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第二章 お役目
第二章 お役目
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あの二人は本当に神様の使いだったのだとリーシャは思う。
露店商を生業にしているからには、旅から旅への根無し草。旅の間のトラブルは日常茶飯なものだ。けれど、今回は今まで遭遇したどれよりも厳しいものだった。
「やっ、やだ。こっ、こないで、こないでよ!」
その手に握る樫の木の棒は、リーシャの唯一の武器。だが、それが気休め以外の何物でもないことは、彼女自身が一番分かっている。
身を守る方法はいささか身につけているが、それは相手が人間の場合のもの。今、眼前に迫ってくるのは、人ではない獣。狼の群れなのだから。
「あっ、あああ……」
ガタガタと身体が震える。
リーシャだけではなく、他の五人の仲間たちもそれは同じだった。
馬が襲われた際に横転した馬車を囲むように、少女達は武器を手に取り応戦の構えを取ったが、それが彼我の戦力差を埋められないことは明らかだった。
辺りには、狼に噛み殺された二頭の馬の血の臭いが立ち込める。その悪臭と恐怖に精神が磨耗し、限界を迎えた少女の一人が、悲鳴のような怒声を上げて手近な狼に攻撃を仕掛けた。
「こっ、このっ、この!」
仲間の少女――カリアが、樫の棒をそいつらに向かって何度も振り回す。だが、それは全て空を切るだけ。否、それだけではすまなかった。後方に避ける狼に攻撃を仕掛けるうちに、カリアは仲間たちから僅かに離れてしまう。そこを見逃す狼たちではない。
「……なにっ? いっ、いやぁぁぁっ。痛い、痛い!」
右足に違和感を覚えた次の瞬間、強烈な痛みを感じ、カリアは悲鳴を上げる。一匹の狼が彼女の足に噛りついたのだ。
「あっ、ああああっ! いやだ、助けて! あっ、あああああっ!」
続けざまに二匹の狼がカリアの左右の足に喰い付き、次にはもう一匹の狼が彼女に飛び掛かった。
重量のある物体に飛び掛られたカリアは、そのまま硬い地面に背中から叩きつけられる。
「カリア!」
恐怖で身体の動かないリーシャたちに出来たのは、これから狼の餌食になる少女の名前を呼ぶことだけだった。
「ぐっ! かはぁっ!」
背中を痛打し、激しい痛みに息を吐き出したカリアの目に映ったのは、自分に馬乗りになり、柔らかそうな腹部めがけて齧りつこうとする狼の姿。
「あっ、ああ……。いっ、いやぁぁぁぁっ、やめてぇぇぇっ!」
悲鳴の大きさとは正反対に、身体はまったく動かない。
狼が口を開ける。その口元からは汚い唾液がカリアの腹部に垂れ落ちる。そしてその部分に狼がかじりつこうとした瞬間だった。
「えっ……」
牙をカリアの腹部に突き刺すことなく、狼の身体が宙を舞ったのは。
狼はそのまま地面に落下し、僅かに身体を震わせた後に、完全に動かなくなった。
リーシャ達も、そしてその他の狼たちも呆然と事切れた狼に目を奪われる。その僅かの間に、再びそれは起きた。
次々に狼たちの身体が宙を舞い、先ほどの狼と同じ結末をたどっていく。
「……光の……球?」
リーシャは、狼たちを吹き飛ばさんと高速で彼らに衝突する拳大の光り輝く球の存在に気づく。そして、おそらくはそれを操っているであろう一人の少女の姿に。
「…………」
その少女のあまりの美しさに、リーシャは言葉を失った。
金色の髪が舞い、少女が腕を一振りするたびに光の球が無慈悲な攻撃となって狼たちを屠る。だが、そのような凄惨な行為をしているにも拘らず、少女はそれでも美しかった。
「皆さん、今のうちに避難を!」
なんて凛とした美しい声だろう。そう思い、そして数瞬遅れて、リーシャは金色の髪の少女が言っていることを理解する。
「大丈夫です。この方のことは私に任せてください!」
いつの間にか、赤髪の少女が足に大怪我を負って動けないカリアの元に駆け寄っていた。
「……分かりました! みんな、急いで!」
リーシャは仲間たちに声をかけて、急いでその場を離れる。
「危ない!」
避難しながら、リーシャはまだ生き残っている狼二匹が、動けないカリアと彼女の額に手を当てて何かを呟いている赤髪の少女に襲い掛かるのを見た。
