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第二十章 首都ウォルデンⅢ Walden
第20-1話「This will hurt you more than it hurts me」
しおりを挟む公国兵たちを撃退した早苗たち。
今日、ついに次のステップに進む時が来た――
「陛下。帝国との貿易から、帰ってきましたぜ」
早苗を陛下と呼ぶドワーフたちが、引いていた荷台を止める。
皮袋を開くと、大量の大豆が詰められていた。
「よくやった。さすが商人たちだ」
ドワーフは紙を数枚、取り出した。
「売れ残りはこれだけです。陛下の提案で大量生産した紙、好評でしたが……」
「どうした?」
「貴族向けの鎧や剣以外は、あまりいい条件をだされず……」
早苗は袋の数からパッと計算する。
相場の半分も無さそうだ。
「国力が違うと、平等なトレードはされにくい。気にするな」
「陛下……」
「大事なのは、大豆が手に入ったってことだ」
大豆は、亜人の島には存在しない。
銃の次の軍事革命には、必要だった。
「今までで一番、危険な兵器を作る」
それはノーベル賞の起源となり、世界中の軍事に革命を起こした代物。
「ニトログリセリン。ダイナマイトを作る」
「……なんだそりゃ? 坊主」
ドワーフで一流鍛冶師の、ギガが歩んでくる。
「……ダイナマイトは、人類史を変える爆弾だ」
「火薬ならもうあるだろ」
「威力が桁外れに違う。元々は採掘作業に使われていた。トンネル掘削や道路建設」
一息ついて、続きを言った。
「……その後、戦争で大量殺戮するのに使われた」
ギガを含め、ドワーフたちがゾッとする。
「前のライフルより……すげぇのか?」
「比べ物にならないほど、危険だね。だから、これを作るのは、僕ひとりでやる」
とそこで、先程まで黙っていたララが手を上げた。
「それはダメ! わたしモ……!」
「僕ひとりの方がミスをしない」
「でモ――」
「それよりララには、別の大事なものをお願いしたい」
そうして説明すると、彼女は納得して頷いた。
「……わかった! 少し北に行けば、もう雪が降ってるかラ」
「ありがとう。何人か兵を連れていって」
早苗はわざとララを遠ざけていた。
理由は単純で、彼女を危険な目に遭わせたくなかったから。
「あ、王子。わたしなら……」
「ラーサも第一王女だから……」
「大丈夫だよ♪ わたしは役に立ちたいの」
「そうか……」
だが、早苗は不安だった。
少しでもミスをして引火したら、早苗とラーサが死ぬだけじゃ済まない。
と、太い手に腕を掴まれる。
「坊主。そういうのは、俺を誘え」
「……ギガ。君にはライフルの大量生産を頼んだんだが」
「同じものを何度も作るのは、お断りだ! 俺は職人だ!」
「いや、工業化っていうのはそういう――」
説明をするが、ギガは聞き耳を持たない。
「頼むよ! 坊主の知恵で、新しいものをどんどん作りたいんだ! 俺に夢を見せてくれ!」
「……わかった」
「ありがとよ! じゃあ部下を集めて、科学研究所とやらに行くぜ!」
そうして早苗とラーサ、そしてギガと3人のドワーフたちが、ダイナマイトの制作に入る。
材料自体は、硝酸、硫酸、グリセリンと――
グリセリン以外はすでに持っていた。
◇グリセリンの作り方
① 大豆を砕き、60~88℃で熱する
② フレーク状になった大豆を、溶媒抽出法でオイルを摘出
③ 低温で熱しながら苛性アルカリ溶液(草木灰など)を追加
④ 溶液が濃くなるまで15分ほど、熱しながら混ぜ続ける
⑤ 食塩を加え、冷めたら完成
◇
数時間後、早苗はほっと一息ついた。
「できたな。天然グリセリン」
「王子、これ、全然兵器にみえないけど……」
「これ自体は化粧品の材料だからね」
「ええっ! 使いたい♪」
そのうちね、と早苗が言うと、外に出る。
その後ろを、ギガとラーサがついてくるが……
研究所のすぐ近くの川で、早苗は足を止めた。
「坊主、こんな所で何を――」
ギガが言い終える前に、早苗が川に沈めていたガラスの試験管を取り出す。
「十分に冷えてるな」
「王子、それは?」
「冷やした硫酸だよ。これに硝酸をゆっくりと加える必要があるが……」
その時、完璧なタイミングで、かわいらしい声が。
「早苗さま!! 言われたもの完成したヨ!」
ララが駆け足でやってくる。
