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第四章 傷痕
第四章 傷痕
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いつもと同じように近隣の街を回り確認をしてきたが、今の所は問題がなさそうだという結論に至り、シノは胸を撫で下ろす。
今回の旅も予定通りに進んだ。もっとも、流石に数えるのが嫌になるくらい同じ経路を歩いていれば、よほどのことがない限り問題はない。
だから帰路は物見遊山の気持ち半分で、いろいろ見て回ろうと思い、普段は行かない地域にまで足を伸ばしたりもした。念の為の『確認』だと自分に言い聞かせて。
だが、その様にカリスの街へ帰るのを遅らせている本当の理由にシノは気づいていた。
「なしたんやろなぁ、ほんまに。まだ会いたないと、心の準備が整ってないと自分に言い聞かせんと、すぐに戻りとう思ってしまうのんは……」
旅に出てからというもの、櫛を眺める時間が増えてしまった。あの人は今どうしてるだろうかと頻繁に考えてしまう。
「まったく、我事ながら、このお節介焼きの性分はどないかならへんのやろうか?」
あのカリスの街の自分が偽りの姿だと理解している。けれど、世話好きな部分は演技をしているつもりはない。
旅先の宿の部屋でいつものように櫛を眺めていたシノは、ついに心のうちから湧き上がってくる想いに降参した。
「……帰ろか、あの街へ……」
そう決断すると、途端に胸が軽くなってくるのを感じ、シノは苦笑する。
「お土産もぎょうさん買うて帰ると言うたんやから、約束を破る訳にはいかへんな」
何をお土産にしたら喜んでくれるだろうか?
そう考えるだけで楽しくて仕方ない。
あの人が驚く顔を見たい。
そして、何よりも笑顔が見たい。
居ても立ってもいられなくて、シノはこの街の商店街に飛び出していく。
あの街に帰れば、あの人がいる。今までと変わらずに自分を想ってくれているあの人がいる。それは、シノにとって何よりも嬉しいことだった。
……だから、カリスの街に戻って『リスト』を『確認』してシノは言葉を失い絶望した。
そして、彼女は感情の赴くままに行動に出る。
奇しくも、シノがカリスの街に戻ってリストを確認したのは、『約束の日』の前日だった。
条件は揃っている。
後は実行に移すだけだった。
第四章 傷痕
ファリアと一緒に洗い物を終えたリナは、彼女と二人でいつものテーブルについてお茶を飲んでいた。
「明日の朝食は消化の良いリゾット。そして野菜と果物いっぱいのサラダですね。きっとユウヤさん、喜んでくださると思います」
「ええ。ですが、リナ。貴女がいてくれて本当に助かります。私一人だとどうしてもレパートリーが限られてしまうので。もう少し料理も頑張って修行すべきだったと反省しています」
「いっ、いえ。ファリアさんは私なんかよりずっと料理が上手です。私の神殿にもファリアさんほど料理上手な人は少ないと思います」
ファリアは料理が得手ではないと言っているが、リナは謙遜がすぎると思う。食材の目利き、調理の手際の良さ、栄養価における知識も自分なんかとは比較にならないほど優れている。
「いいえ、まだまだ修行が足りません。私にルーアほどの料理の技量があれば、もっとユウヤ様に喜んでいただけるのにとついつい考えてしまいます。……詮無きことですがね」
「本当に仲のいいご友人だったのですね」
旅を始めた際にファリアに分けてもらったクッキーの味を思い出し、リナは微笑む。確かにあの時のクッキーの味は忘れられない。
「ええ。そうですね。……ですが、私はこの旅に出る前に、『私は一ヶ月ほど神殿を留守にするだけ。またすぐに戻ってきます』と言ってしまったのです。
