彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第四章 あの日憧れたあの人のように

㉛ 『総力戦』

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 狼達が襲いかかってくるが、リニアが剣の柄に手をやった瞬間、次々に斬り裂かれていき、紙に変わった瞬間、それも両断される。

 襲いかかってきた十匹の狼は、瞬く間に消えてなくなった。
 だが、次から次へと狼達の増援が現れる。

「皆さん、私に構わずに、周りを警戒し続けて下さい!」
 リニアは狼達と戦いながらも、背中のジェノ達に指示を飛ばす。

「ダン! そっちから来た!」
 ロディの指摘どおり、斜面の方から五、六匹の狼達が現れ、ジェノ達に襲いかかってくる。

「おまかせ下さい! ロディ様達は離れて!」
 ダンは剣を使い、襲いかかってくる狼を相手にする。

「ダン殿!」
 それに先頭だったローソルが加わり、対応をする。
 二人の護衛は狼を相手に立ち回り、なんとか全てを斬り伏せて、紙も斬り裂いていく。

 更に数匹の狼が襲いかかってきたが、ダンとローソルの二人はなんとか全てを撃退した。

「ローソルさん、ダンさん。大丈夫ですか?」
 背後から襲いかかってきた狼を全て退治したリニアが、ジェノ達のもとに駆け寄ってくる。

「なんのなんの。タネさえ分かれば、この程度の相手」
 ダンは息を乱しながらも、そう言って笑う。

「しかし、リニア殿。貴女の剣技は本当に素晴らしいですね」
 ローソルの称賛に、リニアは微笑みを返す。

「ジェノ、ロディ君、カール君、大丈夫?」
 そう声をかけられて、ジェノ達は頷く。

 ジェノはダン達に加勢しようかと考えたのだが、狼の動きが速すぎて、それを目で追うのがやっとだった。
 
「ジェノ。君が戦わなければいけない時は、最後の最後よ。大人に任せられるところは任せなさい。前から言っているでしょう?」
 不甲斐ないと思うジェノに、リニアは笑顔で話しかけてくれた。

「……はい」
 ジェノは悔しい気持ちを押し殺して頷く。

「リニア殿の言うとおりです。三人とも、この状況で泣き出さぬだけでも素晴らしいですし、我々も助かっております」
 ローソルがそれに同意する。

「そうそう。私がロディ様くらいのときだったら、今頃泣いていましたよ」
 ダンはおどけた口調でいい、ロディの頭に手をやる。

「あっ、当たり前だ。俺達がびびったり、泣いたりするもんか。なぁ、カール、ジェノ」
「あっ、その、うん……」
「うん。負けないよ」
 カールはどこか不安そうに、ジェノは力強く答える。

「よし、それじゃあ、出発しましょう。私がまた最後尾を努め……」
 リニアは笑顔で言って最後尾に戻ろうとしたが、その瞬間、高速で何かがリニアに向かって飛んできた。

 それは、一枚の紙を棒状に丸めたもの。
 リニアはそれを空中で切り落としたが、その瞬間、宙に、十数枚の紙が、舞い上がる。
 そしてそれは、瞬く間に狼へと姿を変えて、彼女に一斉に襲いかかった。

 リニアは凄まじい速さでそれらの狼を斬り裂いたが、一匹だけ、一匹だけその斬撃の隙間をくぐり抜けた狼がいた。そして……。

 ジェノはその瞬間がひどくゆっくりに思えた。

 鮮血が舞った。
 リニアの左肩に、狼が噛み付いたのだ。

「リニア殿!」
 ダンがすぐさま剣でその狼を斬り、紙も斬った。
 だが、リニアは片膝を付き、左肩を押さえる。

 そこからは、赤い血が流れている。

「くっ、こんな手段が……。でも、今の一撃は悪手よ!」
 リニアはすぐさま立ち上がるのと同時に、紙が飛んできた方向に向かって駆け出す。

「ローソルさん、ダンさん。子ども達をお願いします。私は、狼を操っている人間を斬ります。そうすれば、狼達は全て紙に戻りますから!」
 リニアはそう言い残し、鞘から剣を抜き、それを手に凄まじい速度で山道を登っていく。

