《完結》幼馴染の女上司と異世界召喚された僕ですが、勇者じゃなく“標的”でした ~殺し屋に命を狙われるとか聞いてない~

月輝晃

文字の大きさ
61 / 61
第一章 田中悠斗

次の街へ -第一章最終話-

しおりを挟む
 町の外――黒い夜空を貫いて炎の柱が立ち上がっていた。
 10キロ先まで連鎖的に爆ぜた焼夷弾の光と轟音は、まるで大地そのものが怒り狂っているようで、石畳の上を駆ける住民たちの足音を掻き消していた。

「火事だ! 火がこっちに来るぞ!」
「誰か! 警備兵を呼べ!」

 混乱した叫び声が重なり合い、町全体がざわめきに呑み込まれていく。

「おい、見ろ! 北の方角が……赤く燃えてる!」
「ま、まさか……魔族が攻めてきたのか!?」
「ちがう、盗賊団だ! 街を包囲してるに違いない!」

 鎧を鳴らしながら駆けつけた兵士たちも、炎の正体を掴めず右往左往するばかりだった。

 ――もちろん、この爆炎の原因を知っているのは、僕――田中悠斗たち三人だけだ。

 リネットはまだ蒼白な顔で肩を震わせている。自分の手で投げた爆弾が、想像を超える破壊を引き起こしたのだから無理もない。
 その肩にクロウ――いや、サーラが軽く手を置き、低い声で言った。

「気にするな。生き残るために必要なことだった」

 その一言で、リネットの瞳がわずかに揺れる。僕は彼女を見て頷いた。

「うん……リネットは間違ってない。僕ら、助かったんだ」

 街の人々の騒ぎが広がる前に、僕たちは倉庫を離れ、暗がりを縫って宿へ戻ることにした。

 僕たちは人混みをかき分け、宿へと戻る道を急いだ。
 夜空を赤く染める炎の残光はまだ強く、住民たちのざわめきが耳に飛び込んでくる。
 
「おい! 子供を連れて隠れろ!」
「鐘を鳴らせ! 警戒の鐘を!!」
「東門を閉じろ! 火が回るぞ!」

 不安と恐怖が入り交じった声が、まるで街全体を包み込んでいた。

 その中で――整然と動く一団の姿があった。
 アストラヴィス王国騎士団《ローザリオ》。
 白銀の鎧に赤いマントをなびかせた団員たちが、混乱する住民を押しとどめ、警備兵に次々と指示を飛ばしている。

「北門は閉鎖! 南側は避難誘導を急げ!」
「鐘を三度打て! 火急の合図だ!」

 声を張り上げていたのは、副長だ。
 ツインテールの少女で、まだ若いのに威勢があり、鋭い視線で全体を見渡していた。
 彼女の怒鳴り声に、怯えていた警備兵たちがハッと顔を上げ、素早く走り出す。

 そして、その少し後ろに――落ち着いた歩調で指揮を見守る女騎士の姿があった。
 
 濡れたような黒髪を後ろでまとめ、堂々とした立ち姿。
 ローザリオの団長、セレナだ。
 彼女は剣の柄に片手を添えながら、的確に短い言葉を投げかける。

「慌てるな。敵影はまだ確認されていない。――冷静に対処しろ」

 その声音には揺るぎない威厳があり、街を覆っていた混乱を少しずつ鎮めていく。

 思わず足を止めると、セレナと視線があった。しかし、セレナは僕を気に留める様子も無く走り去っていった。

  ――セレナ……さようなら。
 
 もし本当に魔族や敵の襲撃なら……ローザリオは必ず立ちはだかるだろう。

 けれど今の僕たちは――目立つわけにはいかない。
 クロウもリネットも無言で頷き、僕らはその場を離れ、宿へと歩を進めた。

 宿の部屋に入った瞬間、ようやく全身から力が抜けた。
 椅子に腰を下ろすと、背中がじんわりと汗で湿っているのに気づく。戦闘中は気にならなかったが、今になってどっと疲れが押し寄せてきた。

 リネットはベッドに腰掛け、両手を見つめている。まだ小さく震えているようだ。
 クロウは壁にもたれ、腕を組んでこちらをじっと見ていた。その銀の瞳に、暗い光が宿っている。