先達と同じ様に『お役目』で伴侶を持つことになってしまったことをからかわれるのかと思うと、少し恥ずかしいです」
そう照れ笑いをするファリアは本当に美しいとリナは思う。
「あっ、その、私もです。先輩たちに何を言われるのか分かりません」
ただでさえ他の先輩を差し置いて『お役目』を任されたばかりなのに、結婚まですることになってしまったのだ。
どういう反応をされるのか考えただけで不安になってくる。
「……そっ、それに、こんなふしだらになってしまったことが知られてしまったら……」
リナは心の中で一番の問題点を口にする。
今晩はユウヤが休みたいと言ったため何もないが、ここ数日はずっと毎晩ファリアと一緒にユウヤに抱いてもらっている。
躰もすっかり感じやすくなってしまった。
「でっ、ですが、ユウヤさんが気持ちよさそうになってくださるのは嬉しいですし、その、私はもうユウヤさんの妻なのですから、何もフォルシア様に恥じることはないはずです」
心の中で自分に言い訳をして、リナは恥ずかしさを隠すためにお茶を口にする。
「ふふっ、リナ。顔が真っ赤ですよ。何を考えているのか丸分かりです」
「えっ、いえ、私は、その……」
危うくお茶をこぼしそうになり、リナは慌ててカップを抑え、しどろもどろに反論をしようとするが、言葉がうまく出てこない。
「ですが、これは私達にとって目を背けることが出来ない問題でもあります。この数日、私達はユウヤ様に毎晩愛していただいていましたが、やはり二人同時に相手をするのは大変だと思います。ユウヤ様はお優しいので、私達二人を満足させようとして頑張ってくださいますから……」
ファリアは優雅にお茶を口にしながら、とんでもないことを平然と言う。
「そこで、私は一週間ごとのローテーションを考えました。平日は私と貴女が交代でユウヤ様のお相手をさせて頂き、休日前は二人でいっしょに可愛がって頂ければと思っています。
幸い、週に二日ユウヤ様のお仕事はお休みがありますので、毎週四日はユウヤ様に可愛がって頂けます。そして、お休みの最終日は翌日のお仕事もありますので、ユウヤ様の休息日にするというのはどうでしょうか?」
「あっ、その……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、リナは頷いた。
ファリアと一緒にユウヤに抱かれるのも嫌いではないが、じっくりと一人でユウヤに愛されてみたいとリナも密かに思っていたのだ。
「もちろん、ユウヤ様のご意思が第一です。お仕事でお疲れになり、休みたいときもあるでしょう。逆に、休息日でも私達を求めてくださるかもしれません。ですが、順番は守っていただけるようにお願いしましょう。家庭内での不仲を避けるためにも」
「はっ、はい。私も、ユウヤさんとファリアさんとは仲良く暮らしていきたいです。ですが、よろしいのですか? 私ばかりが得をしている気がします……」
自分のように胸もお尻も大きくない女の子よりも、ファリアさんのような綺麗でスタイルのいい美人をユウヤさんも抱きたいと思うはずだ。
それなのに、ファリアさんは私に気を使ってくれて譲歩してくれているとしか思えない。
「リナ。貴女は貴女が思っている以上に魅力的ですよ。ユウヤ様も間違いなくそう思ってくださっているはずです」
ファリアは立ち上がり、リナの頭を優しく撫でてくれた。
「それに、これは書物の知識なのですが、男性は同じ女性ばかりだと飽きが来てしまう傾向があるそうなのです。私達が交互に抱かれることでユウヤ様に飽きを感じさせないようにしなくてはいけません。ですから、この取り決めは私達相互に理がある話なのですよ」
