26 / 101
ミステリー映画
しおりを挟む
「じゃあ、今日はミステリーでいこうか」
夕暮れの和室教室。
畳の香りと、障子越しの柔らかな光に包まれながら、私たちはいつものように円になって座っていた。
和室には今日も4人。
私、ひかりん、法学部の山野くん、文学部の安達さん。
それぞれが座り慣れた場所に落ち着いている。
「今日の作品、何かリクエストあります?」
「俺、ミステリーとかどうっすか。和室でミステリーって、雰囲気出そうじゃないです?」
「いいね。静けさの中で謎が深まる感じ……座道的にも面白そう」
ひかりんが楽しげに笑った。
「じゃあ、クラシックなやつにしましょうか」
そう言って、私は準備していたDVDを手に取る。
『オジデンス急行殺人事件』
アガシ・ウリスティの名作。
列車内で起こる密室殺人。
緻密なトリックと、登場人物たちの心理戦が魅力の作品だ。
私は、ふと、ひかりんを見る。
「……ミステリー、大丈夫?」
「うん。たぶん」
そう言いながらも、彼女の目が少し揺れているのを、私は見逃さなかった。
*
映像が始まると、和室はぐっと静まり返った。
障子を閉めて、ランタンライトを一つだけつける。
畳に正座して、深く息を吸う。呼吸を整える。
さっきまでほんのり温かかった空気が、音と光によって、ひんやりと冷たくなる。
雪に閉ざされた列車。
乗客たちのざわめき。
そして、密室での殺人。
緊張と緩和が交互に訪れる中、ふと、ひかりんが私の袖をつまんだ。
「……ちょっと、怖いかも」
その声はとても小さかった。
私はそっと彼女の手を握った。――少し冷たい
その指は冷たくて、でも細くて、かすかに震えていた。
――温めてあげたい
そういえば、妹――かおりんにもこうして手を握りながら、怖い映画を見た覚えがあった。ふと思い出して、ふふっと笑った。
「今笑ったでしょ」
ひかりんが少しふくれ顔でこちらを見る。
「……可愛いね」
――今のは二人に言った言葉だ。
ひかりんが目を見開くと少し頬を赤くしていた。
映像が進むにつれて、登場人物たちの秘密が明らかになっていく。
それぞれが何かを隠している。
その緊張感が、和室の空気にも伝わってくる。
ひかりんの手が、私の手を強く握りしめた。
その温もりが、私の心を落ち着かせてくれる。
物語がクライマックスに近づくと、探偵が真相を語り始める。
その語り口に引き込まれ、私たちは息を呑んで聞き入った。
そして、真相が明らかになったとき、
私たちは思わず顔を見合わせた。
「……すごいね」
「うん。まさか……」
ひかりんが驚いた表情を浮かべる。
私は、彼女の手をもう一度ぎゅっと握った。
*
エンドロールが流れ始めた頃。
和室にふわりと、違和感のある風が通った。
外は無風。
窓も閉めてある。
障子の隙間から漏れる光も、夕暮れに溶けて、もうほとんど見えない。
なのに、どこか、空気が「揺れた」気がした。
私は思わず、ひかりんの手をぎゅっと握り直す。
「……今、感じた?」
小声で尋ねると、ひかりんはほんの少し、うなずいた。
他のふたり、山野くんと安達さんも、微妙な顔をしてスクリーンから目をそらしていた。
「なんか……変な感じ、するよな」
山野くんが、ぽつりと漏らした。
「うん……気のせい、かな……?」
安達さんの声も、不安げだった。
その時だった。
――カタリ。
ちゃぶ台の上に置いてあった、誰かの水筒が、勝手に倒れた。
「……え?」
全員が、同時に固まる。
誰も、触れていない。
何も、振動もなかった。
なのに、まるで誰かが、そっと押したかのように、静かに水筒は倒れた。
和室の空気が、ぎゅうっと収縮する。
今見た映画と、目の前の現実が、奇妙にリンクしている気がした。
「……これ、さ、誰かがイタズラしてるとか……」
山野くんが、無理やり明るい声を出す。
でも、誰も笑わなかった。
*
上映が終わり、ランタンの明かりだけがぼんやりと和室を照らす。
「ちょっと、荷物、確認しよっか」
私が言うと、みんな無言でうなずいた。
座布団の下、ちゃぶ台の上、隅々まで探す。
……でも。
「ない。……これ、誰の?」
安達さんが、小さな紙片を拾い上げた。
それは、見覚えのない、古びたメモ紙だった。
そこには、ボールペンでこう書かれていた。
《次は、あなたの秘密》
――ぞくり。
寒気が、背筋を走った。
「え、なにこれ……映画の小道具?」
「いや、そんなの用意してないよ……」
全員が顔を見合わせる。
スクリーンの中で暴かれた「秘密」。
そして、現実に現れた「次はあなたの秘密」というメッセージ。
偶然にしては、出来すぎていた。
*
「……とりあえず、今日は解散しよう」
山野くんが、おどけたふうに言ったけど、誰も異論はなかった。
荷物をまとめて、足早に和室を出る。
戸を閉める直前、私はふと、部屋の奥を見た。
そこには誰もいないはずなのに、
畳の上に、うっすらと誰かが正座した跡のようなものが、残っていた。
……誰か、いたのかもしれない。
*
「……あー、面白かった」
安達さんと山野くんがぽつぽつと会話を交わす中、私とひかりんは無言だった。
「次はあなたの秘密」
あれは私とひかりんの秘密の事だろうか。それともかおりんとの。
夕暮れの和室教室。
畳の香りと、障子越しの柔らかな光に包まれながら、私たちはいつものように円になって座っていた。
和室には今日も4人。
私、ひかりん、法学部の山野くん、文学部の安達さん。
それぞれが座り慣れた場所に落ち着いている。
「今日の作品、何かリクエストあります?」
「俺、ミステリーとかどうっすか。和室でミステリーって、雰囲気出そうじゃないです?」
「いいね。静けさの中で謎が深まる感じ……座道的にも面白そう」
ひかりんが楽しげに笑った。
「じゃあ、クラシックなやつにしましょうか」
そう言って、私は準備していたDVDを手に取る。
『オジデンス急行殺人事件』
アガシ・ウリスティの名作。
列車内で起こる密室殺人。
緻密なトリックと、登場人物たちの心理戦が魅力の作品だ。
私は、ふと、ひかりんを見る。
「……ミステリー、大丈夫?」
「うん。たぶん」
そう言いながらも、彼女の目が少し揺れているのを、私は見逃さなかった。
*
映像が始まると、和室はぐっと静まり返った。
障子を閉めて、ランタンライトを一つだけつける。
畳に正座して、深く息を吸う。呼吸を整える。
さっきまでほんのり温かかった空気が、音と光によって、ひんやりと冷たくなる。
雪に閉ざされた列車。
乗客たちのざわめき。
そして、密室での殺人。
緊張と緩和が交互に訪れる中、ふと、ひかりんが私の袖をつまんだ。
「……ちょっと、怖いかも」
その声はとても小さかった。
私はそっと彼女の手を握った。――少し冷たい
その指は冷たくて、でも細くて、かすかに震えていた。
――温めてあげたい
そういえば、妹――かおりんにもこうして手を握りながら、怖い映画を見た覚えがあった。ふと思い出して、ふふっと笑った。
「今笑ったでしょ」
ひかりんが少しふくれ顔でこちらを見る。
「……可愛いね」
――今のは二人に言った言葉だ。
ひかりんが目を見開くと少し頬を赤くしていた。
映像が進むにつれて、登場人物たちの秘密が明らかになっていく。
それぞれが何かを隠している。
その緊張感が、和室の空気にも伝わってくる。
ひかりんの手が、私の手を強く握りしめた。
その温もりが、私の心を落ち着かせてくれる。
物語がクライマックスに近づくと、探偵が真相を語り始める。
その語り口に引き込まれ、私たちは息を呑んで聞き入った。
そして、真相が明らかになったとき、
私たちは思わず顔を見合わせた。
