夏と竜

sweet☆肉便器

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105 早朝の獲物とアオちゃんの魔法

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 陽が山の稜線からすこしだけ顔を覗かせた時分、ようやくピッグマンさんが槍と狩りの道具を担いで姿を現した。

 ピッグマンさんは朝早くから集落の出入り口の端に腰を降ろしてニガユを飲んでいる僕とアオちゃんの姿を認めて片眉をあげた。

 「早いな、ナツ、アオちゃん、こんな場所で何をしているんだ?」

 僕はピッグマンさんにアオちゃんの新しい魔法を見たいので森まで連れてって欲しいと頼んだ。

 「新しい魔法? 昨日のヨウタロウ様に連れられて穴の場所に戻っていったのはソレを教えて頂くためだったのか。 ……そうだな、いいだろう、オレもアオちゃんの魔法には興味があるから一緒させてもらえるのならば同行を許可しよう。
 それからふたりには狩った獲物を運ぶのも手伝ってもらうぞ。どうせ朝の水汲みはゆまはに任せたのだろう? ならば代わりに狩りで働いてもらうからな」

 その辺りは言われなくっても手伝う気だったので大丈夫。僕らはピッグマンさんを先頭に森の中を進んだ。

 先ずはピッグマンさんの仕事を手伝う。罠には大型の猪に似た幻獣、ミンキラウワが掛かっていた。

 ピッグマンさんが手にした槍でイノシシモドキの首元をひと突き、動かなくなったのを確認し罠から外し持っていた縄でイノシシモドキの後ろ脚を括ると傍に生えていた樹の枝に縄を引っ掻けて思いっきり引っ張った。

 「さぁ、後は頼むぞ」

 ピッグマンさんの声にうながされて僕は手にしていたナイフをイノシシモドキの首にあてがい素早く引く。
 すると驚く程に大量の血液が僕の付けた傷口から流れ出した。

 ここからは時間との勝負だ、獲物の解体は速ければ速いほど鮮度が保たれる。

 血液の流れが留まる前に僕は首の周りの肉を割き捻るように頭をもぎ取る。次いで腹に真っ直ぐ刃を入れて分厚い毛皮を剥いでゆく。腹を割り内蔵を取り出して肉を部位ごとに分けてゆく。
 この集落に来てから覚えた解体の技術、最初は臭いに気持ちが悪くなったりもしたけれどもう慣れたものだ。
 この世界では解体が出来なければ生きていけない。僕らの世界の様に必ずお肉がお店で売っている訳じゃないんだ。

 僕が解体に勤しんでいる間にピッグマンさんはイノシシモドキの怪力に壊されかけた罠を回収し修理、再び罠を仕掛けている。
 
 アオちゃんは近くの川まで僕が取り出したイノシシモドキの内蔵を運んでそこで洗っている。アオちゃんだって可愛いだけじゃなくってちゃんと仕事をするんだ。

 解体が済み罠も仕掛け終わると足の早い肝臓レバーなどの部位を薄くスライスして焚き火の火で炙って朝食だ。
 何時もの朝ごはんよりもちょっと贅沢な食事は危険な狩りに赴いた狩人の特権だ。

 生は怖いのですこしだけ焦がし気味に炙った肝臓レバーを口にすれば溢れ出る滋味が舌を痺れさせる。僕らが暮らしていた世界ではごく少数のヒトだけが味わえる美味しさだ。
 僕はこの世界に来てから初めて命を奪ってそれを口にするって事の意味がわかった気がする。

 じいちゃんとばあちゃんが野菜を作っているからさ、食べ物を粗末にしたらいけないってのは漫然とわかっているつもりだったけれどさ、食べるってのは他の命を奪ってそれを吸収するって意味なんだよね。
 ……うーん、うまく言える自信ないけれどさ、その奪った命の分だけ報いる? いや、ちがうな、その命を奪われた相手が「こんなヤツに殺されたのか」って思われない生き方をしなきゃいけないって事?
 やっぱり言葉にはし難いけどつまるところ『お残しは許しませんえ』って事になるのかな?

 「それじゃぁここら辺ならば集落に影響もまず無いだろうし、その『アオちゃんの新しい魔法』ってののお披露目をしようか」

 朝食を終えて満腹感を感じながら待ったりとしているとピッグマンさんが立ち上がってそう宣言した。

 そうだったそうだった、豪勢な朝ごはんに満足してすっかり忘れちゃっていたけれど、今日はその為にピッグマンさんに付いてきたんだっけ。
 なんとなく遠足気分でまったりモードだったよ。

 「キュッ? キュイッ!」

 アオちゃんも僕同様忘れていたみたいだけれど、ピッグマンさんの声に本来の目的を思い出してその場でビッと手をあげた。

 満腹で気力も充分なアオちゃんは目を閉じて集中する。

 両手を顔の前で合わせてそれを上下に、シャノンと訓練中なんども繰り返した動作だ。

 「キュ~、キュ~、キュ~」

 掛け声に合わせてアオちゃんの身体が青い光を帯びてその光が珠になってポロポロとアオちゃんから転がり落ちてゆく。
 アオちゃんの身体から放れた光はだけど、消えずにその場に留まって微かな明滅を繰り返す。

 「キュ~、キュ~、キュ~、キュッ、キュエエェェェ~~ーーーーーッ!!」

 アオちゃんの身体から放れた光の珠が一〇個程になった頃、アオちゃんは今までにない鳴き声を響かせた。

 すると青い光の珠がぐんにゃりと姿を変え出した。

 楕円になったり珠に戻ったり、と思うと三角錐を形作ったり、なんだか自分の理想とする形を探して試行錯誤を繰り返しているみたいだ。

 アオちゃんは不思議な踊りも鳴くのも止めてじっと一〇の珠が形を成すのを見守っている。

 どうやらここから先はアオちゃんの力ではなく珠に込められた魔素マナが頼りみたいだ。

 「ガンバれっ! ガンバれっ!」

 一生懸命に形を成そうとする珠はなんだか卵の殻を割って産まれようとする雛鳥にも見えて僕は知らず拳を握って珠たちを応援していた。
 
 「キュッ! キュッ!」

 「頑張れっ! 頑張れっ!」

 アオちゃんとピッグマンさんも珠たちを見つめて真剣な表情をして応援をしている。

 僕らの応援が功をそうしたのだろうか、不意に珠のひとつが歪な円柱の姿をとり、そこから手足っぽい細いモノを生やし立ち上がった。

 ひとつが形を定めると他の珠も「あっ! その形だったっけ」って感じで次々と同じ姿をとる。

 「あ! これって」

 思わず叫ぶ。僕は知っている。知っている形だ。

 ようやく形の定まった珠だったモノはそろって真ん円い目っぽい部分を僕たちに向けて一斉に手をあげた。

 「やぁこんにちは、はじめまして」って事だろう。

 僕はそれに応える様に手をあげた。

 「やぁ、ひさしぶりだね」

 そう、ひさしぶりだ。

 それはまだ僕とアオちゃんが元の世界では夏を満喫していた頃、エミおばさんの家のガレージでアオちゃんが見つけた宝物、金色のライターのロボットの姿をしていたんだ。
 

 
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