彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
61 / 249
第三章 誰がために、彼女は微笑んで

⑧ 『親友』

しおりを挟む
 代わり映えのない景色だとサクリは思った。

 つい半年前までは、当たり前のように走り回っていた庭をこんなにも遠くに感じることになるとは、サクリは微塵も思っていなかった。

 まだ十五歳になったばかりのサクリは、病が発覚してしばらくの間は、早く体が治ってくれないかと願っていた。
 そう、この時、彼女は知らなかったのだ。
 自分が侵された病が、不治の病であることを。

 だんだん体力が失われていく。
 ベッドから起き上がることも出来ないのだから、それは仕方がないと思っていた。
 体が良くなれば、また徐々に体を慣らしていけばいいのだと、軽く考えていた。

 自分をつきっきりで見て下さる司祭様も、薬師の方も、すぐに良くなると言ってくれていたから。

けれど、病はサクリの体を少しずつ、けれど確実に蝕んでいった。

 そして、それは、病に侵されて一年が経つ頃には、顕著になった。

 背中まで伸びた自慢の金色の髪は、色を失ってボサボサになっていく。
 食事は食べているのに、顔は痩せこけていくばかり。そして、次第に食事もあまり喉を通らなくなっていくと、それはいっそう加速していった。

 若くて健康的だったサクリの体は、急速に弱っていったのだ。

 それまで自分の専属だった司祭様や薬師が、この部屋を訪ねてくることもなくなった。
 心配をして、この病室に頻繁に来てくれるのは、カルラとレーリアだけになってしまっていた。

「ああっ、そうか。私は、このまま死ぬんだ……」
 もう分かりきっていたことを、サクリはある日、一人きりの部屋で口に出した。
 すると、少しだけ気持ちが楽になった。
 治るかもしれないという、儚い希望を捨てたことで、ようやく死を迎え入れるしかないのだと観念することができた。

 しかし……。







「ねぇ、カルラ、レーリア。いままで、こんな私のためにありがとう。でも、これからは私の部屋には来なくていいよ。どうせ、私はもう助からないから……」
 病を発症してから一年半程が経った、私の十七回目の誕生日。

 それを心から祝ってくれた二人の親友に、私はそう切り出した。

 これが最後の誕生日だと、私は理解していたから。
 もう、体が殆ど動かない。そして、私の姿はとても人に見せられないほど醜くなってしまっていた。
 私が十七歳になったばかりだと言っても、誰も信じないだろう。
 私自身が、鏡を見たくないと思うほど、この体は老衰しきった老婆のような外見なのだから。

 それに、カルラとレーリアに申し訳がなくて仕方がなかった。
 二人が、懸命に神殿のお勤めを頑張って、時間を作ってまで私に会いに来ていることは知っている。

 これでも、神殿長の娘だ。
 年に応じて、仕事が大変になることくらい分かっている。

 それなのに、二人は今までと変わらぬペースで私を訪ねて来てくれている。それは、彼女達が懸命に頑張っているからに他ならない。


 余命幾ばくもない私のために、カルラとレーリアが苦労するのはおかしな話だ。

 私の世話を押し付けられた神官見習い達の中には、聞こえよがしに、『早く死んでくれないかしら』と、『こんな死に損ないのせいで、カルラさんとレーリアさんが苦労をされるなんて』と言うものさえいる。 
 しかし、彼女達の言うことは間違っていない。
 私は、これ以上生きていても、他人に迷惑を掛けるだけの厄介者に他ならないのだから。

 カーフィア様が自殺を禁止していなければ、私はとっくの昔に自らの舌を噛み切っていただろう。
 いや、それさえも、もう今の私にはできそうもないのだが……。


「ふざけないで! 何を言っているのよ、サクリちゃん!」
 いつも笑顔を浮かべているカルラが、私に向かって大声で叫んだ。

 物心ついた頃からの長い付き合いだが、こんなに激怒したカルラを見たのは初めてだった。
 
「そうね。私も流石に、今の言葉は許せないわ。こんなに長い付き合いなのに、貴女は、私達がどうしてこの部屋に来るのか分かっていないの?」
 レーリアは静かに立ち上がって、私の額をコツンと軽く叩く。

「なんで、大好きな友達のところに遊びに来るのを、やめなくちゃいけないのよ。私達が貴女に会いに来る理由は、貴女に会いたいから。ただそれだけ。
 それに、絶対に貴女の病は私達がなんとかしてみせる。そう言ったでしょうが」
 レーリアの言葉に、カルラも頷く。

「そうだよ! 私達はサクリちゃんに会いたいの! お話するのが楽しくて仕方がないの! 何? また誰かになにか言われたの? それなら、すぐに誰に言われたのか教えて。
 私のサクリちゃんを苦しめるとは許せん。八つ裂きにしてくれる!」
「だから、そんな物騒なことを口走るな! 貴女は、神官見習いとしての自覚を持ちなさい!」
 鼻息を荒くするカルラを、レーリアが大声で嗜める。
 
 それは、ずっと変わらないやり取り。
 それに気づいた私は、ふと、あの頃のことを。元気だったころの自分の姿を、この二人と笑い合っていた幸せな時間を思い出すことができた。

「……大丈夫よ。私達がついているわ」
「そうそう。私達がサクリちゃんとずっと一緒にいるから」
 知らぬ間に涙をこぼしていた私を、レーリアとカルラは優しく抱きしめてくれた。

 もう、私に迷いはなかった。
 最後の瞬間まで、この二人と一緒に生きていこう。

 私の死は避けられないけれど、それでもレーリアとカルラが一緒なら……。




 だから、久しぶりに会った、お母……いや、神殿長様に今回の話を持ちかけられたときには、私は嬉しかった。
 
 だって、旅に出ることができるのだ。
 かけがえのない親友と一緒に。


 ……私は、全てを受け入れると、神殿長様に答えた。


 すると、神殿長様は、私に儀式を施してくれた。
 魔法を使える神官様や司祭様達を総動員して、私の体が何とか旅に耐えられるようにして下さったのだ。
 
 おかげで、苦しいながらも少しだけ体が動くようになった。
 涙が出るほど嬉しかった。

 そして、カルラとレーリアに手伝ってもらいながら、私は懸命にリハビリに努めた。
 楽しかった。本当に楽しかった。
 体が少しだけでも動けるようになるのは。
 
 カルラとレーリアも本当に喜んでくれた。
 私が、杖を使いながら、部屋から神殿の入口まで一人で歩きついた時には、涙を流しながら喜び、抱きしめてくれた。

 そして、これから始まる旅に、三人で胸をときめかせた。

 あそこに寄ろう、ここに寄ろう。食事はあの店が良さそうだ。
 船旅での揺れは大丈夫だろうか? 路銀は足りるだろうか? 

 そんなとりとめのない会話が、何よりも楽しくて、幸せで……。

 幸せで……。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...