「先生!」
 ジェノは思わず声を上げてしまった。

 リニアが剣を抜いたまま手に持っているのを見るのは初めてだ。
 それは、左手が使えないためだろう。
 先生は強い。でも、今は大怪我をしている。

 不安な気持ちに押しつぶされそうになりながら、ジェノはリニアを見つめる。
 けれど、そこに。

「ローソル! また、また狼が!」
 カールの悲鳴じみた声に、ジェノ達は振り向く。すると、狼がいた。先程よりも多い。合計で十匹以上はいる。
 しかも、斜面から現れた狼達は、ジェノ達の行く先と来た道。更に横の斜面に姿を表したのだ。

「ロディ様! お友達を連れて、私とローソル殿の背後に!」
 ダンが大声でロディに指示をする。
 ロディは、近くで放心していたカールの手を引っ張り、ダンとローソルの背後に逃げ込む。

「ジェノ、お前も早く!」
 ロディが声をかけてくれたが、ジェノは二人に向かってにっこり微笑むと、彼らに背を向けて狼と対峙する。

 斜面の方はダンさんが守ってくれる。そして、前方はローソルさんが。けれど、先生がいなくなってしまった今、もう一人いないと、そこからロディとカールに狼の攻撃が届いてしまう。

 イヤリングの効果はあるかもしれないが、そんなものは狼が何回か攻撃されてしまったら効果がなくなってしまうと先生も言っていた。

 それならば……。

 ジェノは静かに腰の剣を抜いた。
 
 この狼達が自分を狙っているのだとしたら、真っ先に襲いかかってきて無力化しようとするのではないだろうか?
 逆に、自分を人質にするつもりであるのならば、自分が捕まれば他のみんなは助かるかもしれない。

 どちらにしろ、自分が原因であるのだとしたら、せめて友達だけには傷を負わせたくない。

「ジェノ君! 君も、カール様と一緒に!」

「僕が、ここを守ります! ローソルさん達は、それぞれの方向の狼をお願いします!」
 あの別荘で惨殺された人々や馬のことを、そして、肩を負傷した先生のことを思い出し、ジェノは震えそうになる体に喝を入れる。

「ジェノ。お前……」
「ジェノ……」
 ロディとカールのその呟きが合図だったかのように、狼達は一斉に襲いかかってきた。

 ダンとローソルもジェノを援護したいが、自分たちが警戒している方向から襲いかかってくる狼への対処で手一杯だ。

 ジェノは襲いかかる狼三匹の内の先頭の動きをよく見る。

 自分の拙い剣技では動く狼に一撃を決めることは出来ない。けれど、自分の足に、胴に、齧りつこうとする瞬間ならば。

 ジェノは自分の体を囮にして、狼と刺し違えることを選ぶ。

「ふざけるなよ、馬鹿野郎!」
 ジェノに狼の牙が届くよりも早くに、ロディがジェノの体を引っ張り、身代わりに狼達の前に出た。

 狼達は構わず、ロディ目掛けて牙を突き刺さんとする。
 しかし、バチン! という音とともに、狼達は見えない壁にでもぶつかったかのごとく、直前で停止した。

「……あっ、今だ!」
 ジェノは動きが止まった狼に向けて、剣を振る。その一撃は狼を紙に変えた。そして、もう一撃を繰り出し、さらに狼を紙に変える。

「ロディ! 踏んづけてでもなんでもいいから、紙を破って!」
「おっ、おう! 任せろ!」
 ジェノはロディに後処理を任せると、最後の一匹も斬り裂く。そして、その一匹が紙に変わると、その紙に剣を刺して、破き捨てた。

「ダンさん!」
 ジェノが悲鳴じみた声を上げる。
 狼四匹に飛びかかられ、二匹は斬ったものの、残りの二匹がダンの両肩に噛み付いたのだ。
 ダンはバランスを崩して、背中から地面に倒れる。
 その時に頭を打ったのだろう。ダンは意識が飛んでしまったようで、動かない。