ファリアはそう言い、席に座り直して恥ずかしそうに微笑んだ。
「我ながら、はしたない事を言っている自覚はあります。ですが、これも家庭円満のためです」
そう続いた言葉に、リナはファリアもやはり恥ずかしかったのだと分かり、安堵した。
「……ですが、これは来週からにしましょう。今日は休息日になりましたので、明日は二人で精一杯ご奉仕をさせて頂かないと……」
「はっ、はい。そっ、その、頑張ります……」
二人で真っ赤な顔をして顔を俯ける。
だが、その時だった。
不意に強烈な眠気がリナを襲ったのは。
いや、自分だけではない。
顔をあげるとファリアも顔に手をやって苦しそうに眠気に抗っているのが見えた。
「……くっ、駄目です。眠ってしまっては……」
誰の企みかは分からない。
けれど、悪意のある人間の仕業なのは間違いがない。
だが、今はそんなことよりも……。
リナは懸命に耐えたが、結果として彼女は睡魔の前に破れるのだった。
あっけないほど簡単に事は運ぶ。
睡眠効果のある無色無臭の香を焚き、それを家の間取りに合わせて数カ所に配置した。
この家の間取りはよく分かっている。どこにどの数を置けば家中に煙が廻るのかは明らかだった。
少女二人が倒れるのを窓から確認した。あとは、ターゲットだけだ。
まだ日付が変わっていないが、それもあと数秒のこと。万が一異変に気づいてももう遅い。
そして数分後、煙を吸った効果でユウヤが眠りに就くのを窓から覗いて確認をし、シノは窓を開ける。
この窓は鍵こそ掛かるものの、ほんの少し窓枠を上げてやると鍵が外れるのだ。
窓を開けて音もなく部屋の中に侵入したシノは、短刀を鞘から抜いて白刃を晒す。
月明かりで見えるユウヤの顔は安らかだった。
シノはそのまま彼の側に近づく。
後はこれでユウヤの首を斬るだけだ。
簡単なことだった。
今まで何度となく、数えるのも馬鹿らしいほど繰り返してきた行為。
命を奪うということ。
それをまた行うだけ。
しかし、シノはそれを躊躇った。
叩きつけて壊してしまおうかと思ったこの男から送られた櫛を、未だに胸元に忍ばせていることからも明らかだった。
情に絆されているのだ。この男を殺したくないと言う気持ちに縛られている。
「……この男はうちを裏切ったんや。なのに、なして……」
いくら手を動かそうとするが駄目だった。
懸命にこらえなければ涙さえ溢れ出てきそうになってしまう。
そして数分間、シノは動けなかった。
「……シノさん……」
いつの間にかユウヤが目を覚ましてしまった。
彼の顔に驚きの表情が浮かぶ。
躊躇っているうちに煙の効果が弱ってきたのだろう。
この香は即効性があるのだが、睡眠の効果は長続きしない。
だが、身体を痺れさせる効果はまだしばらく持続する。
だから、別に問題はない。
ただ彼の首元に突きつけた白刃を動かせば簡単に目的を果たすことはできるのだから。
「…………」
シノは何も言わずに白刃を横にする。
刺して殺されるよりは、一瞬で首を切り落とされる方が痛みはないだろうという彼女の情けだった。
「……ああっ、そうか……。これは夢じゃないんですね、シノさん……」
ユウヤはそう言って笑みを浮かべた。
「……なんで笑うんや? これからあんたは、うちに殺されるんやよ」
死の間際に笑う。
心は屈しないという男の意地などというものではないはずだ。
ユウヤはそんな豪胆な性格ではないことをシノは知っている。
「……今までありがとうございました。こんな僕に良くしてくれて……」
ユウヤは答えにならない言葉を口にする。
「何を、何を言っているんや! なして、なしてそんな笑うたりするんや!」
分からない。この数ヶ月で理解したと思っていたユウヤの思考が全く理解できない。
「……すみません。貴女みたいな素晴らしい女性が僕なんかに優しくしてくれることに、理由がないはずがないのに……。そんなことは、分かっていたのに……」
ユウヤは一方的にそう言うと、静かに目を閉じた。
全てを受け入れると、自分を殺せという合図だ。
「……ふざけるんやない! 何を訳の分からんことを言うてるんや!」
ユウヤの身体は僅かに震えている。死ぬのが怖いのは間違いない。
なのに、何故この男は死を迎え入れようとするのだろう。
笑うのだろう。
「……話しや。うちにも分かるように……。どうして、命乞いの一つもせんで死んでいこうとするんか……」
短刀は喉元から動かさずに、シノは説明をするように命じる。
「……こんな僕でも、死ぬことでシノさんの役に立てることがあるのかもしれない。そう思っただけです……」
僅かな沈黙の後、ユウヤは静かに語り始めた。
「貴女が誰かの指示を受けているのか、それとも僕なんかが考えもつかない理由で僕を殺そうとしているのかは知りません。でも、もともと貴女に救ってもらった命です。少しでもシノさんの役に立てるのであれば、この命を奪って下さい」
そこまで言うと、ユウヤは力なくまた笑う。
それは諦めの笑みだった。
「……何を言うてるんや? あんたはうちに裏切られて殺されようとしているんやよ。それなのに、なして……」
「いつかは、こうなると分かっていたからです。僕のような男に優しくしてくれる女性なんていないことは分かっていたから……」
話が噛み合わない。
だが、ユウヤの言うことが本当であるのならば、彼はずっとシノの事を心からは信頼してはいなかったのだ。
そして、いつか裏切られると思い続けていたのだろう。
「……以前、少しだけ親しくしてくれた女性にも言われました。僕はつまらない男だと……」
初耳だった。そんな話は。
「……話しや。その女の事を……」
「……つまらない話ですよ?」
「話しや!」
このままユウヤを殺すのは簡単だ。
だが、このまま殺してしまってはこの男が笑って死んでいってしまう。
そんな事は絶対にさせない。
「そう、殺す前に確認しておきたいだけや。笑顔で死んでいくなんて許されへんのやから」
殺そうという気持ちが薄れていく事への理由を探し、シノは何とか気持ちを揺るがさぬように、心の中で自分に訴えかける。
「……あれは、半年以上前のことです……」
ユウヤは静かに話し始めた。自分の過去を。シノも知らなかった深い傷痕を。
今回の旅も予定通りに進んだ。もっとも、流石に数えるのが嫌になるくらい同じ経路を歩いていれば、よほどのことがない限り問題はない。
だから帰路は物見遊山の気持ち半分で、いろいろ見て回ろうと思い、普段は行かない地域にまで足を伸ばしたりもした。念の為の『確認』だと自分に言い聞かせて。
だが、その様にカリスの街へ帰るのを遅らせている本当の理由にシノは気づいていた。
「なしたんやろなぁ、ほんまに。まだ会いたないと、心の準備が整ってないと自分に言い聞かせんと、すぐに戻りとう思ってしまうのんは……」
旅に出てからというもの、櫛を眺める時間が増えてしまった。あの人は今どうしてるだろうかと頻繁に考えてしまう。
「まったく、我事ながら、このお節介焼きの性分はどないかならへんのやろうか?」
あのカリスの街の自分が偽りの姿だと理解している。けれど、世話好きな部分は演技をしているつもりはない。
旅先の宿の部屋でいつものように櫛を眺めていたシノは、ついに心のうちから湧き上がってくる想いに降参した。
「……帰ろか、あの街へ……」
そう決断すると、途端に胸が軽くなってくるのを感じ、シノは苦笑する。
「お土産もぎょうさん買うて帰ると言うたんやから、約束を破る訳にはいかへんな」
何をお土産にしたら喜んでくれるだろうか?
そう考えるだけで楽しくて仕方ない。
あの人が驚く顔を見たい。
そして、何よりも笑顔が見たい。
居ても立ってもいられなくて、シノはこの街の商店街に飛び出していく。
あの街に帰れば、あの人がいる。今までと変わらずに自分を想ってくれているあの人がいる。それは、シノにとって何よりも嬉しいことだった。
……だから、カリスの街に戻って『リスト』を『確認』してシノは言葉を失い絶望した。
そして、彼女は感情の赴くままに行動に出る。
奇しくも、シノがカリスの街に戻ってリストを確認したのは、『約束の日』の前日だった。
条件は揃っている。
後は実行に移すだけだった。
第四章 傷痕
ファリアと一緒に洗い物を終えたリナは、彼女と二人でいつものテーブルについてお茶を飲んでいた。
「明日の朝食は消化の良いリゾット。そして野菜と果物いっぱいのサラダですね。きっとユウヤさん、喜んでくださると思います」
「ええ。ですが、リナ。貴女がいてくれて本当に助かります。私一人だとどうしてもレパートリーが限られてしまうので。もう少し料理も頑張って修行すべきだったと反省しています」
「いっ、いえ。ファリアさんは私なんかよりずっと料理が上手です。私の神殿にもファリアさんほど料理上手な人は少ないと思います」
ファリアは料理が得手ではないと言っているが、リナは謙遜がすぎると思う。食材の目利き、調理の手際の良さ、栄養価における知識も自分なんかとは比較にならないほど優れている。
「いいえ、まだまだ修行が足りません。私にルーアほどの料理の技量があれば、もっとユウヤ様に喜んでいただけるのにとついつい考えてしまいます。……詮無きことですがね」
「本当に仲のいいご友人だったのですね」
旅を始めた際にファリアに分けてもらったクッキーの味を思い出し、リナは微笑む。確かにあの時のクッキーの味は忘れられない。
「ええ。そうですね。……ですが、私はこの旅に出る前に、『私は一ヶ月ほど神殿を留守にするだけ。またすぐに戻ってきます』と言ってしまったのです。
先達と同じ様に『お役目』で伴侶を持つことになってしまったことをからかわれるのかと思うと、少し恥ずかしいです」
そう照れ笑いをするファリアは本当に美しいとリナは思う。
「あっ、その、私もです。先輩たちに何を言われるのか分かりません」
ただでさえ他の先輩を差し置いて『お役目』を任されたばかりなのに、結婚まですることになってしまったのだ。
どういう反応をされるのか考えただけで不安になってくる。
「……そっ、それに、こんなふしだらになってしまったことが知られてしまったら……」
リナは心の中で一番の問題点を口にする。
今晩はユウヤが休みたいと言ったため何もないが、ここ数日はずっと毎晩ファリアと一緒にユウヤに抱いてもらっている。
躰もすっかり感じやすくなってしまった。
「でっ、ですが、ユウヤさんが気持ちよさそうになってくださるのは嬉しいですし、その、私はもうユウヤさんの妻なのですから、何もフォルシア様に恥じることはないはずです」
心の中で自分に言い訳をして、リナは恥ずかしさを隠すためにお茶を口にする。
「ふふっ、リナ。顔が真っ赤ですよ。何を考えているのか丸分かりです」
「えっ、いえ、私は、その……」
危うくお茶をこぼしそうになり、リナは慌ててカップを抑え、しどろもどろに反論をしようとするが、言葉がうまく出てこない。
「ですが、これは私達にとって目を背けることが出来ない問題でもあります。この数日、私達はユウヤ様に毎晩愛していただいていましたが、やはり二人同時に相手をするのは大変だと思います。ユウヤ様はお優しいので、私達二人を満足させようとして頑張ってくださいますから……」
ファリアは優雅にお茶を口にしながら、とんでもないことを平然と言う。
「そこで、私は一週間ごとのローテーションを考えました。平日は私と貴女が交代でユウヤ様のお相手をさせて頂き、休日前は二人でいっしょに可愛がって頂ければと思っています。
幸い、週に二日ユウヤ様のお仕事はお休みがありますので、毎週四日はユウヤ様に可愛がって頂けます。そして、お休みの最終日は翌日のお仕事もありますので、ユウヤ様の休息日にするというのはどうでしょうか?」
「あっ、その……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、リナは頷いた。
ファリアと一緒にユウヤに抱かれるのも嫌いではないが、じっくりと一人でユウヤに愛されてみたいとリナも密かに思っていたのだ。
「もちろん、ユウヤ様のご意思が第一です。お仕事でお疲れになり、休みたいときもあるでしょう。逆に、休息日でも私達を求めてくださるかもしれません。ですが、順番は守っていただけるようにお願いしましょう。家庭内での不仲を避けるためにも」
「はっ、はい。私も、ユウヤさんとファリアさんとは仲良く暮らしていきたいです。ですが、よろしいのですか? 私ばかりが得をしている気がします……」
自分のように胸もお尻も大きくない女の子よりも、ファリアさんのような綺麗でスタイルのいい美人をユウヤさんも抱きたいと思うはずだ。
それなのに、ファリアさんは私に気を使ってくれて譲歩してくれているとしか思えない。
「リナ。貴女は貴女が思っている以上に魅力的ですよ。ユウヤ様も間違いなくそう思ってくださっているはずです」
ファリアは立ち上がり、リナの頭を優しく撫でてくれた。
「それに、これは書物の知識なのですが、男性は同じ女性ばかりだと飽きが来てしまう傾向があるそうなのです。私達が交互に抱かれることでユウヤ様に飽きを感じさせないようにしなくてはいけません。ですから、この取り決めは私達相互に理がある話なのですよ」
ファリアはそう言い、席に座り直して恥ずかしそうに微笑んだ。
「我ながら、はしたない事を言っている自覚はあります。ですが、これも家庭円満のためです」
そう続いた言葉に、リナはファリアもやはり恥ずかしかったのだと分かり、安堵した。
「……ですが、これは来週からにしましょう。今日は休息日になりましたので、明日は二人で精一杯ご奉仕をさせて頂かないと……」
「はっ、はい。そっ、その、頑張ります……」
二人で真っ赤な顔をして顔を俯ける。
だが、その時だった。
不意に強烈な眠気がリナを襲ったのは。
いや、自分だけではない。
顔をあげるとファリアも顔に手をやって苦しそうに眠気に抗っているのが見えた。
「……くっ、駄目です。眠ってしまっては……」
誰の企みかは分からない。
けれど、悪意のある人間の仕業なのは間違いがない。
だが、今はそんなことよりも……。
リナは懸命に耐えたが、結果として彼女は睡魔の前に破れるのだった。
あっけないほど簡単に事は運ぶ。
睡眠効果のある無色無臭の香を焚き、それを家の間取りに合わせて数カ所に配置した。
この家の間取りはよく分かっている。どこにどの数を置けば家中に煙が廻るのかは明らかだった。
少女二人が倒れるのを窓から確認した。あとは、ターゲットだけだ。
まだ日付が変わっていないが、それもあと数秒のこと。万が一異変に気づいてももう遅い。
そして数分後、煙を吸った効果でユウヤが眠りに就くのを窓から覗いて確認をし、シノは窓を開ける。
この窓は鍵こそ掛かるものの、ほんの少し窓枠を上げてやると鍵が外れるのだ。
窓を開けて音もなく部屋の中に侵入したシノは、短刀を鞘から抜いて白刃を晒す。
月明かりで見えるユウヤの顔は安らかだった。
シノはそのまま彼の側に近づく。
後はこれでユウヤの首を斬るだけだ。
簡単なことだった。
今まで何度となく、数えるのも馬鹿らしいほど繰り返してきた行為。
命を奪うということ。
それをまた行うだけ。
しかし、シノはそれを躊躇った。
叩きつけて壊してしまおうかと思ったこの男から送られた櫛を、未だに胸元に忍ばせていることからも明らかだった。
情に絆されているのだ。この男を殺したくないと言う気持ちに縛られている。
