16 / 68
第六章 ホルトハミーの街 Halthamy
第6-4話「気づいてしまった」
しおりを挟むおしっこを入れてくれ。
そう早苗に言われた後、早苗とララは、宿屋の外に移動していた。
「濃尿素の作り方、覚えてる?」
「……う、うン」
外で、尿を真っ黒になるまで茹でる。
足りなくなったら、農家から牛の尿を貰って追加。
覚えたが、ララは口には出さなかった。
「じゃあ、僕は蒸留器を作ってくる」
「さ、早苗さま……!」
早苗はなにやら花やら貝殻、青い石やらを買いながら、鍛冶屋に向かっている。
さて……
「……やるのよ、ララ! 早苗さまの為に、アンモニアを作るノ!」
そして彼女は、目立たない平地で自分の尿を煮込む。
さらに厩務員や牛飼いの所に、牛の尿を貰いに行った。
◇
「で、できた……濃縮尿」
辺りはすっかり夜だ。
そして目の前には、悍ましい臭いのする、黒い液体が容器に。
服にも付いたんじゃないか、と思うほど臭い。
「う、ううう……早苗さまに、完成したの、教えないト……」
ふらふらとララは、鍛冶屋に向かった。
すぐに鍛冶師と彼を見つける。
「さ、早苗さま……! 濃縮尿できタ!」
「ありがとうララ。本当は僕がやる仕事なのに……」
「ううん! わたし、早苗さまの為なら、なんでもやル!」
えへへ、と言って、ララはニコニコ、笑顔で上目遣いをした。
瞬間、早苗はハッと顔を背ける。
「……あ、わたし、臭イ?」
「ううん、全然。ララが臭かったことは、一度もないよ」
あくまで視線を合わせず、そっぽを向きながら言う早苗。
なにやら口元を隠して、視線を合わせない。
「早苗さま?」
「何でもない」
と、彼女は、テーブルの上のガラス瓶に気づく。
「す、すごい……こんなに透明なガラス、見たことない」
「鍛冶師に手伝ってもらった。たぶんこの世界では初の、無色透明ガラス。これでレンズも作れる」
「あ、その隣の粉ハ?」
「純粋なソーダ灰。つまり炭酸ナトリウム。まずはアンモニアなしの、古い方法で作った」
塩と硫酸を混ぜ加熱し、石灰石を入れて水に濾過……
一度でも作れば、あとは無限に増やせる。
と、ララがガラス瓶の中を見ようとした、その時――
「中身に触ったら皮膚が溶けるよ。硫酸が入ってる」
「……う、ァ!」
すぐさま手を引いたララは、背筋を凍らせた。
「その硫酸も原始的な方法で作った」
たんぱんを蒸留器で焼いた。効率の悪い方法だ。
「蒸留器のおかげで、ラムを蒸留してエタノールも作れた。この世界に、消毒が生まれたんだ――」
「……さ、早苗さまっ!!」
ふらついて、疲労で倒れそうに。
即座にララが支えてくれた。
『おい、お嬢ちゃん。その兄ちゃん、 頭はいいが、体力が全くないぜ』
『……ずっとデスクワークだったからな』
この鍛冶師は宗教への信仰心が薄い。
異端として弾圧されないだろうから、彼を選んだ。
『気にせず、ガラス細工を続けてくれ』
『ああ。こんなとんでもない製造法見せられちゃ、眠ってなんかいられねぇよ』
早苗は無視して、フラフラとテーブルの粉を取る。
そして外へ。
「……行こう、アンモニアを完成させる」
「う、うん。やり方ハ?」
「ララの作った濃縮尿に、ソーダ灰を合わせる」
その後、蒸留器で焼けば、アンモニア水(水酸化アンモニウム)の完成だ。
「できた。これで透明ガラスを無限に作れる。アンモニアはニトログリセリン――ダイナマイトにもなる」
「……おオ!」
「あとは肥料にもなる。これで科学文明も、すこし前に――」
疲れ切っている早苗が倒れそうに。
ララは心配そうに、背中をさすっていた。
「すまない。もともと体が弱いんだ……」
「早苗さま……大丈夫。私がずっと一緒にいる……迷惑じゃなければ、王になった後モ……」
「……王、か」
思わず、怪訝な顔をする。
「……え、ヘンなこと言っタ?」
「いや。ただ君の願いを、叶えてあげられない気がして……」
「……どういうこト?」
「いや、いい」
振り解くと、ララに悲しそうにされた。
「いや、そんな顔……つまり――」
そこで、はじめてかもしれない。少しだけ、本音を言った。
「僕は、たぶん助からない……」
「え……! でも、薬があれバ……」
「いや、装置は作れない。中世の職人たちの技術じゃ無理だ。それに――」
「……うン」
「ペニシリンは胃酸でダメになるから、注射しないと。でも同じく、ちゃんとした注射針を作れる技術者がいない」
最後に、と続ける。
「運よくペニシリンができても、満足な濃度もあるかも、わからない……」
