9 / 101
しりとり
しおりを挟む
桜のつぼみがふくらみはじめた、少し風の強い春の午後。
小学3年生の終わり、春休みのある日のことだ。
家の近くの公園で、私はまだランドセルを背負っていない妹――かおりと手をつないで歩いていた。
お姉ちゃんという自覚はまだ薄く、来月から同じ学校に通うことになる妹に、多少の面倒くささを覚えていた。
「ねえ、しおちん……」
妹が私を見上げて言う。私――"しおちん"はこの頃の呼び名だ。
「小学校って、こわい?」
「こわくないよ。ちょっとだけ、うるさいだけ」
「うるさいの、やだなあ」
妹はまだ幼稚園の制服を着ていて、歩くたびにリボンがゆれていた。
私が同じくらいの時、こんなに小さかったっけ。そう思うと、なんだかくすぐったい。
「うーーん、小学校にあがったら呼び方変えて欲しいなあ」
「やだ」
「えーーお願いだよお」
「しおさぶろうならいい」
「やめてーー、せめてお姉ちゃんにして……」
「絶対やだ……"しおちん"は"しおちん"だもん……」
……やばい泣きそう……なんとかしないと
「じゃあさ、勝負して勝ったらそのままでいいよ」
「しょうゆ?」
「しょうぶ!しりとりしよう!」
「しりとり?」
「うん。学校の帰り道とかによくやるんだよ、みんな」
「……やる!」
妹はパッと笑顔になって、歩幅をちょっとだけ広げた。
ああ、なんか今から本当に“小学生”になるんだなって思った。
*
「じゃあ、私から。 “りんご”」
「 “ご”……ごはん!」
「 “ん”!? 負けだよ!」
「えっ!?なんで!?」
私は笑いながら、妹の頭をくしゃっとなでた。
「 “ん”で終わったら、負けなの。しりとりのルール」
「し、知らなかったもん……」
ぷくっとほっぺをふくらませている。かわいい。
「じゃあもう一回ね。 “いぬ”」
「 “ぬ”……ぬいぐるみ!」
「 “み”…“みかん”」
「また“ん”!」
今度はすぐに気づいたようで、悔しそうにくるっと私の前に回りこんできた。
「しおちん……ひきょう……」
「え?」
その言葉どこで覚えた……
「ぜったい、負けさせようとしてる」
「うーーん」
「もう一回!」
今度は、妹から始めることになった。
「えっと……“くさったママ”!」
……なんだそれは……
「 “ま”…まど」
「 “ど”…どろどろのパパ!」
……パパ……かわいそう……
「 “ぱ”……ぱせり!」
「……ぱせりってなあに?しらないよ……はんそく?」
「とにかく続けよう!」
「うーーん、“り”……りす!」
「すいか!」
どんどん、テンポが上がっていく。
言葉が止まらないのが、なんだか楽しくて、気づいたら二人とも声をあげて笑っていた。
「ねえ、しおち……おねえちゃん」
「ん?」
「小学校、たのしい?」
「……うん、たのしいよ。たまにイヤなこともあるけど、たのしい」
「なら、わたしもがんばる」
「うん。……でも、困ったら言ってね。そしたら、お姉ちゃんが助けてあげるから」
自分で言って、少し照れた。
でも、妹は嬉しそうに頷いた。
「うん、おねえちゃん、わたしのしもべ……」
「……なにそれ、ずるい」
そう言いながら、私はまた妹の頭をなでた。
春風が、ふたりの前髪をやさしく揺らす。
入学式まであと少し。
妹はまだランドセルも持っていないけど、なんとなく、小学生の顔になってきた。
小学3年生の終わり、春休みのある日のことだ。
家の近くの公園で、私はまだランドセルを背負っていない妹――かおりと手をつないで歩いていた。
お姉ちゃんという自覚はまだ薄く、来月から同じ学校に通うことになる妹に、多少の面倒くささを覚えていた。
「ねえ、しおちん……」
妹が私を見上げて言う。私――"しおちん"はこの頃の呼び名だ。
「小学校って、こわい?」
「こわくないよ。ちょっとだけ、うるさいだけ」
「うるさいの、やだなあ」
