うつしよの波 ~波およぎ兼光異伝~

春疾風

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関ヶ原の章

第十八話 天下人の刀

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 時を一旦、九月二十日まで戻す。
 九月十八日に佐和山城は落城。その報告を受けた家康は、ほんの数日前まで京極高次と宗茂・秀包らの軍勢が争っていた大津城にこの日到着した。家康はこれより暫し大津城に留まっている。この時点で輝元は依然として大坂城におり、その全面対決となる事を危ぶんだ為やも知れない。
 大津城の家康の元へは京より幾人もの公家衆やその使いが出迎えに訪れていた。即ち、公家ら朝廷の者達も家康に正当性は在ると判断した事になる。
 しかし、家康の胸中には安堵より焦燥が去来していた。
 十八日に佐和山城を落城させた秀秋は、翌十九日には急く様に京へと入っていた。おねを見舞う為である。そして翌日のこの公家衆の歓待。
 儂はあの男に乗せられておるのではないか。家康にその疑念を拭い去る事は終ぞ出来なかった。

 そして九月二十二日。この日、捕縛された石田三成が大津城へ移送される。
 大津城の矢倉の一室。三成は座敷に座していた。後ろ手に縛られ、脇には帯刀した番の者が侍っている。
 そして。一人の男が三成の前に立っていた。
「筑前……中納言っ!」
 三成が睨みつける様に男――小早川秀秋の顔を見上げた。
「此度の戦では御無念に御座いましたね。石田治部少輔三成殿」
 羽織を翻し、秀秋がその場に坐した。二人の視線が交差する。
「俺は未だ諦めてはおらぬ。諦める訳にはいかぬのだ」
 三成は身を乗り出すが、傍らの番に制され元の場所に居直った。
 思い返せば、この男と面と向かってこの様に言葉を交わすのは初めてであった気がする。
 三成の険しい表情を見、秀秋はそう考えていた。
「何が三成殿を其処まで駆り立てるのです」
 秀秋はかねてよりの疑問を三成へと問う。数多の民を巻き込んでまで、この男は何を為したかったのか。大方、想像はついていた。だが、三成の口からその答えを聞きたかったのだ。
「全ては豊家の為」
「私も豊家の為、いえ、『秀頼様の為』に三成殿と刃を交えました。志を同じくするのであれば共に歩めた筈。しかしながら、道を違えた私達の間には決定的な違いが有ったのではないでしょうか」
 三成は鼻からゆっくりと息を吐き、口を開いた。
「俺は、殿下の――秀吉様の築き上げてきたもの、『豊家の天下』を守りたいのだ。故に、徳川の天下を許す訳にはいかぬ」
 やはりそうだったか。秀秋の中で全ての合点が行った。だからこそ、この男はああ言った・・・・・のだ。
「それ故に蔚山城の一件で私が殿下よりお叱りを受けたあの時、三成殿は自身と長堯殿の讒言だと仰ったのですよね。私に殿下を憎ませまいと」
 三成の目が見開かれる。
「違う! あれは……」
 三成が否定の言葉を叫ぶ。しかし三成にはそれに続く合理的な理由を述べる事が出来なかった。元より、あの場で咄嗟に吐いた言なのだ。
「それに、関白様の事も」
「その先を言うな!」
 三成は激昂した。しかし、秀秋は気にも留めなかった様に続ける。義兄の名誉に掛けて、これだけは伝えねばならなかった。
「関白様の死、謀叛人としての断罪、妻子の処断、三成殿の独断ではありませんね」
「否、俺の決めた事だ。殿下の口からはその様な命は下されていない!」
 秀秋はかぶりを振った。
「いいえ。三成殿の望む『豊家の天下』を保つ為には本来、関白様を失ってはならなかった。天下を静謐に保ち、秀頼様へ委譲させねばならなかった。しかし、関白様は自刃された」
 秀秋が握った拳を膝に押し当てる。その拳は僅かに震えている。
「故に、貴方は『豊家の天下』の為に関白様を……秀次義兄上を謀叛人に仕立て上げた」
 眉間に皺が寄る。握り締めた掌にはじとりと汗が滲んでいた。
「なれば、秀秋殿。俺を憎め。俺はまだ再起を諦めた訳ではない。だが、万一このまま刑死する事が有らば、俺は豊家の奸臣として逝く気でいる。皆をそそのかし戦を起こしたのだと」
 三成の瞳は澄んでいた。
「……三成殿はずっと、そうして来たのですよね。殿下を憎むな、豊家を憎むな、俺を憎めと」
 秀秋が己の拳を見る様に俯く。三成は押し黙っていた。
「私は嫌なのです。全ての責を負うべき悪人を作る等と言う事は。それでは、秀次義兄上への仕打ちをうけがう事になるではないですか」
 秀秋が顔を上げる。二人の目が合う。
 ――辛いぞ、苦しいぞ、悲しいぞ。憎んで、壊してしまった方が余程楽だ。
 そう言ったのは己であったか、誰であったか。しかし、それでも私は誓ったのだ。例え憎しみを抱きながらでも、護り抜くと。
「三成殿は、貴方は。貴方の想いを掛け戦い抜いた。それは、それだけは私は認めたいのです」
 三成の頬に一筋の涙が伝う。
 それは、自身を理解された事への喜びか。其れとも自身の行いを否定されたことへの無念か。或いはその両者がない交ぜとなった涙であった。
「秀頼様の事は私が身命を賭してお守りいたします。そして、三成殿。貴方の臣が路頭に迷わぬ様、必ず私が取り計らいます」
 三成は俯き、微かな声で呟いた。
「……お頼み申す」
 顎を伝い落ちた涙が、畳を濡らしていた。

 十月一日。捕縛された石田三成・安国寺恵瓊・小西行長の三名は六条河原にて斬首された。
 その翌日、十月二日。
「ふざけるなよ長政。約定と違うだろうが!」
 吉川広家は大坂城下の屋敷を訪れた黒田長政の言に、思わず詰め寄っていた。荒々しい言葉遣いがその余裕の無さを感じさせる。
「と、言われましてもね。約定には『輝元殿が否応無しに担ぎあげられた』場合のみと有ります。大坂城で発見されたこの輝元殿の花押入り連判状……積極的に介入していた事は確か。改易は免れませんね」
 長政は呆れる様に溜息を吐いた。
「毛利を潰したい徳川の詭弁だろ」
「ああ、御心配無く広家殿。広家殿の此度の働きは確か。吉川家に周防・長門二ヶ国をと交渉中ですから」
 睨みつける広家を他所に、長政はにこやかに笑んで言い放った。
「働きだと。俺は最初から毛利の為だけに動いている! それを……俺だけが生き残り何の意味が有る!」
 その広家の言に、長政は不意に冷徹な視線を寄越す。
「毛利家を助けようとなさる事は広家殿の為に成りませんよ」
 広家の内にふつふつと怒りが湧き上がる。ならば、ならばあの坊主めは何のために死んだと言うのだ。
 関ヶ原の合戦の直後、恵瓊は広家の陣所に舞い戻った。そして、言ったのだ。
 ――毛利本家が徳川と講和なさるお積もりならば、この愚僧、喜んで腹を切りましょうぞ。
 恵瓊とて毛利を潰したいのでは無かった。故に、完全に勝利の芽が断たれたその時、恵瓊は尤も効果的な方策を取ったのである。
 全て己が輝元を唆した故の事とし、和議を為すと。
 だが、広家はそれを良しとしなかった。確かに、毛利の安泰のみを考えれば採るべき手段ではあった。だが――如何どうしてか、否、或いは己の矜持がそれを拒否させた。
 つまり、広家は恵瓊を逃がしたのである。
 しかし。結局恵瓊は捕縛され、恵瓊は己の目論見通り全ての罪を被って死んでいった。
 故に、広家は恵瓊の為にも、是が非でも毛利の安泰を勝ち取らねばならなかったのである。
「構わん。その心算であれば俺が拝領する予定だった周防・長門二ヶ国を毛利家にやってくれ。俺は改易でいい」
 広家の言に暫し口をつぐんでいた長政だったが、不意に口を弓形に上げた。
「ならば毛利家に周防・長門二ヶ国。その様に取り計らいましょう」
 広家は刹那、言葉を失う。諸将の領地を差配する、その様な権限がこの男に有る筈が無い。毛利は初めから二ヶ国に減封予定であったのだ。この男は恐らく、己がどう返答するか分かっていて話を切り出したに違いない。
「長政……嵌めやがったな」
「何の事でしょう。広家殿の目算通りではありませんか」
 膝を立てて長政に詰め寄ろうとしていた広家であったが、長政の飄々とした態度に無為を悟り、どっかと腰を落とし胡坐を掻いた。
「御理解頂けたのならば、徳川と毛利の取次、宜しくお願い致しますよ」
「……俺の目の黒い内はな」
 長政は瞑目し、そう言って自身を睨みつける広家に深く頷いた。
「それで充分です。お気遣い痛み入ります」