そのうち一匹は光の球に吹き飛ばされたが、もう一匹の牙は、狼に背を向けている赤髪の少女の白い首をめがけて襲い掛かる。
だが、その少女に牙が届く寸前で、バチン! と鈍い音がしたかと思うと、狼は壁にでも衝突したかのように目を回してその場に崩れ落ちた。
「……これって……魔法なの?」
仲間の誰かが呟くのを聞き、見たことはないが、彼女たちが使っているのが魔法と呼ばれるものだとリーシャも結論付けた。
そうでもしなければ不可思議な眼前の現象を説明できない。
「……終わったようですね」
全員の避難を確認して、より一層激しい攻撃で狼たちを倒した金色の髪の少女は、最後に残った狼数匹が逃げていったのを確認して、足早に赤髪の少女の下に駆け寄った。
「リナ、そちらの方の傷の具合はどうですか?」
「もう大丈夫です。治療は終わりました」
リナと呼ばれた赤髪の少女は、「もう痛みはないはずですよ」と優しい笑みをカリアに向ける。
「……痛くない……。傷も、血の痕もない……」
自分の身体を確認して、呆然とするカリア。
「ご苦労様でしたね、リナ。みなさん、他に怪我をされた方はいらっしゃいませんか?」
仲間の少女を労い、金色の髪の少女はリーシャたちに尋ねる。
だが、リーシャたちはその少女のあまりの美しさに見惚れてしまい、言葉を口にすることが出来なかった。
「……大丈夫のようですね」
無言であることを金色の髪の少女はそう判断をし、
「近くに、私達が乗ってきた乗合馬車が停まっています。皆さんがどちらに向かわれていたのかは存じ上げませんが、とりあえずそれに乗って近くの町に行くことにしませんか?」
そうリーシャたちに提案する。
「あっ……。はい。お願いします。……そっ、その、ありがとうございました!」
随分遅くなってしまったが、リーシャたちは金色の髪の少女と赤髪の少女に礼の言葉を口にする。
そして、皆が感謝の言葉を口にしているのを聞き、ようやく助かった実感が湧いたのか、カリアは赤髪の少女に抱きついて、涙を流しながら何度も礼の言葉を繰り返した。
その後、一番近くの町までの馬車での移動の中、リーシャは自分たちを助けてくれた二人の少女が、神に使えるシスターであることを知った。
そして、二人がカリスの街に向かおうとしていることも。
カリスの街。それを思い浮かべて、リーシャは一人の男性を思い出す。
どこか頼りなさそうな、でもとても優しそうで寂しそうなあの人。ユウヤという名の男性のことを。
だが、リーシャは知るよしもなかった。
この二人のシスターがユウヤに会うためにその街を訪れようとしていたことを。
彼女たちがユウヤに出会う切欠が、先日に自分たちが代行で行っていたくじ引きにあることを。
そして、それが何者かによって仕組まれたことだったということを……。
第二章 お役目
大好きだった。あの人は私の自慢だった。
でも、大嫌いになった。あの人は私を裏切ったから。
大好きだった。あの人は綺麗で、頭がよくて、私に優しくしてくれたから。
でも、大嫌いになった。あの人は醜くて、頭が悪くて、あの男の人にだけ優しいから。
大好きだった。あの人に似ているといわれるのが。
でも、大嫌いになった。
だって、思い知らされてしまうから……。
……私も、あの人と同じなのだと……。
「どうしたのよ、ファリア。せっかくの晴れ舞台でしょう?」
ルーアが薬の入った小物入れを手渡しがてらそう尋ねてくる。
事の当事者でもないのに浮かれている親友の言葉に、ファリアは小さく嘆息した。
「ルーア。何が晴れ舞台なものですか。お役目で一ヶ月ほど神殿を留守にするだけです」
そう言い、ファリアは荷物を入れた鞄を手に取る。毎日を過ごしてきたこの部屋とも少しの間お別れだ。
「とか何とかいいながら、期待しているんでしょう? お役目に出かけてそのまま帰ってきた人なんてほとんど居ないんだし。
ましてや、うちの神殿で一番見目麗しい才色兼備なシスター、ファリア様が殿方の目に留まらないわけがないでしょう」
そう含みのある笑みを浮かべるルーアに、ファリアはもう一度嘆息する。
「あなたは、もう少し慎みを覚えるべきだと私は思いますよ……」
「何を今更。長い付き合いでしょう、私達は。そんなことは言っても無駄なのは分かっているでしょうが」
自慢にならないことを堂々と言い切る親友に、ファリアはもうため息さえも出てこなかった。
「ほら、そんな顔しない、しない。旅の餞別にいいものをあげるから」
そう言ってルーアは少し大きめの紙袋を取り出し、それをファリアに手渡した。
「これは?」
「ふっふっふっ、良くぞ聞いてくれました! これはルーアさん特製のクッキーよ。しばらく私の美味しい料理が食べられないのは可愛そうだと思って、用意しといたのよ。
それに、今回のお役目はリスレ神殿のシスターも一緒なんでしょう? 仲良くなるには美味しいものを一緒に食べるのが一番よ」
満面の笑みを浮かべるルーアに、ファリアは苦笑する。
「まったく、あなたはすぐに食べ物に結びつけるのですね」
「当たり前でしょう。食は生きて行く上で何より大切なことだもの」
このヴェリス神殿で、料理好き、料理上手といえばルーアの名前が出ないことはない。少々悔しいが、こと料理においては彼女の腕には遠く及ばないことはファリアも良く理解している。
「ありがとう、ルーア。大切に頂かせてもらいます」
ファリアがそう感謝の言葉を述べ、紙袋を鞄にしまった直後だった。彼女がルーアに抱き締められたのは。
「いい、ファリア。あんたは頭がよくて、なんでも人並み以上に出来るわ。でもね、だからこそ気づかないことや見落としてしまうこともあると思うの」
「……ルーア……」
ファリアはルーアの身体が小刻みに震えていることに気づいた。
彼女の言葉ではないが、長い付き合いだ。お互いのことはよく分かっている。
ルーアはいつもどんなときでもみんなの前で元気に明るく振舞っているが、それは寂しがり屋であることの裏返しだということをファリアは知っている。
「まったく、少しは人を頼りなさいよ……。あんたはなんでも一人で片付けようとするところがある。私はそれが心配でたまらない。いつかそれが原因で壊れてしまうんじゃないか、取り返しの付かない失敗をしてしまうんじゃないかって、不安になるのよ……」
ルーアは更にきつくファリアを抱きしめた。
「ありがとう、ルーア。でも、少し大げさですよ。まるで今生の別れのようでしょう、それでは。先ほど言ったとおり、私は一ヶ月ほど神殿を留守にするだけ。またすぐに戻ってきます」
ファリアは優しくルーアに語り掛ける。気づかないうちに随分と心配をかけてしまっていた事を心の中で詫びながら。
「それと、私はいつも貴方を頼りにしていました。貴方がいてくれたおかげで、今の私があると思っています」
「……ふっ、ふふふ。そうよね。何でも完璧にこなすあんたでも、料理だけは私に敵わなかったもんね。みんなの羨望を受けるファリアさんにも弱点があったわけだ」
涙を拭って笑みを浮かべるルーアに、ファリアは口元を綻ばせる。
「あら、ルーア。『弱点』はひどくありませんか? 私は別に料理が苦手なわけではありませんよ。あなたが群を抜いているだけです」
拗ねたマネをして文句をいうファリア。だが、その目は笑っている。
「ひどくなんてな~い。こと料理に関しては、まだまだよ、あんたは」
「あらあら、厳しいですね」
そう言いながらも、ファリアは神に感謝していた。このような素敵な友人に、親友に巡り合わせてくれたことに。
本当に彼女が居てくれたから今の私がある。同年代の友人の中で、彼女だけが私を特別扱いしなかった。対等の立場で居てくれた。そして、私が敵わない存在でも居てくれた。
この上なく素晴らしい親友。私にはもったいないほど……。
「あはははっ、ごめんね、ファリア。なんか湿っぽいこと言っちゃって。私らしくなかったよね」
「いいえ、そんなことはありませんよ。……ありがとう、ルーア」
ファリアの心からの感謝の言葉に、ルーアは顔を真っ赤にした。
「いっ、いやだなぁ。やっ、やめてよ、まったく。あああっ、もう。馬鹿なこと言ってないで、あんたはいい男を捜してくればいいのよ。でも、内容は逐一私に教えなさいよ。たっぷり冷やかしてあげるから」
「……ルーア、私は神殿のお役目を果たすだけです。男性は関係ありません」
強い口調ではなかったが、ファリアはそう言い切った。
そう、まったく関係ない。たとえこれから訪ねるのが男性のところだとしても。お役目に出かけたシスターは、その際に伴侶を得ることが大半であったとしても……私はあの人とは違う。
