お嬢様という存在

いある

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俺と問題

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「…先輩。これはどういう事でしょうか」
「どうもこうも、見ての通りだ」
「いえそうではなく、なぜこうなっているのかを俺は質問していてですね」
俺が案内されたのは調理場だった。このお嬢様を含めた数人のご家族と過ごすにしてはあまりに広すぎる邸宅は調理場も例にもれず非常に広い。少なくともうちのリビングくらいの広さは余裕である。
銀色のシンクには水垢一つなく、鍋の類もきっちり整理されている。ここらへんは流石プロの方々だと感心するばかりだ。…だが。
「なんで誰もいないんですかこの調理場。この時間だとそろそろ始めないと七時の御夕飯に間に合わなくなるのでは?」
「うむ。そうなんだ。そうなんだが。まさか調理担当が全員用事ができるとか病気になるとか想像もしなくてな」
「ちょっと待ってください先輩ということは」
嫌な予感が脳裏に浮かんだ。この先輩の額に浮かんだ冷や汗のようなもの。どこか戸惑いが滲み出ているような。
焦燥と困惑が入り混じったような印象。
「…実に情けない話なんだが。調理担当が今日は来られない」
「は?」
「無理に病人を連れて来ればお嬢様たちの体調に影響が出るやもしれない。用事組は法事だの既に海外に渡航しているだので無理に連れてくることも不可能。加えて致命的なことをもう一つ付け加えておくと」
「なんですかまだ懸念材料が増えるんですか」
酷く申し訳なさそうに先輩は俺に向き直る。視線は泳ぎまくっているが。
ここまで来ればもう何がこようとも問題の大きさは変わらない。
「…いいですよなんですか。もうこの際気にしませんって。仰ってください」
「私は一度この調理場を燃やしかけたことがある」
「マジで言ってんすかそれ。絶対火の近くによらないでくださいね」
「…面目ない」
先ほど格好いいセリフを放っておいてこの始末である。人間らしいと言えばらしいから完璧な人間よりは幾分もましなのだが。とはいってもどうしたものか。
一応研修期間中に調理場を案内されたから冷蔵庫の場所とかも覚えている。料理店の厨房みたいな業務用の冷蔵庫が本当に家にあるなんて思いもしなかったから最初は流石に驚いたけれども。
「仕方ない…今日の料理はお嬢様たちに土下座してどこかの店から…」


「聞いたわよ穂丸」


「「お嬢様っ!?」」
「何を驚いているの。私の家だもの。私がどこにいたって不思議じゃないわ」
いえそれはそうなんですが…と言葉を紡ごうとする前に先輩が腰を折った。直角になるまで腰をしっかり折った模範的な謝罪のポーズである。
もしかして俺も同じことをしたほうがよいのかと思って腰を折ろうとすると…。
「顔をあげなさい穂丸。仕方ないわ。あなた達も万能ではないのでしょう?そもそも料理係は三人しかいないのだからこういう事態があってもおかしくないわ」
「…ありがたいお言葉。主の寛大さに感謝いたします」
「そういうのいいわよ穂丸。それよりどうしましょうか、私はお腹が空いていると思考能力が著しく低下するのだけど」
お嬢様ほど頭を使うのならそれだけでエネルギーはたくさん消費される。食べる量はそんなに多くは無いにしろ、あると無いとでは雲泥の差であることは想像に難くない。
にしても執事として失格である。先輩が悪いみたいに本人は言っているが情報の管理を怠っていたのは俺も一緒だ。
半人前の執事とは言えお嬢様のこと以外にも気を回せねばならないのは当然なのに。
「そうだわ、ねぇ折弥。あなた、料理が趣味だって言ってたわよね」
「?…はい。確かに俺の趣味は料理ですね。といっても人並みの域は超えませんが」
突然振られた話に首を傾げる。どうしてここで俺の趣味の話になるのか。理解できない。
だがお嬢様は自然に言葉を紡ぐ。
「いいわ。今日はお姉さまと私しかいないもの。折弥には言ってなかったと思うけどお父様とお母様は今朝ロンドンに飛行機で向かわれたわ」
「えっと、お嬢様?お話が見えないのですが。どういう事でしょうか」

「はぁ、あなたって私に対しては感が鈍いわよね。あなたが料理を作りなさいってことよ」
「い、いやいやおかしなこと仰いますねお嬢様!?」
「じゃあだれが作るのよ。言っておくけどお姉さまはいま書類の制作でお忙しいし私は穂丸ほどではないにしろ料理は苦手だわ。唯一まともな料理を作れるのはあなただけなのよ」
本気で言っているのだろうかこのお嬢様は。本当に俺なんかに料理を作らせる気だろうか。
プロの方からすれば趣味でやっている料理なんて相手にならないだろう。お嬢様を馬鹿にしているわけでは無いが、日々本物の料理を口にしているお嬢様たちからすれば俺の料理なんて価値がないものだと思うのだが。
「いいわよ腕前なんて気にしなくて。お姉さまああ見えて悪食なの。食べ物の様相を呈していれば大体食べられるのよ。
むしろジャンクな食べ物のほうが好きなくらいね。『オレはこんな上品な料理食いたくねぇ!』っていっつも怒っているわ」
お嬢様のお姉さまのお話が出て来て脳内で曖昧にしか覚えていないその姿を思い起こす。
お姉さまというとお嬢様より少しだけ背が高いあの女性の事だろうか。お嬢様と同じ栗毛の。お忙しそうだったから声はかけないで履歴書のコピーだけ部屋の前に置いておいたのだが、俺の事ちゃんと認識してくださっているだろうか。しかし…あの女優みたいな端正な顔立ちの女性がそんなことを口にするようには思えない。
「…あの、お嬢様、ほかのお店にお願いするということは…」
「嫌に決まってるでしょ。あなた達を信頼してあなた達に頼んでいるの。どこの誰かもわからないような人間が作った料理なんて恐ろしくて食べられやしないわ。お姉さまじゃあるまいし」
お姉さまならお召し上がりになるんですね…なんて言葉は口に出さないでおく。流石に失礼だ。
「まぁいいですけど…俺が作る料理って友達とかが来た時とか一人で食う時とかのために作るボリューム重視のメニューなので女性であるお嬢様たちのお口には合わないかもしれません」
肉の類をちりばめたチャーハンだとか漬けマグロのどんぶりだとかそんなのが多い。
勿論味も意識はしているのだが質より量!といった感じなので高貴なお嬢様の口に合うかどうかは正直微妙だと思うのだが。
「かまわないわ。お父様がいつも言っていたもの。どんな知識でもあって困ることはないと。あなたの料理の味が好みだと分かれば作らせるし好みじゃなければそれはそれでまた考えるわ。あなたの料理を口にすることであなたの味を知ることができるわ」
貴方の味とかそう言うこと言うの勘弁してください。
ともあれ、そこまで仰られては無下にするわけにもいくまい。
「分かりましたよお嬢さま。では調理場お借りしますね…くれぐれも過度な期待はなさらぬよう」


お口にあうといいのだが…不安だ。
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