卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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しりとり

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 桜のつぼみがふくらみはじめた、少し風の強い春の午後。
 小学3年生の終わり、春休みのある日のことだ。

 家の近くの公園で、私はまだランドセルを背負っていない妹――かおりと手をつないで歩いていた。

 お姉ちゃんという自覚はまだ薄く、来月から同じ学校に通うことになる妹に、多少の面倒くささを覚えていた。

「ねえ、しおちん……」

 妹が私を見上げて言う。私――"しおちん"はこの頃の呼び名だ。

「小学校って、こわい?」

「こわくないよ。ちょっとだけ、うるさいだけ」

「うるさいの、やだなあ」

 妹はまだ幼稚園の制服を着ていて、歩くたびにリボンがゆれていた。
 私が同じくらいの時、こんなに小さかったっけ。そう思うと、なんだかくすぐったい。

「うーーん、小学校にあがったら呼び方変えて欲しいなあ」

「やだ」

「えーーお願いだよお」

「しおさぶろうならいい」

「やめてーー、せめてお姉ちゃんにして……」

「絶対やだ……"しおちん"は"しおちん"だもん……」

 ……やばい泣きそう……なんとかしないと

「じゃあさ、勝負して勝ったらそのままでいいよ」

「しょうゆ?」

「しょうぶ!しりとりしよう!」

「しりとり?」

「うん。学校の帰り道とかによくやるんだよ、みんな」

「……やる!」

 妹はパッと笑顔になって、歩幅をちょっとだけ広げた。
 ああ、なんか今から本当に“小学生”になるんだなって思った。



「じゃあ、私から。 “りんご”」

「 “ご”……ごはん!」

「 “ん”!? 負けだよ!」

「えっ!?なんで!?」

 私は笑いながら、妹の頭をくしゃっとなでた。

「 “ん”で終わったら、負けなの。しりとりのルール」

「し、知らなかったもん……」

 ぷくっとほっぺをふくらませている。かわいい。

「じゃあもう一回ね。 “いぬ”」

「 “ぬ”……ぬいぐるみ!」

「 “み”…“みかん”」

「また“ん”!」

 今度はすぐに気づいたようで、悔しそうにくるっと私の前に回りこんできた。

「しおちん……ひきょう……」

「え?」

 その言葉どこで覚えた……

「ぜったい、負けさせようとしてる」

「うーーん」

「もう一回!」

 今度は、妹から始めることになった。

「えっと……“くさったママ”!」

……なんだそれは……

「 “ま”…まど」

「 “ど”…どろどろのパパ!」

……パパ……かわいそう……

「 “ぱ”……ぱせり!」

「……ぱせりってなあに?しらないよ……はんそく?」

「とにかく続けよう!」

「うーーん、“り”……りす!」

「すいか!」

 どんどん、テンポが上がっていく。

 言葉が止まらないのが、なんだか楽しくて、気づいたら二人とも声をあげて笑っていた。

「ねえ、しおち……おねえちゃん」

「ん?」

「小学校、たのしい?」

「……うん、たのしいよ。たまにイヤなこともあるけど、たのしい」

「なら、わたしもがんばる」

「うん。……でも、困ったら言ってね。そしたら、お姉ちゃんが助けてあげるから」

 自分で言って、少し照れた。
 でも、妹は嬉しそうに頷いた。

「うん、おねえちゃん、わたしのしもべ……」

「……なにそれ、ずるい」

 そう言いながら、私はまた妹の頭をなでた。
 春風が、ふたりの前髪をやさしく揺らす。

 入学式まであと少し。
 妹はまだランドセルも持っていないけど、なんとなく、小学生の顔になってきた。
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