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第十九章 首都ウォルデンⅡ Walden
第19-1話「足」
しおりを挟むタイムリミットが来た。
今日、公国の私兵、およそ200人が島に進軍してくる。
早苗は今この瞬間も、ララとラーサの3人で、獣人の女性たちに、ミニエー弾の量産を指導していた。
「閣下!!」
切羽つまったラルクが顔を出す。
「来ました。閣下が提案したセマフォーで、メッセージが」
「行こう」
ララとラーサに待機するよう伝え外へ。
そうしてラルクと共に、低い壁に囲まれた崖に向かった。
そこには獣人が2人。
1人が望遠鏡で海岸を覗き、もう1人が両手の旗を振っている。
「閣下の知識量は、神の領域に達しています。まさかこんな方法で、瞬時に遠方とやり取りできるなんて……」
「やめてくれ。凄いのは発明した過去の偉人だ」
昨晩、獣人の精鋭隊の一部に、セマフォーを叩きこんだ。
そのうちの1人が、望遠鏡を持ちながらつぶやく。
「救世主様、『フ ネ サ ン ソ ウ、 ジ ョ ウ リ ク』です」
「上陸したんだな。敵の現在地は?」
隣にいる獣人の子が、旗を振る。
再度、もう1人が望遠鏡でシグナルを読んだ。
「ニ シ ノ モ リ」
「キャンプを作っているな。この場所から離れている」
早苗は、敵が向かうであろう場所を、数十パターン想定した。
「このままだと間違いなく、僕らの前に、他の集落で獣人たちが虐殺される……」
「閣下。しかし今は――」
「わかってる」
このまま、敵に別の獣人の集落を襲わせて、消耗した後、戦った方がいい。
その後、捕獲された獣人たちを解放すれば、恩も売れる。
そんなのはわかっている。
「……だが、見捨てられない。この場所に誘導するように指示を」
「閣下は、お優しすぎる……」
「そんなことないよ」
それに、誘導したいのには別の理由もあった。
望遠鏡の子が、再度シグナルを読んだ。
「救世主様。これから斥候隊が、敵をおびき寄せて、こちらに誘導します」
「わかった。ラルクは精鋭隊たちに準備を。崖で火を起こして、煙で敵がこちらの位置を見つけられるように」
「はい!」
◇
その頃、海岸から少し離れた平地では――
206人の公国兵を束ねる指揮官、サー・ハーマン(Hereman)は、島の周囲を見渡していた。
『俺の庭のようなものだ』
過去に10回、この場所に来ては、数百人の獣人を奴隷として捕らえた。
ネルソン様は金払いがいい。
そもそも獣人どもを買いたい変態どもがいること自体が、驚きだが……
『ネルソン様は、どこに獣人を流しているんでしょうね。サー・ハーマン』
『さぁな』
どうでもいいんだ、と部下のカゼン(Cuthen)に言う。
そして駐屯地を作らせ、トイレ用の穴を掘っている部下たちを見るが――
カサっ、と茂みの音。
『……なんだ?』
見ると、獣人の子供――女だ。
怯えている。偶然鉢合わせたのか?
「ひっ!!」
『サー・ハーマン! 捕らえましょう!』
『落ち着け! 軽装の兵に尾行させろ! ガキだった。バカみたいに集落に戻っていくぞ』
体力のある若い兵たちに、後を追わせる。
見つけた後は火を起こし、煙で位置を特定すればいい。
『なんで昼なのに出歩いてたんでしょう。獣人は夜行性のハズ――』
『人間も夜中に目覚めて、外を歩くバカがたまにいるだろ。そういうバカは、男なら酔いどれに殺され、女なら犯されるだけだが』
だが獣人の場合、そういう馬鹿が集落を全滅させる、ということだ。
『一応気を付けておけ。斥候隊が戻ってこなかった』
まぁ、ボロの船だったので、難破したと考えるのが妥当だが。
『煙が上がったら、すぐに出発だ』
と――
部下たちが騒がしくなる。
『サー・ハーマン。もう、煙が上がってます』
『嘘だろ、早すぎる……!』
だが空を見上げ、目を細める。
たしかに煙だ。妙にデカくて遠い。
『あの場所、滝の上の、聖地と呼ばれてる場所だな……』
『サー・ハーマン。聖地は獣人が全くいない為、捜索すらしなかった場所では?』
『ああ。俺たち以外の人間が、火を上げてるのか?』
だが暫くすると、新しく煙が上がる。
聖地に続く道だ。部下たちが上げたのだろう。
『獣人たちめ、本当に聖地に集落をつくったのか?』
何か裏があるのか?
奴らが信仰を無視して、集落を広げた?
いや、もっとも考えられる可能性はおそらく……
『やつらはバカみたいに子供を産むから、人口が増えすぎて、集落同士で争い、聖地にすら住み始めたんだろうな』
『ハハッ、今回は大漁になりそうですね……!』
『ああ』
サー・ハーマンは命令を出すと、部下たちと共に聖地に進軍していった。
◇
『ものすごい滝ですね、サー・ハーマン』
部下たちはこの周辺に来たことがなかった。
広い泉。獣人たちはここを誉の泉と呼んで、水葬しているらしい。
『滝の上は、人間が10人分以上の高さだな』
かなり高い。そしてその向こうの平地から、煙が今も上がっている。
たぶん、迷子の子供への道しるべだろう。
(……バカばかりだな、獣人は)
何度でも誘拐できる。
『これから左に迂回し、滝の上に行く。右は深い森だから行くな』
船の中で、病死した2人を除いた206人の公国兵――
その全員が、一列に進んで行く。
『しかし、鎧でこの坂道はキツいですね……』
言ったのは、すぐ隣のカザンだ。
コイツとは7年の付き合いだろうか。
足から頭のてっぺんまでチェインメイルと、いい装備をしてやがる。
カザンの右足が吹き飛び、サー・ハーマンの腹に当たった。
『……なんだ?』
たしかさっき、大きな音がして。
ちぎれている……ヤツの足が……? 吹き飛んだ?
『あ゛ッ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛!!!』
『か!! カザン!?』
何が起こった。
確か今、凄まじい破裂音が地面からして……
気が付いたら爆発して、地面が抉れて……
爆発で千切れたカザンの足の一部が、数メートル先の、サーマンの元へ吹き飛んできた。
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