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見せっこ
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「しおりん、見せっこしよ」
そう言って、かおりんが突然自分の部屋から封筒を持ってきた。
紙の厚みに特徴のある、それは中学校の卒業証書だった。
「春休みってさ、変に時間があるから、昔のやつ引っ張り出して見ちゃわない?」
「あるある。部屋の片づけ始めると、思い出の渦に飲まれて一日終わるやつ」
「そう、それ。で、ちょうど卒業したし、いまこのタイミングしかできない見せっこ、しない?」
「見せっこ……って?」
「卒業証書とか、通知表とか、学生証とか、なんでも。ちょっと恥ずかしいものを持ってきて見せ合うの!」
「え、それ、めちゃくちゃ精神的ダメージくるやつじゃん」
「ふふ、そこがいいの!」
かおりんは机の上に卒業証書をバンと置いて、わたしの方を見た。
「ねえ、しおりんもなにか持ってきてよ」
「しょうがないなあ……待ってて」
わたしは自分の部屋に戻って、本棚の奥に押し込んでいた封筒を引っ張り出した。高校の卒業証書、古びた学生証、出席簿のコピー、それから――中一のときに書かされた将来の夢シート。思い出すだけで胃がキリキリする。
「……はい。じゃあ、見せ合い開始」
*
「じゃーん!これがわたしの卒業証書!」
かおりんが誇らしげに紙を掲げる。中学校の名前、校長の名前、そして綺麗に書かれた楷書の文字。
「……紙、ちょっと曲がってない?」
「それは保管が雑だったから……でも、気にしない!」
「でも……いいね、なんかさ、ほんとに卒業したんだって感じする」
「しおりんも見せてよ」
「ほい」
わたしは高校の卒業証書を渡した。
一回り大きいサイズに、厚手の金縁の台紙。かおりんが目を丸くする。
「わ、なんか……高校ってこんな豪華なの?」
「まあ、公立でも多少は見た目頑張ってるってこと」
「大人っぽいなあ……」
かおりんがそっと触れる指が、なんとなく慎重で。わたしはその様子が可愛くて、少しだけ笑ってしまった。
「じゃ、次は学生証見せようよ」
「うっ、それ地味にきつい」
「顔写真、見たい~!」
「かおりんこそ、見せられるの?」
「う……見るなら、同時に出そう」
「よし」
ふたりでカウントダウンして、同時に学生証をテーブルの上に出す。
「3、2、1、どん!」
「「うわぁぁぁっ」」
言いながら、自分の顔写真を直視できずに顔を覆う。
「なにこの髪型!前髪ぺたーって!」
「なんか目が死んでるし、制服のボタンしめてないし……!」
「でもさ、これが“学生”ってやつだったんだよね」
「うん、こうして見ると、かわいいや」
「どっちが?」
「ふふ、どっちも。ある意味でね」
わたしは学生証を指でくるくる回して、思わず呟いた。
「……ちょっと戻りたいかも。高校一年の春」
「なんで?」
「制服が新しくて、まだ真面目にボタン閉めてて、靴下もちゃんと折ってた頃。なんか、“今から始まる”って感じしてさ」
かおりんが、ふんわりと笑った。
「わたしも、戻れるなら……中一のときに戻りたいかな」
「どうして?」
「高校一年のしおりんに会いたいかも」
「んん?高校一年のわたし?」
「あの頃のしおりん可愛かったもんね。また一緒に勉強したり、ドラマ見たりしたいなあ」
……年下に可愛いと言われましても、ねえ……
「……そう?」
「うん。あのころ、しおりんってすごい余裕あったの」
「まあ、わたしも年下相手にイキってたからね……」
ふたりで笑いながら、少しだけ沈黙が流れる。
そのあと、かおりんがごそごそとファイルから一枚の紙を取り出した。
「これ見て、ちょっと笑えるかも」
「なにそれ?」
「中二の時の……“理想の将来”シート」
「あーーー!それ出す!?」
「しおりんもあるでしょ、ほら」
「あるけど……うっわ、見せたくない~!」
「見せて!」
わたしは観念して、黄色く焼けた用紙を取り出す。鉛筆で書いた文字がまだ残っている。
『将来の夢:人の心を癒せる仕事につきたいです』
「なにこれ!?しおりん、癒やし系だったの!?今と全然ちが……」
「やめて!黒歴史って言葉が今まさに刺さってるから!」
「しかも“アロマとか使える人になりたい”って書いてるじゃん!」
「だからやめろってば……!」
ふたりでゲラゲラ笑いながら、紙を引っ込める。
「かおりんは?」
「わたしは……えーっと……『かっこよくてスタイルのいい大人になりたい』」
「うーーーん、スタイルだけはなかなか、もうその通りになってるかも?」
「えっ……スタイルだけってなによーー?」
「ちょっとグラマーすぎかも?」
かおりんが不意に照れて、うつむいた。
スウェット姿で、膝を抱えて座る妹は、確かにあのころの“理想”に近づいている。前より背が伸びて、髪型もなんとなく大人びてて、でも、笑うとやっぱり“かおりん”のままだ。
「……ねえ、しおりん。ちょっと、恥ずかしいもの見せてもいい?」
かおりんの声が少しだけ真面目になる。
……エッ?……ドキっとするじゃん。
何見せる気?