 しかし、ローソルは他の狼四匹に苦戦し、助けられない状況だ。 

「あっ、うわぁぁぁぁっ!」
 しかしそこに、気合の声を入れてダンに駆け寄る影があった。それは、カールだった。

 カールの右手に握られたイヤリングが光ったかと思うと、また透明な壁ができたようで、狼二匹は、後方に吹っ飛ぶ。

「ジェノ!」
 ロディに声をかけられるまでもなく、ジェノは駆け出していた。
 そして、狼二匹を斬り、見事に紙に変える。

 そして、その紙は、後からやってきたロディが強引に掴んで破り捨てる。

 残すは、あと四匹。
 ローソルさんに加勢しないと。

 ジェノはそう考えたが、ローソルの攻撃で一匹が紙になったかと思うと、何もしていないにも関わらず、残りの狼達が紙に変わった。

「これは……」
 ローソルは怪訝な表情を浮かべたが、すぐに紙に近づき、それらを剣で両断していく。

「……どうやら、リニア殿がやってくれたようだな」
 ローソルはそう言い、負傷したダンの元に駆け寄ってくる。

 ジェノも、狼を操っていた者がリニアに倒されたことを悟り、息をつくと、ダンの様子を確認する。

 両肩の出血がひどい。
 ジェノは少し考え、自分の上着を脱ぐと、それを剣で切った。

「ジェノ君、何を……」
 ローソルが怪訝な表情をして尋ねたが、ジェノは応えている暇はないとばかりに、上着を手頃な大きさの布に変えていく。

「ごめんなさい。清潔とはいえないですけれど……」
 ジェノはそう言うと、痛みに苦悶するダンの傷口より上の部分に布を巻き付ける。

「ロディ、カール。手伝って。僕だけじゃあ、きつく縛れない」
「いや、私がやろう。君は、もう一枚布を作ってほしい」
 ローソルがジェノに代わり、ダンの傷の止血を始めてくれた。

「うん。もう片方も。ジェノ君」
「はい」
 ジェノはもう一度上着を切って作った布を作ってローソルに手渡す。

 右肩と同様に、左肩にも止血手当が行われ、なんとかダンの出血は止まった。

「みんな! 大丈夫?」
 リニアが息を切らせて駆けて戻ってきた。

 彼女はすでに剣を鞘に納めている。
 やはり、もう狼を操っていた人間を倒したのだろう。

 リニアの無事な姿に、ジェノはホッとした。

「先生。先生も傷の手当を。せめて血を止めないと」
 ジェノは自分の服を更に切り、布を作る。

「ジェノ……。うん、ありがとう」
 リニアはもう原型を留めていないジェノの一張羅を見て言葉に詰まりながらも、ニッコリと微笑んだ。

 気を失っているダンを除き、誰もがその笑顔に安堵した。
 終わったと、後は山を下るだけだと考えた。

 しかし、その安堵は絶望に変わる。

「なっ! みんな、ダンさんの周りに集まって!」
 リニアの指示が飛び、みんなは大慌てでダンのもとに集まる。

「……術者は、一人じゃあなかったっていうの……」
 リニアの重苦しい声に呼応するかのように、新たな狼が、三十匹以上、群れをなして山道をこちらに駆け下りてくる。

 それを見て、ジェノは恐怖を覚えた。
 もう、駄目だと心のどこかで思ってしまった。

 けれど……。

「こぉ~ら、ジェノ。何を弱気になっているの?」
 場違いなほど明るい声で、リニアは言い、ジェノ達に笑顔を見せた。

「先生……。でも、あの数じゃあ……。もう、勝てるわけ……」
「大丈夫よ。心配いらないわ」
 リニアは震えるジェノに向かって断言する。

「なんのために先生がいると思っているの? 先生に任せておきなさい」
 リニアはそう言ってジェノに背中を向けた。

 絶望の中、ジェノの目には、いつもと変わらないはずのその背中が、とても頼りがいのあるものに見えたのだった。
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