卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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ミステリー映画

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「じゃあ、今日はミステリーでいこうか」

 夕暮れの和室教室。
 畳の香りと、障子越しの柔らかな光に包まれながら、私たちはいつものように円になって座っていた。

 和室には今日も4人。
私、ひかりん、法学部の山野くん、文学部の安達さん。
それぞれが座り慣れた場所に落ち着いている。

「今日の作品、何かリクエストあります?」

「俺、ミステリーとかどうっすか。和室でミステリーって、雰囲気出そうじゃないです?」

「いいね。静けさの中で謎が深まる感じ……座道的にも面白そう」

 ひかりんが楽しげに笑った。

「じゃあ、クラシックなやつにしましょうか」

 そう言って、私は準備していたDVDを手に取る。

『オジデンス急行殺人事件』

 アガシ・ウリスティの名作。
 列車内で起こる密室殺人。
 緻密なトリックと、登場人物たちの心理戦が魅力の作品だ。

 私は、ふと、ひかりんを見る。

「……ミステリー、大丈夫?」

「うん。たぶん」

 そう言いながらも、彼女の目が少し揺れているのを、私は見逃さなかった。



 映像が始まると、和室はぐっと静まり返った。

 障子を閉めて、ランタンライトを一つだけつける。
畳に正座して、深く息を吸う。呼吸を整える。

 さっきまでほんのり温かかった空気が、音と光によって、ひんやりと冷たくなる。

 雪に閉ざされた列車。
 乗客たちのざわめき。
 そして、密室での殺人。

 緊張と緩和が交互に訪れる中、ふと、ひかりんが私の袖をつまんだ。

「……ちょっと、怖いかも」

 その声はとても小さかった。

 私はそっと彼女の手を握った。――少し冷たい
その指は冷たくて、でも細くて、かすかに震えていた。

――温めてあげたい

 そういえば、妹――かおりんにもこうして手を握りながら、怖い映画を見た覚えがあった。ふと思い出して、ふふっと笑った。

「今笑ったでしょ」

 ひかりんが少しふくれ顔でこちらを見る。

「……可愛いね」

――今のは二人に言った言葉だ。

 ひかりんが目を見開くと少し頬を赤くしていた。

 映像が進むにつれて、登場人物たちの秘密が明らかになっていく。
 それぞれが何かを隠している。
 その緊張感が、和室の空気にも伝わってくる。

 ひかりんの手が、私の手を強く握りしめた。

 その温もりが、私の心を落ち着かせてくれる。

 物語がクライマックスに近づくと、探偵が真相を語り始める。
その語り口に引き込まれ、私たちは息を呑んで聞き入った。

 そして、真相が明らかになったとき、
私たちは思わず顔を見合わせた。

「……すごいね」

「うん。まさか……」

 ひかりんが驚いた表情を浮かべる。

 私は、彼女の手をもう一度ぎゅっと握った。



 エンドロールが流れ始めた頃。
 和室にふわりと、違和感のある風が通った。

 外は無風。
 窓も閉めてある。
 障子の隙間から漏れる光も、夕暮れに溶けて、もうほとんど見えない。

 なのに、どこか、空気が「揺れた」気がした。

 私は思わず、ひかりんの手をぎゅっと握り直す。

「……今、感じた?」

 小声で尋ねると、ひかりんはほんの少し、うなずいた。

 他のふたり、山野くんと安達さんも、微妙な顔をしてスクリーンから目をそらしていた。

「なんか……変な感じ、するよな」

 山野くんが、ぽつりと漏らした。

「うん……気のせい、かな……?」

 安達さんの声も、不安げだった。

 その時だった。

 ――カタリ。

 ちゃぶ台の上に置いてあった、誰かの水筒が、勝手に倒れた。

「……え?」

 全員が、同時に固まる。

 誰も、触れていない。
 何も、振動もなかった。

 なのに、まるで誰かが、そっと押したかのように、静かに水筒は倒れた。

 和室の空気が、ぎゅうっと収縮する。

 今見た映画と、目の前の現実が、奇妙にリンクしている気がした。

「……これ、さ、誰かがイタズラしてるとか……」

 山野くんが、無理やり明るい声を出す。

 でも、誰も笑わなかった。



 上映が終わり、ランタンの明かりだけがぼんやりと和室を照らす。

「ちょっと、荷物、確認しよっか」

 私が言うと、みんな無言でうなずいた。

 座布団の下、ちゃぶ台の上、隅々まで探す。

 ……でも。

「ない。……これ、誰の?」

 安達さんが、小さな紙片を拾い上げた。

 それは、見覚えのない、古びたメモ紙だった。

 そこには、ボールペンでこう書かれていた。

《次は、あなたの秘密》

 ――ぞくり。

 寒気が、背筋を走った。

「え、なにこれ……映画の小道具?」

「いや、そんなの用意してないよ……」

 全員が顔を見合わせる。

 スクリーンの中で暴かれた「秘密」。

 そして、現実に現れた「次はあなたの秘密」というメッセージ。

 偶然にしては、出来すぎていた。



「……とりあえず、今日は解散しよう」

 山野くんが、おどけたふうに言ったけど、誰も異論はなかった。

 荷物をまとめて、足早に和室を出る。

 戸を閉める直前、私はふと、部屋の奥を見た。

 そこには誰もいないはずなのに、
 畳の上に、うっすらと誰かが正座した跡のようなものが、残っていた。

 ……誰か、いたのかもしれない。



「……あー、面白かった」

 安達さんと山野くんがぽつぽつと会話を交わす中、私とひかりんは無言だった。

 「次はあなたの秘密」

  あれは私とひかりんの秘密の事だろうか。それともかおりんとの。
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