卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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指相撲

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 今日は、久しぶりに私と――かおりんのふたりだけ。

 時間はまだ昼過ぎ。
 なのに、家の中の空気は妙にしんとしていて、ふたりきりという状況が、いつも以上に強調されて感じられる。

「……なんか、久しぶりだね。こうやって、しおりんと2人きり」

 かおりんがそう言って、リビングのソファにごろんと横になった。
 脚をだらんと伸ばして、スマホをいじるその仕草が、どこか無防備で。

 ゆるいジャージの裾から見える、白い足首。
 目が勝手にそっちにいってしまって、あわてて視線を戻す。

 ――細いな。うらやましい……

「なに見てんのー?」
 と、からかうように笑って、かおりんがこちらに寝返った。
 スマホを放って、上目づかいでこっちを見る。

「ねえ、なんか遊ばない?」

「遊ぶって……中学生じゃないんだから……」

「じゃあさ、こういう日だからこそできる遊びってないかなって思ったの。2人だけの、姉妹だけの時間でさ」

 その言い方に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 “姉妹だけの時間”――それは、私たちにとってただの言葉じゃない。

「……じゃんけんとか?」

「地味」

「UNOは?」

「用意が面倒くさい」

「じゃあ、指相撲!」

 かおりんがぱっと手を差し出してきた。
 小さくて、でも意外と骨ばっていて、見慣れてるはずなのに、どこか違って見える指先。

「懐かしい……。でも、今やる? 指相撲」

「うん。ふたりでやるからこそ、いいんじゃん」

 その目がまっすぐで、ちょっとだけ挑発的で。
 私は苦笑しながらも、自然と手を出していた。


 ちゃぶ台の前で、向かい合って正座。
 小さな手を伸ばして、右手の人差し指を、軽くフックする。

「じゃあ、いくよ? はっけよい……指相撲!」

「かけ声、謎なんだけど!」

 つっこみながらも、もうすでに笑っていた。

 最初は軽く。
 互いに押したり引いたり、まるで呼吸を合わせるように動かす。

「……しおりん、ちょっと強い。力入れてるでしょ」

「入れてないよ。むしろ、かおりんの方が反射神経で勝ってるんじゃない?」

「ふふん、それほどでも~」

 そんな冗談を交わしながら、でも指と指がふれあうたびに、心が少しずつ、何かを思い出していくようだった。


 わたしたちは、ずっとこうしてきた。

 くだらない遊びをして、笑って、ちょっとだけ真剣になって。
 でも今は、そこに“微妙な距離感”が混じっている。

 かおりんの指が、ふっとわたしの指を押す。

「よしっ、あとちょっと……!」

「負けないっ……」

 気づけば、互いの顔がぐっと近づいていた。

 呼吸が、触れるか触れないかの距離。
 笑いながらも、視線は外さない。
 どちらが先に意識してしまうか、勝負の意味が、少しずつ変わっていく。

「……しおりん」

「なに?」

「顔、赤い」

「……言わないでよ」

「ふふ。かわいい」

 その一言で、心臓が跳ねた。
 その瞬間、油断した私の指が、かおりんの指に押し返される。

「……あっ」

 カチッ。

「やった! 勝ったー!」

 かおりんが笑って、私の手を振り回す。

「ちょ、ちょっと、痛いってば!」

「ごめんごめん、でも勝ったから嬉しくて!」

 無邪気な顔。
 でも、その中にある“何か”に、私は気づいてしまっていた。



「もう一回、やろっか」

「また? 今度は本気出すよ?」

「うん。……今度は、勝っても負けても、ちゃんと褒めて」

「なにそれ。甘やかしてほしいの?」

「うん。……しおりんにだけは、甘えたいの」

 その言葉に、息が止まるかと思った。



 2戦目。

 また指が絡む。
 今度は、さっきよりも長く、静かに時間が流れる。

 かおりんの目は真剣で、それでいてやさしい。
 私の視線をまっすぐ受け止めながら、少しずつ押してくる。

「しおりん、勝ちたい?」

「ううん……かおりんとこうしてるだけで、もう勝ちみたいなもんだよ」

「……ずるいこと言うね」

「だって、ほんとだもん」

 また、カチッと音がして、今度はわたしが勝った。

「……あっ」

「ふふ、やった」

 でも、勝ち負けなんて、ほんとうにどうでもよかった。
 指のぬくもりが、こうしてふたりを繋いでくれているなら。



 そのあと、かおりんはソファに戻って、毛布にくるまりながら私を見上げてきた。

「しおりん……今日、ありがとね」

「なにが?」

「なんとなく……ふたりでいられる時間って、最近少ないなって思ってたから」

「……わたしもだよ」

 私も隣に座り、毛布を半分かぶせてもらう。

 こうして寄り添っていると、言葉よりも、身体の温度の方がずっと語ってくれる。

 しばらくして、かおりんがまた小さくつぶやく。

「……ねえ、また指相撲していい?」

「また? しつこいなあ」

「うん、でも、勝ちたいってより……」

「より?」

「しおりんに触れてたいだけ」

 その言葉が、やさしく胸を打った。



 あの午後。
 私たちは、たった一本の指で、たくさんの気持ちを伝え合った。

 小さな遊びが、心をつないでくれるなんて思わなかった。

 指先から伝わるぬくもり。
 繊細で、やわらかい想い。

 私は今も、あのぬくもりを、はっきり覚えてる。
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