彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第三章 誰がために、彼女は微笑んで

㉞ 『儀式』

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 石の階段を、音を立てないように慎重にジェノは進んでいく。だが、あまり悠長にもしていられない。先ほどまで追っていた黒ずくめが、今度は自身を追ってこないとも限らないのだから。
 この階段の入口を、件のリットの魔法が込められた板が破壊した音は、間違いなく中にも響き渡っているはずだ。当然、様子を見に来るだろう。

 先ほどまでならば、黒ずくめの人間を追跡していたと言い訳もできるかもしれないが、もうこれは完全に不法侵入以外の何物でもない。
 まぁ、どんな理由があるにしろ、この神殿自体が何かを企んで、それに自分達を巻き込もうとしているのだ。多少の言い訳ができたところで意味はないのだが。

「多いな。十人以上居る」
 気配を感じ取れただけでも、かなりの人数だ。きっとこの下には、大きな部屋になっているのだろう。

 ジェノが曲がりくねった階段をある程度降りていくと、予想どおり、眼下に広い空間が広がっていた。
 そして、そこには、照明だけの目的とは思えない数の蝋燭が大量にかつ変わった配置に設置されている。何かの儀式を行っているようだ。

 カーフィア神殿の着衣を身に纏った神官達だろう。彼女らは、大量の蝋燭の間に分かれて立っており、何かの言葉を異口同音に口にしている。
 おそらくは魔法を発動する言葉なのだろう。

 生憎と、階段の角度の問題で、部屋の奥がよく見えない。だが、それらの儀式に参加せずに後方で見守っている神官達五人ほどが、儀式の邪魔にならないように配慮した速度でこちらに向かってくるのが見えた。

 その瞬間、ジェノは撤退も考慮に入れたが、もう一度確認のために儀式を行っている者達を一瞥した際に、蝋燭の近くに置かれたボール状の何かを見て、それが何であるかが分かってしまった。

 その瞬間、ジェノの頭から撤退の二文字は消え失せた。

 それは、愚かな行為だった。
 少し考えれば分かる。多勢に無勢だ。一人でこれだけの人数を相手にできるはずがない。だが、それでもジェノは目の前で行われている吐き気を催すほどの醜悪な儀式が何なのか、問い詰めなければいけない衝動に駆られた。

 目がなれてきた今なら分かる。蝋燭の間に置かれているのは、人間の、子供の頭部だったのだ。

 希望的観測だが、儀式に参加しているものがあの場を動けないとすれば、相手は五人。力量は分からないが、不意を打てばなんとかなる可能性もある。
 ジェノはもう音を立てることを厭わずに、階段を駆け下りていく。
 
 腰の剣を抜き、階段を降りて床に降りる。そして、そのまま速度を落とさずに、こちらに向かってくる神官達の先頭の一人に剣の腹で一撃を加えた。

 その一撃を受けた神官は、後ろに吹き飛び、床に倒れる。
 その吹き飛んだ神官に他の者達の視線が向かう。それを、ジェノは見逃さない。
 手近に居た神官の一人の軸足に蹴りを入れて転倒させると、その無防備な腹部を踏みつけた。
 くぐもった声を上げ、その神官は腹部を押さえて悶絶する。

 これであと三人。

 だが、相手もすでに臨戦態勢に入った。不意打ちはもう行えない。
 ジェノは剣を構え、三人の神官と対峙する。

「何をしているんだ、お前たちは!」
 子供の首を並べてこんな怪しげな儀式を行うなど、明らかにまともではない。

 ジェノの問いかけに、神官たちは何も答えない。そして、こちらに向かってメイスで殴りかかってくる。

「問答無用か。それならば、俺も容赦はしない」
 ジェノは相手を斬る覚悟をする。

 三対一だったが、戦いはジェノが優勢だった。
 剣とメイスのリーチ差を生かして、ジェノは神官たちの手を狙って攻撃を仕掛けていったのだ。
 それにより、一人の神官がメイスを握れなくなり手から落とすと、更に状況はジェノの有利に傾く。

