卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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ゴールデンウィークの水遊び

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 ゴールデンウィークの午後。空気はまるで夏のようだった。

 部活もない、宿題もない、ただの休日。
 なのに、家の中は蒸し暑くて、扇風機だけではまったく足りない。

「なんでこんなに暑いの!? 5月だよ、まだ!」

 今日は、久しぶりに私と――かおりんのふたりだけ。
 かおりんがソファでぐったりと寝転びながら、うちわで顔をぱたぱた仰ぐ。

「しおりん、もう無理。溶けそう……」

「私だって……冷たいアイスもないし……」

 ふたりでぐだぐだ言いながら、結局、誰も動こうとしない。

 でも、しばらくして、かおりんがぽつりとつぶやいた。

「……お風呂場で、水、出して遊ばない?」

「え? シャワー?」

「うん。冷たくて気持ちいいと思うし、なんか、子どもの頃みたいに」

 その提案に、私は思わず笑った。

「やば、めっちゃいいかも」



 10分後。

 ふたりともTシャツと短パンに着替えて、バスタオルを持って、風呂場へ。

 ──それにしても

 ──でかい

 ──普通にでかい、私よりでかい。

「ん?なに?」

 かおりんが私の視線に気付く。

「ちょっと……大きいよね……」

「ん?なにが?あっ!」

 私の視線が、どこを見ているかに気が付いて慌てて隠して、

 「もう……エッチだよ」

 「急に大きくなったよね」

 「えーー知らないよ」

 頬を赤くして、いつもの通りの可愛い妹だ。でも、どこか違和感がある。

 ──最近なんかあったのか?



 窓を開けて、外の光が柔らかく差し込む中、シャワーからぬるめの水を出すと、それだけで部屋の空気ががらっと変わった。

「きゃっ、冷たっ!」

 かおりんがシャワーの水を自分の足にかけて、ぴょんと跳ねる。

 私はその様子を見て笑いながら、指で水をはじいて彼女の腕にぴとっと当てる。

「うわっ、やったな~!」

「ふふっ、かおりんもお返ししてみなよ」

 水を手ですくって、指先でちょんと当て合う。
 そのうち、だんだん大胆になって、シャワーの取り合いが始まる。

「それ、ずるいっ! ずっと持ってないでよ!」

「これは戦いなのだよ! かおりん隊長!」

「ならば、こちらも反撃だーっ!」

 シャワーヘッドを押しつけ合ったり、手桶で水をばしゃっとかけたり。

「もうーっ!さっきから同じとこばかり狙ってー」

「だって目立つから」

 私がある箇所を集中的に狙ってることに不満があるようだ。
 
 ──マトがでかいからねえ。

「おかえし……あっごめん」

「……あやまるな!みじめになる!」

 笑い声と水音が、風呂場いっぱいに響いた。



 しばらくふざけあったあと、床に座って、水の滴る音を聞きながら息を整える。

「……はぁー、めっちゃ涼しくなった」

「うん……なんか、スッキリした」

 かおりんが、濡れた髪を手ぐしでかきあげる。
 水滴がこめかみから頬を伝って、キラキラと光る。

 私はタオルをふわっと広げて、そっとかおりんの髪を包んだ。

「ほら、動かないで」

「え、なに、なにされるの……?」

「びしょびしょのままだと風邪引くでしょ。はい、じっとしてて」

 言いながら、頭を軽くポンポンと優しく拭く。

 髪の水分がタオルに吸い込まれていくたび、かおりんがちょっとだけくすぐったそうに身じろぎする。

「ねえ、これってさ……子どものころ、よくしおりんにやってもらってた気がする」

「うん。あんた、お風呂上がりにタオル巻いたまま、いつもウロウロしてたもん」

「えーっ、そんなことあったっけ?」

「覚えてないの? “まきまきタオル戦士”って、あんたが自分で名乗ってたんだよ」

「えっ、やば……! 恥ずかしっ!」

 思わず笑いがこぼれる。

「でも今も、あんまり変わってないよね」

「えー、どういう意味?」

「こうして手がかかるところとか」

「ひどっ! 」

 ふわふわとタオルを動かす手を止めて、私はにっこり笑った。

「うん、私もなんか落ち着くかも」

「じゃあ次は、わたしの番ね」

「えっ、自分でできるってば」

「だめ。お返しだから、素直にして」

 今度はかおりんが、私の髪をそっと拭きはじめる。
 タオル越しの指先が、やさしく頭をなでてくる。

 くすぐったくて、なんだかあったかい。

「しおりんの髪、やっぱりきれいだね」

 急にかおりんが髪に顔を埋めてくる。

 ──スンスン

「へ? なに急に……」

「へへ、いい匂い」

「恥ずかしいなあ、もう」

 ──お願い交代して



 かおりんが持ってきたのは、いつもの白いドライヤー。

 私が脱衣所の椅子に腰を下ろすと、彼女は慣れた手つきでコードをコンセントに差し込んだ。

「じゃあ、しおりん──スイッチ、入れるよ」

「はいはい、おねがいします」

 ぶおん、と風の音が広がる。

 かおりんがドライヤーを肩越しに構えながら、指で私の髪をやさしく梳いていく。

「わぁ……やっぱりしおりんの髪、さらさらだなぁ」

「またそれ言うの?」

「だって本当だもん。シャンプーなに使ってるの?」

「えっとね……安いやつ。特売のときに買ったやつ」

「ええー!? 信じられない……もしかして手入れが上手なだけ?」

 風に吹かれて前髪がふわりと持ち上がる。
 熱くなりすぎないように、かおりんは手で風向きを調整してくれていた。

 その指先が、首筋にふれそうでふれない距離をたどっていくたびに、
 くすぐったさと、どこか懐かしい安心感が交差する。

「ねえ、覚えてる? 小さい頃、ドライヤー怖がってたの」

「わたしが?」

「うん。“風が顔に来る~!”って、いつも後ろ向いて逃げてた」

「うわ、そんな自分ちょっと見たくない……」

「ふふ、かわいかったよ」

 かおりんの声は、ちょっと誇らしげだった。

 あの頃、彼女はいつも“お姉さん”だった。
 だけど、今の彼女は──まるでお母さんみたいに、落ち着いていて、頼りがいがある。

「よし、だいたい乾いてきた……あとは冷風にするね」

 スイッチが切り替わり、熱がやわらかい風に変わった。

 ふうっと後頭部を包む空気が心地よくて、私は思わず目を閉じた。

「ねえ、かおりんさあ」

「んーー?」

「何かあった?」

「何かって?」

「ちょっと大人になったみたい」

「……別に」

不意にドライヤーのスイッチが切れた。

「ねえ、しおりん……」

「ん?」

──今度は私か?

「好きな人できた?」

「は?」

──予想外な質問。

「大学で好きな人できたでしょ?」

「へ、へー大学って好きな人出来る場所なんだ。初耳」

かおりんが両肩をつかんで、無理矢理、私と向き合う形にさせた。なかなか力強かった。

「こっち見て?」

「見てるって……」

──真剣な目をしてる。

「わたしを見て」

「……見てるって……」

──え、何を言う気?

肩をつかんでいた両手の力が抜けるのを感じた。かおりんは少しため息をついた後

「……なんか、眠い」

「だめ。あと少しだけだから、起きてて」

「うぅ……お風呂上がりって、どうしてこんなに眠くなるんだろ」

──危ない、危ない



 かおりんが手でふわっと私の髪をなでた。

「……はい、完成。しおりんのふわふわモード」

「うわ、ひどいネーミング」

「じゃあ、“天使の羽根仕上げ”?」

「……それはちょっと好き」

「ねえ、しおりん」

「ん?」

「またさ、夏になったら……こうやって水遊びしよ?」

「え? 夏にもやるの?」

「うん。だって、今日みたいな時間って、意外と大人になるとないと思うから」

 その言葉に、私は少しだけ胸がきゅっとなった。

「じゃあ、約束ね」

「うん、約束」

 私たちは、濡れた手で、小指を絡めた。

 ひんやりした風が、窓からふわりと入ってきて、濡れた髪をそっと揺らした。
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