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第一章 エルマイラムの冒険者
⑪ 『無作法への対応』
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今日のイルリアは、久しぶりに機嫌が良かった。
それは、彼女がずっと前から競り落としたいと思っていた商品を見事に手に入れることができた事に加えて、その仕事の帰りに<パニヨン>に寄ったところ、思わぬ幸運に巡り会えたからだった。
「ああっ……。もう言葉が出ないです。美味しすぎて……」
今日のまかない料理、バルネア特製オムライスを口にして、イルリアは至福の時間を過ごしていた。
卵のトロトロとした食感と、バターライスのコクとデミグラスソースの深い旨みが口の中で一体となった味を、イルリアは上手く表現することはできなかったが、昨日までの鬱屈とした気持ちが吹き飛んだ。
「そう。良かったわ、リアちゃんが喜んでくれて」
イルリアの賛辞の言葉を聞き、彼女の向かいの席に一緒に座るバルネアが嬉しそうに微笑む。
「相変わらず、バルネアさんの料理は、このバランスが素晴らしいのよね」
料理の美味しさには、穏やかなものと鮮烈なものの二種類があるとイルリアは思う。
穏やかな美味しさは、普段の食事の味。飽きのこない味わいである反面、感動が薄い。それとは逆に、鮮烈な美味しさは、料理店の味。強烈な美味しさを口いっぱいに広げるが、飽きやすい。
バルネアの料理は穏やかな味をベースにしながら、鮮烈な美味しさも味あわせてくれる。
今回のオムライスの場合は、このデミグラスソースが鮮烈な味だ。じっくりコトコトと長時間かけて作られたであろうそれは、家庭で再現することが難しい専門店の味。だが、オムライスという一つの料理になると、それが卵とバターライスの穏やかな美味しさと相まって、鮮烈さを持ちながらも飽きのこない味に仕上がるのだ。
「イルリアさん。お茶のお代わりはどうですか?」
「ええ。もちろん頂くわ」
バルネアの隣で一緒に食事を楽しんでいたメルエーナに、冷たいお茶を注いでもらう。そしてそれを口に運び、イルリアは満面の笑みを浮かべる。
ジェノはこれから出かけるらしく、先にまかないを食べ終わっていたので、今、イルリアと共に遅い昼食を味わうのは女性陣だけだ。
この幸せな時間に水を差す顔を見なくていい事が、さらにイルリアを上機嫌にさせる。
「ああっ、今日は久しぶりにいい一日だわ」
そんな事を思い、まだ半分も残っている最高のオムライスにスプーンを伸ばしたイルリアは、しかし、そこでその幸せな気持ちを台無しにされる事になってしまう。
店の入口のドアが、突然乱暴に開かれたのだ。
正面には、『本日の営業は終了いたしました』と書かれた大きな掛看板が吊るされていたはずなのに。
「ジェノはいるか!」
挨拶の一つもなしに、大股で店の中に入ってきた男――レイは、開口一番に叫び、視線を忙しなく動かして目的の人物を探す。
「せっかく、いい気持ちで食事を楽しんでいたのに……」
イルリアは憤慨して文句を口にしようとしたが、彼女よりも先に、メルエーナが口を開く。
「なんですか、いったい! いきなり入ってきて大声で叫ぶなんて、非常識にもほどがあります!」
激しい剣幕のメルエーナに、イルリアは驚く。普段の彼女は温厚で控えめな性格だ。ここまで激怒した姿は見たことがない。
「そんなことはどうでもいい! ジェノはどこだ!」
しかし、レイも激昂している。ただ事ではない。先の一件をただ蒸し返すといったことではなさそうだ。
「俺ならここにいる」
自分の部屋で支度をしていたジェノが出てきた。すると、レイはつかつかとジェノに歩み寄り、彼の胸ぐらを掴む。
「……この間の続きをするつもりなのか?」
ジェノのその言葉に、レイは怒りのためだろう、体を震わせ、空いている方の手で拳を握る。
「ああ、それもいいな……」
レイの顔が剣呑なものに変わる。
それを確認したイルリアは、止めに入ろうとするバルネアさんとメルエーナの前に手をかざして抑え、自分は一触即発の二人の元に歩いていく。
そして、素早く腰のポーチから薄い銀色の板を取り出すやいなや、それを二人に向かって投げつけ、自分は下を向いて目を閉じた。
次の瞬間、その板からまばゆい閃光がほとばしる。
「なっ! ぐっ……」
突然の激しい光に、レイは目をやられて顔を抑えてその場に膝をつく。だが、ジェノは素早く目を腕で守ったようで、わずかによろめくだけだった。
「ふん。あんたはタネを知っているものね。少しは苦しい思いをすればいいと思っていたのに、残念だわ」
イルリアは面白くなさそうにジェノに言うと、地面に落ちた板を回収した。
「ああ、ごめんなさい、バルネアさん。メルもごめんね。すぐに治すから」
馬鹿な男どもにはもう用はないと言わんばかりに、彼らに背を向けると、イルリアは顔を抑えるバルネア達のもとに駆け寄り、またポーチから別の銀色の板を取り出して掲げる。
今度の板は穏やかな光を放つと、目を押さえて苦しそうにしていたバルネアとメルエーナの表情が和らいだ。
「あっ、あら?」
「これは、いったい?」
驚くバルネア達に微笑みかけると、「馬鹿な連中は放って置いて、私達は食事にしましょう」と言ってイルリアは食事を再開する。
目が眩んで苦悶するレイと、そんな彼を見て、どうしたものかと嘆息するジェノを一瞥し、イルリアは少しだけ胸がすく思いだった。
それは、彼女がずっと前から競り落としたいと思っていた商品を見事に手に入れることができた事に加えて、その仕事の帰りに<パニヨン>に寄ったところ、思わぬ幸運に巡り会えたからだった。
「ああっ……。もう言葉が出ないです。美味しすぎて……」
今日のまかない料理、バルネア特製オムライスを口にして、イルリアは至福の時間を過ごしていた。
卵のトロトロとした食感と、バターライスのコクとデミグラスソースの深い旨みが口の中で一体となった味を、イルリアは上手く表現することはできなかったが、昨日までの鬱屈とした気持ちが吹き飛んだ。
「そう。良かったわ、リアちゃんが喜んでくれて」
イルリアの賛辞の言葉を聞き、彼女の向かいの席に一緒に座るバルネアが嬉しそうに微笑む。
「相変わらず、バルネアさんの料理は、このバランスが素晴らしいのよね」
料理の美味しさには、穏やかなものと鮮烈なものの二種類があるとイルリアは思う。
穏やかな美味しさは、普段の食事の味。飽きのこない味わいである反面、感動が薄い。それとは逆に、鮮烈な美味しさは、料理店の味。強烈な美味しさを口いっぱいに広げるが、飽きやすい。
バルネアの料理は穏やかな味をベースにしながら、鮮烈な美味しさも味あわせてくれる。
今回のオムライスの場合は、このデミグラスソースが鮮烈な味だ。じっくりコトコトと長時間かけて作られたであろうそれは、家庭で再現することが難しい専門店の味。だが、オムライスという一つの料理になると、それが卵とバターライスの穏やかな美味しさと相まって、鮮烈さを持ちながらも飽きのこない味に仕上がるのだ。
「イルリアさん。お茶のお代わりはどうですか?」
「ええ。もちろん頂くわ」
バルネアの隣で一緒に食事を楽しんでいたメルエーナに、冷たいお茶を注いでもらう。そしてそれを口に運び、イルリアは満面の笑みを浮かべる。
ジェノはこれから出かけるらしく、先にまかないを食べ終わっていたので、今、イルリアと共に遅い昼食を味わうのは女性陣だけだ。
この幸せな時間に水を差す顔を見なくていい事が、さらにイルリアを上機嫌にさせる。
「ああっ、今日は久しぶりにいい一日だわ」
そんな事を思い、まだ半分も残っている最高のオムライスにスプーンを伸ばしたイルリアは、しかし、そこでその幸せな気持ちを台無しにされる事になってしまう。
店の入口のドアが、突然乱暴に開かれたのだ。
正面には、『本日の営業は終了いたしました』と書かれた大きな掛看板が吊るされていたはずなのに。
「ジェノはいるか!」
挨拶の一つもなしに、大股で店の中に入ってきた男――レイは、開口一番に叫び、視線を忙しなく動かして目的の人物を探す。
「せっかく、いい気持ちで食事を楽しんでいたのに……」
イルリアは憤慨して文句を口にしようとしたが、彼女よりも先に、メルエーナが口を開く。
「なんですか、いったい! いきなり入ってきて大声で叫ぶなんて、非常識にもほどがあります!」
激しい剣幕のメルエーナに、イルリアは驚く。普段の彼女は温厚で控えめな性格だ。ここまで激怒した姿は見たことがない。
「そんなことはどうでもいい! ジェノはどこだ!」
しかし、レイも激昂している。ただ事ではない。先の一件をただ蒸し返すといったことではなさそうだ。
「俺ならここにいる」
自分の部屋で支度をしていたジェノが出てきた。すると、レイはつかつかとジェノに歩み寄り、彼の胸ぐらを掴む。
「……この間の続きをするつもりなのか?」
ジェノのその言葉に、レイは怒りのためだろう、体を震わせ、空いている方の手で拳を握る。
「ああ、それもいいな……」
レイの顔が剣呑なものに変わる。
それを確認したイルリアは、止めに入ろうとするバルネアさんとメルエーナの前に手をかざして抑え、自分は一触即発の二人の元に歩いていく。
そして、素早く腰のポーチから薄い銀色の板を取り出すやいなや、それを二人に向かって投げつけ、自分は下を向いて目を閉じた。
次の瞬間、その板からまばゆい閃光がほとばしる。
「なっ! ぐっ……」
突然の激しい光に、レイは目をやられて顔を抑えてその場に膝をつく。だが、ジェノは素早く目を腕で守ったようで、わずかによろめくだけだった。
「ふん。あんたはタネを知っているものね。少しは苦しい思いをすればいいと思っていたのに、残念だわ」
イルリアは面白くなさそうにジェノに言うと、地面に落ちた板を回収した。
「ああ、ごめんなさい、バルネアさん。メルもごめんね。すぐに治すから」
馬鹿な男どもにはもう用はないと言わんばかりに、彼らに背を向けると、イルリアは顔を抑えるバルネア達のもとに駆け寄り、またポーチから別の銀色の板を取り出して掲げる。
今度の板は穏やかな光を放つと、目を押さえて苦しそうにしていたバルネアとメルエーナの表情が和らいだ。
「あっ、あら?」
「これは、いったい?」
驚くバルネア達に微笑みかけると、「馬鹿な連中は放って置いて、私達は食事にしましょう」と言ってイルリアは食事を再開する。
目が眩んで苦悶するレイと、そんな彼を見て、どうしたものかと嘆息するジェノを一瞥し、イルリアは少しだけ胸がすく思いだった。
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