「……馬鹿。どうして、その抱えているものを私に相談してくれないのよ……」
そう呟いた親友の言葉は、しかし、ファリアの耳に届いてはいなかった。
露店商を生業にしているからには、旅から旅への根無し草。旅の間のトラブルは日常茶飯なものだ。けれど、今回は今まで遭遇したどれよりも厳しいものだった。
「やっ、やだ。こっ、こないで、こないでよ!」
その手に握る樫の木の棒は、リーシャの唯一の武器。だが、それが気休め以外の何物でもないことは、彼女自身が一番分かっている。
身を守る方法はいささか身につけているが、それは相手が人間の場合のもの。今、眼前に迫ってくるのは、人ではない獣。狼の群れなのだから。
「あっ、あああ……」
ガタガタと身体が震える。
リーシャだけではなく、他の五人の仲間たちもそれは同じだった。
馬が襲われた際に横転した馬車を囲むように、少女達は武器を手に取り応戦の構えを取ったが、それが彼我の戦力差を埋められないことは明らかだった。
辺りには、狼に噛み殺された二頭の馬の血の臭いが立ち込める。その悪臭と恐怖に精神が磨耗し、限界を迎えた少女の一人が、悲鳴のような怒声を上げて手近な狼に攻撃を仕掛けた。
「こっ、このっ、この!」
仲間の少女――カリアが、樫の棒をそいつらに向かって何度も振り回す。だが、それは全て空を切るだけ。否、それだけではすまなかった。後方に避ける狼に攻撃を仕掛けるうちに、カリアは仲間たちから僅かに離れてしまう。そこを見逃す狼たちではない。
「……なにっ? いっ、いやぁぁぁっ。痛い、痛い!」
右足に違和感を覚えた次の瞬間、強烈な痛みを感じ、カリアは悲鳴を上げる。一匹の狼が彼女の足に噛りついたのだ。
「あっ、ああああっ! いやだ、助けて! あっ、あああああっ!」
続けざまに二匹の狼がカリアの左右の足に喰い付き、次にはもう一匹の狼が彼女に飛び掛かった。
重量のある物体に飛び掛られたカリアは、そのまま硬い地面に背中から叩きつけられる。
「カリア!」
恐怖で身体の動かないリーシャたちに出来たのは、これから狼の餌食になる少女の名前を呼ぶことだけだった。
「ぐっ! かはぁっ!」
背中を痛打し、激しい痛みに息を吐き出したカリアの目に映ったのは、自分に馬乗りになり、柔らかそうな腹部めがけて齧りつこうとする狼の姿。
「あっ、ああ……。いっ、いやぁぁぁぁっ、やめてぇぇぇっ!」
悲鳴の大きさとは正反対に、身体はまったく動かない。
狼が口を開ける。その口元からは汚い唾液がカリアの腹部に垂れ落ちる。そしてその部分に狼がかじりつこうとした瞬間だった。
「えっ……」
牙をカリアの腹部に突き刺すことなく、狼の身体が宙を舞ったのは。
狼はそのまま地面に落下し、僅かに身体を震わせた後に、完全に動かなくなった。
リーシャ達も、そしてその他の狼たちも呆然と事切れた狼に目を奪われる。その僅かの間に、再びそれは起きた。
次々に狼たちの身体が宙を舞い、先ほどの狼と同じ結末をたどっていく。
「……光の……球?」
リーシャは、狼たちを吹き飛ばさんと高速で彼らに衝突する拳大の光り輝く球の存在に気づく。そして、おそらくはそれを操っているであろう一人の少女の姿に。
「…………」
その少女のあまりの美しさに、リーシャは言葉を失った。
金色の髪が舞い、少女が腕を一振りするたびに光の球が無慈悲な攻撃となって狼たちを屠る。だが、そのような凄惨な行為をしているにも拘らず、少女はそれでも美しかった。
「皆さん、今のうちに避難を!」
なんて凛とした美しい声だろう。そう思い、そして数瞬遅れて、リーシャは金色の髪の少女が言っていることを理解する。
「大丈夫です。この方のことは私に任せてください!」
いつの間にか、赤髪の少女が足に大怪我を負って動けないカリアの元に駆け寄っていた。
「……分かりました! みんな、急いで!」
リーシャは仲間たちに声をかけて、急いでその場を離れる。
「危ない!」
避難しながら、リーシャはまだ生き残っている狼二匹が、動けないカリアと彼女の額に手を当てて何かを呟いている赤髪の少女に襲い掛かるのを見た。
そのうち一匹は光の球に吹き飛ばされたが、もう一匹の牙は、狼に背を向けている赤髪の少女の白い首をめがけて襲い掛かる。
だが、その少女に牙が届く寸前で、バチン! と鈍い音がしたかと思うと、狼は壁にでも衝突したかのように目を回してその場に崩れ落ちた。
「……これって……魔法なの?」
仲間の誰かが呟くのを聞き、見たことはないが、彼女たちが使っているのが魔法と呼ばれるものだとリーシャも結論付けた。
そうでもしなければ不可思議な眼前の現象を説明できない。
「……終わったようですね」
全員の避難を確認して、より一層激しい攻撃で狼たちを倒した金色の髪の少女は、最後に残った狼数匹が逃げていったのを確認して、足早に赤髪の少女の下に駆け寄った。
「リナ、そちらの方の傷の具合はどうですか?」
「もう大丈夫です。治療は終わりました」
リナと呼ばれた赤髪の少女は、「もう痛みはないはずですよ」と優しい笑みをカリアに向ける。
「……痛くない……。傷も、血の痕もない……」
自分の身体を確認して、呆然とするカリア。
「ご苦労様でしたね、リナ。みなさん、他に怪我をされた方はいらっしゃいませんか?」
仲間の少女を労い、金色の髪の少女はリーシャたちに尋ねる。
だが、リーシャたちはその少女のあまりの美しさに見惚れてしまい、言葉を口にすることが出来なかった。
「……大丈夫のようですね」
無言であることを金色の髪の少女はそう判断をし、
「近くに、私達が乗ってきた乗合馬車が停まっています。皆さんがどちらに向かわれていたのかは存じ上げませんが、とりあえずそれに乗って近くの町に行くことにしませんか?」
そうリーシャたちに提案する。
「あっ……。はい。お願いします。……そっ、その、ありがとうございました!」
随分遅くなってしまったが、リーシャたちは金色の髪の少女と赤髪の少女に礼の言葉を口にする。
そして、皆が感謝の言葉を口にしているのを聞き、ようやく助かった実感が湧いたのか、カリアは赤髪の少女に抱きついて、涙を流しながら何度も礼の言葉を繰り返した。
その後、一番近くの町までの馬車での移動の中、リーシャは自分たちを助けてくれた二人の少女が、神に使えるシスターであることを知った。
そして、二人がカリスの街に向かおうとしていることも。
カリスの街。それを思い浮かべて、リーシャは一人の男性を思い出す。
どこか頼りなさそうな、でもとても優しそうで寂しそうなあの人。ユウヤという名の男性のことを。
だが、リーシャは知るよしもなかった。
この二人のシスターがユウヤに会うためにその街を訪れようとしていたことを。
彼女たちがユウヤに出会う切欠が、先日に自分たちが代行で行っていたくじ引きにあることを。
そして、それが何者かによって仕組まれたことだったということを……。
第二章 お役目
大好きだった。あの人は私の自慢だった。
でも、大嫌いになった。あの人は私を裏切ったから。
大好きだった。あの人は綺麗で、頭がよくて、私に優しくしてくれたから。
でも、大嫌いになった。あの人は醜くて、頭が悪くて、あの男の人にだけ優しいから。
大好きだった。あの人に似ているといわれるのが。
でも、大嫌いになった。
だって、思い知らされてしまうから……。
……私も、あの人と同じなのだと……。
「どうしたのよ、ファリア。せっかくの晴れ舞台でしょう?」
ルーアが薬の入った小物入れを手渡しがてらそう尋ねてくる。
事の当事者でもないのに浮かれている親友の言葉に、ファリアは小さく嘆息した。
「ルーア。何が晴れ舞台なものですか。お役目で一ヶ月ほど神殿を留守にするだけです」
そう言い、ファリアは荷物を入れた鞄を手に取る。毎日を過ごしてきたこの部屋とも少しの間お別れだ。
「とか何とかいいながら、期待しているんでしょう? お役目に出かけてそのまま帰ってきた人なんてほとんど居ないんだし。
ましてや、うちの神殿で一番見目麗しい才色兼備なシスター、ファリア様が殿方の目に留まらないわけがないでしょう」
そう含みのある笑みを浮かべるルーアに、ファリアはもう一度嘆息する。
「あなたは、もう少し慎みを覚えるべきだと私は思いますよ……」
「何を今更。長い付き合いでしょう、私達は。そんなことは言っても無駄なのは分かっているでしょうが」
自慢にならないことを堂々と言い切る親友に、ファリアはもうため息さえも出てこなかった。
「ほら、そんな顔しない、しない。旅の餞別にいいものをあげるから」
そう言ってルーアは少し大きめの紙袋を取り出し、それをファリアに手渡した。