彼女が、木の板にガラス瓶を縛った物を、早苗に渡してきた。
「ありがとう。すごくよくできてる」
「えへへ」
「あの……王子?」
早苗は渡されたものを、ラーサに見せた。
「温度計だよ。これから必要になる」
作り方は、
① 筒状のガラスにエタノール(本当は水銀の方がいい)を入れる
② 沸騰したお湯に入れ、膨張した所に100度と目印をつける
③ 氷水に接触させ(島の北)、収縮した所に0度と目印をつける。
④ 完成。
「ありがとう。じゃあララは休んで……」
「え、またなの……? わたしは早苗さまと一緒にいたイ!」
「あのさ、王子」
耳元で、ラーサに小声で言われる。
「……ララさんは危険でも、王子の近くにいたいと思うよ」
「はぁ……」
危険だから、本当はララだけじゃなく、ラーサとギガにも休んでいて欲しいのだが。
「わかった」
背後にいる条件で、ララの見学を許可した。
そうしてニトログリセリンの調合をはじめる。
ニトログリセリンの作り方はこうだった。
(C3H5(OH)3 + 3HNO3 + H2SO4 = C3H5(NO3)3 + 3H20 + H2SO4)
① 13 mL の硝酸を冷やす
② 39 mL の硝酸を入れて、ゆっくりと混ぜる。
③ 10~15°C に冷やす(温度計を使おう)
④ ゆっくりとグリセリンを追加。この間も30℃以下を保つ。
⑤ 優しく10分ほどかき混ぜる。するとニトログリセリンが酸溶液の上に浮かぶ。
⑥ ニトログリセリンを摘出して、重曹(帝国で作った)の中に入れて、安定化させる。
⑦ ゆっくりと慎重に、ニトログリセリンを重曹から摘出する。
「よし、完成だ」
ラーサたちに教えながら作っていた早苗が、鉄の板を取り出す。
そうして1滴だけニトログリセリンを鉄に垂らして、火を近づけた。
すぐに青い火柱が燃え上がっては消えた。
「……おお! 凄イ!」
「だが坊主よ、これぐらいなら大したことないんじゃ……」
「ならギガ、君がテストするといいよ」
早苗は紙にニトログリセリンをひとつ垂らして、地面に置いた。
「その紙をハンマーで叩いて」
「へいへい」
早苗はララの耳を塞いだ。
やる気ないそぶりで、取っ手の長いハンマーで叩きつけるギガ。
瞬間、強烈な破裂音と共に、紙が破裂する。
「……お、おお!! なんだこりゃ!? とんでもねぇぞ!!」
「一滴でこれなんだ。増やしたらどうなると思う?」
「はは…!! 正解だったぜ、坊主!! こんなの、エアルドネルを根本的に変えちまう!」
坊主についてきてよかったぜ、とギガに言われる。
だが早苗は無反応で、フラっとしていた。
最近はほぼ徹夜で、作業しっぱなしだ。
「っ! 早苗さま……!」
「坊主、休めよ。あんまり嬢ちゃんを心配させるな」
「まだダメだ。時間がない……」
「王子。わたしたちがやるからさ♪ 紙に書いてくれれば、ギガさんたち読んであげるから」
「……そうか」
確かにこの状態で続けたら、ミスを起こしそうだ。
早苗は、少し休むことにした。
……もうすぐだった。
心菜を助けるため、王国に進軍する準備が、もうすぐ整う。
「…………」
ララと寝室に戻り、静かに目をつむる早苗。
ララに髪を撫でられていた。
「おやすみなさい、早苗さま」
◇
「…………」
あれから、何時間寝たであろう。
早苗は目を開き、ゆっくりと立ち上がる。
ギガに、千切れた右手を渡された。
「ぼ、坊主……」
「―――っ!!」
なんだ、これは。ギガの手? なにが起こって……
一気に眠気が消え、外の燃え盛る火炎の音が鮮明になる。
何があった。寝てる間に、爆発音が聞こえた気はしたが……
「早苗さま!!! 大変!!」
家の周囲から、叫び声や悲鳴が聞こえる。
そんな中、顔を真っ青にしたララが駆けつけ、ギガの腕を布で押さえる。
「ギガさんが……ギガさんが……」
「どいてくれ……嬢ちゃん……」
ギガがララを退け、布を取ると、一気に血がボタボタ床に垂れた。
痛みに顔を歪ませたギガが、断面を見せてくる。
「み、右手が……無くなっちまったんだ。ぼ、坊主なら、治せるよな……?」
「ギガ……お前……」
「なぁ、そう言ってくれよ……1000年後から来たんだろ? 俺の利き腕なんだよ……」
燃え盛る火炎の音だけが、周囲に響いていた。
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