 だが、こんな戦いをしているにも関わらず、まるでその事を意にも介さずに、怪しげな儀式を続けている他の神官達が不気味で仕方がない。

「くそっ、はやくあの儀式を止めなければ!」
 内心ではそう思いながらも、ジェノは決して相手から注意をそらさない。

 イースの話を思い出す。
 やはり、この神殿の連中は子供の頭部を集めていたのだ。

 この儀式が何なのかはまるで分からない。だが、それでも、無辜な子供の命を奪って行うものなど、碌なものではないはずだ。

「っ!」
 不意に後方からの殺気を感じ、ジェノはそちらに体を振り向けて、剣でその一撃を防ぐ。
 それは、刃物での、短剣での一撃。
 既のところでなんとか防いだものの、凄まじいほどに鋭い一撃だった。そして、それを放ったのは、先ほどまでジェノが追いかけていた黒ずくめに他ならなかった。

「まさか、この場所に気づくとは誤算でした。ですが、これはこれで好都合」
 黒ずくめがそう言った。
 その声を、ジェノは知っている。

「そうか……。お前が、お前がイースを!」
 ジェノは短剣を力で押し返そうとしたが、それよりも先に、黒ずくめは後ろに自ら跳んで距離を離す。

 そして、もう顔を隠す意味合いがないと思ったのか、黒ずくめは顔を覆っていた黒い布を取って、放り投げた。
 その顔は、ジェノの予想通りの人物。
 短い金髪の神官のナターシャだった。

「イースの家族を殺したのも、お前とジューナか?」
 ジェノは一足飛びで間合いを詰め、ナターシャに斬りかかる。

 だが、ジェノの一撃は、ナターシャの短剣が滑るようにそれを逸らせ、綺麗に受け流されてしまう。
 腕力の差を理解した巧みな短剣さばきに、ジェノは警戒を強める。

「ええ。そのとおりです。私達が殺しました」
 ナターシャはそう言って笑みを浮かべる。

 その笑みが、こちらをあえて怒らせるものだと分かっていても、ジェノは湧き上がってくる怒りを抑えきれなかった。

「……イース。すまない。俺はお前を守れなかった。だが、約束は守る。この外道達は、必ず俺が戦って倒す」

 ジェノは剣を握る手に力を込め、再びナターシャに斬りかかる。
 だが、やはりその一撃もナターシャの短剣で受け流され、体勢が崩されてしまう。さらに、ナターシャは短剣を持った方の腕の肘で、ジェノのみぞおち部分に一撃を入れてきた。

「ぐっ……」
 ジェノは予想以上に重いその一撃を受けて、危うく剣を落としそうになったが、なんとか反撃をする。それはナターシャに当たりはしなかったが、距離を離すことには成功した。

「なるほど。その年にしてはかなりの腕ですね。今の一撃も、僅かに体をそらして致命傷は避けるとは」
 ナターシャの言葉に、ジェノは何も答えない。
 
 いや、答える暇がなかった。
 今のジェノには、この力量が上の相手にどう勝つのかを考えるだけで精一杯だった。

 それでも、今がチャンスとばかりに自分の後方に回り込もうとした神官たちに、ジェノは剣の切っ先を向けて威嚇をする。

 しかし、ジェノはここで一つの失敗をしていることに気づかない。

「なっ!」
 不意に、ジェノの後方に、何かが出現した。
 後方を威嚇した直後であり、それによって神官たちが距離を離したことから、後方はひとまず大丈夫と思った不意を突かれてしまったのだ。

 ジェノは慌てて振り返ったが、後方に突如現れたその相手の重く鋭い膝蹴りをみぞおちに受けてしまう。
 意識が飛びそうになるのを、なんとか堪えるのが精一杯で、ジェノは反撃もままならない。
更にそこで右腕を掴まれたかと思うと、そのまま関節を極められ、抵抗する間もなく、腕をへし折られ、体勢を崩して膝をつく。

「――っ!――」
 激痛がジェノを襲うが、腕を折るなり相手が離れたことで、ジェノはようやく自分を襲った相手が誰だったかを理解した。

「……ジューナ!」
 脂汗が浮かぶなか、それでもジェノは自分の腕を折った者の名を叫ぶ。
 
「どうして貴方がここに居るのかは存じ上げませんが、私達の邪魔はさせません。ナターシャ。貴女達は、その人を押さえつけておいて下さい。もう、時間がありませんので」
 以前の温和で温かみのある笑顔はなく、ジューナは端的にナターシャ達に命令をして、一瞬でその場から居なくなる。

 それが、リットのよく使う<転移>の魔法だと、ジェノはようやく理解した。

「くっ! くそっ!」
「静かになさい!」
 ジェノは立ち上がろうとしたが、ナターシャに後頭部を蹴られ、顔面を石の床に叩きつけられてしまう。そこに他の神官達がジェノの左腕を拘束し、馬乗りになって動きを封じてくる。

「ぐっ、うううっ!」
 ジェノはなんとか頭を動かして、脱出を試みるが、完全に極まってしまった拘束を振り払うことはできない。

 そんな中でもなんとか動く首を動かし、ナターシャを睨みつけようとしたが、彼女がジェノには目もくれずに、謎の儀式を行っている方を向いていることに気づく。

 いつの間にか、神官達の謎の言葉が終わり、静まりかえっていた。
 そして、その神官達の前にある石の大きな台の前に、いつの間にかジューナが立っていた。

 ジューナは何も言わず、右手を高々と上げて、一言二言何かを呟く。すると、土台の上に何かが虚空から現れ、石の台に静かに着地した。

 それは、白い薄衣を纏った人間だった。
 だが、そう呼ぶにはあまりにも細くやせ細った体躯。そして、ボロボロの髪。けれど、ジェノはその人間に、少女に見覚えがあった。
 
「……サクリ……。何故、サクリが……」
 あまりにも予想外のことの連続で、頭がついていかない。

「サクリィィィィッ!」
 ジェノは声の限りに叫んだ。
 だが、サクリは目を閉じたままピクリとも動かない。

 ジェノは腕を極めている神官に、更にきつく関節を可動域とは逆にねじあげられて苦痛に顔を歪める。だが、それでも、ジェノは目をそらさない。

 立って何かを呟いていた神官たちが、一斉に膝立ちになって祈りを捧げる。
 それを確認したジューナは、神官の一人が手渡した鋭利な刃物を手にすると、石の台の上に横たわるサクリの胸に近づける。

「……やっ、やめろ……。やめろぉぉぉぉぉっっ!」
 ジェノの叫び声がまるで合図であったかのように、ジューナは大きく刃物を上に振りかぶり、それをサクリの胸に突き刺した。

 ジェノは一瞬、目の前が真っ白になった。

 それは、ジェノの態度に業を煮やした神官が左腕もへし折ったからだったのだろうか?
 それとも、目の前で起こった事実を、ジェノが認めるのを拒否したために見えた幻覚だったのだろうか?

 だが、それがどちらでも結果は同じだった。

 真っ白な世界に、赤が流れていく。
 サクリの背中から大量の赤い液体が流れ落ちていくのだ。
 腕の痛みなど忘れて、ジェノはその光景を呆然と眺めていた。

 大量の、人とはここまでの量が流れているのだと思うほどの血が流れ、石の台を、そして床石を染めている。
 
 サクリは、死んだ。
 殺された。

 目の前で。
 また、自分の目の前で、命が弄ばれた。

 化け物に変えられたイースを自分は救えなかった。
 そして、その悪い相手と戦っても、簡単に返り討ちにされてしまった。

 何もできなかった。
 何もできない。
 何も守れない。

「皆さん! 術は確かに成功しました!」
 ジューナの声が聞こえる。

 厳かな声だ。サクリを殺した直後であるにも関わらず。

「おっ、おめでとうございます! ジューナ様!」
 ナターシャを始め、神官達が口々にジューナに喜びの言葉を述べる。

 ……オメデトウ、ダト。
 サクリヲ、イースヲ、コドモタチヲ、コロシテオイテ……。

 ジェノは自分の意識がちぎれ飛びそうになる感覚を久しぶりに味わった。

 だが、どうでもいい。
 何故なら、自分の中にいるソレと、今の自分の気持ちは同じなのだから。

 こいつらを、みなごろしにしてやる。
 コイツラヲ、ミナゴロシニシテヤル。

 ここで、ジェノの意識は完全に途絶える。

 そして、彼が懸命に繋ぎ止めていたものが、再び自由の身となり、放たれることとなるのだった。
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