そして、助かる確率は、時間とともに減っていく。
死は確実に迫っていた。
「怖いんだ。僕だって死にたくない……」
「……ううっ! どうしよう! 早苗さま……」
ポロポロと涙をこぼすララ。
「どうしてわたし、なにもできなイ……」
「ごめん。言うべきじゃなかった」
「ううン。ごめン……」
ララは考え込む。
彼女はいつもきちんと話を聞き、支えようとしてくれる。やっぱり、いい子だ。
と――
「……ああっ! 帝国に行けば穴が開いた針、作れる。宝石細工店に頼めバ……」
「ああ! それならまだ、希望が……」
ララが手を合わせた。
「なら、帝国行く! ガラス職人もいる。港街なら入るの簡単……」
と、そんな少女の声を遮るように、男の声が。
『おーい、兄ちゃん!』
鍛冶師がせかせかとやってきた。
『完成したぜ、ガラスの小皿、小玉、瓶。あとこれ、レンズってやつか? ちょうど温度も下がった』
『ありがとう。これで望遠鏡に顕微鏡が作れる』
『ハハ! 何言ってるのかわからねぇや!』
笑って欠けた歯を見せた後、男は続ける。
『あの複雑な装置は無理だが、これぐらいはな。それより……』
『なんだ』
『兵たちが門にいる。兄ちゃんたちを探してるんだろ?』
『…………!』
血の気が引いていく。
想像できるのは、公開処刑や拷問、火あぶりの刑のことばかり。
『まったく、貴族様の許可なく、生まれた村や街を離れるのは、違法なんだぜ』
『……ああ、そうだったな』
勘違いされている。よかった。
たしかに中世では、平民は生まれた場所から一生離れられない。
『俺が時間を稼ぐから、はやく行ってくれ。木工職人に作らせてた二つの物も、もう積んである』
『ありがとう。いいのか?』
『製造法を教えてくれた礼だ、気にすんな』
言われて、握手を求められる。
早苗は返さずに頷いて、川に向かって歩いていった。
『つっめてぇな、おい!』
◇
早歩きで川に向かう早苗とララ。
「さ、早苗さま……馬に乗って逃げル?」
「ううん、お金は全部使った。馬は買えない。それに門はもう通れない」
「じゃあ、どうすれバ……」
心配そうなララの手前、早苗は歩く足を止める。
そこには……
「えっ、イカダ!?」
「これで、国境まで移動する」
簡易的でボロボロだが、川に浮かんでいた。
既に荷物が置かれている。
「あ、この木材は、作ってもらったノ?」
「うん。まだ組み立ててないけど、連弩のパーツとかだよ」
ちゃんと説明してやりたいが、眩暈に襲われる。
「……この川は、帝国との国境線に繋がってる。露店で周辺の地図を見た」
早苗は葉っぱを拾い、川に流した後、ざっくりと計算する。
「時速7km。馬より移動距離が長い。兵たちが必死に周辺を探しても、見つからない。さぁ、乗ろう」
フラフラとイカダに乗り、ララが続く。
突貫工事で作ったからか、バランスが安定しない。
早苗が荷物を置くと、縄を解いてイカダを進行させた。
「ララ、荷物の中のビンには気を付けて。特に濃硫酸は、触れたら骨まで溶ける」
「……う、うん。絶対触らなイ」
ふと、力がなくなるように、頭を下げる。
「睡眠が足りない。免疫力の為にも、僕は寝る」
そして最後に、
「帝国との国境線、【ナイフ=エッジ】についたら起こして。海に出る前の場所……」
と言って、横になってしまった。
ララは彼の寝顔を見たら、ちょっと幸せで、でも不安な気持ちになる。
必ず、助けないと。
イカダは、ただ前に進み続けた……
◇
同じ時刻――
首都エフレから出発して2日目のマックスは、駐屯地のキャンプで休んでいた。
『明日、初陣か……』
マックスは、先程まで抱いていた神聖娼婦のリンに、十字架を渡した。
『リン、これを受け取ってくれ』
『これは…?』
『オレの故郷の、宗教のシンボル』
リンに、十字架のネックレスをかけてやる。
『救世主が人類を罪から救った。鍛冶屋のおっさんに、再現してもらったんだが……』
『ありがとう、マックス様。私もあなたと同じ神様を、信じますね』
ちょっとウルっとくるマックス。
『マックス様は、きっと世界を統一する王になります』
『HAHA。それ、陛下たちの前で言うなよ』
『ふふ、はい。もうすぐ戦場ですね』
『そうだな。たしか【ナイフ=エッジ】だ』
マックスが明日、帝国と戦うであろうその戦場に、
脱獄した早苗とララが向かっていることを、まだ誰も知らなかった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる









