彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第三章 誰がために、彼女は微笑んで

㊺ 『瞳』

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 イルリアは一人、最初に神殿で手配された宿に戻って、ジェノの帰りを待っていたが、じっとしていられなくなり、宿の受付にでかけてくる旨を話し、夕日に染まる、この村の中を適当に歩くことにした。

 リットが先程戻ってくるなり、ジェノの長剣を部屋に置いていったから、今頃はあの地下の部屋の結界とやらはもう解かれているのだろうか?
 ということは、すでにジューナが首をはねられて死んでいる現場を、他の神殿関係者達も見ているのだろうか?

 でも、それは私達には関係のないことだ。
 
 聖女と名高いジューナ様は、その実、自らの魔法の研鑽のために、多くの人体実験を行っていた、<魔女>だったのだから。
 そして、彼女はその事実を知った旅の英雄に討ち滅ぼされ、この地を包んでいた呪いは見事に解かれた。
 これで、もう無辜なる人々が犠牲になることはないのだ。


「こんなちっぽけな作り話を誰が信じるというの? でも、ナターシャはジューナの最後の意思を尊重すると言っていたから、これで通すのよね」
 関係ないとは思いながらも、イルリアは歩きながらつい考えてしまう。
 他に何か方法がなかったのかと。

『イルリアさん。貴女達は間違っていません。どうか、そのまっすぐな気持ちを忘れないで下さいね……』

 ジューナが最後に残した言葉。
 サクリを、そしてイース達を無残に殺した女のそれが、しかし今、この沈んだ気持ちを少しだけ楽にさせてくれている。それが、イルリアには、何ともやるせない。

「それにしても、<霧>か……」
 ナターシャが口を滑らせ、彼女を問い詰めた結果、あくまでも推測だが、ジェノの中にいるあの<獣>も、この村を汚染していた<霧>という未知なる力によるものではないかという推測ができた。
 だが、それが正しいのかどうかはわからない。

 リットの話によると、結果として、ジューナが使った『禁呪』とやらでも、ジェノの中にいるあの<獣>を消滅させるには至らなかったらしい。
 そういえば、ジェノを診断したジューナが、あと二日時間が欲しいと言っていたことから、彼女も、ジェノの仲の獣に、<霧>とやらの痕跡を感じていたのだろうか?

 しかし、リットの話だと、件の『禁呪』は、大抵の悪しき魔法も解呪するらしいので、ただ単に、その副次的な効果でジェノの症状も治せると思っていただけの可能性が高いような気がする。

 もっとも、ジューナはもうこの世にはいない。
 その答えは永遠に分からないのだ。

「このままだと、あいつもあんな化け物に変わってしまう可能性があるというの?」

 昔の恩師とその助手の誘いに乗って、ジェノとリットを雇って、あんな遺跡に行かなければ。
 事故めいた事象だったとしても、あのおかしな容器を壊したりしなければ。
 そうすれば、こんな苦しい思いはしなくても済んだはずなのに。

 そんな弱気な気持ちになってしまった自分に気がついたイルリアは、辺りに人がいないことを確認して、両手で力いっぱい自分の頬を引っ叩く。

「何を被害者ぶっているのよ。私は加害者。その罪の償いは必ずするって決めたじゃない。私は、あんな無責任な連中とは違う!」

 ジェノが封じられていた<獣>に乗っ取られて、遺跡を破壊し尽くした。
 幸い、リットがジェノを捉えてくれたので、私と恩師達は怪我をせずに済んだ。

 だが、そのあまりにも人間離れした力に乗っ取られたジェノを、そしてそれを軽々と抑え込んだリットを恐れて、無責任なあの女二人は泣き出し、自分達は悪くないと主張したのだ。

 リットは呆れて、「それなら、記憶を消してやるよ」と言い、魔法で二人を眠らせて記憶を消した。だが、私はそれを拒んだ。
 自分のしたことには責任を持つ。
 それができないほど、私は子供ではないつもりだったから。

 そんな事を考えながら、イルリアは歩いていたが、日がかなり落ちてきた事に気づき、宿に戻ることにした。

 明日の朝一でこの村を出ていく。
 今日は、夕食を食べたらすぐに眠らなければ。

 明日の予定を考えていたイルリアだったが、

「わぁぁぁぁっ! ごっ、ごめんなさい、どいて下さい!」
 そんな情けない男の声が聞こえたかと思うと、大きな物体――犬と人間が、彼女に向かって突進してきた。

 イルリアは慌てずに、ぶつかる寸前のところで身を躱す。すると、男はバランスを崩し、顔面から地面に激突してしまった。犬は男が持っていた手綱から手が離れたことで、勢いそのままに走り抜けて行く。

「…………」
 あまりにも突然の、思いもしなかった出来事に呆然としながらも、イルリアは仕方なく、倒れた男のもとに歩み寄り、「大丈夫ですか?」と声をかける。

「あっ、痛たたたたっ。すみません。大丈夫です」
 顔面を強打した男は、そう言って顔を上げる。

 年はイルリアと同じくらいの少年のようだ。
 淡い栗色の髪の少し小柄なその少年は、平凡な容姿のため、すぐにでも記憶から抜け落ちてしまいそうな印象を受ける。ただ、一点を除いて。

 イルリアは、少年の容姿よりも、その特徴的な瞳が気になって仕方がなかった。
 その少年は、右目と左目の瞳の色が異なっている。左目は茶色だが、右目は宝石のようなライトブルーなのだ。その右目を見ていると、引き込まれそうになる。

「あっ、その、すみませんでした。いきなり、大柄の男の人に、犬を少し見ていてくれと手綱を強引に持たされたんですが、犬が突然暴れだしてしまって……」
 何故かその少年は、顔を真っ赤にして、イルリアが聞いてもいないことを説明する。

「……災難でしたね。それでは、私は宿に戻るので」
 ついつい少年の右目に見惚れていたイルリアは、そう言って踵を返す。
 だが、それから、少し歩いたところで、イルリアは背中から声を掛けられた。

「僕は、ゼイルって言います。また会いましょう、イルリアさん」
 その言葉に驚き、イルリアは後ろを振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。

 名乗ってもいないはずの自分の名前を口にし、左右の瞳の色が違う少年は、忽然と姿を消したのだった。
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