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第七章 ナイフエッジ Knife's Edge
第7-3話「悲しみの苦痛」
しおりを挟む『サナエ…!! たのむ、救ってくれ!!』
早苗が、明らかに深い傷口を見る。
と、開いた服から、異常な方向に曲がった十字架が落ちた。
『……マックス。助けられるかも』
マックスに十字架を見せた後、続ける。
『首にかけていたのかな。この十字架がなかったら致命傷だったと思う』
『……あああ、マジか』
神に感謝をする彼の隣で、早苗は傷口を細かく見る。
『これ、生き残っても傷跡は残るね』
『大丈夫。傷跡はオレしか見ない。オレが一生面倒見る』
マックスの反応で、リンの職業を理解した早苗。
布に包まれた瓶を取り出す。
『それは?』
『エタノール。アルコール消毒する』
『そんなものどこで――』
『お酒から作ったよ。蒸留器で』
早苗が創部(縫う場所)を蒸留水で洗浄し、消毒するが、刹那――
『痛ーーっ!! いやああああっ!!』
リンから悲鳴が上がる。
針も太いのに、この状態では、耐えられなさそう。
『麻酔なしじゃダメだ。ショック死する可能性がある』
『SHIT! どうすれば……』
『なんとか、するか……』
早苗は数秒考えた。
今この場でできる、もっとも適切で、近代医療に近い方法。
難しいが、より確実に感染を予防し、傷も見えにくく――
早苗はリンを下肢挙上した後、マックスを見た。
『この世界初の麻酔と、吸収糸による手術をする』
『HUH!? オマエ、何を言って』
『薪を集めて火をつけて』
『ああ……』
マックスが戸惑いながらも、歩き出す。
『その後は手を洗浄して、傷口を布で圧迫止血して』
『……あ、ああ』
「ララ、難しいお願いをしていい?」
「……うン!」
なんで現代人のマックスではなく……
ララに難しい方を頼んだのかは、よくわからなかった。
「そこに馬の死体がある。たぶん黒騎士の」
「うン!」
「深層縫合したいけど、体に吸収される糸がいる」
「……エ?」
「つまり、その馬の腸から体内吸収される糸、カットガットを作ってほしい」
じゃないと、体内に糸が残ってしまう。
作り方を説明した。
馬の腸を綺麗にし、脂肪を取り、水に付けて外膜をそぎ落とし……
とにかく、時間との勝負だった。
「うん! まかせテ……!」
ララが作業を開始する。
器用な子だ。後で手伝いに行けば、問題ないだろう。
『サナエ、終わったぞ』
『止血してて。その間に僕は――』
ガラスの瓶を取り出し、その中に、ある液体を垂らす。
『何してるんだ……?』
『エタノールに硫酸を追加してる』
ポタポタと、ガラス瓶に液体を入れ終えた早苗は、蒸留器を湯煎で温めだした。
少しして、立ち上がる。
『できた。人に使う前に、できればテストをしたい――』
と、ララのポーチが揺れているのに気づく。
「あ、スズメ……前、ごはん用に捕まえタ……」
「ちょうどいい。貰うね」
ポーチからスズメを取る早苗。
「この大きさなら、体重は25グラムぐらい……」
小さな布に、先ほどの液体を数滴垂らして、スズメの鼻元に当てる。
10秒ほどでスズメは、意識を失った。
『……オマエそれ、睡眠薬か!?』
『ううん、麻酔。完成したんだよ』
早苗は瓶の中の液体を見せて言う。
『エタノールと濃硫酸で調合した麻酔薬、エーテル。これを開放点滴法で使う』
『オウマイゴッド!! オマエ、こんな未開な世界で、本当に麻酔を!? キリストにでもなっちまうぞ!!』
無視して、早苗は馬の死体の前でしゃがむ。
『って、なに馬毛を切ってるんだよ!』
『馬の毛は、縫合紐としても使えるんだよ』
終わると、ララの手伝いに行く。
複雑な工程であるにも関わらず、作業は上手くいっていた。
「最高だ。君はとても器用だよ、ララ。ありがとう」
「え、えへへ……」
早苗はリンの元へ戻り、縫合器具を綺麗に消毒した。
『マックス、縫合するよ? 表面の一層じゃ済まないから、深部も埋没縫合する。その方が死腔をなくせて、縫合不全や感染を防げる。仕上がりも綺麗になる』
『ああ、頼む!』
『ただ、結果には責任を持てない』
何故なら、本来なら輸血、輸液、抗生剤の連日投与と集中管理が必要だ。
それができない……
『しないと死んじまうんだろ! はやく!』
頷いて、リンに近寄る早苗。
折って重ねた布をリンの顔に乗せる。
直接、鼻と口に当てるのではなく、やや隙間を開けて、気化したエーテルを吸入させた。
(そして、垂らす量を1分ごとに倍に増やしていく……)
次第にリンの苦痛の表情は少しだけ和らぎ、苦痛の声が消えていった。
『完全に効果がでるまで、もう少し時間がかかる。マックス、その間に三つやってほしいことがある』
『……ああ、なんだ?』
『この鉄に電気をぶつけてほしいのと、食塩水に電気を流してほしい』
意図を理解してないが、マックスは魔術を使った――
◇
その頃、リンの治療をしている森林の、数キロ先の草原では――
戦が終わりを迎えようとしていた。
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