妹はまだ幼稚園の制服を着ていて、歩くたびにリボンがゆれていた。
私が同じくらいの時、こんなに小さかったっけ。そう思うと、なんだかくすぐったい。
「うーーん、小学校にあがったら呼び方変えて欲しいなあ」
「やだ」
「えーーお願いだよお」
「しおさぶろうならいい」
「やめてーー、せめてお姉ちゃんにして……」
「絶対やだ……"しおちん"は"しおちん"だもん……」
……やばい泣きそう……なんとかしないと
「じゃあさ、勝負して勝ったらそのままでいいよ」
「しょうゆ?」
「しょうぶ!しりとりしよう!」
「しりとり?」
「うん。学校の帰り道とかによくやるんだよ、みんな」
「……やる!」
妹はパッと笑顔になって、歩幅をちょっとだけ広げた。
ああ、なんか今から本当に“小学生”になるんだなって思った。
*
「じゃあ、私から。 “りんご”」
「 “ご”……ごはん!」
「 “ん”!? 負けだよ!」
「えっ!?なんで!?」
私は笑いながら、妹の頭をくしゃっとなでた。
「 “ん”で終わったら、負けなの。しりとりのルール」
「し、知らなかったもん……」
ぷくっとほっぺをふくらませている。かわいい。
「じゃあもう一回ね。 “いぬ”」
「 “ぬ”……ぬいぐるみ!」
「 “み”…“みかん”」
「また“ん”!」
今度はすぐに気づいたようで、悔しそうにくるっと私の前に回りこんできた。
「しおちん……ひきょう……」
「え?」
その言葉どこで覚えた……
「ぜったい、負けさせようとしてる」
「うーーん」
「もう一回!」
今度は、妹から始めることになった。
「えっと……“くさったママ”!」
……なんだそれは……
「 “ま”…まど」
「 “ど”…どろどろのパパ!」
……パパ……かわいそう……
「 “ぱ”……ぱせり!」
「……ぱせりってなあに?しらないよ……はんそく?」
「とにかく続けよう!」
「うーーん、“り”……りす!」
「すいか!」
どんどん、テンポが上がっていく。
言葉が止まらないのが、なんだか楽しくて、気づいたら二人とも声をあげて笑っていた。
「ねえ、しおち……おねえちゃん」
「ん?」
「小学校、たのしい?」
「……うん、たのしいよ。たまにイヤなこともあるけど、たのしい」
「なら、わたしもがんばる」
「うん。……でも、困ったら言ってね。そしたら、お姉ちゃんが助けてあげるから」
自分で言って、少し照れた。
でも、妹は嬉しそうに頷いた。
「うん、おねえちゃん、わたしのしもべ……」
「……なにそれ、ずるい」
そう言いながら、私はまた妹の頭をなでた。
春風が、ふたりの前髪をやさしく揺らす。
入学式まであと少し。
妹はまだランドセルも持っていないけど、なんとなく、小学生の顔になってきた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合活少女とぼっちの姫
佐古橋トーラ
青春
あなたは私のもの。わたしは貴女のもの?
高校一年生の伊月樹には秘密がある。
誰にもバレたくない、バレてはいけないことだった。
それが、なんの変哲もないクラスの根暗少女、結奈に知られてしまった。弱みを握られてしまった。
──土下座して。
──四つん這いになって。
──下着姿になって。
断れるはずもない要求。
最低だ。
最悪だ。
こんなことさせられて好きになるわけないのに。
人を手中に収めることを知ってしまった少女と、人の手中に収められることを知ってしまった少女たちの物語。
当作品はカクヨムで連載している作品の転載です。
※この物語はフィクションです
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ご注意ください。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる