彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
98 / 249
第三章 誰がために、彼女は微笑んで

㊺ 『瞳』

しおりを挟む
 イルリアは一人、最初に神殿で手配された宿に戻って、ジェノの帰りを待っていたが、じっとしていられなくなり、宿の受付にでかけてくる旨を話し、夕日に染まる、この村の中を適当に歩くことにした。

 リットが先程戻ってくるなり、ジェノの長剣を部屋に置いていったから、今頃はあの地下の部屋の結界とやらはもう解かれているのだろうか?
 ということは、すでにジューナが首をはねられて死んでいる現場を、他の神殿関係者達も見ているのだろうか?

 でも、それは私達には関係のないことだ。
 
 聖女と名高いジューナ様は、その実、自らの魔法の研鑽のために、多くの人体実験を行っていた、<魔女>だったのだから。
 そして、彼女はその事実を知った旅の英雄に討ち滅ぼされ、この地を包んでいた呪いは見事に解かれた。
 これで、もう無辜なる人々が犠牲になることはないのだ。


「こんなちっぽけな作り話を誰が信じるというの? でも、ナターシャはジューナの最後の意思を尊重すると言っていたから、これで通すのよね」
 関係ないとは思いながらも、イルリアは歩きながらつい考えてしまう。
 他に何か方法がなかったのかと。

『イルリアさん。貴女達は間違っていません。どうか、そのまっすぐな気持ちを忘れないで下さいね……』

 ジューナが最後に残した言葉。
 サクリを、そしてイース達を無残に殺した女のそれが、しかし今、この沈んだ気持ちを少しだけ楽にさせてくれている。それが、イルリアには、何ともやるせない。

「それにしても、<霧>か……」
 ナターシャが口を滑らせ、彼女を問い詰めた結果、あくまでも推測だが、ジェノの中にいるあの<獣>も、この村を汚染していた<霧>という未知なる力によるものではないかという推測ができた。
 だが、それが正しいのかどうかはわからない。

 リットの話によると、結果として、ジューナが使った『禁呪』とやらでも、ジェノの中にいるあの<獣>を消滅させるには至らなかったらしい。
 そういえば、ジェノを診断したジューナが、あと二日時間が欲しいと言っていたことから、彼女も、ジェノの仲の獣に、<霧>とやらの痕跡を感じていたのだろうか?

 しかし、リットの話だと、件の『禁呪』は、大抵の悪しき魔法も解呪するらしいので、ただ単に、その副次的な効果でジェノの症状も治せると思っていただけの可能性が高いような気がする。

 もっとも、ジューナはもうこの世にはいない。
 その答えは永遠に分からないのだ。

「このままだと、あいつもあんな化け物に変わってしまう可能性があるというの?」

 昔の恩師とその助手の誘いに乗って、ジェノとリットを雇って、あんな遺跡に行かなければ。
 事故めいた事象だったとしても、あのおかしな容器を壊したりしなければ。
 そうすれば、こんな苦しい思いはしなくても済んだはずなのに。

 そんな弱気な気持ちになってしまった自分に気がついたイルリアは、辺りに人がいないことを確認して、両手で力いっぱい自分の頬を引っ叩く。

「何を被害者ぶっているのよ。私は加害者。その罪の償いは必ずするって決めたじゃない。私は、あんな無責任な連中とは違う!」

 ジェノが封じられていた<獣>に乗っ取られて、遺跡を破壊し尽くした。
 幸い、リットがジェノを捉えてくれたので、私と恩師達は怪我をせずに済んだ。

 だが、そのあまりにも人間離れした力に乗っ取られたジェノを、そしてそれを軽々と抑え込んだリットを恐れて、無責任なあの女二人は泣き出し、自分達は悪くないと主張したのだ。

 リットは呆れて、「それなら、記憶を消してやるよ」と言い、魔法で二人を眠らせて記憶を消した。だが、私はそれを拒んだ。
 自分のしたことには責任を持つ。
 それができないほど、私は子供ではないつもりだったから。

 そんな事を考えながら、イルリアは歩いていたが、日がかなり落ちてきた事に気づき、宿に戻ることにした。

 明日の朝一でこの村を出ていく。
 今日は、夕食を食べたらすぐに眠らなければ。

 明日の予定を考えていたイルリアだったが、

「わぁぁぁぁっ! ごっ、ごめんなさい、どいて下さい!」
 そんな情けない男の声が聞こえたかと思うと、大きな物体――犬と人間が、彼女に向かって突進してきた。

 イルリアは慌てずに、ぶつかる寸前のところで身を躱す。すると、男はバランスを崩し、顔面から地面に激突してしまった。犬は男が持っていた手綱から手が離れたことで、勢いそのままに走り抜けて行く。

「…………」
 あまりにも突然の、思いもしなかった出来事に呆然としながらも、イルリアは仕方なく、倒れた男のもとに歩み寄り、「大丈夫ですか?」と声をかける。

「あっ、痛たたたたっ。すみません。大丈夫です」
 顔面を強打した男は、そう言って顔を上げる。

 年はイルリアと同じくらいの少年のようだ。
 淡い栗色の髪の少し小柄なその少年は、平凡な容姿のため、すぐにでも記憶から抜け落ちてしまいそうな印象を受ける。ただ、一点を除いて。

 イルリアは、少年の容姿よりも、その特徴的な瞳が気になって仕方がなかった。
 その少年は、右目と左目の瞳の色が異なっている。左目は茶色だが、右目は宝石のようなライトブルーなのだ。その右目を見ていると、引き込まれそうになる。

「あっ、その、すみませんでした。いきなり、大柄の男の人に、犬を少し見ていてくれと手綱を強引に持たされたんですが、犬が突然暴れだしてしまって……」
 何故かその少年は、顔を真っ赤にして、イルリアが聞いてもいないことを説明する。

「……災難でしたね。それでは、私は宿に戻るので」
 ついつい少年の右目に見惚れていたイルリアは、そう言って踵を返す。
 だが、それから、少し歩いたところで、イルリアは背中から声を掛けられた。

「僕は、ゼイルって言います。また会いましょう、イルリアさん」
 その言葉に驚き、イルリアは後ろを振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。

 名乗ってもいないはずの自分の名前を口にし、左右の瞳の色が違う少年は、忽然と姿を消したのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

処理中です...