わたしはうなずいて、彼女の手元を見る。
「これ、部活でみんなに配られた“自分の良いところ・悪いところ”ってシート」
紙には、整った字でこう書いてあった。
『良いところ:明るい、負けず嫌い、集中力がある』
『悪いところ:甘えん坊、人にくっつきすぎる、心配されたい』
わたしは思わず吹き出しそうになった。
「“人にくっつきすぎる”って、なんなのこれ……」
「部活の先輩に言われたの……“すぐ膝の上とか乗ってくるよね”って」
「わたし以外にも乗ってただと?ゆるさーーん!」
「ええ!?いいじゃん、癖なんだもん」
「癖って……あぶないなあ」
かおりんが少しだけ笑って、顔をあげる。
「じゃあ……しおりんなら、乗ってもいいの?」
「……乗るって、どこに?」
「しおりんの膝」
「なんでそうなるのよ……」
「ほら、春休み中だけだから」
「期間限定の甘えん坊か……しょうがないなあ」
わたしが脚を伸ばすと、かおりんは素直に膝の上に頭を預けた。髪がさらりとふれて、少しだけドキッとする。昔は当たり前だったこの距離が、今ではちょっとだけ“特別”になっているのが、なんとなくわかる。
「……しおりん」
「ん?」
「これからも、時々“見せっこ”しようね。大人になっても」
「やだな、それ、泣けるやつじゃん」
「ううん、ちゃんと笑える見せっこにしよう。今日みたいに」
わたしは黙って、彼女の頭をそっとなでた。
春休みの、どこかやわらかい午後。
過去を笑って話せるようになったわたしたちは、
少しずつ、“大人”になっている気がした。
そう言って、かおりんが突然自分の部屋から封筒を持ってきた。
紙の厚みに特徴のある、それは中学校の卒業証書だった。
「春休みってさ、変に時間があるから、昔のやつ引っ張り出して見ちゃわない?」
「あるある。部屋の片づけ始めると、思い出の渦に飲まれて一日終わるやつ」
「そう、それ。で、ちょうど卒業したし、いまこのタイミングしかできない見せっこ、しない?」
「見せっこ……って?」
「卒業証書とか、通知表とか、学生証とか、なんでも。ちょっと恥ずかしいものを持ってきて見せ合うの!」
「え、それ、めちゃくちゃ精神的ダメージくるやつじゃん」
「ふふ、そこがいいの!」
かおりんは机の上に卒業証書をバンと置いて、わたしの方を見た。
「ねえ、しおりんもなにか持ってきてよ」
「しょうがないなあ……待ってて」
わたしは自分の部屋に戻って、本棚の奥に押し込んでいた封筒を引っ張り出した。高校の卒業証書、古びた学生証、出席簿のコピー、それから――中一のときに書かされた将来の夢シート。思い出すだけで胃がキリキリする。
「……はい。じゃあ、見せ合い開始」
*
「じゃーん!これがわたしの卒業証書!」
かおりんが誇らしげに紙を掲げる。中学校の名前、校長の名前、そして綺麗に書かれた楷書の文字。
「……紙、ちょっと曲がってない?」
「それは保管が雑だったから……でも、気にしない!」
「でも……いいね、なんかさ、ほんとに卒業したんだって感じする」
「しおりんも見せてよ」
「ほい」
わたしは高校の卒業証書を渡した。
一回り大きいサイズに、厚手の金縁の台紙。かおりんが目を丸くする。
「わ、なんか……高校ってこんな豪華なの?」
「まあ、公立でも多少は見た目頑張ってるってこと」
「大人っぽいなあ……」
かおりんがそっと触れる指が、なんとなく慎重で。わたしはその様子が可愛くて、少しだけ笑ってしまった。
「じゃ、次は学生証見せようよ」
「うっ、それ地味にきつい」
「顔写真、見たい~!」
「かおりんこそ、見せられるの?」
「う……見るなら、同時に出そう」
「よし」
ふたりでカウントダウンして、同時に学生証をテーブルの上に出す。
「3、2、1、どん!」
「「うわぁぁぁっ」」
言いながら、自分の顔写真を直視できずに顔を覆う。
「なにこの髪型!前髪ぺたーって!」
「なんか目が死んでるし、制服のボタンしめてないし……!」
「でもさ、これが“学生”ってやつだったんだよね」