「……この男はうちを裏切ったんや。なのに、なして……」
いくら手を動かそうとするが駄目だった。
懸命にこらえなければ涙さえ溢れ出てきそうになってしまう。
そして数分間、シノは動けなかった。
「……シノさん……」
いつの間にかユウヤが目を覚ましてしまった。
彼の顔に驚きの表情が浮かぶ。
躊躇っているうちに煙の効果が弱ってきたのだろう。
この香は即効性があるのだが、睡眠の効果は長続きしない。
だが、身体を痺れさせる効果はまだしばらく持続する。
だから、別に問題はない。
ただ彼の首元に突きつけた白刃を動かせば簡単に目的を果たすことはできるのだから。
「…………」
シノは何も言わずに白刃を横にする。
刺して殺されるよりは、一瞬で首を切り落とされる方が痛みはないだろうという彼女の情けだった。
「……ああっ、そうか……。これは夢じゃないんですね、シノさん……」
ユウヤはそう言って笑みを浮かべた。
「……なんで笑うんや? これからあんたは、うちに殺されるんやよ」
死の間際に笑う。
心は屈しないという男の意地などというものではないはずだ。
ユウヤはそんな豪胆な性格ではないことをシノは知っている。
「……今までありがとうございました。こんな僕に良くしてくれて……」
ユウヤは答えにならない言葉を口にする。
「何を、何を言っているんや! なして、なしてそんな笑うたりするんや!」
分からない。この数ヶ月で理解したと思っていたユウヤの思考が全く理解できない。
「……すみません。貴女みたいな素晴らしい女性が僕なんかに優しくしてくれることに、理由がないはずがないのに……。そんなことは、分かっていたのに……」
ユウヤは一方的にそう言うと、静かに目を閉じた。
全てを受け入れると、自分を殺せという合図だ。
「……ふざけるんやない! 何を訳の分からんことを言うてるんや!」
ユウヤの身体は僅かに震えている。死ぬのが怖いのは間違いない。
なのに、何故この男は死を迎え入れようとするのだろう。
笑うのだろう。
「……話しや。うちにも分かるように……。どうして、命乞いの一つもせんで死んでいこうとするんか……」
短刀は喉元から動かさずに、シノは説明をするように命じる。
「……こんな僕でも、死ぬことでシノさんの役に立てることがあるのかもしれない。そう思っただけです……」
僅かな沈黙の後、ユウヤは静かに語り始めた。
「貴女が誰かの指示を受けているのか、それとも僕なんかが考えもつかない理由で僕を殺そうとしているのかは知りません。でも、もともと貴女に救ってもらった命です。少しでもシノさんの役に立てるのであれば、この命を奪って下さい」
そこまで言うと、ユウヤは力なくまた笑う。
それは諦めの笑みだった。
「……何を言うてるんや? あんたはうちに裏切られて殺されようとしているんやよ。それなのに、なして……」
「いつかは、こうなると分かっていたからです。僕のような男に優しくしてくれる女性なんていないことは分かっていたから……」
話が噛み合わない。
だが、ユウヤの言うことが本当であるのならば、彼はずっとシノの事を心からは信頼してはいなかったのだ。
そして、いつか裏切られると思い続けていたのだろう。
「……以前、少しだけ親しくしてくれた女性にも言われました。僕はつまらない男だと……」
初耳だった。そんな話は。
「……話しや。その女の事を……」
「……つまらない話ですよ?」
「話しや!」
このままユウヤを殺すのは簡単だ。
だが、このまま殺してしまってはこの男が笑って死んでいってしまう。
そんな事は絶対にさせない。
「そう、殺す前に確認しておきたいだけや。笑顔で死んでいくなんて許されへんのやから」
殺そうという気持ちが薄れていく事への理由を探し、シノは何とか気持ちを揺るがさぬように、心の中で自分に訴えかける。
「……あれは、半年以上前のことです……」
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