54 / 68
第十九章 首都ウォルデンⅡ Walden
第19-5話「全てを失っても、この瞳はあなただけを見ている」
しおりを挟むノエミが、早苗のいる亜人の島へ向かおうとしていたその時。
皇帝の命令で、荒れ果てた要塞に着いたサイウィンは、言葉を失っていた。
【人間のすることじゃねぇ……】
その村は、言葉にするのなら『この世の終わり』だった。
崩壊した村に、積み上げられた死体の山。
神に見捨てられた、この世の地獄だ……
【……ひどすぎる。屍の臭いしかねぇ】
糞尿ではない。
何か月、何年放置されたのだろう。
死体が埋葬もされず、その場でただ腐っていた。
ハエがたかり、芋虫が湧いている。
『サイウィン様。この獣人の子供たち……』
【……わからねぇ。戦争や略奪での死ではない】
別にサイウィンは、獣人を悪魔だとは思っていなかった。
【……ひでぇもんだ】
たぶん、プチリアよりも幼い遺体が積み上げられている。
帝国は王国と違い、獣人を殺さず奴隷にしているが、まさかこれは……
『サイウィン皇子、こちらに獣人の奴隷たちを』
【――!】
その門番は、サイウィンの背後――
獣人の子供たちの髪を掴み、順に門の奥に放り投げた。
「いやだ、たすけて!!!」
「騎士様!! どうか!!」
ドサッ、と。肉が強く殴られる音。
『汚れた獣人どもめ!! 皇子に近づくでない!!』
門番が逃げようとする子供のひとりを、こん棒で殴りつけていた。
そしてその小柄な体を蹴りつけ、再度門の向こうに放り投げる。
【……おい、一体この場所はなんなんだ?】
獣人の言葉はわからなかった。
自分はなんで獣人を運ばされた? 皇帝は、親父はなにを企んで……
『皇子。ここは、裁きの場です』
【なに?】
『200年も続いていると聞いてます』
サイウィンは剣に、そっと手を乗せた。
『呪いは血液に宿ります』
【……そう言われているな】
『我々人間は死んだら、体ごと消えてしまう。でも獣人たちは消えない。呪いは獣人の死体に暫く残る』
【――――】
サイウィンは、そこで自分の父親――皇帝ダモクレスが、何を考えているのか理解した。
【……兵器か。呪いを培養してやがるのか】
『その通りです』
【馬鹿か! 人の手で制御できるわけない!!】
『ダモクレス皇帝は、ただの人ではありません。神に選ばれた、我々を導く聖なる存在』
【――ふざけるなっ!! 帝国の民が死なないという根拠が、どこにある!!】
馬鹿だ。いや、悪魔だ。
親父は病んでいたが、サタンに取りつかれたに違いない。
【この場所は、もう――】
焼き払うしかない。
サイウィンが剣を引き抜きそうになった、その時。
『――サイウィン様!!』
小さな手で、腕を引っ張られる。
先程の兵から、強引に離れさせられた。
『落ち着いてください。さすがに殺してしまっては――』
【おいメスガキ、帝都に戻るぞ】
『……何をなさるつもりで?』
【親父を止める】
『……ダメです!!』
少女にしては、大きな声だった。
『殺されます!』
【ねーよ。唯一の皇位継承者だぞ】
だがプチリアは、泣きそうな顔を見せていた。
『ダモクレス皇帝を玉座から下ろし、サイウィン様が次の皇帝になるつもりで?』
【いや、そっちは興味ない。女と酒さえあればOKだ】
『サイウィン様はお優しいです。子供と国民のことになると、自分を犠牲にしてしまう。私なんかを救ってしまうぐらいに――』
【ちげぇよ、バカ。やめろ】
振り払うが、少女は手を離さない。
『サイウィン様。あなたを愛しています』
【…………ハァ?】
急に場違いなことを、12歳の少女に言われた。
『ふたりで逃げませんか?』
【おい、なに言って――】
『たしかにサイウィン様なら、次の皇帝になれます。でも、失敗すれば命がない』
だから、と少女が続ける。
『だから、逃げましょう。戦うことを忘れましょう。どこが遠いところへ』
【……おい】
だが、いつものふざけた表情じゃない。
プチリアは大まじめに、ヘタクソなりに、必死に伝えてくる。
【……お前の立場なら、俺が皇帝になるのを支えるべきだろ】
『いいえ。皇族ではなく、サイウィン様個人を愛してます』
泣きそうな少女が続ける。
『どこか、ここより北に――人が少ないところに逃げましょう』
【バカなのか? 貴族じゃなくなったら、お前にメシも食わせてやれない】
『私がなんとかします! サイウィン様は、そばにいてくれるだけでいい!!』
【なんだよ、告白か?】
『ずっと、そうでした』
いつもふざけて『抱いてくれ』と言う彼女だが、今回は本気だと感じる。
【……マジかよ】
前からふざけていなかったんだ。ずっとこの子は、本気だった。
プチリアはこの性格だが、勇気をふり絞ったに違いない……
サイウィンは真面目に考えた。
【……俺は罪深いバケモノだぞ】
『いいえ、聖人です』
【皇子じゃなくなる】
『構いません。貴方に救われた日から、どうしようもなく、愛しています』
【……頭のおかしいメスガキだ】
『プチリアです』
【はぁ……】
まいった。この娘は本気だ。
思えば、今まで抱いてきた娼婦が好きなのは、皇子という地位と金だった。
出来損ないで、自らの罪で顔を失った自分を、本気で愛してくれる人間はいなかった。
こいつが、プチリアがはじめてなんだ……
【まったくよ】
『サイウィン様……』
【とにかく、まずは親父――皇帝と話を付けてくる】
『……そうですか』
【その間に、お前は荷物をまとめておけ】
『!!?』
プチリアは一瞬固まるが、泣きそうになり、つづける。
『……私みたいな無礼な平民は、荷物をまとめて消えろってことで?』
【ハッキリ言わないとわからないのかよ。皇子じゃなく、俺個人について来るんだろ?】
プチリアは再度固まった。
サイウィンは馬に跨ると、再度少女を見る。
【プチリア。はやくこい】
『!!? ……はいっ!』
プチリアは涙を拭き、ニヤつく自分の顔を隠しきれず、サイウィンの前に跨った。
『えへへ……頑張って男の子産みますね』
【別に、元気なら女でもいいんだがな、俺は】
言って、サイウィンの馬は駆け出していった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる


