唇で紗江は言葉を紡いだ。

「お誕生日、おめでとう」
「ありがとう」

 震える唇に、温もりが重ねられる。紗江の気持ちを汲み取るような、幸せなキスだった。
 部屋の時計は、零時を過ぎた頃だった。

「寝るか」
「うん。明日は朝起きたらケーキを買って、ご馳走作るの。リクエスト、ある?」
「……唐揚げが食べたい。カレー味の」
「好物の?」
「そう。紗江の味で食べたい」

 まかせて!と紗江はガッツポーズを取る。そんな紗江を見て、彰人は喜色を浮かべた。

「おやすみ」
「おやすなさい」

 唇が、そっと重ねられた。
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