夏と竜

sweet☆肉便器

文字の大きさ
127 / 135

余話3 虎之介とチルチル

しおりを挟む
 「ふぅん、コレで魚を誘き寄せて棘に引っ掛けて捕まえるの!?」

 チルチルと名乗ったマーメイドがオレが投げたメタルジグを指先で弄びながら訊ねる。

 「まぁな」

 「面倒な手順を踏むのねぇ、魚なんて泳いで手掴みで簡単に捕らえられるじゃない」

 「そりゃぁ竿で釣るよりももっとたくさん一挙に魚を手に入れる方法だってあるけどさ、竿で魚とやり取りしたりとかが面白いんじゃん。効率よりも楽しさにオレは重要視したいんだよ。面倒さだって楽しむのが趣味ってヤツだろ!?」

 「趣味ねぇ。そんなに楽しい事だって言うんならアタシにやらせてみせなさいよ」

 なんてワガママなオンナだ。面倒だの何だのと文句ばっかり言ってくるクセにその面倒事をやりたがったりする。
 どうせ二、三回やってみれば飽きてしまうだろう。そう思いつつオレはチルチルにメタルジグの投げ方をレクチャーする。
 釣りは楽しいけれども絶対安全ってワケじゃない。岩場ならば高波に浚われたり、岩に滑って海に落ちてしまったり、針が身体に刺さったりと危険もいっぱいだ。

 チルチルはマーメイドだから高波やら落水やらは心配していないが、針の扱いに関してだけは信用がおけない。さっきから弄んでいるメタルジグだって鋭い針が付いているのに不用心に過ぎる。

 だからオレは懇切丁寧にリールの取り扱いから竿の投げ方。針の付いた竿先をヒトに向けないよう説明を繰り返した。

 「もう、うるさいわねっ! しつこいわよアンタッ。要はヒトに当てたりとかするなって事でしょっ!? わかっているってのっ!」

 「あとコイツを掛けろ」

 不快そうに眉をしかめつつ直ぐ様竿を振ろうと逸るチルチル。オレは最後の忠告とばかりに自分の掛けていたサングラスを外してチルチルのヤツに掛けてやった。

 「視界が暗くなって不便だろうけど我慢しろ、万が一眼にジグが当たりでもしたら失明だってあり得るんだ。ルアーフィッシングをやるんだったらサングラスは絶対のマナーのひとつだ」

 「ふぅん、サン、グラスって言うのコレ!? 別に多少暗くなったって不便なんかじゃないけど…… 目の前が暗くなってちょっと楽しいわねコレ」

 チルチルは何度もサングラスを着けたり外したりして視界の変化を楽しんでいる。

 本当だったら針が肌に刺さらない様に着ている服も長袖だったりってのが好ましいんだが、オレ自身が面倒がって膝丈のカーゴパンツにランニングシャツだから黙っていよう。

 ちなみにチルチルのヤツの着ている服は白のチューブトップって言うんか? 水着に腰に巻かれた金装飾のアクセサリーと小さなナイフくらいだ。

 正直かわいい子だと思う。
 赤味かかった金の髪は波打つ様だし、肌もきめ細かくてシミひとつない。
 眼もクリッと大きめなアーモンド型、顔もかなり整っていて朝日に照らされながら遠くを見つめている様子は絵画みたいだ。

 「って、いやいやいやいやいやいやいやいや。オレの好みはケモ耳少女ですからっ。ツン十割の魚類はお呼びじゃないからっ」

 「はい? なにを言ってるの? 突然発狂とかしないでよ。ちょっとトラノスケ、アンタ怖いわよ?」

 「ハッキョーなんかしてねぇよ。ちょっと堪えきれない心の叫びが表に出ちゃっただけだから気にすんな」

 オレはくだらない話を切り上げて竿の投げ方についてレクチャーを続ける。糸が出ないようにして数度竿を前後に振らせてみる。
 グリップの握る位置、糸に指を掛け放すタイミング、スイングでジグが竿に負担を掛けしなる様子、
しなりを利用してジグを遠くまで投げる感覚などを教えた後に実際にキャスティングをチルチルにさせてみる。

 「やーーーーーーーーッッ!!」

 チルチルのかけ声とともにメタルジグが弧を描いて宙を跳んでゆく。距離としては充分魚が喰ってくれる距離だ。

 「着水したらベールを戻す」

 「うっさいわね、今やろうと思ったいたところでしょっ」

 いや、絶対ソレ忘れてたヤツだろ。オレも親に注意された時口にするセリフだからわかるんだ。

 ベールを戻してゆっくりとリールのハンドルを回す。眼では確認できないけれどもメタルジグは水中をフラフラと頼りなく尻を振って泳いでいるハズだ。
 この『頼りなく』ってのが重要なんだ。エサであるメタルジグがギュンギュンと元気に泳いでいるのならばそれを捕らえようとする魚も「このエサは元気過ぎて捕まえるのに苦労しそうだ」って二の足を踏むだろう。
 だから弱ってヨタヨタと頼りなく泳ぐ小魚を演出するんだ。

 ……ってな事をハンドルを回すチルチルに言ってみたけれど、ヤツは邪険そうにうなずいただけで返事もしやしない。
 けれどもオレの言葉は聞こえていた様でハンドルの回転が若干遅くなったのを感じた。