「……サーラ……でいいのかな?」
 僕がそう言うと、彼は小さく鼻で笑った。

「サーラは依頼の仮の名だ。本当の名はクロウ・ヴァインツ。これからはクロウと呼べ」

「クロウ……」

 口に出してみると、妙にしっくりくる。今までただの傭兵だと思っていた男が、仲間として名を名乗る――その事実に、胸の奥が熱くなった。

「クロウ……改めて、ありがとう。僕とリネットを助けてくれて」

 クロウは目を細め、ふっと笑った。
「勘違いするな。助けたわけじゃない。お前たちに生きてもらう方が、俺にとって“メリット”があるからだ」

 相変わらずぶっきらぼうだが、それでも十分だ。今は、この無骨な言葉に救われる。

 クロウの姿を見て、ふと――温泉での記憶が蘇った。

 あの夜。温泉に浸かった僕たちは、蒸気に包まれながら笑い合っていた。
 湯気の向こうに見える仲間たち。セレナにしがみつかれ、ウミャウが湯船を跳ね回り、エリルが酒に酔って転び、リネットは恥ずかしそうに端で小さく浸かっていた。
 そして――葵。

 長い黒髪を濡らし、白い浴衣に包まれた彼女は、湯船の縁に腰掛けて僕に言った。

『悠斗、私は別の勇者グループに参加する。このパーティ、抜けるよ』

 月光に照らされる葵の横顔は、真剣で、迷いがなかった。

 優柔不断で頼りない、と突きつけられた言葉が胸に刺さった。
 反論できなかった。彼女が正しいのかもしれないと思ったから。

 それでも、あの夜の湯気の中で、仲間たちの笑い声に包まれながら僕は決意した。
 ――もっと強くなろう、と。

 クロウがこちらを見ている。僕はその記憶を噛みしめながら、言葉を紡いだ。

「クロウ……僕は、あの時から変わりたかったんだ。仲間を守れるくらいに強く」

 クロウは眉一つ動かさず、ただ黙って聞いていた。

「いいだろう」
 クロウがゆっくりと口を開いた。

「他のチート転生者がいるなら、同じように救ってやる。生きる意思を見せたなら、な」

「……他の、チート転生者?」
 僕が聞き返すと、クロウは短く頷いた。

「領主の街に向かう。そこで一年前に召喚があったと聞いた」

 領主の街――その名を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

「葵……」

 思わず口にしていた。
 高柳葵。僕の幼馴染で上司、かつて同じパーティを組んでいた彼女。

「そうだ、葵も……」
 思考が渦を巻く。再会できるのか? もし会えたら、彼女は僕をどう見るだろう?
 以前と同じように、頼りないと切り捨てるのか。それとも――。

 クロウは僕をじっと見据え、低い声で言った。
「覚悟はあるか、悠斗。お前が弱ければ、次は守れん」

 僕は拳を握った。
 葵に突きつけられた言葉。あの悔しさを、もう二度と繰り返さないために。

「……あるよ。どんな結果になっても、僕は向き合う」

 クロウは小さく笑った。
「ならいい。行くぞ――領主の街へ」

 宿の窓の外では、まだ遠くの炎が夜空を照らしていた。
 町の人々のざわめきが風に運ばれてくる。
 でも、この部屋の中は静かだった。

 リネットは疲れ切ったのか、ベッドに横たわり眠っている。彼女の寝顔を見て、僕は思う。守りたい仲間がいる。失いたくない仲間がいる。

 そして、葵。
 あの夜、温泉で見せた真剣な横顔を、僕は忘れていない。
 もう一度会うとき、胸を張って彼女に言いたい。

 ――僕は変わった。

 クロウと共に歩む道の先に、どんな戦いが待っていようとも。
 もう逃げない。



「そうだ、もう一つ。チート転生者って奴は全部で何人いるんだ?」

 俺――クロウ・ヴァインツが問い詰めると、ユリアーナの微笑みが一瞬だけ消えた。青い瞳の奥に、冷たい光が揺れる。

「――七人です」

 短い答え。しかし、その声には確信があった。

「七人、か」
 俺は心の中でその数字を反芻する。

「ただし」ユリアーナは続ける。「彼ら全員が同時に召喚されたわけではありません。ある者は一年以上前に、ある者はつい先日に。召喚の時期はまちまちで、今もこの世界のどこかで力を振るっているはずです」

「ふむ……」

「力も性格も様々。ある者は英雄として讃えられ、ある者は暴君のように振る舞っているかもしれません。七人すべてが敵になるとは限らない。けれど――七人全員が“常識を超えた力”を持っていることは確かです」

「なるほどな」
 俺は短く息を吐く。

 七人。
 標的は明確になった。
 そのうち何人が“敵”で、何人が“救うに値する”のか――それは俺自身が決めることになるだろう。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
 2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。  死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。  命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。  自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

処理中です...