彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第二章 その出会いに、名をつけるのならば

⑫ 『気遣い』

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 神様へのお祈りを済ませ、メルエーナは木製の深皿に盛られたスープをスプーンで口に運ぶ。そして、目を大きく見開いた。

「美味しい……。すごく美味しいです!」
 メルエーナは満面の笑顔をジェノに向ける。

 正直、男の人が作る料理と言うものに不安な気持ちもあったのと、ジェノが味見を二度して塩加減を調整していたこともあり、メルエーナは自分が味付けを代わったほうがいいのではとさえ思ったのだが、それは全くの杞憂だった。
 いや、それどころか、こんなに美味しいスープを果たして自分が作れるだろうかと心配になってしまうほどの出来だ。

「これは驚いた。まさか、こんなに美味いものが食べられるとは思わなかった」
 コーリスもジェノが作ってくれた具沢山のスープを口にして、その味に舌を巻いている。
 結婚してからずっと、料理上手な母の料理を食べている父までも絶賛しているのだから、ジェノの料理の腕は並大抵のものではない。

「好評じゃない。良かったわね」
 自分もスープを一口飲んで、笑顔でイルリアがそう話しかけたが、ジェノは相変わらず表情を変えない。

「ああっ、もう、可愛くない! 褒められているんだから、嬉しそうな顔しなさいよ!」
「乾燥肉と干し野菜を煮込んだだけだ。褒められるようなものではない」
 ジェノは無表情でスープを口に運ぶ。美味しいと思っているのかどうかも傍目には判断がつかない。

「いいえ。私が同じ材料で作っても、これほど美味しいスープは作れません。下処理や塩加減がしっかりしているからこその味です」
 メルエーナは素直に思ったことを口にする。
 こんなに美味しい料理をご馳走してくれた人に反論するのは失礼だとは思うが、料理人になることを夢見るメルエーナは、口を出さずにはいられなかった。

 ジェノが調理している過程を思い出してみると、辺りに気を配りながらも、彼はアクの処理なども丁寧だった。それに、この野菜や肉のカットも食べやすくも触感が楽しめる大きさに切り分けられている。
 味見をする際にも、別の小皿を用意してそこに取り分けてから味を確認していた。普段からジェノは料理をしっかりする人間なのだということは、それらのことから明らかだ。
 
「娘の言うとおり、このスープは絶品だ。保存食を使ってここまで旨い料理を作れるとは大した腕だ。誇ってもいいと思うぞ」
 コーリスまでも手放しにジェノの料理の腕を称賛する。

「空腹だったことと、汗をかいたから、塩気のあるものが旨く思えているだけですよ」
 ジェノはただそう答える。

 そして彼は早々にスープを食べ終えると、「念の為、周りを見てくる」と言い残して、見回りに行ってしまう。

「まったく、あの馬鹿は……。もう少し愛想よく出来ないのかしらね」
「嬢ちゃん、苦労しているんだな」
 怒るイルリアとそれに同情するコーリス。
 けれど、メルエーナは先程のジェノの言葉を思い出し、笑みを浮かべる。

「メル、何を笑っているの?」
 怪訝な顔をしたイルリアに尋ねられ、メルエーナは自分が気づいたことを口にする。

「いえ。ジェノさんは本当に優しい方なんだなと思ったんです」
 そう言って笑みを強めると、「どこがよ?」とイルリアは呆れた顔をする。

「このスープの味付けで分かるんです。ジェノさんの優しさが」
「んっ? スープの味付け? どういうことだ? 確かに美味いスープなのは間違いないが……」
 コーリスもイルリアも分かっていないようなので、メルエーナ解説をする。

「このスープはとても美味しいですけれど、日常の食卓にこのスープが出されても、これほど美味しいとは思わないはずです。何故なら、普段食べるものよりも塩分が強めだからです」
「んっ? そうか? いい塩加減だと思うが……」
 スープを一口口に運び、コーリスは不思議そうな顔をする。

「気づきませんでしたか? ジェノさんは、スープを作っている途中で味見をして塩加減を確認して小さく頷いたんですが、そこで何かを考えて、もう少し塩を加えたんです」
 少々不安だったこともあり、メルエーナはずっとジェノの調理を注意深く見ていたからその事をしっかり記憶している。

「あっ、そっか。だから、あいつはさっき……」
 イルリアは気づいたようなので、メルエーナは小さく頷く。

「ジェノさんも汗をかいていましたが、私やお父さん、そしてイルリアさんほどではありませんでした。だから、自分の舌で感じる適量の塩加減に、少しだけ塩を足してくれたんです。
 ジェノさん自身が言っていましたよね。汗をかいたから、塩気があるものが美味しく思えると」
 そこまで説明すると、コーリスもメルエーナの言わんとしていることが理解できたようで、スープを見つめながら、「ふむ」と呟く。

「でも、偶然の可能性もあるんじゃあないの?」
「はい。それは否定できません。でも、私は母から、料理は、その人の人柄が出るものなのだと教わってきましたので、どうしてもそう思えてしまうんです」
 メルエーナはそう言って、また微笑む。
 
「ふぅ。メルの言うとおりだとしても、あいつが無愛想すぎるのは変わらないわ。まだ、お前らのためにしてやったと言われる方が、分かりやすい分ましだわ」
「まぁ、困った性格なのは事実だな」
 苦笑して食事を再開する二人に倣い、メルエーナもスプーンを動かす。
 だが、その木のスプーンを見て、彼女は鈍い自分に苦笑した。

「そもそも、自分たち以外の人の分までの食器をわざわざ持ち歩いている時点で、ジェノさんは優しい人だと気づくべきでした」

 メルエーナはそう誰にも聞こえないように呟き、先程自分が想像したジェノの気遣いが、間違っていないことを確信するのだった。
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