「うん、こうして見ると、かわいいや」
「どっちが?」
「ふふ、どっちも。ある意味でね」
わたしは学生証を指でくるくる回して、思わず呟いた。
「……ちょっと戻りたいかも。高校一年の春」
「なんで?」
「制服が新しくて、まだ真面目にボタン閉めてて、靴下もちゃんと折ってた頃。なんか、“今から始まる”って感じしてさ」
かおりんが、ふんわりと笑った。
「わたしも、戻れるなら……中一のときに戻りたいかな」
「どうして?」
「高校一年のしおりんに会いたいかも」
「んん?高校一年のわたし?」
「あの頃のしおりん可愛かったもんね。また一緒に勉強したり、ドラマ見たりしたいなあ」
……年下に可愛いと言われましても、ねえ……
「……そう?」
「うん。あのころ、しおりんってすごい余裕あったの」
「まあ、わたしも年下相手にイキってたからね……」
ふたりで笑いながら、少しだけ沈黙が流れる。
そのあと、かおりんがごそごそとファイルから一枚の紙を取り出した。
「これ見て、ちょっと笑えるかも」
「なにそれ?」
「中二の時の……“理想の将来”シート」
「あーーー!それ出す!?」
「しおりんもあるでしょ、ほら」
「あるけど……うっわ、見せたくない~!」
「見せて!」
わたしは観念して、黄色く焼けた用紙を取り出す。鉛筆で書いた文字がまだ残っている。
『将来の夢:人の心を癒せる仕事につきたいです』
「なにこれ!?しおりん、癒やし系だったの!?今と全然ちが……」
「やめて!黒歴史って言葉が今まさに刺さってるから!」
「しかも“アロマとか使える人になりたい”って書いてるじゃん!」
「だからやめろってば……!」
ふたりでゲラゲラ笑いながら、紙を引っ込める。
「かおりんは?」
「わたしは……えーっと……『かっこよくてスタイルのいい大人になりたい』」
「うーーーん、スタイルだけはなかなか、もうその通りになってるかも?」
「えっ……スタイルだけってなによーー?」
「ちょっとグラマーすぎかも?」
かおりんが不意に照れて、うつむいた。
スウェット姿で、膝を抱えて座る妹は、確かにあのころの“理想”に近づいている。前より背が伸びて、髪型もなんとなく大人びてて、でも、笑うとやっぱり“かおりん”のままだ。
「……ねえ、しおりん。ちょっと、恥ずかしいもの見せてもいい?」
かおりんの声が少しだけ真面目になる。
……エッ?……ドキっとするじゃん。
何見せる気?
わたしはうなずいて、彼女の手元を見る。
「これ、部活でみんなに配られた“自分の良いところ・悪いところ”ってシート」
紙には、整った字でこう書いてあった。
『良いところ:明るい、負けず嫌い、集中力がある』
『悪いところ:甘えん坊、人にくっつきすぎる、心配されたい』
わたしは思わず吹き出しそうになった。
「“人にくっつきすぎる”って、なんなのこれ……」
「部活の先輩に言われたの……“すぐ膝の上とか乗ってくるよね”って」
「わたし以外にも乗ってただと?ゆるさーーん!」
「ええ!?いいじゃん、癖なんだもん」
「癖って……あぶないなあ」
かおりんが少しだけ笑って、顔をあげる。
「じゃあ……しおりんなら、乗ってもいいの?」
「……乗るって、どこに?」
「しおりんの膝」
「なんでそうなるのよ……」
「ほら、春休み中だけだから」
「期間限定の甘えん坊か……しょうがないなあ」
わたしが脚を伸ばすと、かおりんは素直に膝の上に頭を預けた。髪がさらりとふれて、少しだけドキッとする。昔は当たり前だったこの距離が、今ではちょっとだけ“特別”になっているのが、なんとなくわかる。
「……しおりん」
「ん?」
「これからも、時々“見せっこ”しようね。大人になっても」
「やだな、それ、泣けるやつじゃん」
「ううん、ちゃんと笑える見せっこにしよう。今日みたいに」
わたしは黙って、彼女の頭をそっとなでた。
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