卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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見せっこ

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「しおりん、見せっこしよ」

そう言って、かおりんが突然自分の部屋から封筒を持ってきた。
紙の厚みに特徴のある、それは中学校の卒業証書だった。

「春休みってさ、変に時間があるから、昔のやつ引っ張り出して見ちゃわない?」

「あるある。部屋の片づけ始めると、思い出の渦に飲まれて一日終わるやつ」

「そう、それ。で、ちょうど卒業したし、いまこのタイミングしかできない見せっこ、しない?」

「見せっこ……って?」

「卒業証書とか、通知表とか、学生証とか、なんでも。ちょっと恥ずかしいものを持ってきて見せ合うの!」

「え、それ、めちゃくちゃ精神的ダメージくるやつじゃん」

「ふふ、そこがいいの!」

かおりんは机の上に卒業証書をバンと置いて、わたしの方を見た。

「ねえ、しおりんもなにか持ってきてよ」

「しょうがないなあ……待ってて」

わたしは自分の部屋に戻って、本棚の奥に押し込んでいた封筒を引っ張り出した。高校の卒業証書、古びた学生証、出席簿のコピー、それから――中一のときに書かされた将来の夢シート。思い出すだけで胃がキリキリする。

「……はい。じゃあ、見せ合い開始」



「じゃーん!これがわたしの卒業証書!」

かおりんが誇らしげに紙を掲げる。中学校の名前、校長の名前、そして綺麗に書かれた楷書の文字。

「……紙、ちょっと曲がってない?」

「それは保管が雑だったから……でも、気にしない!」

「でも……いいね、なんかさ、ほんとに卒業したんだって感じする」

「しおりんも見せてよ」

「ほい」

わたしは高校の卒業証書を渡した。
一回り大きいサイズに、厚手の金縁の台紙。かおりんが目を丸くする。

「わ、なんか……高校ってこんな豪華なの?」

「まあ、公立でも多少は見た目頑張ってるってこと」

「大人っぽいなあ……」

かおりんがそっと触れる指が、なんとなく慎重で。わたしはその様子が可愛くて、少しだけ笑ってしまった。

「じゃ、次は学生証見せようよ」

「うっ、それ地味にきつい」

「顔写真、見たい~!」

「かおりんこそ、見せられるの?」

「う……見るなら、同時に出そう」

「よし」

ふたりでカウントダウンして、同時に学生証をテーブルの上に出す。

「3、2、1、どん!」

「「うわぁぁぁっ」」

言いながら、自分の顔写真を直視できずに顔を覆う。

「なにこの髪型!前髪ぺたーって!」

「なんか目が死んでるし、制服のボタンしめてないし……!」

「でもさ、これが“学生”ってやつだったんだよね」

「うん、こうして見ると、かわいいや」

「どっちが?」

「ふふ、どっちも。ある意味でね」

わたしは学生証を指でくるくる回して、思わず呟いた。

「……ちょっと戻りたいかも。高校一年の春」

「なんで?」

「制服が新しくて、まだ真面目にボタン閉めてて、靴下もちゃんと折ってた頃。なんか、“今から始まる”って感じしてさ」

かおりんが、ふんわりと笑った。

「わたしも、戻れるなら……中一のときに戻りたいかな」

「どうして?」

「高校一年のしおりんに会いたいかも」

「んん?高校一年のわたし?」

「あの頃のしおりん可愛かったもんね。また一緒に勉強したり、ドラマ見たりしたいなあ」

……年下に可愛いと言われましても、ねえ……

「……そう?」

「うん。あのころ、しおりんってすごい余裕あったの」

「まあ、わたしも年下相手にイキってたからね……」

ふたりで笑いながら、少しだけ沈黙が流れる。

そのあと、かおりんがごそごそとファイルから一枚の紙を取り出した。

「これ見て、ちょっと笑えるかも」

「なにそれ?」

「中二の時の……“理想の将来”シート」

「あーーー!それ出す!?」

「しおりんもあるでしょ、ほら」

「あるけど……うっわ、見せたくない~!」

「見せて!」

わたしは観念して、黄色く焼けた用紙を取り出す。鉛筆で書いた文字がまだ残っている。

『将来の夢:人の心を癒せる仕事につきたいです』

「なにこれ!?しおりん、癒やし系だったの!?今と全然ちが……」

「やめて!黒歴史って言葉が今まさに刺さってるから!」

「しかも“アロマとか使える人になりたい”って書いてるじゃん!」

「だからやめろってば……!」

ふたりでゲラゲラ笑いながら、紙を引っ込める。

「かおりんは?」

「わたしは……えーっと……『かっこよくてスタイルのいい大人になりたい』」

「うーーーん、スタイルだけはなかなか、もうその通りになってるかも?」

「えっ……スタイルだけってなによーー?」

「ちょっとグラマーすぎかも?」

かおりんが不意に照れて、うつむいた。

スウェット姿で、膝を抱えて座る妹は、確かにあのころの“理想”に近づいている。前より背が伸びて、髪型もなんとなく大人びてて、でも、笑うとやっぱり“かおりん”のままだ。

「……ねえ、しおりん。ちょっと、恥ずかしいもの見せてもいい?」

かおりんの声が少しだけ真面目になる。

……エッ?……ドキっとするじゃん。
何見せる気?

わたしはうなずいて、彼女の手元を見る。

「これ、部活でみんなに配られた“自分の良いところ・悪いところ”ってシート」

紙には、整った字でこう書いてあった。

『良いところ:明るい、負けず嫌い、集中力がある』
『悪いところ:甘えん坊、人にくっつきすぎる、心配されたい』

わたしは思わず吹き出しそうになった。

「“人にくっつきすぎる”って、なんなのこれ……」

「部活の先輩に言われたの……“すぐ膝の上とか乗ってくるよね”って」

「わたし以外にも乗ってただと?ゆるさーーん!」

「ええ!?いいじゃん、癖なんだもん」

「癖って……あぶないなあ」

かおりんが少しだけ笑って、顔をあげる。

「じゃあ……しおりんなら、乗ってもいいの?」

「……乗るって、どこに?」

「しおりんの膝」

「なんでそうなるのよ……」

「ほら、春休み中だけだから」

「期間限定の甘えん坊か……しょうがないなあ」

わたしが脚を伸ばすと、かおりんは素直に膝の上に頭を預けた。髪がさらりとふれて、少しだけドキッとする。昔は当たり前だったこの距離が、今ではちょっとだけ“特別”になっているのが、なんとなくわかる。

「……しおりん」

「ん?」

「これからも、時々“見せっこ”しようね。大人になっても」

「やだな、それ、泣けるやつじゃん」

「ううん、ちゃんと笑える見せっこにしよう。今日みたいに」

わたしは黙って、彼女の頭をそっとなでた。

春休みの、どこかやわらかい午後。
過去を笑って話せるようになったわたしたちは、
少しずつ、“大人”になっている気がした。
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