 「えっ!? ちょっ、コレ、えっ!?? なんか引いているんだけどっーーーーーーーーーーーー!??」

 「お、釣れたな。オメデトさん」

 「『お、釣れたな』じゃないわよっ! どーすんのよコレッ!? スッゴい引っ張られるのよっ!」

 「いや、普通にハンドル回して魚こっちに寄せるんだよ」

 「やってるわよっ! チョーやってるわよっ!!」

 夢中になってて魚が釣れた場合の対処法は忘れていてリールの巻き方も我夢捨羅だ。けれども何とか魚は寄ってくる針が唇から外れる『バラシ』の様子もない。
 オレは魚がこっちに寄ってくる様子を見て傍らに置いていたネットを手にする。
 伸縮式の柄を延ばして海面にネットの先を入れ、魚をネットに寄せるようチルチルを誘導する。

 「ハンドル回すのは止めていい。こっち魚寄せて」

 「よ、よせる!? どーやってよバカッ!??」

 え!? 最後の「バカッ!??」って要る? オレはネットを構えている手と反対の手をチルチルの握っている竿にのばす。
 体勢的にチルチルを抱える様な形になる。
 お互いに薄着だったせいで肌と肌が直接くっつく。予想していた魚っぽいヌメリは感じなかった。その代わりにやわらか………いや、いやいやいやいやいやいやいやいや。

 「こ、こう、ゆっくりと竿を上にあげてくんだ。そう、その体勢を維持して」

 「わっ、わかった。上に、ゆっくりと上に……」

 魚が水面に現れたタイミングでオレはネットを魚の下に潜らせてネットの中に捕らえ引き揚げる。

 手早くフィッシュグリップで唇を掴み反対の手にペンチを握り刺さっていた針を外す。
 
 「ホレ、オマエの釣った魚だ」

 網から出した魚をフィッシュグリップごとチルチルの前に差し出す。けれど彼女は何だか呆然としながら自分の釣った魚を見つめるだけで「あー」とか「うん」とか頼りない反応しかしめさない。

 オレはチルチルがまだ握っていた竿を引ったくる様に離させると代わりに魚の付いたフィッシュグリップを握らせた。
 握らせてから「もしかして生きている魚とかキモチワルイ」って言うタイプか? とか思ったけれど、コイツマーメイドなんだよな。おんなじ魚類だし。

 フィッシュグリップを掴んでまじまじと自分の釣った魚を見る。

 「コレ、アタシが捕ったの?」

 「ああ」

 「スゴいわっ! この魚素早くってなかなか捕まえられないって姉様たちも苦労していたのに!」

 はっ? 素早くってなかなか捕まえられなくって苦労している? コイツ最初自分たちはサイキョーの海の種族マーメイドって言ってなかったか? 弱々じゃないか??
 なんか知らんがスゲー感動してて眼なんかキラッキラしてるんだが。

 ちなみに釣れた魚はカンパチだった。確かにヤツは回遊魚で泳ぐのが速い魚ではあるんだが、マーメイドはカンパチよりも泳ぐのが遅いのか? って思ったが、よく考えてみるとマーメイドってのは下半身だけ魚なんだよな、上半身ヒトだったら流線形の回遊魚には敵わんか。

 ……とかひとりで納得していたらチルチルのヤツは自分の釣った魚をオレのクーラーボックスに放り込んで二投目を勝手に始めていた。

 なんで? 一回釣れたら満足してくれるんじゃないの?? 魚なんか手掴みで簡単に捕らえられるんじゃなかったのか???
 ってかコイツ回遊魚を捕まえるのに苦労しているんだっけ。

 結局チルチルのヤツは太陽が完全に昇りきるまで竿を放さず、通算八匹の魚を釣りあげた。その度にオレはネットを使い、針も外させられた。
 自分でやれよ。

 太陽が昇ればバイトの時間が来る。チルチルのヤツはてっきり「まだやる」って駄々をこねるかと思ったんだがか
「しかたないわね」っておとなしく竿を置いた。

 釣った魚は一匹だけオレが貰って残りはチルチルが持っていくことになった。
 オレの家はオヤジとオフクロとバァチャンとオレの四人だけだし、オヤジは漁師なんだからいらねぇっ、チルチルが全部持っていけって言ったんだけど。

 「それじゃあアタシがトラノスケから奪ったみたいでカッコ悪いじゃない。マーメイドはドロボウじゃないのよっ! 少なくとも半分は持ってってもらわないと格好がつかないわっ」

 ってのを言いくるめて一対七にしてもらった。

 まぁこーゆーところは律儀で義理堅いヤツだと思う。

 帰り支度を終えあいさつをしようと振り返ったオレにチルチルのヤツは海間から顔を出してこう言った。

 「それじゃあ明日も今日とおなじ時間でね! 待ってるわトラノスケ」

 「………………………」

 律儀で義理堅いけれどもそれ以上に自分勝手なヤツだった。
 マーメイドってのはみんなこうなのか?












 ちなみにチルチルの持って帰った魚は姉達に大好評だったらしい。
 
 

 
 

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...