卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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あっちむいてホイ

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 まだゴールデンウィーク。時計の針は、午後二時半を指していた。

 今日も、久しぶりに私と――かおりんのふたりだけ。

 家の中はしんとしていて、テレビの音もラジオの声もない。
 ただ、キッチンから漂う紅茶の香りと、外の風がカーテンをふわりと揺らす音だけが、空間をやさしく満たしていた。

「……なんか、いいね。こうやって、しおりんと2人きり」

 かおりんがソファに寝転びながら、私を見上げて言った。

 脚を伸ばし、ゆるいトレーナーの裾が少しだけめくれて、白い足首がのぞいている。
 私は一瞬、目をそらす。

 ――昔から変わらない仕草。でも、少しだけ、違って見える。

「ねえ、なんか遊ばない?」

「また?」

「うん。……なんか、2人だけで遊べるやつ、したい気分」

 私は少し考えて――ふと思い出した。

「じゃあ、“あっちむいてホイ”は?」

「それ、めっちゃ懐かしいやつじゃん!」

 かおりんの顔がぱっと明るくなる。

「やろやろ、それ、やりたい!」



「ふふ、本当にいいのかね?かおりん君」

「なにそれ」

 キャッキャッと笑いながら、ソファの上で転がる。
 トレーナーの首回りがゆるくて、白いものがチラ見えする。

「私は昔、あっちの部だったのだよ」

 いつものように本当かどうかわからない謎の部を言う。
 
「あっち?どっち?」

「基本あっちだね。あっちを向く事を生業とする非情な部」

「なんだそれ。わかんないよー」



 私たちはちゃぶ台の前に座って、正面に向かい合った。

「いくよ、せーの……じゃんけんぽん!」

「勝ったー! あっちむいて――ホイ!」

 私が右を指差す。かおりんの顔は、左。

「ふふ、反射神経はまだまだね、しおりん」

「ちょっと油断しただけだし!」

「あっち部ダメじゃん」

「これからだよ」

 次のラウンド。

 じゃんけんで勝ったかおりんが、私の目をじっと見つめてくる。

 ――見つめすぎ。

「……いくよ?」

 その“間”が妙に長い。

 その目が、まっすぐで、やさしくて――でも、ちょっと挑発的で。

「あっちむいて……ホイ」

 右を指された瞬間、私は条件反射で左に顔を向けていた。

「やった、勝った!」

「くぅ……悔しい……!」

「次で勝負つけようか?」

「いいよ。負けたら、おやつ係ね」

「えー、それ罰ゲーム!?」

「しおりん、チョコクッキー焼くの上手いし♪」

 かおりんが悪戯っぽく笑う。その笑顔に、少しだけドキリとする。



 2回戦が始まる前に、私は一度深呼吸した。

 かおりんは、そんな私の様子をじっと見て、ニヤッと笑う。

「緊張してる~?」

「してないし! こっちはあっち部OBなんだからね!」

「さっき“非情な部”って言ってたのに、今はOBなの?」

「そこは柔軟性よ」

 笑いながら、もう一度向き合う。ちゃぶ台の上には、半分溶けかけたアイスティーのグラスがひとつ。

「じゃ、いくよ! せーの、じゃんけんぽん!」

「よし、勝った!」

 私が勝ち、指を構える。

「いっくよー? あっちむいて……ホイ!」

 左!

 でも、かおりんの顔は、しっかり右を向いていた。

「ふっふっふ、無駄だね。こちとら“姉トラップ”には慣れてるのです」

「なにそれ!? 聞いたことないよ!」

「しおりんのそういう急に真顔になるクセ、読めるもん」

 言われて、私はちょっと赤くなる。

  ――他の気持ちも見えてる?

「じゃあ次、いっくよ~!」

「かかってきなさい!」



 3回戦──

「じゃあ、仕切り直して……いくよ!」

 ちゃぶ台の前で、私たちは正座して向き合う。さっきまでふざけ合っていたのに、今はどちらも真顔。

「じゃんけん――ぽん!」

「やった、私が勝ち!」

 かおりんが笑顔で勝利の手を挙げる。勝負の瞬間、ふっと笑みを引っ込め、目つきが変わる。

「いくよ……あっちむいて――ホイ!」

 かおりんが“下”を指差した瞬間、私は条件反射で“上”を向いていた。

「くっ、また外したか……」

「しおりん、ちょっと動き早すぎ!」

「反射神経には自信あるの」

「じゃあ私も負けない!」

 顔を見合わせて、お互いにふっと笑う。

「勝負だね、次こそ!」



 4回戦──

 今度は私がじゃんけんで勝利。

「よっしゃ!」

 少し身を乗り出して、かおりんの目をじっと見つめる。

「……あの顔は、フェイント来るやつ」

 かおりんがじりっと警戒態勢に入る。私は目の奥で笑いながら、わざとゆっくりと――

「あっちむいて……ホイ!」

 左だ!

 でも、かおりんの顔も……左。

「やったーーー!!」

 私の声が部屋に響く。

「え、ちょ、うそ、今のは引っかかった……」

「ほほほ、ついにしおりんの勝利である!」

 私は得意げに鼻を鳴らす。

「ちょっとー、今の絶対タイミングずらしたでしょ!」

「戦術だよ。心理戦」

「むむむ……これは次で巻き返さなきゃ」

 ちゃぶ台の向こうで、かおりんが拳をぐっと握る。



 どちらかが連勝することもなく、勝ったり負けたりが続いていく。

 気がつけば、お互い真剣なまなざし。
 それでも、間にふっと笑いがこぼれる。

 ――こうしてると、なんだか時間がゆっくりになる。

 日差しがカーテン越しにふわっと部屋を照らし、風が二人の髪をそっと揺らす。

 勝敗よりも、この瞬間が心地よくて、私は思った。

「ねえ、勝ったらさ、おやつ一緒に作ろっか」

「え? なんで?」

「一緒の方が楽しいじゃん?」

 かおりんはちょっとだけ目を丸くして、それから笑った。

「うん、そうだね。……じゃ、次は“おやつ係一緒”をかけて、最終戦!」

「いいよ。覚悟しなさい、妹よ!」



 最終戦。

「じゃんけん――ぽん!」

 私が勝つ。
 指を構えて、目を細めてかおりんを見つめる。

 かおりんのまつ毛が、ふるふると揺れる。
 口元は、少し緊張しているみたいで……でも、それでも笑ってた。

「あっちむいて――」

 一瞬、私は迷った。

(どっちに向ければ、かおりんは顔をそらしてくれるかな)

 その考えが、たぶん、私を遅らせた。

「ホイ!」

 指は右。
 そして――かおりんの顔も、右。

「……あ」

「やったーーー!! 勝ったー!」

 かおりんが手を挙げて跳ねるように喜んだ。

 でも、私はそれを見て、ちょっとだけぽかんとしてた。

(なんで……一緒に向いちゃったんだろう)

 まるで、わざと同じ方向を向いたみたいに。

 勝ち負け以上に、何かが、そこにあった気がした。



 そのあと、おやつをつくっていると、

「……しおりん」

 と、かおりんが台所の後ろからそっと声をかけてきた。

「さっきね、同じ方向向いたとき、ちょっと……ドキッとした」

「……私も」

「“あっちむいてホイ”って、ただの遊びだと思ってたのに、なんか……目とか気持ちとか、全部つながってたみたいだった」

 私は振り返って、かおりんを見つめた。

 その目が、昔から知っているのに、今は少しだけちがう目に見えた。

 私はそっと言った。

「……もう一回、やってみる?」

「うん。……今度は、わたしが勝ちたい」

「じゃあ、勝ってみせて」

「しおりんが手加減しなかったら、ちゃんと喜ぶよ」

 その笑顔に、私はまた、心を撃ち抜かれた。
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