「……すごいね」
「うん。まさか……」
ひかりんが驚いた表情を浮かべる。
私は、彼女の手をもう一度ぎゅっと握った。
*
エンドロールが流れ始めた頃。
和室にふわりと、違和感のある風が通った。
外は無風。
窓も閉めてある。
障子の隙間から漏れる光も、夕暮れに溶けて、もうほとんど見えない。
なのに、どこか、空気が「揺れた」気がした。
私は思わず、ひかりんの手をぎゅっと握り直す。
「……今、感じた?」
小声で尋ねると、ひかりんはほんの少し、うなずいた。
他のふたり、山野くんと安達さんも、微妙な顔をしてスクリーンから目をそらしていた。
「なんか……変な感じ、するよな」
山野くんが、ぽつりと漏らした。
「うん……気のせい、かな……?」
安達さんの声も、不安げだった。
その時だった。
――カタリ。
ちゃぶ台の上に置いてあった、誰かの水筒が、勝手に倒れた。
「……え?」
全員が、同時に固まる。
誰も、触れていない。
何も、振動もなかった。
なのに、まるで誰かが、そっと押したかのように、静かに水筒は倒れた。
和室の空気が、ぎゅうっと収縮する。
今見た映画と、目の前の現実が、奇妙にリンクしている気がした。
「……これ、さ、誰かがイタズラしてるとか……」
山野くんが、無理やり明るい声を出す。
でも、誰も笑わなかった。
*
上映が終わり、ランタンの明かりだけがぼんやりと和室を照らす。
「ちょっと、荷物、確認しよっか」
私が言うと、みんな無言でうなずいた。
座布団の下、ちゃぶ台の上、隅々まで探す。
……でも。
「ない。……これ、誰の?」
安達さんが、小さな紙片を拾い上げた。
それは、見覚えのない、古びたメモ紙だった。
そこには、ボールペンでこう書かれていた。
《次は、あなたの秘密》
――ぞくり。
寒気が、背筋を走った。
「え、なにこれ……映画の小道具?」
「いや、そんなの用意してないよ……」
全員が顔を見合わせる。
スクリーンの中で暴かれた「秘密」。
そして、現実に現れた「次はあなたの秘密」というメッセージ。
偶然にしては、出来すぎていた。
*
「……とりあえず、今日は解散しよう」
山野くんが、おどけたふうに言ったけど、誰も異論はなかった。
荷物をまとめて、足早に和室を出る。
戸を閉める直前、私はふと、部屋の奥を見た。
そこには誰もいないはずなのに、
畳の上に、うっすらと誰かが正座した跡のようなものが、残っていた。
……誰か、いたのかもしれない。
*
「……あー、面白かった」
安達さんと山野くんがぽつぽつと会話を交わす中、私とひかりんは無言だった。
「次はあなたの秘密」
あれは私とひかりんの秘密の事だろうか。それともかおりんとの。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合活少女とぼっちの姫
佐古橋トーラ
青春
あなたは私のもの。わたしは貴女のもの?
高校一年生の伊月樹には秘密がある。
誰にもバレたくない、バレてはいけないことだった。
それが、なんの変哲もないクラスの根暗少女、結奈に知られてしまった。弱みを握られてしまった。
──土下座して。
──四つん這いになって。
──下着姿になって。
断れるはずもない要求。
最低だ。
最悪だ。
こんなことさせられて好きになるわけないのに。
人を手中に収めることを知ってしまった少女と、人の手中に収められることを知ってしまった少女たちの物語。
当作品はカクヨムで連載している作品の転載です。
※この物語はフィクションです
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ご注意ください。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる