彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第三章 誰がために、彼女は微笑んで

⑲ 『壁に囲まれた村』

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 明日は、早朝に馬車で聖女の村に向かう予定であるため、この宿での夕食が、今回の旅で腰を落ち着けて食べられる最後の食事。

 宿の一階の酒場。そこの一番奥の席で、サクリとジェノ達四人は皆で同じテーブルを囲んで夕食を楽しんでいた。

 サクリ達のテーブルに並べられた数々の料理。港町ということもあり、魚介を使った料理がメインのようだ。
 船旅の間に、徐々に固形物に慣れるようにジェノが配慮してくれたため、サクリも僅かな量でこそあったが、この土地の味を堪能することができた。

 けれど、サクリは少し残念に思うことがある。
 それは、デザートが柑橘系の果物を食べやすい大きさにカットしたものだけだったこと。

 ジェノが作ってくれた、あの白いアーモンドゼリーがついつい恋しくなってしまう。

「サクリ。甘いものならまだ食べられる?」
 別段、不満を顔に出したつもりはないし、仮に出ていたのだとしても、フードを被っているので分からないはずだ。
 それなのに、イルリアはサクリに笑顔で尋ねてくる。

「はい。ですが……」
「うん。別にこの果物を追加しようと言うわけではないわよ。ジェノに頼んで、サクリの大好物を作っておいて貰ったのよ。宿の人に無理を言ってね」
 イルリアはこちらの考えを全て見越したように答え、片目をつぶって微笑む。

「サクリ。無理をしなくてもいいぞ。連日同じものでは、流石に飽き……」
「いっ、いいえ! その、是非お願いします!」
 はしたないとか考えるよりも先に、そう返事をしてしまい、サクリは顔を赤らめて下を向く。

「ジェノちゃん。サクリちゃんがこんなにも楽しみにしているんだ。早く用意してあげなよ」
「そうだな。分かった」
 リットの言葉に同意し、ジェノは席を静かに立ち上がる。
 そして、少しした後に、彼は大きなガラスの器に入った真っ白な柔らかいゼリーをトレイに乗せて持ってきた。

「待たせたな」
 ジェノは大きなガラスの器からお玉で柔らかなアーモンドゼリーを掬い、小さな深皿にそれを盛り付けて、サクリとイルリアの前にそれを配膳する。

「何? 私にも?」
「ああっ。材料の残りが中途半端だったので、全部使ったら少し量が多くなってしまった。悪いが、付き合ってくれ」
 ジェノはそう言い、自分の席に戻る。

「ジェノちゃん。こんなにあるんだったら、俺にも分けてよ。どうせなら、皆で食べようぜ」
「そうですね。ジェノさん、皆さんで一緒に食べませんか?」
 リットの言葉に、サクリが同意する。

 それを聞いたジェノは、「そうか」とだけ言い、再び厨房に行って小皿を借りてきた。
 そして、皆にゼリーが行き届いたところで、一緒に食事を再会する。

「うん。やっぱり美味しいです。この爽やかな香りと優しい甘さが素敵で……」
「なるほどね。正直、サクリが毎回美味しそうに食べるから、味が気になっていたんだけれど……。これは素直に美味しい。普通のゼリーほど固くないけれど、崩れはしない。そして、この蕩ける舌触りもいいわね」
「うん。甘ったるくないのが非常にいいな。これは確かに毎日食べても飽きが来ないかもしれない」
 イルリア達の感想に、サクリは今まで彼女もこのゼリーを食べたことがなかった事実を初めて知った。
 
 ジェノが本当に自分のためだけに作ってくれていたのだと思うと、ついつい嬉しく思ってしまいそうになり、サクリは自分を戒める。

「でっ、自分で作った料理の感想はどうなのよ?」
 黙って静かにゼリーを口に運ぶジェノに、イルリアが尋ねる。

「別に何も……。ただ、俺ではなくバルネアさんが作れば、もっと美味かっただろうにとは思うが」
 ジェノの言葉に、サクリは苦笑する。

 なるほど。たしかにレーリアが憧れていた、あの優しい料理人さんなら、もっと美味しく作れるのかもしれない。けれど……。

「ジェノさん。そんなことは仰らないで下さい。今の私にとっては、このゼリーの味こそが至高です。旅の最後の夜に、こんな素敵な料理を食べられて、私はとても幸せです」
 サクリはフードを深くかぶり直し、正直な気持ちを口にした。

「……そうか」
 恥ずかしくて顔を俯けていたサクリは、この時のジェノの顔を見ることができなかった。
 けれど、彼の声色はとても優しい響きだった。







 翌朝早くに馬車に乗ったイルリア達は、特段問題もなく、目的地である『聖女の村』に辿り着こうとしていた。
 ただ、街の噂で小耳に挟んでいた事柄が現実であったことを理解し、イルリアは怪訝な気持ちになる。

 険しいとまでは言わないまでも、山の奥に作られたその村は、明らかに交通の便がいいとは呼べない。かの有名な聖女様が、病める人々のために作った村にしては、立地条件が悪すぎる。

 けれど、そんなことは些末な事柄だった。

 村を覆い囲う巨大かつ広大な白い壁を目の当たりにし、イルリアは噂が真実であったことを理解する。
 かの誉れ高い『聖女の村』は、ナイムの街に匹敵するほどの大きな壁に囲まれた特殊な村だったのだ。

「……凄いわね」
 隣に座るサクリのことを慮り、イルリアは言葉を選んで感想を言う。
 本来は、『場違いにもほどがある』と言葉を続けたかったのだが、それは飲み込んだ。

「ああっ、たしかに凄いな」
 リットが何故か嬉しそうに口の端をあげて、イルリアに同意する。

「悪政を敷いていた、この国の国王、ガブーランが、聖女ジューナ様に出会うことで改心し、彼女のためにこの村を作ったらしいけれど、これは明らかに聖女様のイメージとは真逆の村ね」
 事前に調べておいた情報を思い出し、イルリアは嘆息する。

「……ええ。ですが、村の中の生活は非情に質素なものらしいですよ」
 サクリは小さくそう答え、フードを被り直す。

 もうすぐ旅が終わることに寂しさがあるのだろうか? 今日の彼女は昨日よりも元気がないように思える。
 もっとも、これから長い闘病生活が始まるのだ。それも仕方がないことだろう。

「大丈夫か、サクリ?」
「ええ。大丈夫です……」
 ジェノの声掛けにも、サクリはやはり覇気のない答えを返す。

 だが、そんなサクリを心配している間に、馬車は目的地まで無事に到着した。
 長かった今回の旅も、ようやく終点にたどり着いたのだ。
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