【フルボイス】追放されたノーベル賞受賞の科学者、異世界に最強国家を作る ~チート無しで転生するが、現代知識で文明を再興~【エアルドネル戦記】

Naina R. Uresich

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第二章 エアルドネル Ealdor Nere

第2-2話「彼女を救えるのは、きっとあなただけ」

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 ゴツン、と揺れる馬車の中。
 早苗は鐘の音と、ララの声で目を覚ました。
 
「さ、早苗さま。王国の首都エフレについたヨ……」
「ああ。そうか……」
「サナエサン、うなされてましたね」

 悪夢を見ていた早苗が、目を開く。
 まず気づいたのは、すさまじい悪臭だ。
 吐き気に襲われて、何事かと、馬車の窓を開けてみる。

「……ここは」

 石造の戸建てが、視界一杯に……
 露店が道に沿うように並んでいて、塔の鐘が鳴っている。
 だが、道路には……
 
「……そこら中の、茶色の水たまりってもしかして」





 言われなくてもわかった。糞尿だ。臭いでわかる。
 住民が木の板の窓を開けて、ドバドバと茶色い液体を捨てていた。
 ネズミやハエがたかっている。

「……下水がないのか。うぐっ!」
「キョーレツですよね。ワタシは最初気絶しました」
「信じられない悪臭だ。鼻が完全にばかになる……」

 だがララは平気そう。
 現代人は、中世の排泄物や、腐敗したゴミの臭いに耐えられない。
 カーミットが早苗に笑いかける。

「ホラ、あの川。糞尿だらけなのに、料理人がその川の水を汲んでます」
「……わかったから」
「コノ世界じゃ、貴族ですら年に2回しかお風呂に入りません。平民は一生風呂に入らない場合も! 誰もがひどい悪臭を」
「……もういい」
「アア! 雨が降ったら凄いですよ! 街中のゴミと汚物が浮かんで――」
「いいんだ、カーミット……!」

 寝る前の不吉なセリフはこれか。
 大げさではなく、嗅覚を失った方がマシなほど臭い。
 気絶するのを堪えながら、窓を閉めた。

 しばらくして、馬車が城の入り口につく。

「ミナサン、城につきましたよ!」

 全員が馬車から降りる。
 このあたりも汚物の臭いが。
 早苗はスタスタと歩く心菜を、静かに見ていた。

「なにか?」
「いや……」

 感情を抑えて、周囲を見ると……

 門の入り口付近で、石打ちの刑を受けている中年男性が。
 市民たちに石や糞を投げられている。
 首と手をさらし台に固定された男は、瀕死の状態だ。
 
「史実通りなんだろうが、未開だな……」

 そうして城の方角を見るが、その向こうの空には……
 
「あ、れ――――」

 右目から、自然と涙がこぼれた。 

「サナエサン、世界樹に感動したんです? 感情あるじゃないですか」
「……世界樹?」





 カーミットが歩いて、教会の向こうを指差す。
 地平線の向こうに、全長3000メートルを軽く超えるであろう、巨大な木が。

「……なんて」

 神秘的な……いや、禍々しい。この世の物とは思えない。

(……異世界、なんだな。本当に)

 はじめて、受け入れられた気がした。
 と、心菜の小声――

「アンタが失敗したら、私はあの木を燃やさないといけない」
「……心菜?」

 見るが、彼女にそっぽを向かれる。
 
(……なんなんだ? いや、まずは自分の心配か)

 聖痕がないのだ。
 今日、処刑される可能性がある。
 考えながら歩くと、城の門がゆっくりと開いた。

「ア、チナミに、紹介したい人が――」

 瞬間、白いドレスの女が、ダッシュで近づく。

『カーミット! ずっと待っていたよ☆』 

 そしてカーミットに激しくハグをした。
 イタリア系アクセントの英語。18歳ぐらいの女である。
 
『グルしい……ミナサン、彼女はノエミ。同じ転生者です』
『うわぁ、超イケメンじゃん♪』
 
 ノエミと呼ばれた少女は、早苗に握手を求め近寄る。
 
『ちゃお! アタシはノエミ・リアーリ。ローマ出身よ♪』
 
 早苗は、だが握手を返さない。
 ノエミはシルクのドレスの裾を揺らしながら、構わず距離を詰める。
 
『うわー、凄いハンサム。うっとりしそう。でも前髪長すぎない? ねぇ、どこ出身☆?』
『日本だよ。僕は早苗』
『よろしくね、サナエ。ねぇ、ガールフレンドはいるの?』
 
 心菜を見るが、彼女はワザと視線をそらした。
 
『アア、ノエミ。サナエサンは前世でノーベル賞受賞してますよ』
『エエエ!? ウソ! カーミットと同じく凄いじゃん!!』

 話が読めない。とにかく抱きついてくるノエミをかわす。
 ノエミはそのまま、隣のマックスの方へ歩いていった。
 
『ちゃお、身長高いわね!☆』
『OH! イタリア人か! ピザ大好きだぜ。こう、パイナップルとベーコンを……』
『あ、それはアメリカの偽ピザ☆』
『OH……』 

 ノエミは本物のピザに関して熱く語った。
 最後に彼女は、心菜とララに挨拶したあと、2階に向かう階段を上がる。
 
『アっ、ノエミ。今日はフィースト(宴会)です?』
『ええ。陛下はいないけど、ゴルディ殿下がいるわ♪』
 
 早苗は何も言わず、彼女たちについていった。
 
 ◇
 
『ここが、サナエの部屋だよ♪』

 ノエミがドアを開ける。
 その瞬間、ネズミが壁の隙間に逃げていった。
 
『別の部屋を頼む。ネズミ由来の感染症が心配だ』
『アハハ☆ でも王族の私室以外は、どの部屋もこんな感じだよ』 
『……この部屋に来る間も、病気の使用人がかなりいた』

 使用人たちの手は、寒さで紫色になっていた。
 唇は乾いていて、一部の人の頬は血で汚れている。壊血病のように見えた。
 そもそも石造の城は、気温が低すぎる。

『靴越しでも、床が氷のようだ……』
『中世の城って、全然素敵じゃないよね。私も最初ガッカリした☆』
『薪を焚きたいんだが……』
『いいけど、部屋が煙だらけになるよ☆?』
『……なんてこった』

 早苗は思い出した。
 中世初期には、まだ煙突はなかった。エアルドネルも同じか。

『煙だらけになるか、凍えるかの二択か……』
『イケメンだから、サービスしちゃうね☆』

 ノエミは窓を、蝋を塗った亜麻布を縛って塞いだ。
 窓ガラスの代わりなのだろう。
 と、彼女が接近してくる。
 
『ねぇ、聞いたよ。アナタが治した病気。そんなセクシーな顔して、前世じゃ世界一の学者じゃない……』

 ノエミが白い左足で、ゆっくりとドアを閉める。
 そして彼女は、コタルディ(上着)を脱ぐと、薄いドレス一枚になった。
 胸元は大きく開き、唇はろうそくの光で赤く照らされている。
 
『ねぇ。暖かくなる方法、知ってる?』
『……何が言いたい?』
『裸で抱きしめあうと、暖かくなるんだよ……』

 ノエミが手を取り、胸に当てる。

『Voglio fare l'amore con te adesso.』
(ねぇ、しちゃおっか)
 



 
 そのまま彼女が、服を脱がそうと手を伸ばした……


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