「これは?」
「ふっふっふっ、良くぞ聞いてくれました! これはルーアさん特製のクッキーよ。しばらく私の美味しい料理が食べられないのは可愛そうだと思って、用意しといたのよ。
それに、今回のお役目はリスレ神殿のシスターも一緒なんでしょう? 仲良くなるには美味しいものを一緒に食べるのが一番よ」
満面の笑みを浮かべるルーアに、ファリアは苦笑する。
「まったく、あなたはすぐに食べ物に結びつけるのですね」
「当たり前でしょう。食は生きて行く上で何より大切なことだもの」
このヴェリス神殿で、料理好き、料理上手といえばルーアの名前が出ないことはない。少々悔しいが、こと料理においては彼女の腕には遠く及ばないことはファリアも良く理解している。
「ありがとう、ルーア。大切に頂かせてもらいます」
ファリアがそう感謝の言葉を述べ、紙袋を鞄にしまった直後だった。彼女がルーアに抱き締められたのは。
「いい、ファリア。あんたは頭がよくて、なんでも人並み以上に出来るわ。でもね、だからこそ気づかないことや見落としてしまうこともあると思うの」
「……ルーア……」
ファリアはルーアの身体が小刻みに震えていることに気づいた。
彼女の言葉ではないが、長い付き合いだ。お互いのことはよく分かっている。
ルーアはいつもどんなときでもみんなの前で元気に明るく振舞っているが、それは寂しがり屋であることの裏返しだということをファリアは知っている。
「まったく、少しは人を頼りなさいよ……。あんたはなんでも一人で片付けようとするところがある。私はそれが心配でたまらない。いつかそれが原因で壊れてしまうんじゃないか、取り返しの付かない失敗をしてしまうんじゃないかって、不安になるのよ……」
ルーアは更にきつくファリアを抱きしめた。
「ありがとう、ルーア。でも、少し大げさですよ。まるで今生の別れのようでしょう、それでは。先ほど言ったとおり、私は一ヶ月ほど神殿を留守にするだけ。またすぐに戻ってきます」
ファリアは優しくルーアに語り掛ける。気づかないうちに随分と心配をかけてしまっていた事を心の中で詫びながら。
「それと、私はいつも貴方を頼りにしていました。貴方がいてくれたおかげで、今の私があると思っています」
「……ふっ、ふふふ。そうよね。何でも完璧にこなすあんたでも、料理だけは私に敵わなかったもんね。みんなの羨望を受けるファリアさんにも弱点があったわけだ」
涙を拭って笑みを浮かべるルーアに、ファリアは口元を綻ばせる。
「あら、ルーア。『弱点』はひどくありませんか? 私は別に料理が苦手なわけではありませんよ。あなたが群を抜いているだけです」
拗ねたマネをして文句をいうファリア。だが、その目は笑っている。
「ひどくなんてな~い。こと料理に関しては、まだまだよ、あんたは」
「あらあら、厳しいですね」
そう言いながらも、ファリアは神に感謝していた。このような素敵な友人に、親友に巡り合わせてくれたことに。
本当に彼女が居てくれたから今の私がある。同年代の友人の中で、彼女だけが私を特別扱いしなかった。対等の立場で居てくれた。そして、私が敵わない存在でも居てくれた。
この上なく素晴らしい親友。私にはもったいないほど……。
「あはははっ、ごめんね、ファリア。なんか湿っぽいこと言っちゃって。私らしくなかったよね」
「いいえ、そんなことはありませんよ。……ありがとう、ルーア」
ファリアの心からの感謝の言葉に、ルーアは顔を真っ赤にした。
「いっ、いやだなぁ。やっ、やめてよ、まったく。あああっ、もう。馬鹿なこと言ってないで、あんたはいい男を捜してくればいいのよ。でも、内容は逐一私に教えなさいよ。たっぷり冷やかしてあげるから」
「……ルーア、私は神殿のお役目を果たすだけです。男性は関係ありません」
強い口調ではなかったが、ファリアはそう言い切った。
そう、まったく関係ない。たとえこれから訪ねるのが男性のところだとしても。お役目に出かけたシスターは、その際に伴侶を得ることが大半であったとしても……私はあの人とは違う。
「……馬鹿。どうして、その抱えているものを私に相談してくれないのよ……」
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