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第十八章 アルフィールド要塞 Alfield
第18-1話「あなたの子供」
しおりを挟む【もう帝国はダメだ! やってられん!】
と言ったのは、帝国の皇子のサイウィンだ。
黒騎士として知られる彼は、今はローブだけで、椅子に腰をかけている。
【どこかよそに別荘でも買って、毎日女を抱いて、ワインを嗜みたいものだ】
『もう毎日してるじゃないですか、サイウィン様』
まだ12歳の彼の使用人の少女、プチリアが部屋に入る。
【残念だが、毎日ではない】
『間違っても娼婦たちの前で、そんなこと言わないでくださいよ?』
【はっ。俺が女に言うのは、喜びの言葉だけだ】
あきれて、手紙を渡すプチリア。
『……はい。伝書鳩の手紙。ダモクレス皇帝からです』
【親父か。どうせろくなことじゃないだろう】
言ってサイウィンは、手のひら程度の大きさの紙を広げて、内容を読む。
【はぁ、これはひでぇ】
『サイウィン様?』
【今俺たちがいる、アルフィールド要塞を放棄して、北に向かえってよ】
紙をぐしゃぐしゃにして、放り投げるサイウィン。
『え? 戦いもせず、領土を放棄しろってことです?』
【そうだ。バカにしてる。親父はもうダメだ。帝国も終わりだ】
バン、とテーブルを叩きつけるサイウィン。
【王国にここを落とされたら、次は最後の砦のベルオノース。次は首都だ】
『サイウィン様……』
【帝国は終わりだ。馬鹿がトップだと国が死ぬ】
サイウィンはただ無言で、テラスを歩き、街をながめた。
『サイウィン様。こういう時こそ、パーッと女を呼びましょうよ!』
【いい案だな。だが手紙によると、もうすぐ公国の売人がやってくる】
『売人?』
【その売人と一緒に北に行けとよ。俺は遅いから、女を娼館から呼ぶと間に合わない】
『はい。だから、ここにいるじゃないですか。女が』
【……もういいよ、お前。他人の前で、女だと言うなよ】
そもそも女に、騎士になる資格はなかった。
それは騎士の側近のスクワイアも同じで、表向きプチリアは男、ということになっている。
と、鐘が鳴る。
テンポが少しはやい鐘だ。来客の知らせ?
使用人が、ドアの向こうで声を上げた。
『サイウィンさま、客人です!』
【噂の公国の売人だな。なんで王国の属国なんかが……】
『サイウィン様』
プチリアがプレートメイルのパーツを一つずつ持ってくる。
【また、この重い鎧を着て、遠方か】
『カッコいい顔を隠すため。仕方がないですよ』
そうして黒い鎧を着た彼は、馬に乗って門へ。
そして彼が見たものは――
【なんなんだ、これは……】
その公国の商人は、亜人の島から捕らえてきたのか……
獣人の子供、奴隷たちを20人、連れていた。
◇
その頃、丁度サイウィンがいる要塞を、もうじき攻める現代人がひとり。
『前回は勝ったが、油断はするなよ!』
だいぶ流暢に王国語を話せるようになったマックス。
彼は相変わらず、農民の兵たちに基礎訓練――ランニングをさせていた。
『凄まじい士気だな』
『HEY、ウィル。実力主義を導入したんだ』
それがマックスの部隊の、士気が高かった理由だ。
エアルドネルには、貴族が昇進する仕組みしかなかった。
平民がどんなに頑張っても、貴族だけが得する。
マックスはそれをはじめて壊した。
『いいか、お前ら!! もう一度言う! 手柄を立てた者は、誰でも昇進する!』
『サー! イエッサー!!』
『農民も貴族も平等だ! オレ個人の取り分から、お前らに報酬を分け与える! 活躍したが戦死した場合でも、その者の家族に与える!!』
『サー!! イエッサー!!!』
兵士たちが声を上げ、訓練にさらに励んだ。
その様子を見て、ウィルフレッドが笑う。
『はは、まったく…』
『ウィル。オレは次も、あの黒騎士に勝つぜ』
前回の戦いで、マックスと黒騎士はほぼ互角だった。
それから、2時間ほどあとだろうか――
◇
日が沈んだころ、マックスはナイフエッジの私室に向かう。
(……次の戦に勝てば、小さいが、この城はオレのものに)
それだけじゃない。この領地も自分の物になるのだ。
(……リン。必ずオマエを、世界一幸福な女にしてみせる)
マックスはそう心中思い、リンの待つ寝室に入るが。
『マックス様……』
すぐに、ベッドに横たわる彼女に、両手を掴まれた。
微熱で汗をかくリンが、苦しそうに声を出す。
『マックス様、止まりました……』
『HUH? なんの事だ』
『月経です』
マックスはハッとした。つまり……
『オ、オレの子……? マジかよ……』
開いた口を、手で隠した。
信じられない。オレ、ついに……
『リン?』
再び彼女を見るが、眠っていた。
汗でぐっしょり濡れていて、顔色はよくない。
『クソ、どうすればいいんだ。このままだとリンだけじゃなくて、お腹の子まで……』
どうすればいい。
オレ、父親になるのに、2人を救えない?
こんな時、アイツさえ、早苗さえいれば。
『マックス様』
ハッとして背後を見る。
そこには王国から派遣された医師団のひとりがいた。
『……なぁ、ハッキリ言わせてくれ。もう十分に診た。オレは王国の医学じゃ、リンを救えないと思っている』
『左様ですか』
『どうすればリンを救える?』
この目の前の医者が、異端だとマックスを弾圧しないのは、マックスが勇者だからか、元から穏やかなのか。
医者は少し考えた後、言いにくそうに口を開ける。
『……帝都に、はやめに侵攻するしか』
『どういうことだ?』
『我々の医療を超えるとなれば、帝都ヘイルフィールドでしょう』
認めたくないのか、言いにくそうに続けられる。
『帝都には、王国にはない医療知識があると聞きます。侵略し、現地の医者を捕虜として確保、もしくは書物を略奪すれば……』
『つまり、オレがはやく帝国を取れば……』
だがマックスの頭の中には、もう一つの選択肢が浮かんでいた。
リンを早苗の所に連れて行けば……
(SHIT! ダメだ、今度こそアイツが処刑されちまう……)
それに、どこにいるのかもわからない。
サナエも帝都に向かっている? このまま進めれば会えるのか……?
『…………』
倍率の低い賭けには乗れなかった。
マックスは静かに部屋を出て、廊下で小声を出す。
『……血を流さないと、リンを救えない』
廊下に待機していた部下の兵士に、静かにマックスは告げた。
『侵攻をはやめる。落とすぞ、帝国の首都を』
『はい!』
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