28 / 101
練習
しおりを挟む
〇〇大学 午後三時の和室教室。
窓の外からは、ほんのり甘い風のにおいが漂ってくる。
春の陽射しに包まれた畳の上、今日は映画のスクリーンも、DVDプレイヤーも置かれていなかった。
「今日はちょっと趣向を変えて、“座道”の練習をしてみない?」
そう提案したのは、ひかりんだった。
「映画観ないの?」
「うん。映画もいいけど、せっかく“映画研究会”って名乗ってるんだから、ちょっと文化的なこともしようかなって」
そして、彼女がバッグから取り出したのは、一冊の古びた冊子。
『座道入門 ─静と動の美学─』
――うそ……ホントにあるなんて
そもそも座道部ってのは帰宅部だった私が妹――かおりんへの言い訳に使った架空の部で、座道なんてものが実在するなんて思ってもいなかった。
「図書館で見つけたんだ。なんか、面白そうで」
ページを開くと、正座の姿勢、呼吸法、所作、さらには“無言の対話”という章まであった。
「これ、映画にも通じる気がするの。静けさの中にある緊張とか、目線とか、間とか」
「な、なるほど……静かな映画って、座道っぽいもんね」
――冷や汗をかいてる私を見て、 安達さんが真剣な顔でうなずく。見透かされそう。
「よし、やろう。こういうのって、経験しないとわかんないしな」
山野くんも珍しく乗り気だった。
*
それからの1時間、私たちはいつも映画を観る円座のまま、座道の練習に入った。
まずは呼吸法。
口から息を吸って、吐く。その長さを八拍で数える。
ゆっくり、深く、そして静かに。
呼吸のリズムに合わせて、周囲の音がどんどん遠くなっていく。
そして今度は鼻から息を――
――ひかりんのいい匂いが鼻から……とても精神統一なんかしてられないじゃない
次は、目線の練習。
相手の目を見て、そこに“意志”を込める。
でも、決して圧をかけてはいけない。ただ、そこに“在る”ことを伝えるように。
ひかりんと目が合った。
彼女の目は、いつもよりずっと澄んでいた。
でも、どこかやわらかい光をたたえていて、私は思わず微笑みそうになる。
けれど、 “笑ってはいけない”のが座道のルール。
頬を引き締めて、私はまっすぐ彼女の目を見つめた。
――まつ毛長い、そして陽光を反射した瞳が怪しく煌めいている。目の美しさと怪しさは、もともと彼女の持っている一番の魅力だ。
そう……私はこの魅力にやられたのだ。ああ……無理、直視すると変な気分になる。
「はい、目線終了」
ひかりんの合図で、わたしたちは一斉に目を伏せる。
――危なかった。
*
次は、 “無言の会話”。
言葉を交わさずに、意志を伝え合う。
題材は──「お茶のおかわりが欲しいかどうか」。
互いに湯飲みを前にしながら、目と所作だけで伝える。
「えっと……こうやって、湯飲みをちょっと前に出したら“ください”の合図らしいよ」
最初はお遊びのような雰囲気だったけれど、だんだんと空気が変わってくる。
私の前に置かれた湯飲みに、ひかりんが手を伸ばす。
何も言わず、そっと急須を持ち、注ぐ。
それだけの動作なのに、心がすっと通じたような、そんな気がした。
――ふふ。ひかりんが微笑んでいる。
――欲しいのは、これだけじゃないよね?ひかりんが無言で語りかけてくる。
――ふふ。しおりんってわかりやすい。
拷問かこれ……
「……なんか、落ち着くね」
私が疲れ切った時に、誰かがぽつりとつぶやいた。その声は、小鳥のさえずりのようだった。
*
休憩のあと、最後にやったのは「演出」。
テーマは“無音のワンシーン”。
「みんな、好きな映画のワンシーンを、セリフなしで再現してみて」
「演技するの?」
「ううん。身体で“その空気”を再現するだけ」
たとえば──
ある日の雨の日、駅のホームで別れを惜しむ恋人たち。
あるいは、無人の教室で一人ぼんやりと外を見る少女。
そんな情景を、それぞれが静かに演じる。
私の番が来たとき、私はあえて“ホラー映画の中の沈黙”を選んだ。
ランタンを灯し、正座したまま、空間の“気配”に耳を澄ます。
誰かが、後ろにいる──その“気配”だけで、演出する。
観ている人たちの空気が、ぴしりと変わったのを感じた。
終わったとき、誰も言葉を発さなかった。
「……すごかった」
安達さんがぽつりとつぶやいた。
――でも本当は
――ひかりんからの気配が、圧がすごすぎて固まってただけだったんだよね
*
その日、和室の教室は、映画のない静かな一日だった。
でも、心の中では、いくつもの“映画”が上映されていた。
静けさの中にある、濃密なやりとり。
それが、私たちの“座道”だった。
「ねえ、しおり」
帰り際、ひかりんが私に寄り添いながら言った。
「次は……即興で“物語”を演じるっていうの、やってみたいな」
「座道×即興劇?」
「うん。きっと、新しい表現が見つかると思う」
その目が、どこか冒険を前にした子供みたいに輝いていた。
私は思わずうなずいてしまった。
「いいね。やってみよう」
そう言ったとき、春風が、ふわりと私たちの間を通り抜けていった。
窓の外からは、ほんのり甘い風のにおいが漂ってくる。
春の陽射しに包まれた畳の上、今日は映画のスクリーンも、DVDプレイヤーも置かれていなかった。
「今日はちょっと趣向を変えて、“座道”の練習をしてみない?」
そう提案したのは、ひかりんだった。
「映画観ないの?」
「うん。映画もいいけど、せっかく“映画研究会”って名乗ってるんだから、ちょっと文化的なこともしようかなって」
そして、彼女がバッグから取り出したのは、一冊の古びた冊子。
『座道入門 ─静と動の美学─』
――うそ……ホントにあるなんて
そもそも座道部ってのは帰宅部だった私が妹――かおりんへの言い訳に使った架空の部で、座道なんてものが実在するなんて思ってもいなかった。
「図書館で見つけたんだ。なんか、面白そうで」
ページを開くと、正座の姿勢、呼吸法、所作、さらには“無言の対話”という章まであった。
「これ、映画にも通じる気がするの。静けさの中にある緊張とか、目線とか、間とか」
「な、なるほど……静かな映画って、座道っぽいもんね」
――冷や汗をかいてる私を見て、 安達さんが真剣な顔でうなずく。見透かされそう。
「よし、やろう。こういうのって、経験しないとわかんないしな」
山野くんも珍しく乗り気だった。
*
それからの1時間、私たちはいつも映画を観る円座のまま、座道の練習に入った。
まずは呼吸法。
口から息を吸って、吐く。その長さを八拍で数える。
ゆっくり、深く、そして静かに。
呼吸のリズムに合わせて、周囲の音がどんどん遠くなっていく。
そして今度は鼻から息を――
――ひかりんのいい匂いが鼻から……とても精神統一なんかしてられないじゃない
次は、目線の練習。
相手の目を見て、そこに“意志”を込める。
でも、決して圧をかけてはいけない。ただ、そこに“在る”ことを伝えるように。
ひかりんと目が合った。
彼女の目は、いつもよりずっと澄んでいた。
でも、どこかやわらかい光をたたえていて、私は思わず微笑みそうになる。
けれど、 “笑ってはいけない”のが座道のルール。
頬を引き締めて、私はまっすぐ彼女の目を見つめた。
――まつ毛長い、そして陽光を反射した瞳が怪しく煌めいている。目の美しさと怪しさは、もともと彼女の持っている一番の魅力だ。
そう……私はこの魅力にやられたのだ。ああ……無理、直視すると変な気分になる。
「はい、目線終了」
ひかりんの合図で、わたしたちは一斉に目を伏せる。
――危なかった。
*
次は、 “無言の会話”。
言葉を交わさずに、意志を伝え合う。
題材は──「お茶のおかわりが欲しいかどうか」。
互いに湯飲みを前にしながら、目と所作だけで伝える。
「えっと……こうやって、湯飲みをちょっと前に出したら“ください”の合図らしいよ」
最初はお遊びのような雰囲気だったけれど、だんだんと空気が変わってくる。
私の前に置かれた湯飲みに、ひかりんが手を伸ばす。
何も言わず、そっと急須を持ち、注ぐ。
それだけの動作なのに、心がすっと通じたような、そんな気がした。
――ふふ。ひかりんが微笑んでいる。
――欲しいのは、これだけじゃないよね?ひかりんが無言で語りかけてくる。
――ふふ。しおりんってわかりやすい。
拷問かこれ……
「……なんか、落ち着くね」
私が疲れ切った時に、誰かがぽつりとつぶやいた。その声は、小鳥のさえずりのようだった。
*
休憩のあと、最後にやったのは「演出」。
テーマは“無音のワンシーン”。
「みんな、好きな映画のワンシーンを、セリフなしで再現してみて」
「演技するの?」
「ううん。身体で“その空気”を再現するだけ」
たとえば──
ある日の雨の日、駅のホームで別れを惜しむ恋人たち。
あるいは、無人の教室で一人ぼんやりと外を見る少女。
そんな情景を、それぞれが静かに演じる。
私の番が来たとき、私はあえて“ホラー映画の中の沈黙”を選んだ。
ランタンを灯し、正座したまま、空間の“気配”に耳を澄ます。
誰かが、後ろにいる──その“気配”だけで、演出する。
観ている人たちの空気が、ぴしりと変わったのを感じた。
終わったとき、誰も言葉を発さなかった。
「……すごかった」
安達さんがぽつりとつぶやいた。
――でも本当は
――ひかりんからの気配が、圧がすごすぎて固まってただけだったんだよね
*
その日、和室の教室は、映画のない静かな一日だった。
でも、心の中では、いくつもの“映画”が上映されていた。
静けさの中にある、濃密なやりとり。
それが、私たちの“座道”だった。
「ねえ、しおり」
帰り際、ひかりんが私に寄り添いながら言った。
「次は……即興で“物語”を演じるっていうの、やってみたいな」
「座道×即興劇?」
「うん。きっと、新しい表現が見つかると思う」
その目が、どこか冒険を前にした子供みたいに輝いていた。
私は思わずうなずいてしまった。
「いいね。やってみよう」
そう言ったとき、春風が、ふわりと私たちの間を通り抜けていった。
0
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
百合活少女とぼっちの姫
佐古橋トーラ
青春
あなたは私のもの。わたしは貴女のもの?
高校一年生の伊月樹には秘密がある。
誰にもバレたくない、バレてはいけないことだった。
それが、なんの変哲もないクラスの根暗少女、結奈に知られてしまった。弱みを握られてしまった。
──土下座して。
──四つん這いになって。
──下着姿になって。
断れるはずもない要求。
最低だ。
最悪だ。
こんなことさせられて好きになるわけないのに。
人を手中に収めることを知ってしまった少女と、人の手中に収められることを知ってしまった少女たちの物語。
当作品はカクヨムで連載している作品の転載です。
※この物語はフィクションです
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ご注意ください。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる