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22、内容は日々変化する

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「もう十分以上だ。」初日が終わっていないというのに疲れていた池崎さん。さすがにこの人もエネルギーを消耗しきっていたようだ。「しかしジャンヌダルクはもう戦う力が残ってないだろ、岡田さんは大丈夫だけどさ。ちょっと見てこい。俺じゃ警戒するからな」気が進まないまま岡田さんのいる控室に行った。「赤崎さん、いますか」「はい」マネージャーと一緒に岡田さんがいた。鎧を着ている。「武装なさって。大変じゃないですか。」「断然平気です」「若さだね」と赤崎さんが言う。本物のジャンヌより体力はあるなと俺は思った。この後にフランス軍はハプニング的な突撃を行うわけだが。ジャンヌが15分お祈りをしている途中、旗を持つ兵士が交代、ジャンヌが旗が盗まれたと勘違いする。これは本来伝令役の兵士が戦死したことによる設定にした。ジャンヌの行動は仏軍に逐一伝えられていなかったのではないかという疑念があった。ジャンヌ・ダルク関連の文献などを読んでいるとフランス軍の幕僚とジャンヌが連携不足だなあと思うような箇所がたまにあるがそもそもこの時代はそう頻繁に伝令が伝えていたわけでもないしその必要もなかったのではないかと思う。調べてみるとちゃんとジャンヌに副官がいたわけで彼ら(確か二人以上いた)は何をしていたのだろう。
 ジャンヌは主に旗を振り回しているが敵兵が剣を振るうときは旗を地面に挿して逃げたり、小手で剣を受け止めたり、持っていた剣の鞘で敵兵の剣を受け止めたりする。いずれにせよ相当の実力がないとできないことだ。2日目の公演で敵兵と取っ組み合いになる場面があった。アドリブではない。英兵役は俺がやった。「ぎゃあーーーっ」俺の意味不明な掛け声に岡田さんは少しひるんだがやがて冷静な表情に戻った。右横に鞘に入ったままの剣を振る。俺の鎧の小手が飛んだ。仕方なく岡田さんの鞘に入ったままの剣を奪う。屈辱を覚えた岡田さんは怒った表情。とっさに拳を俺の顔に突き付けた。当たってはいないのだが俺はびっくりしてしりもちをついたようだ。お嬢さん、さっきお祈りしてたんじゃないですか。剣を取り返したジャンヌに俺の演じる兵士は逃げた。「駄目役者」赤崎さんに後で言われた。いや、そういう内容なのだが。砦を梯子を使って登っているジャンヌが矢で負傷するシーン。このシーンも結構大変である。床はクッションのようなダメージを受け止める効果を持っているが恐怖感はあると思う。本当のジャンヌと違って自分で落下するわけでよくできるものだ。
「いやいや、素晴らしいアクション女優の誕生だ。」池崎さんは演劇ライターの清水さんに向かって嬉しそうに語る。「ジャンヌ・ダルクって人を殴ったんですかね」「殴っていないという記録もないし、殺されそうになったらさすがにジャンヌも何をするかわからないよ。第一彼女、岡田さんは殴ってないよ」「ややこしいですね」この作品ではジャンヌがイングランド人の優しさに触れてイングランド人との共存を考え出したことが少し史実と食い違っている気がする。本物のジャンヌ・ダルクは決してそのようなことを考えないだろうと思う。岩淵さんとも話し合ったが結局共存の道を模索しようとする形に落ち着いた。オルレアン解放後、ジャンヌは戦いの悲惨さに気づき始めるという結論になった。池崎さんはそういうことにまるで興味を持っていない。形さえ作れば中身はどうでもいいのかと思えてきた。客観的に考えると初陣がオルレアンというのは戦士としてなかなかきついものだなと思った。
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