 十月十五日。家康は豊臣秀頼とその生母・茶々により大坂城本丸へ招かれる。此度の戦の功労を謝す――その様な名目での宴席であった。
 この席で、家康は茶々より盃を下される。家康はなみなみと酒の注がれたその盃を感慨深げに眺めていた。
「家康殿」
 下座に座る秀秋が家康に声を掛ける。
「おお、秀秋殿。この家康が飲み干しましたら盃を回しましょうぞ。真に此度の秀秋殿の働きには感服する次第」
 家康の世辞に、秀秋はふふ、と微笑んだ。
「いえ、私が盃を貰うにはまだ早う御座います。秀頼様」
 秀秋が上座の秀頼に優しげに声を掛ける。秀頼は少し緊張しているのか、些か強張っていた。
御祖父様・・・・より盃を頂くのが宜しいかと存じます」
「は、はい。義兄上」
 その言に、家康は盃を取り落としそうになった。盃という物は、上の者から下の者へと回されるのが原則である。秀吉の正室・おねから下される盃を側室である茶々と京極竜子が奪い合った、とされる話も此処から来ている。
「秀秋殿、それは」
 秀秋がその作法を知らぬ筈が無い。「秀頼の祖父」として盃を回そうとさせた事がその何よりの証明である。秀頼の正室となる千姫は家康の実孫。故に、家康は秀頼の義理の祖父となる。確かに、その意味では目上に当たる。
「どうされました。官位でも家康殿は秀頼様より上に居らっしゃる筈。何か固辞する理由でも御有りなのでしょうか」
 白々しい、と家康は思う。眼前のこの男は、その「官位」を覆した張本人なのだ。天正十五年(一五八七年)の聚楽第行幸で秀秋は諸大名の誓詞を秀吉の代わりに受け取り、その翌年には秀吉の座していた最上位の座に座っていた。無論、その席は官位では秀秋より上であった家康よりも上座なのである。
 そして今も、秀頼は家康より上座に坐している。
「秀秋殿、そなたは……」
 豊家を売り渡そうとしておるのか、と続けそうになり、思わず口を噤む。否、この男は己に語ったではないか。ただ秀頼を、豊家を守る事が望みだと。加えて、この所業に茶々すらも反論しない。大方、既に話は付いているのだろう。
 盃を回すべきである。理性ではそう告げている。しかし、手は痺れた様に動かない。
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 難波のことも 夢のまた夢」
 秀秋の声が凛と響いた。聞き覚えのあるその歌は、秀吉の辞世であった。
「殿下は、良き夢を見れたのだと思います」
 優しげに瞑目しそう言うと、秀秋は目を開き、真直ぐに家康を見据えた。
「ですが。夢は、いつか覚めねばなりません」
 家康が手にした盃に目を落とす。
 そうか。なれば。飲み干してやろうではないか。――天下を。
「頂きましょうぞ」 
 家康は盃の中身を一息に飲み干した。

 この十月十五日は諸将の論功行賞の日でもあった。
 毛利家は結局、周防・長門二ヶ国への減封と落ち着く。広家は、その内より岩国を領する事となった。一二〇万石より三七万石への減封。この減封は大きな軋轢を生む事になる。
 そして秀秋は、筑前三六万石より備前・美作四〇万石へ転封となる。備前・美作の拝領は関ヶ原の合戦の後、予てより秀秋が要請していた土地である。
 確かに、備前・美作を領していた宇喜多秀家が生死不明となっていた今、早期に領主を必要とする地ではあった。
 しかし、良手でも相手に乞われれば悪手に成りうる。加えて、石高の増加は微々たるものに留まっている。家康は思案したが、代わりに備前・美作を治めるべき人材も無い。秀家と同じく秀吉の元で育った秀秋が継ぐ事が最も軋轢を生まない。結果的に、家康はこれを了承した。
 秀秋はこの地で、改易され浪人となっていた諸将の家臣を多く召し抱える事となる。大谷吉継の家臣・津田三丞、小西行長の家臣・河野又右衛門尉、そして石田三成の家臣・村上久助などもまた、秀秋に召し抱えられる事となる。
 そして十二月十九日。豊臣秀次の死去以来、空位となっていた関白の座に公家・九条兼孝が就く。かくして、関白は公家のものと帰する事となる。
 年が明けた慶長六年(一六〇一年)一月四日には、秀頼の名代として秀秋は亡き秀吉を祀る豊国社へ赴いている。
 秀秋は、豊家の為動き続けていた。

 その年の三月。家康は大坂城へ呼び出されていた。
 応接間に秀秋と家康が座している。秀秋は恭しく頭を下げ、三方に乗せた一振りの刀を家康へ差しだした。
「宗左左文字――いえ、家康殿には『義元左文字』と称した方が宜しいでしょうか。どうぞ、お受け取りください」
 家康が息を呑む。確かに家康はあの時、天下を飲み干してやろうと決めた。だが、その場の座興と言っても通らぬたぐいの物では無い。しかしこれは、明らかに性質の異なる物であった。
 宗三左文字。所持者である三好政長が隠居し「宗三」と号していたことからそう呼ばれていたこの刀は、後に今川義元が所持する事となる。そして、桶狭間の戦いに於いて義元が腰に帯びていたこの刀は、彼を屠った織田信長の手に渡る事となる。信長はこの刀を「義元左文字」と呼び愛蔵したが、本能寺の変によりその手を離れ、秀吉の手に渡る事となる。
 即ち、今川義元、織田信長、豊臣秀吉という天下人の手を渡ってきた刀。天下人の象徴――それが宗三左文字という刀であった。
「本当に、儂が拝領しても宜しいのですな」
 刀を贈る、という行為はただ物を贈る以上のものを内包している。豊臣秀吉から小早川秀秋への波およぎ兼光・岡山藤四郎・安宅貞宗、毛利輝元から徳川家康への毛利藤四郎、石田三成から福原長堯への日向正宗――これまで行われてきたこれらの譲渡にはそれぞれ明確な『意味』が有った。
 即ち、この宗三左文字を贈ると言う行為は明確な形での「天下の譲渡」を意味していた。
「はい。御受け取り下さいませ」
 豊家の生き残る為の方策は、徳川政権下で一大名家として残ること。予てよりそう思って私は動いてきた。
 頭を垂れ宗三左文字を受け取る家康を見やりながら、秀秋は唯その事のみを考えていた。
 ――だが、家康殿。天下は譲ろうとも、貴方に豊家を潰させはしない。小早川家のある限り。
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